シュトゥルム・ウント・ドラング

 ユグドラシルの真実を暴き出すため、カガミとタバサはチェルを尋問するために行動を起こす事にした。

 フェニレクの社長、ダンという人物は存在しない。その事実を明らかにするためにも、接点のある人物であるチェルを追及することが重要だと判断したのだ。


 タバサはフェニレクに対して反逆行動ととられても否定できない、上層部が隠匿する真実を明らかにするためフェニレクの下層、チェルの部屋への侵入を謀る。

 場合によってはチェルを、社長とされるダンの存在を抹消する必要も出てくるだろう。タバサは拳銃を装備して、潜入を開始する。その隣には、もちろんカガミもいた。以前潜入任務を共に行った経緯もあって、ふたりの息はリンクを行わずとも合っていた。

 先行しているカガミが合図すると、タバサが足音も響かせずに素早く通路角まで移動して、人の気配を探る。

 進路がクリアであることを確認したら、二人はいよいよチェルのプライベートルーム前までやってきた。

 タバサが扉の脇に設置されたコンソールにハッキングを開始して、あっさりと開錠してみせると、この会社の代表と言っても過言ではない人物、チェルの部屋の扉は開かれた。


 カガミが先に飛び込んで内部を確認すると、チェルは椅子に腰かけて静かにこちらを向いていた。その手には武器などは持っておらず、丸腰の状態だった。普段の冷静な印象を保ったまま、無礼な侵入者に氷のような視線を投げている。


「何の用かな」

 カガミが動きを封じるために、拳銃をチェルに向けたまま、タバサが奥から入り、チェルの前に進み出た。

 二人の侵入者を前に不敵な態度を崩さない社長秘書は余裕たっぷりの表情で聞いてくる。


「ユグドラシルプランの真実を、全データの開示を求める」

「先に説明した通り、何も偽りはない」

「ユグドラシルのマイナスイオンとは、空気清浄を可能にするとは思えない。地球環境の改善をうたうユグドラシルプランの実態は、人類の支配ではないのか?」

 タバサの追及に、チェルは表情を崩さないまま、タバサに向き直り、告げた。


「空気清浄? 人類の支配? 君は何を言っている」

「ガロッシュがユグドラシルに寄生されている事を、掴んでいる。そうやって人心を操ってしまうユグドラシルで世を支配するつもりではないのか」

「なるほど。勘違いをしているという事か」

「何が勘違いか!」

 鋭い追及にも、チェルは揺るがずに、しかもフっと鼻で嗤うほどであった。太々しいとタバサは一層プレッシャーをぶつける。


「まず、勘違い1。ユグドラシルでの地球環境改善の浄化作用に、空気清浄能力があると、我々は一言も言っていない」

「除染の能力があると言ったはずだ!」

「除染の能力はある。それこそ、マイナスイオンと呼称するユグドラシルの特異性だ。地球環境を修復するためには、除染作業は必要不可欠、ユグドラシルは『人間性』という最も汚れきった毒を浄化することが出来るのだ」

「な……!? 矢張り……そう言う事か……!」

 想定した通りの最悪の事態だった。

 ユグドラシルの除染とはつまり、人間の抹殺なのだ。地球環境を改善するためには、人間だけはどうしても滅ぼさなくてはならない毒物であるという審判が下されていた。

「次の勘違い2、だ。ユグドラシルプランは、人類の支配などではなく、説明していた通り、地球環境復興が目的だ。地球を蘇らせるためには、人口ゼロが最低条件なのだ」

「そんな事をあなたが決めていいはずがない!」

「私の意見ではない。社長のダンが指示した事を、従っているだけのこと」

「そんな人物はいない! いるのならばなぜ私たちの前に姿を一度も現さない!? すべてはあなたの盤上の事ではないのか!」

 タバサは目の前の女性秘書に狂っていると言ってしまいたくなりそうなのを堪え、真に倒さなくてはならないものを見定めようと必死に自分を押し込んでいた。

 しかし、チェルの異様なまでの冷淡さはまさに、人間性が欠落しているとも言えるほどだった。どうしてこの状況で汗一つもかかないのかが不気味であった。


「そうか、なるほど、それが勘違い3だな」

 チェルは椅子に腰かけたままに、指を三つ立ててお道化た。

 カガミは銃の狙いをしっかりとチェルの心臓に合わせていたが、彼女の余裕さに銃を向ける事すら不要なのではないかと思える程だった。まるっきり抵抗しようとか攻撃性を見せつけないからだ。


