人類絶滅計画

 ミツバチ隊に収集がかかり、ユグドラシルに関するヒントがつかめたとの事でチェルの前にミツバチ隊五名は整列していた。


「みなのおかげで、我々は一つの山を越えた。ヴァコ・ダナの保有していた薬物に、ドナー・ベビーを調査した結果、ヴァコ・ダナが『新人類』としている者の正体が掴めた」

「新人類、ねー……」

 うさん臭いという声を出して、レツは茶々を入れるが、チェルはレツの態度に反応はせずそのまま続けた。


「ドナー・ベビーだが、やはり彼らはユリカゴ02、03での実験から生まれた赤子たちで間違いない。彼らの細胞に、葉緑体が含まれている事が分かった」

「クロロプラストがあるって事は、光合成が出来るって事でしょうか?」

「そうだ。つまり光……太陽光を使って水と空気中の二酸化炭素から炭水化物を合成するわけだが……水と、空気が汚れたこの世界では絶望的と思えたものを、ミトコンドリアが補っている」

「臨機応変に自給自足する細胞という事か」

 ミツバチ隊は細胞を改造し変異させるその能力に驚愕をしつつ、ユグドラシルとの関係を確認していく。

「核汚染に対する防御力は?」

「それは対処できないらしい。そこで、ヴァコ・ダナは薬物を使用し、免疫と変異を行わせていた。タバサの報告通り、ガン細胞を利用し、作られた変異剤だった」

「遺伝子変異で自立した細胞に浸み込んで増やしていく……ってことか」

「特に、プラスミド操作技術に特化した今の時代に置いては、デザインもやりやすかった。……LD開発も全てはここに繋がるとしたら、よくできていたレールだったと評価したい」

 チェルがヴァコ・ダナの技術力の中枢部を覗き込んだ感想を素直に吐き出した。


「色々と細かい説明は省かせてもらうが、結果を説明すれば、想像通り、ドナー・ベビーの細胞の内、死滅したミトコンドリアを糧に増えた葉緑体が生み出したものがユグドラシルだった。しかし、ユグドラシルは、その進化の過程でミトコンドリアを求めるようになったのだ。だから、ユグドラシルは、純粋な光合成ではなく、菌を使って繁殖する寄生体となったのだろう」

「しかし……それならば、地球環境をクリーンにするチカラが備わっているとは思えないのですが」

 これでは、空気清浄能力は期待できないのではないかとタバサが確信を突く質問をした事で、空気が一瞬張り詰めたように思えた。光合成により水を分解する過程で酸素が生み出されるのだから、綺麗な空気を作り出すには、水は不可欠だ。だがユグドラシルは水がなくとも成長を行うというのでは、環境を修繕することに役に立たないと考えられなくはない。


「現在の地球上には汚染物質が充満している。除染は光合成のチカラとは無関係だよ」

「では、除染能力があると?」

「その通り」


 カガミがユグドラシルの能力に対して確認をするようにチェルに訊ねたが、返事は部屋のスピーカーから響き渡って来た。

 男の声、社長のダンだと分かった。


「私達はそれを『マイナス・イオン』と呼んでいる」

「マイナスイオン……?」

 聞きなれない言葉に、タバサも怪訝な顔をして姿の見えない男に疑問の声を上げてしまう。

 ユグドラシルに備わっている能力、除染機能。それをマイナス・イオンと命名しているらしい。マイナス・イオンの調査内容が提示され、実験が進めば、体内に蓄積されたRADを取り除き、健康な肉体を蘇生させることもできるというのだ。つまり、人はもう一度長い寿命を獲得し、文明社会構築のための礎となることもできると企画書には将来を示されていた。


「君たちが回収したドナー・ベビーを検査した結果判明したユグドラシルの本当のチカラというべきかな」

「それがユグドラシルプランの行き着く先なのでしょうか?」

「マイナス・イオンは終着点ではなく、手段、というのが適切だね」

「……分かりました。ミツバチ隊は、ユグドラシルプランの実現のため、今後も任務に対して献身的に取り組む所存です」

 タバサがそう答え、敬礼をすると、他ミツバチも習って姿勢を正した。

 しかしながら、タバサとカガミには二人示し合わせるように一つの思惑が交差していた。


 ――それから、夜のことである。

 タバサがカガミのプライベートルームにやってきて、二人だけの会議が行われることになった。


「どう思った?」

「初耳な情報がポポンと飛び出て、ご都合主義かよって印象だった」

「……そうか。私はまるっきり茶番だとも受け取ることは出来なかった。真実と事実がないまぜになって、嘘が本当になっているような感覚だった」

 タバサの意見に、カガミはいい感覚をもった女だとタバサを感心していた。女性というのは、相手の感情を見抜くことに長けている。嘘を見抜き、嘘を吐くことが、彼女たちの備わったチカラなのだろう。


