ミツバチ隊

 契約更新を行い、カガミは改めて『フェニアック・レクタングル』の社員として勤務することになった。

 その真の理想のための活動は、カガミにとって、何物よりも興味を抱かせたためだ。

 カガミはこの世界を荒廃させたヒトがそもそも好きではなかった。そのため、この世界で生きる上でどうしようもなく、ヒトの織り成す社会の枠組みに縛られるのが昔からうんざりとしていた節がある。自分自身がそのヒトであるという事も含めて。

 どの企業も、ヒトのために動く。どこもかしこも、現存する動植物の安全や、星の寿命を考えたりはしない。

 こののっぴきならない世の中だから、自分のこと以外に気を回せるだけの余裕を持つ人間がほぼいない。そんな状況が蔓延し続けるので、世の中はますます混沌としていった。

 だが、ユグドラシルプランに関しては、星を救うための再生計画だと言うではないか。その言葉がまるっきり真意ではないかもしれないが、この終わりかけた世界に咲いた一輪の花を守る事はどんな仕事よりもやりがいのある献身だと言える。


「では、ミツバチ隊のメンバーを紹介する」

 チェルに連れられて、カガミはフェニレクの一室にやってきた。そこには三名が待機していた。

 女、男、ガキ、という第一印象だった。


「私がミツバチ隊の隊長をしているタバサです。よろしく、デュビアス・ソウルのカガミ」

 女が前に出てカガミに握手を求めてきた。カガミは社交辞令にその手を取り、頷く。

 女は二十歳前後と言った若い見た目だったが、修羅場をくぐって来た凄みを感じ取れた。口調は固くもなく、柔らかくもなく、隙を感じさせないニュートラルさを感じ取れる。だがそれは彼女の素顔からのものではなく、計算された声色なのだとカガミは見抜いていた。

 このタイプの人間は、意図的に他人に印象深く与えないように演技をしている節がある。このタバサという女はひょっとするとスパイ活動などを主に行っていたのかもしれない。体のラインはスラリとしていたが、バネのある柔軟性の強い筋肉を身に着けている。並みの男なら、逆に彼女にねじ伏せられるだろう。


 続いて男がのしりと動いて大きな手を突き出して来た。どうやら、タバサ同様に握手を求めての動きのようだが、言葉は一切なかった。

 その巨体の男は肌が黒く、筋骨隆々のパワーファイターという見た目をしていた。かなりの巨漢でカガミよりも一回り大きい。髪はチリチリとパーマがかかっていた。

 カガミはその手をすぐに取らず、「カガミだ、よろしく」と言葉を出して相手の反応を確認する。


「ふん。ガロッシュだ」

 厚い唇がやっと動いた。

 その挨拶で、カガミは改めて巨漢の手に握手をした。握力がかなり強く、ガロッシュは意図してかカガミのその手をギリリと握る。

 ガロッシュは口数が少ない男なのか、こちらをまだ認めていないからなのか、あまり良い印象を与えない。ともあれ、この男とも同じ隊員としてやっていかなくてはならないため、カガミは手を握りつぶされながらも涼しい顔をして見せた。


 そして最後、幼い印象の子供が露骨に嫌そうな顔をカガミに向けて溜息を吐いた。


「なんだよオッサンかー」

「悪かったな、オッサンで」

「レツ。自己紹介をしないか」


 隊長のタバサが窘めると、「ハイハイ」とめんどくさそうに掌を振りながら「レツでーす」とやる気のない挨拶をしたため、カガミは何も返さず、レツを一瞥だけした。


「なんでガキがいる?」


 わざとらしく嫌味を聞かせるため、チェルに向かってカガミは問うた。レツはその外見が、どう見てもローティーンだ。身長も小さい。まだ成長途中の男児であった。


「若いが腕前は一級品だ」

「そういうこと」


 生意気そうな声を出してヘラヘラと嗤うレツ。どうみても、調子に乗ったガキにしか見えなかったが、どうやら、れっきとした隊員であり、腕を買われているようだ。


「あとは、もう会っただろうが、整備員のリリナがミツバチ隊のメンバーだ。カガミ、お前がこの隊での最年長だ。これまで得た経験や知識をこの隊で惜しみなく発揮しろ」

 チェルが、最年長ながら新入りであるカガミに、ピシリと言付け、ミツバチ隊の紹介は終わりとなった。

「頼りにしている。カガミ」

 つくり笑顔を浮かばせて、タバサは言う。カガミはその言葉に、「宜しくお願いします」と顎を引くのだった。


「では、改めて我々ミツバチ隊の目的を説明する。私たちはユグドラシルプランの中の一部署として活動し、もう一輪のユグドラシルを発見、確保。そして保護することが最重要任務となる」