「ダン社長は確かに存在するよ。会いたいと言うのならば会わせてやろう」

「な、なに……」

 そこでチェルが椅子から立ち上がったので、カガミはやはり銃を向け続ける必要があった。

 しかし、その場でチェルが携帯用端末に声を投げかけた。


「ダン社長、面会を希望する声がございます」

「こんな深夜にかい? ビジネスマナーがなっていないお客人だ」


 端末から音声が返って来た。

 社長のダンの声だった。

 一体どこから現れるというのか、緊張した二人だったが、暗い部屋の壁に端末から光が当てられることで、まるで映画のように壁に映像が映し出される。


「さて、なんのようかな、ミツバチたちよ」

 映写機のように映し出された男の画像は壮年の口髭が豊かな男性の顔だった。だが、それは映像ではなく、画像でしかなく、本人とは言い難い『通話』だった。


「映像ではなく、きちんと生身を晒して見せろ!」

 タバサがついに荒げた声でチェルに怒鳴った。バカにされていると思ったのだ。

 だが、チェルは至って冷静な顔でタバサに視線を投げ返すだけだった。


「残念ながら、私は生身など持ち合わせていないのだ」

 映像が音声を発する。

「私は、画像の男が制作した地球自然保護プログラムであり、AIなのだ」

「人口、知能だと……」


 思わずタバサは、カガミに視線を寄越した。ミラの事が頭によぎったためだ。ミラはかなり高性能の人工知能であるが、まさか社長とされている人物が人工知能だとは想像すらしなかったのだ。


「この画像の男がダン、その人である。私は彼の遺志を繋いだ存在なのだよ」

「地球の……環境保護を目的にしたプログラムが、……ユグドラシルを支持して、人類を絶滅させるというのか……!」

「残念ながら、ヒトがいる限り、地球は汚染が続く。まずはどうあっても人類という存在そのものを消さなくては、地球が凌辱されつづけていくのだ。……分かるだろう」

 間違いない事実だろう。ヒトがいなければ荒廃世界は作られることはなかった。星は寿命を削る必要がなかった。

 この星を食いつぶしているヒトは、いつまでたっても親のすねをかじり続けるアダルトチルドレンに他ならない。


「チェル! あなたは、人工知能の言う事に同調して、会社を設営したのか! 人類抹殺に同意しているというのかッ!!」

「人類抹殺が目的ではない。地球環境を蘇らせて、この星の明日を守りたいだけだ」

「そのために、人は絶滅していいと!? あなただって人間だろう!?」

「その通りだ。……見てみろ……」


 そういうと、チェルは衣服を脱ぎ捨てて裸体を晒した。まごうことなき、女の肉体が暗い部屋の人口ライトに照らし出される。


「醜いヒトの肉体を持った、吐き気を催す霊長類の姿……。私は……私が情けないとずっと思って生きてきた。人間が、母なる地球を汚しぬいてきたのに、何もできずにまだまだ汚しつくす。せめて私にできる親孝行が、地球復興だった」

「……だからヒトを絶滅させていい理由になるものか……!」

 認めるわけにはいかないその思想をタバサは固く否定した。原罪があるというのならば、その罪を償い続けて生きるのが責任だ。社会人の誇りのはずだ。タバサはそう信じているから、ヒトを滅ぼして地球を救うという考えを認めるわけにはいかない。


「ユグドラシルプランは、今日限りでおしまいだ! こんな事を実行させるわけにはいかない……! マイナスイオンで人間性を吸い上げて、絶滅させるなんて……地球が望んでいるとは思えない!」

「それは君がヒトだから、そう思うのだ。今地球に生きるミュータントは全て、地球のために動いている。ヒトという毒を排除するため、そして環境を復興させるユグドラシルのために働いている。純粋な労働だ。ヒトの行う醜い労働ではない」