「どうする?」

「まず……連れてきたドナー・ベビーを確認しよう。私たちがしている事の正義を確かめるんだ……」

 タバサの言う正義とは、幼い赤子の命の在り方をどう扱っているのかという事実確認だ。ユグドラシルプランのためとはいえ、このままドナー・ベビーを調査してばかりではヴァコ・ダナと大差ないのだから。

 タバサの願いは、救い出した赤ん坊たちの将来を考える事だった。ヒトとして、誇りを抱いて大人に育っていってほしいと、彼女は祈りをもっていた。

 おそらく、以前にタバサが子供を作ることはないと言った言葉からも、ドナー・ベビーに自分の母性を注いでいるのだろうかと推測できた。


「分かった。ドナー・ベビーを確認しに行くか」

「……とは言え、ドナー・ベビーは厳重に管理されている。ユグドラシル同様に。……私ならば権限がギリギリで許される情報規制だ。確認は早めにした方がいいだろう。情報規制レベルを上げられる前に、な」

 近頃、ユグドラシルを確認するだけでも厳重な審査を超えてでなくては、その姿を見る事ができなくなっている。カガミが初めてユグドラシルを見られたころと比べて、情報の価値が上がってきているのだろうと分かる。だから、ドナー・ベビーがタバサの権限の外に行く前に、情報をしっかりと掬い取っておくべきだと彼女は言う。そして、タバサはカガミにもう一つの懸念事項の進捗具合を確認した。

「社長の調査は……?」

「ミラにやらせている。……もう少し時間が欲しい。慌ててやって下手を打ちたくない」

「よし、なら先にドナー・ベビーを調べよう。チェルの情報と真実の答え合わせだ……」

 タバサにカガミは頷き返し、二人は行動を起こす。

 地下深くの重要機密ブロックへと向かうため、エレベーターに乗り込んで下層を目指すつもりだ。タバサがパネルに手をかざして静脈認証をクリアするとエレベーターは動き出し、重要機密ブロックへと入ることが出来た。


「タバサ、色々と調べる中で分かった事もあるんだが、フェニレクは元々、フェニアックという会社とレクタングルという会社が合併してできたというのは知っているか?」

「ああ、そのくらいはな。六年前のことだったか」

「社長のダンという男は、フェニアックでもレクタングルでも名前は見付けられなかった。フェニレクになって就任した男のようだ」

「妙だな……」

 何か理由でもなければ、通常はフェニアックか、レクタングルの会社の社長が合併後に社長として席に着くだろう。しかし、フェニアック、レクタングルの社長はそれぞれ、合併時にその名を消している。

 フェニアックは、LD開発事業を専門とした運営をしていた。レクタングルはAI開発を主に収益を上げていた会社だ。その二つが合併してできたのがフェニレクというが、それがどうして表の顔は『派遣業務』裏では自然保護団体のような活動をすることになったのか。

 その答えは舵取りをしている社長のダンが握っているだろう。


「なぜ、合併に至ったか、知ってるか?」

「新型LD産業に陰りが見えてきて、ライバル会社の『コッパイ』に負けた経緯から合併に至った、というのが私の知る情報で、一般的な見解だ」

 LDの開発技術で他社より劣り始めたフェニレクは、企業方針を変え、派遣会社を始めたとされている。それを行わせたのが現社長のダンである。これから先の社会においては、人員不足が目立つことになるという理由から派遣会社をはじめ、収益を得ようとした。その目論見は当たっていたが、フェニレクの実態は地球の自然復興であるため、疑念が沸き起こってしまう。

「……そうだな。それが表向きの理由だろうが……、現状こうやってこの会社の裏側にいれば、そうじゃないなと推察はできる」

 カガミはそこでこの会社の裏の顔の調査進捗を終え、そこから先はまだミラが調べている最中であることをタバサに連絡しておいた。

 やがて二人は区画の奥の部屋に到達した。

 その扉の奥にドナー・ベビーを保管している。むやみに解凍しては生命活動を停止させてしまう可能性があることから、いまだドナー・ベビーはコールド・スリープ状態になっている。

