派遣社員
ガレージに戻っていたカガミは、回収していた戦利品を厳選中だった。
色々と使えそうなパーツをミッション中に回収しては、この根城である地下ガレージに持ち帰り相棒とも言える『デュビアス・ソウル』の装備と照らし合わせる。
「コモンパーツは全部クレジット化。レアは分解だな」
LDの装甲パーツを調べて使えそうなものとそうでないものを選択し、特別必要と思えないものは資金に替えるか予備パーツとして保存させるのが基本だ。
パーツはその技術力を反映させたぶんだけ強力な性能を発揮する。パーツごとのテクノロジーの度合いを、コモン、レア、エピック、レジェンド、そしてセットと大まかに分けて価値を判断させている。
カガミほどの実力者になると、コモンやレアはもはや利用するにはあまりにもレベルが低く、廃品も同然となった。
エピック品も基本的には使う事はないが、パーツ同士のアセンブルの結果、LDの能力を活かすために使える可能性がありそうなものは取っておくという感覚だった。
大体、敵LDからはぎ取った装備はその相手の実力に比例するため、今回の収穫はあまり期待していなかった。
――事実、ほぼコモンとレア品ばかりだったし、カガミ自身こんなものだろ、と何の感情も浮かべず産廃品と言える新米ハイエナの装備を『ゴミ』に分類する。
だが、一つ、面白い装備を発見した。
「セットパーツか」
性能は最上級品のレジェンドよりも低めではあるが、このセットパーツという部類に分けられている装備は特定のアセンブルで組み合わせると装着するほどにLDに追加ボーナスと言える性能向上のスキルを付与させることができるのだ。
そのセットパーツは脚部品であり、セットシリーズ名を『アスクード』と銘打たれている。LDを構成する、頭部、胴体、右腕部、左腕部、バックパック、左右脚部という箇所にセットを揃えて装備するとその想定されたシナジーバイパスにより能力が上昇する。
アスクードは四つセットを揃えると、バイブレーションフィールドを発生させ、攻撃を弾くバリアのような膜を装甲表面に展開できるようになる。六つそろえた場合、そのバリアを一時的に周囲に爆散させ攻撃に転用できる範囲兵器としての能力も発揮する攻守を兼ね備えたセット装備である。
ほかのセット装備もそれぞれ固有のセット効果があり、それらをうまく組み合わせる事でLDは装備者の好みやミッションに適合した能力を発揮させることができるのだ。
カガミのLDデュビアス・ソウルはそのセット装備を一部取り入れ、スキルを獲得させているが、その全身が統一されていないのは、単純にセット能力だけに頼り切ったアセンブルをしていないためだ。
デュビアス・ソウルは頭部、右腕部、胴体をセットシリーズ『オルト』で固めているが、左腕部、脚部、バックパックはレジェンダリー品でメーカーはバラバラだった。
歪なデュビアスの形状は右腕はゴテゴテとしているのに、左腕はスマートに、胴体は流線形なのに、ボトムはトゲトゲしいという姿を見せていた。統一されているとみられるのはそのカラーリングくらいだろうか。
全体的に落ち着いたグリーンを基調に塗装され、サブカラーには白を使われていてアクセントになっている。駆動、関節部分などは黒く、アイカメラはブルーに煌めいていた。
「四つ目のオルトなら装備させてみても面白かったかもしれんが……」
せっかく獲得した『アスクード』のセット装備パーツだったが、一か所だけでは効果が薄い。旨みの無かった収穫物に、カガミはちっと舌打ちをして、ソファベッドに身を沈めたのだった。
しかしながら、アスクードを欲している者もいるだろう。その人物とトレード交渉するのに役立つ可能性もあるので、まったく無駄というわけでもなかった。
――それから、数日後の事である。
Pi――!