「黙れ、人工知能ふぜいが! お前とて、人の英知が産んだものだろう!!」

 ガン! と、拳銃が火を噴き、チェルの端末を破壊した。それでダンの映像は消える。


「端末を破壊しても無駄よ。社長はAIだもの、ネットがあればどこでも生きていける」

「チェル……! あなたは退陣していただく」

 その時だった。ダンのプログラムが緊急警報を発令させたのか、周囲にけたたましいサイレンが鳴り響きだした。


「まずいッ……タバサ!」

「く……。ユグドラシルを潰さなくては……!」

「そんな余裕があるのか!? オレたちは生身なんだぞ!」


 カガミの忠告はもっともだ。このままLD隊に攻め込まれたらひとたまりもないし、ユグドラシルを排除するにしても寄生能力を持ち、人間性を食らうマイナスイオンに対処するためにも防御服を着こまなくてはならない。

「LDロッカーまで逃げて、フェニレクを脱出しようッ」

「しかし、ここでフェニレクを止めなくては……!」

「冷静になれ! フェニレク自体は大した戦力を持つ会社じゃないんだ! この事態を他の会社に売り込むなりなんなりすれば、危機感を持った人間が必ずフェニレクを潰してくれる! オレ達の持つ情報を誰かに伝えることが何より重視されるんだよ!」

 カガミの必死の説得にも、タバサは悩んだ。奥歯をかみしめ、握りしめる拳銃のグリップがガチガチと揺れた。目の前には狂気に染まった女が人形のように立ちすくんでいる。まるで生きていないマネキンのようだ。

 人間性がまるでないとも思えた。すでに、チェルも、ユグドラシルに喰われているのだとタバサは慄いた。


「カガミッ……! 撤退するぞ!」

「よし、先に突っ走れ! 殿をする!」


 耳障りなサイレンと、明滅するエマージェンシーライトが異常な事態を告げていて、警備員が次々と迫ってくる。もたもたとしていたらあっという間に捕らわれるだろう。

 タバサがまだ事態を把握しきれていない警備員を殴りつけて気絶させる。エレベータに駆け込んですぐに上層階を目指す。ともかく今はLDを着込むことが重要だった。

 LDロッカー付近まで移動したとき、LDスティンガーの設置している女性用ロッカーに向かおうとして、そっちの通路が隔壁閉鎖されていたことにタバサは歯噛みした。


「クッ……ロッカーに行けないッ……」

「男性用ロッカーのLDを奪え、何でもいいから早く逃げろッ」

 どうしようもないためタバサはカガミに続いて男性用LDロッカーへと入り込む。そこにはデュビアス・ソウルやインフェルノ・シャウトがしまい込まれているミツバチ隊ロッカーに続いていた。

 カガミはすぐさまデュビアスを装備して、機動チェックを早々に行う。タバサも自分に合うLDを捜すが、インフェルノは大きすぎるためラタトスクを着込むしかなかった。

 ラタトスクは子供のレツの身長に合わせているため、女性のタバサでも少々窮屈な造りだったが、それでも装備できなくはない。


「行けそうか、タバサ!」

「くう……! き、きついが……、大丈夫だ!」

「先に行け! リフトを使うんだ」

 ラタトスクを装備したタバサが地表にあがるリフトに乗り上昇し始める。追手が迫って来たことでカガミはデュビアスで牽制射撃を行いながら、バックパックのジャンプを利用して、上がっていくリフトに飛び乗った。


「問題は、どこに逃げるかだが……」

「それならば、私に考えがある……。ついてきてくれ」

 タバサが先行して逃げ場へと向かうため走りだす。

「どこに行くんだよッ……」

「ガロッシュとユグドラシルの研究をしてくれた仲間がいる……。そこまで行ければ亡命もできるさ」

「了解ッ」

 逃走劇を開始した二人はリフトで上がった後に、撤退ポイントを選定して懸命に駆けた。

 しかし、追撃はしつこく続き、フェニレクの派遣社員に登録されているLDを数体撃滅したところで、ミラが警告を発した。


「プラスミド反応、パターンにデータ有り。ガロッシュと確認」

「感染者か!」

 反応は上空からだった。ビー・ハイヴを使って迫って来たガロッシュは、着込んでいるLDがインフェルノ・シャウトではなかった。

 ゴウン! と、地鳴りを響かせて着地したガロッシュのLDは、インフェルノ・シャウトよりも更に大型だった。

 全長は五メートルを超えている。もはや巨大ロボットという風体で、パワードスーツの域からは外れている。あれを一人で動かすのはどれだけ優れたプラスミドを持っていようが難しいだろうと思えた。


「ガロッシュ!! やめろ!! お前は操られているんだぞ!」

 タバサが呼びかけるが、帰って来たのは肩に装備しているキャノン砲の一撃だった。


 ドゴォォォッ!!