「具体的に、どうやってもう一輪の花を見付けるんだ」

 タバサの説明にカガミが質問を挟んだ。

「現在、ユグドラシルの調査を行っているデータから、ユグドラシルが生えるための条件を特定中。そのため、質問の答えとしては見付ける手段は現状確立されていない」


 なるほど、まだ発足して間もない部署で、まだまだ手探り状態の部分も多いということだろう。


「研究班の出した予測に従い我らは出動する。現場にてもう一輪を発見できればそれを持ち帰る事が重要よ」

「了解しました」

「今日はカガミのデュビアス・ソウルを加えた事で部隊の動きの調整を行うため、演習を行う。各員三十分後にLDロッカーに集合」


 隊長の号令が行われ、一同は起立し、解散となった。

 カガミもそれにしたがって適当に時間を潰すかとフェニレク内を歩き回るつもりだったが、タバサがカガミを捕まえ、「少し付き合ってもらえるか」と言われたため、結局カガミはタバサと共に、この部屋に居残る事になってしまった。

 チェル、ガロッシュ、レツは退室していった後、タバサが適当な席に腰かけてカガミを観察するように見つめてきた。


「経歴を見せてもらったよ、カガミ。ダナインの主任をしていたらしいね」

「ああ、――まぁなりゆきで」

 あまり当時の事を語りたくないカガミは曖昧な表情と言葉で濁すが、どこまで自分の情報を知られているのか分からない。誤魔化したところで、無意味かもしれないが語りたくないという気持ちばかりはどうしようもない。

「本来、あなたが隊長を務めるべきかもしれないが……色々とあるんだ。私は直属採用だからさ」

「ああ、オレみたいに派遣から登用されたってわけじゃないんですね」

 タバサがこくりと頷き、短くまとめたポニーテールが揺れた。タバサは、最初からフェニレクの社員として就職したのだろう。


「私が隊長で不満かもしれないが、よろしく頼む。あなたの経験と知識でサポートしてくれると嬉しい」

 殊勝な事を云うタバサは、この時ばかりは彼女の内面がちらりと覗く声色を見せた。内心、まだ自分の隊長としての技量に不安もある様子だった。

「分かりました」


 意外としっかりとした見分と、冷静沈着なビジネススタイルだなとカガミは少々感心していた。高飛車に上から押し付けてくるという上司ではないのは、こちらとしてもやりやすい。アドバイスを求め、素直にそれを受け入れてくれるというのなら、こちらもサポートしやすくなる。


「ああ、それと、レツのことだが……すまない。カガミが加わる前に、もう一人、実はこのミツバチ隊には人員がいたんだが、……先の任務で亡くなってな」

 タバサの表情が沈んだ。恐らく、その一件が彼女の中のしこりとなって、自分の隊長能力を疑わせ、カガミにサポートを頼むような事をさせているのだと、感じられた。

「オレは欠けた人員を埋めるための助っ人だったってわけですか。それとレツと何の関係が?」

「その亡くなった人員というのが、レツと年の近い少女でな。二人は仲睦まじかったんだ」


 ……あのローティーンの少年に年が近い少女もいたというのか。実力はあるのかもしれないが、やはり経験不足が不幸を招いたのかもしれない。

 以前、ペンタ社のコロニーにハイエナに来た連中の中にも若い女がいた。ひょっとすると、あの娘も実力はあったのかもしれないが、いかんせん経験不足だ。戦いは技術だけではなく、知識や経験がものをいう。


「好きな女の代わりがオッサンで、ガッカリしたってことか」

「……私の作戦ミスでもあった。我らには経験と知識が足りていないと理解したのだ。そのため、経験豊富な人材を登用してもらうように進言した」

「なるほど」


 自分のこの隊での役割がどういうものなのか分かった。現場監督のようなものをやれというのだろう。本来それは隊長のタバサがやるべきなのかもしれないが、参謀が必要だと彼女自身も前回のミスで思い知ったという事か。


「話は以上だ。では、演習での実力を愉しみにしている」

「期待してくれ」


 カガミはガリガリと後ろ頭を掻きながら、普段他人に『期待』などしない自分が期待してくれ、などと嘯くのは、この部隊を成功に導きたいと思ってのものなのだろうかと、我ながら自分の心模様がつかめなかった――。


 演習場はフェニレクの社屋を出て一時間ほど輸送ヘリで飛んだ荒野だった。

 輸送ヘリに乗り込んだミツバチ隊の面々は現地に降下し、2ON2で別れた。

 カガミ、タバサのペアと、ガロッシュ、レツのペアに分かれての模擬戦である。

 隣に並ぶタバサのLDは白と黒のゼブラ迷彩をしていた。装備を確認すると、軽量でまとめられていて、身軽な軽業、スピードに長けていそうだ。登録されているLDコードは『スティンガー』とあった。ミツバチ隊の隊長としてお似合いのLDコードだとも言える。