不意に響いた電子音にカガミは左腕を見た。そこには腕部に装着するタイプの小型端末があり、メッセージが着信している事を報せていた。
「ミラ、メッセージ」
「はい。ペンタ・エースからの出勤命令です」
「次の仕事か」
カガミは腕の端末を操作せず、ミラに命令を告げると、腕の端末モニタが目まぐるしく表示が切り替わり、要約をミラが音声で伝えた。
ミラはデュビアス・ソウルのAIではあるが、データ上の存在であるため、常にデュビアス・ソウルの中に入っているというわけでもない。今は、このカガミの左腕の端末に入りOS操作を行っているのだ。カガミの音声認識で端末を操り、必要な事はカガミが口頭で指示すれば、ミラがそれを実行してくれるという便利な電子頭脳であった。
ミラが今回の出勤内容を簡単に伝えた。
先のコロニー襲撃事件につながる仕事だろうと想像していたが、その想像は当たっていたらしい。
コロニーの炉心に欠陥が発見された。どうやらあの炉心に使われていた技術は元々ペンタ製のものではなく、他社の技術を盗んで得たものだったらしい。だが、その盗んできた技術自体が罠だったらしく、ペンタ・エースはまんまとブービートラップにかかったわけだ。
ある程度コロニーの炉心として活用させ、そこから企業のデータを盗み、用済みとなればアリのフェロモンが発生し、M1が襲ってくるという仕掛けだったようだ。
「大したトロイの木馬……いやアリ塚というべきかね」
「ウケルー」
「お前も皮肉が上達してきたな」
ミラの相槌にカガミが更に皮肉で返した。ミラの語録がどうにも偏ったユーモアであったためだ。
「……で、その罠を仕込んだ会社に殴り込みにでもいくのか?」
「いえ、その技術を持ち込んだ社員、ジョージ・ストンヤードが逃亡、これを追跡し処分すること、です」
「なるほど。了解したと連絡してくれ。出勤するぞ」
カガミはそのままLDガレージに向かい、ハンガーにかけているLD『デュビアス・ソウル』を着込む。
ハンガーにかかってる姿のLDは背中をばっくりと開いたセミの抜け殻のような状態で、その背中に頭から身体をつっこむようにして着込む。頭部がLDの神経リンクにはまり込むと、身体の中のプラスミドが反応し、背中の裂け目がオートで接着され密閉されるのだ。それから各部の動作チェックをして武装を選ぶ。
武装はこれまたバックパックハンガーにかけられたランドセルを装備して、ミッションに合わせた武器を持っていくように整理している。
今回はネズミ狩り、逃げる相手を補足し処分しなくてはならない。スピードと隠密性。逃さぬための一撃必殺を要求されている。
前回使用したバックパックはアサルトライフルとマシンガンを装備していたオーソドックス型だったが、今回カガミが担いだバックパックは静音性とステルスパワーが高めのバックパック、そしてそれに装着された武装はマークスマン・ライフルに、近接用高温溶解刃、通称ヤキトリだった。
標的の位置が遠ければマークスマン・ライフルで狙撃し、追い詰めたなら、刀身から炎が燃え上がる敵装甲ごと切断する破壊力を持った火炎剣だ。先に戦闘したアリのミュータントは火炎に弱く、ヤキトリは効果絶大でもある。
またM1と戦闘する可能性がないとも言えなかったので、カガミはこの装備を選択していた。
「エレベータ、始動。ハッチ開けます」
地下ガレージの奥には地上に通じるエレベータがある。そこにLDを乗せ、バックパックのコネクタをエレベータのレールに接続する。その後、ミラが出勤のプログラムを走らせると、床が上り、天井が開く。
地中五十メートルから、エレベータは素早く上昇していく。途中まで上がると、すぐに下部が閉じ、地下ガレージを密閉させる。汚染対策のためだ。
そこから、エレベータはさながらリニアレールのように高速で上がり、地表への最終隔壁が開くと、素早くLDを射出する。
「さて、ブルーマンデー。今日もお仕事頑張りますか」
カガミはLDを駆り、ペンタ・エースのヘリ発着所へと向かう。そこから標的の逃げた方へと飛ばしてくれる輸送ヘリ『ハニービー』を出してくれるそうだ。今回も自分独りの仕事らしく、カガミは気が楽だった。
基本、ソロを好むカガミには、他者との連携はうざったいばかりでやり辛いと考えていたためだ。特に、こちらは派遣社員でその他は正社員とかになると、こちらへの扱いは碌なものにならない。
ヘリのコンテナに収まったカガミは、ヘリのパイロットから簡素な命令を受けた。
「標的は明確な意思をもって逃走中だ。おそらく、仲間がいると思われる」
「つまり、そのジョージさんはハナっから敵のスパイだったってことだろ」
良く分からない敵対企業の技術を使った炉心をコロニーに設置させたとなると、色々計画済みの犯行だったんだろうとカガミは推測した。そして今回の事件でスパイのジョージは逃げ出して仲間の元に戻ろうとしているということか。
「結局、相手はどこの企業だ。ゼッカか?」
「ゼッカではなく、レベル・ミリオン社だ」
ペンタ・エースは正直なところこの企業間戦争において中小企業という位置にある。対して、ゼッカはそれなりに大きな会社だ。全開ゼッカのハイエナがいた事から、ゼッカの仕業かと考えたがそうでもないらしい。
レベル・ミリオンは近頃、大きな利益を出している企業であり、おそらくペンタ・エースよりは上に位置するだろう。