 一撃で地表をえぐる弾丸は、一撃喰らえば即死するのが目に見えた。


「タバサ、やるしかないぞ!」

「くそ……ユグドラシル!」

「あれだけの巨体をどうやって制御している!? そこに弱点がないか、ミラ! パルス展開!」


 カガミの命令でデュビアスから電子パルスが走り、標的のデータを解析し始めるが、悠長にデータ採取などさせるはずもなく、ガロッシュの大型LDは左手のレーザーガトリングと、右手の大口径ショットガンで射撃してくる。

 二人は物陰をカバーにしてどうにか射撃をやり過ごす。

 どうにか隙を突かなくてはと画策したが、大型LDの腰から何かが発射された。それは丸いボールのようにも見えた。


「S・ミーネ!?」

 ラタトスクが装備していた誘導地雷だ。放たれたボールはまるで意思があるようにタバサとカガミに向かって転がる。


「破壊しろ!」

 タバサのマシンガンとカガミのアサルトライフルで、迫りくるS・ミーネを狙い撃ち、接近する前に爆散させることが出来たが、大型LDがその隙に距離を詰めてデュビアス・ソウルにレーザーガトリングを撃ち込み始めた。


 ギャギャギャギャッ!!

 嫌な電磁音を弾かせて発射されるプラズマエネルギー弾がデュビアス・ソウルの装甲を削る。

「ウグッ」

「カガミ!!」

「平気だッ! オレがあいつを抑え込む。タバサは逃げて情報を外に伝えるんだッ」

「お前を置いていけるものか!」

「慣れないラタトスクで何ができるッ! 先に行ってくれ!」


 口論している余裕はない。一瞬の出来事で命が散るような状況だ。二人そろってここで死ぬ事は最も避けるべきことなのだ。どちらか一人でもこの場から逃げ延びて、フェニレクのやろうとしている事を他企業に伝えなくてはならない。


「分析出ました。LD『ヨツンヘイム』と確認。フェニレクの新型LDです。搭乗者二名。ガロッシュと、ミナミ」

「ミナミ……? なぜ彼女が……!」

 ミラの分析結果に、悲鳴に近い声を上げたのはタバサだった。

 ミナミはカガミが赴任する前に死亡した少女だったはずだ。死んだのではなく、秘密裡に生かされていたというのだろうか。

 だが、その答えはミラが更なる情報を付け加えた事でタバサをより戦慄させることになった。


「ガロッシュが操縦を行い、ミナミは頭脳処理を担当している模様。なお、ミナミの肉体は欠損しており、脳髄を有機コンピュータに接続しているため、プラスミド反応がありません」

「に、人間を……パーツにしたのかッ!?」

 死んだとされていた少女の脳髄を取り出して、再利用した演算能力にたけたコンピュータという事だ。おそらくミナミの脳髄がガロッシュのプラスミドを利用し、Sミーネを操っているのだろう。


「カガミ、すまないが逃げる事はできない……! こんなものを見せられて、ヒトとして捨て置けないッ!!」

 そう言うと、ラタトスクが大型LD『ヨツンヘイム』に飛び掛かった。

 無謀とも言える突入に、カガミも「クソが!」と悪態をついて躍り出るしかなかった。


「死者まで冒涜するのか! それではヴァコ・ダナと変わりないではないか!!」

 タバサの怒号が敵の銃撃を縫って吐き出される。せめてミナミに安らかに眠ってほしいと願うタバサは、ヨツンヘイムを沈黙させるために敵LDの演算装置を探る。一人では制御できないLDならば、ガロッシュかミナミを潰す事で停止させることが出来ると考えたのだ。

 ヨツンヘイムがショットガンで応戦してくるが、タバサの柔軟なLD技術で踊る様に回避をすると、ホーミング性能の高いSミーネを放ってくる。


「……腰のSミーネを狙い撃て!」

 カガミのアドバイスで、発射直前のSミーネに向け、タバサがマシンガンを連射した。


「ハァッ――!!」

 ががががッ! バゴォッ!!

 脇腹付近で爆裂したSミーネがヨツンヘイムにダメージを与えた事で、凄まじいガトリングの砲撃が停止した。カガミはその隙に距離を詰める。

 それに気が付いているヨツンヘイムが肩のグレネードキャノンを放ってきた。


 ズゴァッ!!

