出動するミツバチ
カガミはフェニレクの社内にあるレクリエーションルームで昔の映画を見ていた。
過去の世界を垣間見る事が出来る映像作品はこの荒廃世界において娯楽として普及している。
見ているのは緑豊かなジャングルの中、獣に育てられた男の物語だった。
「カガミ」
「ん……、ああ、隊長か」
後方から声を掛けられ、首をぐりんと後ろに向けると、そこにはタバサがいて、片手にドリンクを持っていた。
「文明の時代の、文明を知らぬヒトの物語か」
タバサは画面に映る物語に表情を変えず、何の感慨もないように言う。
「ああ、そうなんです? オレは話は見てなかった」
「何を見ていたんだ」
「グリーンですよ。ジャングル。こんなに草花が生い茂っているのは、さすがのオッサンも見たことがない」
「ファンタジーだからな」
ふふ、と軽く笑うタバサはドリンクのストローに柔らかそうな唇を付けた。この世界の人間にとって、ジャングルなどは考えられない幻想世界の物語でしかない。
実際存在していたという過去の映像を見ても、フィクションにしか見えないのは皮肉だった。
「でも、それを作り出せるっていうなら、やりがいを感じます」
「ああ、そうだ。で、ユグドラシルを見に行かないか」
「この会社に保存されているヤツですか、……見ていいのか?」
「許可は取っている。どういうものかを、実際に見る事は大切だからな。……違うかな?」
タバサが後ろのほうはまるで子供が親に訊ねるみたいに聞くので、カガミは大きな声で笑うのだった。
いい年したおっさんがやりがいを感じているなんて言うのに合わせたジョークなのか、タバサの茶目っ気なのかは計れなかったので、とりあえず笑っておけという投げやりな対応だった。
タバサに連れられて、専用のエレベータに入ると更に地下に下りていくことができた。
最下層エリアまで入ったのはこれが初めてで、最重要機密とされるものが多数詰め込まれているトップシークレットプレイスなのだ。
色々と扉はあったが、タバサはまっすぐに一つの扉を目がけて進み、カガミに入る様に促した。
中に入ると、部屋には多数の研究者と解析装置につながった端末がある。その研究呪ともいえる空間の先に、強化ガラスに張られた防護室がある。そこに、ユグドラシルは安置されていた。
「あれが……ユグドラシル……」
小さい。恐らくカガミの掌に乗るほどの小さな花だった。見る事が出来るここからでは正確な大きさは計れないが、ああも小さく可憐で踏みつぶされてしまうようなものがこの世界で花を咲かせたものだと驚いた。
「奇跡の一輪という感じがするだろう」
「ああ……、だがあまりに儚い……。あんなものが本当にこの世界に居ていいのかとも不安になる」
汚染された空気、大地、凶悪なミュータントがはびこり、人間同士ですら戦い続けているこの終末の世にはあまりにも似つかわしくなかった。
人間ですら、地表に出るには防御服であるLDを着込む必要があるのに、どうやってユグドラシルが咲いたのか、それはカガミどころかこの研究所の職員も現在つかめていない。
「よくも……あんな一輪を見つけ出せたもんだな」
「偶然だった。我らフェニアック・レクタングルは表向きは派遣会社だ。しかし、だからこそ、多くの企業と接点ができる。とある派遣員が、ある日任務中に偶然発見したのがあのユグドラシルだ」
「なんて奴だ? 直接その時の話を聞いてみたいところだ」
どの企業に派遣されている時の、どんな任務だったのか、個人的に気になったカガミはユグドラシルを見つめながら隣のタバサに訊ねた。
「ガロッシュだ」
「は? え、はい?」
「ガロッシュがユグドラシルの第一発見者だった。彼はその事からこのミツバチ隊に加わっている」
「あ、あの筋肉だるまが花を気にかけたっていうのか」
とてもあの見た目から任務中に花を気に掛けるとは思えなかったのでカガミは間抜けな顔をしてタバサに、信じられないとジェスチャーもつけてみせた。
「まぁ……私からは言えないな。彼から直接聞いてみるといいさ」
「……別の意味で興味が沸いた。あざっす」
PiPiPi!