 高機動戦を得意するであろうその武装も、マシンガン、パイルバンカーと接近戦用のものである。


「相手は……こっちはガロッシュだな」


 相手の二体のLD、そのデータ情報を見て、通常のLDよりも図体のでかい重戦車のようなLDシルエットで分かった。あの巨漢のガロッシュのLD『インフェルノ・シャウト』だ。カラーリングは煉獄のような赤と黒。

 デュビアス・ソウルは全長にして三メートルほどなのだが、インフェルノ・シャウトは四メートルを超えている。かなり大型のLDであり、重装甲と大火力を実現している殲滅型のLDのようだ。生半可な攻撃は通用しそうにないし、正面からぶつかれば、あっという間に蜂の巣になるだろう。

 持っている装備は大口径のロケットバズーカ、そして機関砲だ。ただあれだけの装備を使うとなると、動きはかなり制限されるだろう。タバサの『スティンガー』とは真逆の性質をしているLDと言える。


「……レツは……電子撹乱幕。スナイパー・ライフル……。電子戦型なのか?」

 現在のレツのLDを確認すると、レドーム・シールドと言われる盾型の電子ジャマー兵器とスナイパー・ライフルを身に着けていて、LDも少々小さめだ。物陰に身をひそめ、スナイプ射撃で暗殺するのが戦術になりそうだ。コード名は『ラタトスク』とある。ユグドラシルに住むと言われるリスの名前から取ったのだろう。スカイブルーとアクセントにイエローのラインが入ったカラーは少々ハデにも見える。

 だが、タバサがレツの装備に否定した。


「いや、あの装備は……ミナミの形見だ」

「ミナミ? オレの前にいた少女か?」

「ああ、レツはミナミの事を想って、あの装備を使おうとしているようだが……」


 カガミはタバサの言葉から、あれは本来のレツの装備ではないのだと把握し、そして本来の彼の戦い方とは別のスタイルなのかとも推測した。

 対LD戦で、プラスミド反応を感じ取れないジャマーを発生させる電子型装備と視界外からの狙撃は恐ろしいものだが、スナイパーは一朝一夕で身につく戦い方ではない。付け入る隙があるとすればガロッシュよりも、レツのほうかとカガミは考えた。

 地形は荒野で身を隠せる場所は転がっている岩陰などだ。ここでなら、スナイパーの隠れられる場所はあまりないかもしれない。


「では、両者五分間の移動ののち、模擬戦を開始。今回は模擬弾として弱電流パルス弾を使用。致命傷ダメージを受けた場合、電流が走り、疑似撃破となる」

「了解」


 上空を飛ぶヘリから、チェルが合図を行うと、両者は一斉に移動を開始した。それぞれが作戦のために、まず専用通信チャンネルで会議する。

 カガミのペアはタバサだ。タバサとの専用通信で、ガロッシュとレツに対する作戦会議を行う。


「まぁ……今回に限っては作戦も何もないな」

「と言うのは?」

「これはオレの実力を見るための演習だろ。つまり、オレが前にでて暴れなければなんの意味もないってことさ」


 カガミはそう言って、アサルトライフルを構える。

 タバサはその意見に、少しだけ笑った。


「ははは、最もだ。あっちも、新入りの隊員を狙ってくるだろうし、私もあなたを前に出すつもりだった」

「まぁ……見せてやりますよ。年長者の力ってのをね」


 ここらで一応の実力を示しておかなくては年長者としての威厳を保てない。舐められるのだけは勘弁願いたいところなので、カガミは自分自身のプレゼンをする必要がある。


「ミラ、行けるな」

「はい」

 AIのミラは簡潔に返事をした。神経がつながるLDの状態も良好に、カガミは今日は調子がいいと感じ取れた。


「血流良好、プラスミドリアクション正常値、脳波異常なし、アドレナリンの分泌多量」

「やる気満々ってことだよ」

「どうしてですか?」


 ミラの疑問の声と共に、ヘリからの通信でチェルの演習開始合図が発信された。


「男はな、仕事にやりがいがあれば無賃金でも燃えるのさ」

「セクハラです」

「デュビアス・ソウル、カガミはフロントラインで行く!」


 深緑のデュビアス・ソウルが駆け出す。

 アサルトライフルをハイ・レディポジションでフロントサイトにターゲットをすぐ捕らえられるように構える。

 相手のインフェルノ・シャウトはまともに相手をするには厳しい相手だ。あれを前衛に立たせ、後方からスナイピングされては勝ち目が薄くなる。

 デュビアス・ソウルのスプリントの速度に、一朝一夕のスナイピングが刺さるか、はたまた、インフェルノの弾幕が足を止めるだけのものなのか、両者の実力を判断する演習戦の火ぶたが、切って落とされた――。

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