 デュビアス・ソウルがサイドステップでグレネード砲撃を回避すると、後方にあった岩に着弾し、粉々になった。すさまじい爆風に背を押されながらも、デュビアス・ソウルはアサルトライフルを巨大LDに打ち込みまくる。


「ミラ! どこに演算装置があるんだッ! タバサに伝えてやれ!」

「分析しています。七割の確率で、背面上部にあると推測」

「ありがとう、ミラちゃん!」


 タバサが後ろを取るべく大きく軌道を変更していく。ミラの情報をもとに、タバサも推測をして、ヨツンヘイムの弱点を探る――。

 バックパックの上部、その奥に隠れるようにボックスがあった。


(あれかッ?)


 狙うには場所が悪い。巨大なバックパックを背負っているため、そのボックスが防御されてしまうのだ。バックパックの内側まで通る攻撃が必要だと思えた。

 タバサは今、着込んでいるラタトスクの装備であるSミーネを腰に確認した。

 自分ではレツのように誘導させて直撃をさせるような芸当はできない。だが、このSミーネを手榴弾のように利用したら、あのボックスにダメージを与えることができそうだった。


 腰のSミーネを手づかみにして投げつけようと動いた――が、巨大なLDであるそのシルエットに目算を誤ってしまう。

 不意に向けられたショットガンが、ラタトスクの半身を撃った。

 ショットシェルから放たれた散弾が装甲を抉り、タバサの右腕を殺した。


「ぐぅ――ッ」

 右手が完全に感覚がなくなった。マシンガンを構えていた腕から銃が取り落とされ、攻撃の手段を失ってしまったのだ。

 衝撃と痛みで足が止まってしまった事も大きかった。動きの鈍ったラタトスクに止めの一撃をお見舞いするため、ヨツンヘイムの腰からホーミング・Sミーネが射出された。


「しまッ――」

「プラスミド最大!」

 デュビアス・ソウルのセット装備に秘められたスキルを強引に発動させたカガミが、両者の間につむじ風のように舞い込んだ。

 そして、デュビアス・ソウルが両手をかざすと、膨れ上がったプラスミドが力となって具現化する。タバサに向かって投げつけられたSミーネが空中で静止したのである。まるで、サイコキネシスといわれる超能力のように、LDによって増幅されたプラスミドがSミーネを受け止めたのだ。


「ハァァァアァッ――!!」

 カガミが気合を込めてプラスミドをぶつけると、Sミーネは跳ね返り、奇妙な軌道を描いて、ヨツンヘイムの後方に投げ飛ばされた。


「はぁッ!!」

 カガミは敵のSミーネを力づくで強奪し、操作を奪うと、標的を変更させた。たちまち、Sミーネはヨツンヘイムの後部にある演算装置を目標にして飛来する。

 バゴォッ!!

 まるで磁石に引き寄せられた砂鉄のように、演算装置へ向けて、放物線を描いて跳ね上がったSミーネが直進して体当たりをした。

 ヨツンヘイムの弱点とも言える演算装置に重い一撃を食らったため、大型のLDはいよいよその上体を崩し、前のめりに倒れこんだ。


「良しッ……」

 鼻の孔から血が噴き出していたが、カガミは気にせずにすぐさまタバサに寄り、カバーに入る。


「立てるかッ」

「も、問題ない……」

「なら、逃げるぞッ」


 カガミに引き上げられるように態勢を立て直したタバサが右腕をかばうようにしたが、脚は無事だったため移動に支障はでていない。

 いつヨツンヘイムが動き出すか分からないため、二人は早々にその場から逃げ出したのだった。


 あとには砂嵐の中微動だにしないヨツンヘイムが遺されたのである。

 上空のビー・ハイヴからその一部始終を見ていたレツは、巨大LDを回収するためにヘリを降下させる――。


 カガミのプラスミドの無茶な使い方を見たレツは、彼の覚悟を確認したのだ。

 あんな強引なスキル発動を行えば、負担を自分の細胞で強いる事になる。端的に言えば寿命を縮めるということだ。そうまでして、カガミは動いた。命を張ったのだ。

 だから、レツはビー・ハイヴのミニガンで照準を合わせておきながら、デュビアス・ソウルには射撃を撃ち込まなかった。


 頼れる大人というのを目の当たりにした子供は、素直に思ったのだ。ああ、カッコイイな、と――。

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