企業戦争の基本として、自分より大きなモノにはかみつかず、小さなものを己の血肉に変えていく。そして巨大に膨らんで行き、大企業になっていくと言うのがセオリーだ。
ペンタ社のような中企業は食いつぶせそうな隙があれば、一回り上の企業が目を光らせ喉笛を狙ってくる。
レベル・ミリオンも更なる事業拡大のため、ペンタを食らおうという魂胆だったのだろう。ここでスパイをみすみす逃してしまえば、完全に丸め込まれてしまったということで、ペンタ・エースは舐められてしまう。
そうなると、ペンタは他の企業からも容赦なく攻撃を受け、ピラニアの餌のように貪りつくされることになるのだ。
だから、面子を守るためにも、なんとしてもスパイを叩き潰す必要があった。そして、こちらに手を出せばどうなるのかを相手に見せつけないと、また攻撃を受けてしまう。
生死は問わないが、生かして捕らえた場合、ボーナスを出すと伝えられた。
「そんな任務を派遣にやらせていいのかね」
「社員は一大戦争を仕掛ける準備中だ。ゴミ掃除にすぎんよ」
嫌味を隠しもせず、お前は雑用係に過ぎないとはっきり言うヘリパイロットに、カガミは「ご苦労様です」とだけ返した。
今回のコロニー炉心事件はペンタ・エースとして、レベル・ミリオンを攻撃するだけの理由が明確にある。おそらく、今本社では軍備をガチガチに整えているところだろう。レベル・ミリオンを食い殺せると想定する力を準備したら、ペンタは一気に攻撃にでるのだろうが、派遣のカガミにはどっちの会社がつぶれようがそれほど興味がない。
今の雇い主がペンタ・エースであるものの、それは派遣会社指令であるためでしかなく、派遣会社に登録されているカガミにとって、ペンタに何かしら思い入れがあるわけではない。
派遣社員として、シゴトをするだけだ。
――シゴトに必要なものは責任感ではなく、プライドである。それが派遣社員カガミのモットーだった。
(責任感で命を捨てたくはないが、誇りのためなら理不尽に死ねる)
「まもなく作戦区域に到達」
「カガミ、『デュビアス・ソウル』。出るぞ」
輸送ヘリから、デュビアスは落下していくのだった――。歪なシルエットのLDが崩壊したビルが立ち並ぶ人造ジャングルに沈んでいった。
「ミラ、常時索敵。パルス全開」
「了承(ラジャ)」
「――……おいおい、マジかよ」
カガミはパルスが捕らえたプラスミド反応に思わずため息を吐かずにはいられなかった。
この旧時代のビルの遺跡が立ち並ぶ放棄された都会ジャングルには各所にプラスミド反応が検出されたのだ。
つまり、ここは多数のミュータントの巣になっているようだった。
「こんなところに逃げ込んだってのは、なにか意図があるのか……」
「推測を申し上げても宜しいですか」
「なんだよ」
「アリのフェロモンを吐き出す炉心の技術を持ってきたスパイというのであれば、その技術転用はLDにも行われている可能性があります」
「……なるほど。アリの仲間と思わせている……そういうことか」
目標であるスパイは、自身にアリのフェロモンを纏わせて、アリミュータントから襲われないように細工している可能性がある。
だから、このアリの巣になっているこの場に逃げ込んだのだと、ミラは推測した。その意見にはカガミも同意したが、そうなるとこの状況は非常に厄介だ。
「このプラスミド反応をしらみつぶしに、LDが紛れ込んでいないかを判別しろってことかよ」
「全て外れの可能性もあります」
「……ちょっと考える」
カガミは思案した。スパイは恐らく仲間と合流するために逃げていると情報を得ている。ならばどうやって合流するというのか。そこにヒントがあるように思えた。
「ヘリか?」
「もう行きました」
「ヘリだな」
この荒廃世界を移動するのは並大抵の苦労ではない。空路としてヘリでの移動を行うのが定説だ。現に、カガミもミッションはいつだってヘリで運搬され、ヘリで帰投する。
「なら、ヘリが接近しやすいところに待機している可能性が高いって想像するよな」
「プラスミド反応を厳選します」
カガミの意図を汲んだミラが、スキャンで拾った敵性反応から、ヘリが下りる事が出来るであろうポイントに近い処に留まっているプラスミドを選出する。
「たぶん、こうです」
「曖昧な演算だな」
「『たぶん』と言ってみたかっただけです」
標的の可能性が高いと判断されたプラスミド反応はそれでも四つあった。
これ以上は絞り込みも難しいだろう。時間があればまだ判断もできるかもしれないが、相手に感づかれて逃げられてしまう事を考えると早々に行動しなくてはならない。
「迎えのヘリが来るか、迎えの部隊がくるのか分からんが、どちらにしても、ヘリは来る……。前者ならヘリだけ潰せばいいかもしれんが」
「後者の場合、最悪撤退、場合によっては逆に殺される可能性があります」
レベル・ミリオンの部隊の練度にもよるだろうが、こちらは一体なので、数で負けるだろう。そして現在装備している武装を考えると、あまり乱戦には向かない。速攻で標的を発見し殺害するのがベストだ。
「近くのヤツから行く。警戒は常にしろ。戦闘と同時に動くようなプラスミドがあればすぐ報せ。オーバー」
「ラジャ」
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