不意にタバサの腕時計型ウェアラブルから電子音が響く。カガミが左腕につけている小型端末と同様のパーソナル機器だ。どうやらどこからか連絡が入ったらしくタバサはそれに応答した。
「はい。はい……畏まりました。ミツバチ隊は出動します」
短い通信を終えるとともに、カガミはタバサに「お仕事ですか」と訊ね、タバサは頷き返すのだった。
それからわずか十分と経たず、LDロッカーにミツバチ隊の面々が集まった。
カガミはちらりとガロッシュを見て、ガロッシュが怪訝そうにいかつい顔をしかめたので、視線を外した。
タバサはメンツがそろった事で今回の出動の旨を伝えた。
「ポイント144-252にミュータントが向かっている。これを排除する」
「アボミネーションは蟻か?」
「M2、モグラだよ」
M2に分類されるモグラのミュータントは地中から接近してきて肉を求めて人を襲う。また集団で行動するため一匹の戦闘力は低いものの、群れとして出現した時の対処はなかなか骨の折れる相手だ。
「ポイント144-252……」
その座標に、ガロッシュが重い表情で反応した。カガミはなんだ? と少し眉をひそめたが、その後に続いたタバサの補足で納得いった。
「カガミは初めて行くだろうが、ポイント144-252はユグドラシルを発見した場所である。そこは、花を咲かせた要因のある重要なサンクチュアリだ。アボミネーションを入れてはならない」
「……了解」
つまり、そこがガロッシュがユグドラシルを見付けた場所なのだろう。どういった場所なのかも含め、そこに行く価値は高いとカガミは気を引き締めた。モグラたたきとは言え、そこを荒らされることは今後のユグドラシルプランに影響を与えるだろうからだ。
「各員、LDを装備後、ヘリ搭乗。解散!」
タバサの指令と共に、一同は自分のLDに向かって駆け出す。
LDを着込む際に、内側のインナーに直接肌を密着させるのがLDとの神経回路リンクをより高めてくれるため、基本的にはLDを装備するとき、半裸状態になる。
カガミは服を脱ぎ、LDデュビアス・ソウルを着込むためにハンガーにかかるLDの背面から頭を突っ込むと、手慣れた手順ですぐに装備を完了させる。
すると、そこに整備のリリナが元気よく声をかけてきた。
「カガミ! デュビアス・ソウルの装備はミドルレンジでまとめてるよ! プラスミド反応に異常はない?」
「ない。いい感触だ」
「えへへ。デュビアス、凄くいいね。バランスよくまとまってる」
まだ若いリリナだったが、整備の腕はかなりのもののようだ。自分でメンテナンスをしていたデュビアス・ソウルだったが、今こうして着込んでみると専門知識に長けた整備がつくと明らかにLDの性能が100%で引き出されていると思える。
「何かコツでもあるのか?」
「色々とMODを組み込んでLDのクセに合わせてやっただけだよ。デュビアスの場合、長所を伸ばすより、短所を潰してバランス型にしたけど、インフェルノ・シャウトは思いっきり長所を伸ばしてたり、それぞれさ」
さすがのカガミも、LDのMOD開発まではできない。それを個人に合わせて制作したというリリナのメカニックセンスは驚くべきものだ。
「サンクス」
「どういたしまして。じゃ、ラタトスクのとこ、いくね!」
リリナはテキパキと作業をこなし、レツのLDラタトスクに向かった。ラタトスクの装備が前回の演習時とまるで違っていることから、やはり演習の時のラタトスクは慣れないスナイパー型で出撃していたのだろうと分かる。
現在のラタトスクはマークスマンライフルとライトマシンガンを装備している。小柄のLDであるのも特徴だったが、それよりも前回のラタトスクにはなかった腰に巻かれているベルトに目が行った。
ベルトには六つのボールが取り付けてあり、カガミは一瞬、グレネードなのかと考えたが、通常のグレネードとはまた形状が違う。
奇妙な装備とは思ったが、インフェルノ・シャウトを着込んだガロッシュがどでかい図体を揺らせて後ろからデュビアスを小突いた。
「チェックが終わったなら、さっさと上がれ。つっかえてるんだ」
「なんだよ大将、随分せっかちじゃないか」
「さっさと動けと言っとるんだ」
ガロッシュの言う通り、迅速な行動は必要ではあるが、それでもカガミはガロッシュがどこか焦っているように見えた。
その原因がポイント144-252にあるのかもしれないが、今それを聞き出すような空気ではない。カガミはガロッシュに従い、早々にエレベータに乗り込みヘリ発着所に移動を開始した。
直通の高速リフトエレベータで地表まであがると、そこはミツバチ隊のヘリが準備万端で待機している。LD四体を積み込める大型の輸送ヘリ『ビー・ハイヴ』だ。
カガミは他の隊員が乗り込んでくるまでに、ミラにポイント144-252のデータを集めさせ、その情報を確認していた。
(……大規模なクレーター跡地? 隕石の落下じゃなく……ユリカゴ墜落地点……?)
ユリカゴとは、地球の大気圏付近に浮かぶ人口の居住空間であり、地中のコロニー、天空のユリカゴと呼ばれている多くの市民が暮らす場所だ。その形状がベビー・ベッドのように見える事から命名された。
一基につき五百人程の人口が暮らすユリカゴは、起動エレベータからつながれ、引力に引かれて落ちるという事はないのだが、不測の事態は発生するものだ。
ポイント144-252に墜落したユリカゴは企業戦争において、人質にされたのち、犯人らがユリカゴを墜落させるという暴挙に出たらしく数百人の市民を乗せたまま、憐れにも汚染された地に引かれ、クレーターを作って残骸となり果てた様だ。
(……落ちたユリカゴのクレーター跡に花が咲いたというのか……)
その事件はもう五年以上まえの話であり、そのクレーターには何も残っていないはずだった。
だが、ガロッシュはなんらかの任務でそこに派遣され、ユグドラシルを見付けたのだろう――。
「『実際に見るのは大切』か……」
リフトから上がって来たインフェルノ・シャウトを見ながら、カガミは独り言ちた。
インフェルノ・シャウトの武装は今回、サーベルとサブマシンガンになっているようだ。おそらく現場を必要以上に破損させないための防衛任務のため、考慮して大火力武装は持ってこなかったのだろう。
続いて登って来たのはラタトスク。そして最後に隊長のスティンガーだった。スティンガーの武装は前回見た時と大差なかった。
「ミツバチ隊、出動します」
タバサの声が響き、通信相手のチェルが改めて命令した。
「作戦目標は敵性体の全排除。サンクチュアリに近づけるな」
「ハッ!」
ビー・ハイヴが飛び立ち、作戦区域に向かう。これがカガミの、ミツバチ隊としての初実戦となるのだ。
たった一輪の花のため、命を賭して戦うミツバチたちは、巣から飛び立つ。
――ミツバチはその一刺しを行えば、自らの命も失うと言われる。彼らは鉄砲玉なのだ。だが、己の命など安いと思わせるほどに尊いもののため、四人は戦いの地へと向かう。
腐り果てた世界に対する贖罪のため、愚かな人々の最後の良心として――。
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