 タバサはこれを早く解除して、赤子たちの未来を歩ませてやりたいと考えているのだが……。

 扉を開いて中に入り、二人は思わず息を飲んだ。そこに人がいたからだ。


「ガロッシュ……?」

 ドナーベビーの安置部屋に静かに居座っていたのはユグドラシルに人格を支配されていると目されているガロッシュその人だった。

 タバサとカガミは思わず身を固まらせてしまったが、ガロッシュはゆっくりと二人のほうに顔を向ける。


「隊長と、カガミか」

「なぜ、ガロッシュがここにいるんだ」

 ここは機密レベルが高く設定されている。ミツバチ隊の隊員とは言え、ドナー・ベビー安置部屋に入るための許可は隊長クラスでなければ下されない。

 だがガロッシュは悠然とそこに居た。つまり、ガロッシュには許可が下りているのだろう。


「二人こそ、なぜここに来た」

 ガロッシュが重圧を乗せた声で返して来た。タバサはどう返すべきなのか躊躇したが、カガミが間髪をいれずに、自然な声で答えた。


「ダンナと一緒だ」

「……そうか。気になるからな、やはり」

 それでガロッシュは納得したのか、追及は終わった。ドナー・ベビーを気にしてここに来た、という事だろう。

 だが、油断はならない。今のガロッシュは、信用に足る人物とは言えないのだ。


「このドナー・ベビーが芽吹けば……ユグドラシルは繁殖を拡大させることができるんだよな」

 ガロッシュが冷凍保存されている赤子の入ったシリンダーを愛でるように撫でながら、感慨深く言う。


「ユグドラシルが拡大することで、本当に地球を浄化できると思うか?」

「……当然だろう。何を疑う余地がある」

「そうだが、社長のいう『マイナス・イオン』なんて言葉は初耳だったからな」

 カガミがそれとなく真意を探ろうと、揺さぶりをかける。しかし、ガロッシュは別にそんな事に興味はないという素振りで生返事を返したのみだった。

 そこで、タバサがガロッシュの話題を広げてみようと以前彼がうたっていた仮説を引っ張って来た。

「ガロッシュ、そう言えば、以前にミュータントがサンクチュアリを目指す理由を語っていただろう。ユグドラシルを人間から守るために、あの地を目指して攻め込んでくるとか」

「あぁ、ユグドラシルの浄化能力を感じ取っているのさ。あれは守らなくてはならない地球の希望だと、みんな分かっているんだ」


 大柄な男から出た似つかわしくないロマンティックな感想は、本人の意識とは違う、ユグドラシルの寄生体の意思だという見方で判断すれば、まるで意味が違って聞こえてきた。


「ユグドラシルは……ミュータントが自分を守るナイトのように考えていると?」

「ああ――」


 ――おかしい。

 もしこれが、ユグドラシルの意思の乗った言葉だとしたら、それは矛盾を生む。

 ダン社長の言う、マイナス・イオンが地球上の汚染物質を除染する能力があるとしたら、ミュータントはまさに除染対象として標的にされる最たる存在ではないか。

 汚染されきったミュータントがユグドラシルを守ろうと動くと感じているのなら、マイナス・イオンは矛盾した存在になる。

 ミュータント達は自己否定のためにユグドラシルを守ろうと動いている可能性が生まれる。


 タバサはガロッシュの言葉に、いよいよ不信感が膨れ上がっていった。

 真実が、歪んでいると直感が告げている。


 この回答を獲得するには、やはりユグドラシルの調査の真実を知る必要がある。

 社長の言う、マイナス・イオンの正体を、自分の目で確認しなくてはならない。このままユグドラシルプランに加担しつづけていれば、自分自身も知らぬ間に意識を寄生体に乗っ取られてしまうような不気味さもあったからだ。


「タバサ」


 そっと、小さくカガミが声をかけた。

 内密の話があるという様子だったから、タバサはガロッシュから離れるためにも、ドナー・ベビーの冷凍室から出ることにした。

 ガロッシュはまだ、暫くそこにいるというので、ベビーには手を出すなよ、と注意だけして二人は異質な大男と別れた。


 そして、またエレベータに乗り、自分の部屋まで戻る。

 その最中、カガミが短く伝えた。


「ミラやってくれた」


 タバサはその言葉にこくり、と頷き返し、二人は個室に共に入っていった。


「ダン社長の情報だが……」

 ミラが調べ上げたその情報を見て、カガミは伝えた。


「そんな人物はいない――」


 タバサの警告信号は、それで完全に真っ赤にシグナルを発信した。

 フェニレクは危険だと、明確に告げている。急がなくては、手遅れになる、と。


「カガミ、私は女王バチを仕留める」

「本当に社会寄生をやってのけるのか」

「……チェルを尋問する」


 ミツバチの巣に入り込んだスズメバチは、女王を殺し、そこに自分が居座って徐々に巣を支配する。これを社会寄生という。

 タバサは『ホーネット』として、それをやろうとしているのだ。不気味な動きを見せるフェニアック・レクタングル。社長のダンという人間は存在しない。ならばその秘書であるチェルこそが……女王なのだろうか。

 このままではユグドラシルプランは、人類を抹殺すると分かった。

 寄生されたガロッシュは言っていたからだ。


 汚染をまき散らした人類から聖域を守るため、ミュータントはサンクチュアリを目指す、と。

 つまり……。


「ユグドラシルの除染とは……人間を抹殺することなんだッ――」

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