身から出た火炎

 マークスマン・ライフルのスコープカメラから覗き込んで、巨大なアリがのさばっている光景を目にしたカガミは息をひそめてその場から離れる。その表情は苦虫をかみつぶしたようだった。


「ここも外れか」


 三つ目のヘリ降下予測点を確認したカガミは周囲にLD反応がなく、M1ばかりであった己の不運に舌打ちした。

 残る一つがビンゴなのか、そもそもヘリでの回収を計画していないか、まだ分からない。このままスパイを逃がしたら、食い扶持がなくなる。死活問題になるため、カガミは焦燥感が滲み始めているのだった。


「ミラ、予防線を考えてパルスの反応を広げて報せろ。おかしな動きをしているモノはないか」

 カガミの指示にデュビアス・ソウルから発せられるパルス反応が更に高感度のものとなる。索敵範囲が広まる代わりに反応の更新がズレてしまう。自分の身の回りの状況を大雑把に確認するための広範囲スキャンモードだ。

「反応を検知。作戦領域に接近する四つのプラスミドを確認。いずれもLDと思われます」

「レベル・ミリオン側のスパイ回収班か……早いなッ……」


 まんまと逃げられてしまったかとカガミは半ば焦った。派遣のカガミは些細なミスひとつで賃金を跳ねられてしまう立場だ。やれと命令された事は絶対にこなさなくてはならない。

 場合によっては、相手の四体のLDを相手にしてでもスパイをひっ捕らえる必要も出てくる。


「……いえ、違います。LDはいずれもペンタ社の物であることを確認」

「何ッ……」


 ミラが識別したLDデータはその装備がペンタ・エースの製品でアセンブルされた純正のLDだ。間違いなくペンタ・エースの社員と判別できた。

 依頼主のペンタ・エースのLD班がなぜこの作戦区域に出向くのか。彼らはヘリのパイロットが言うには全面戦争の準備中のはずだ。この仕事はゴミ掃除のような雑用に過ぎないとも言っていた。だとしたら本社の社員がこの場で行動する意味はなんだというのか。


「どういうんだ?」

「動きに乱れがありません。真っすぐに目標に対して移動している模様。地下を進んでいます」

「そう言う事か……!」


 カガミは苛立たしい声ですぐに移動を開始した。


「ミラ、四体のLDの進行方向を割り出して、目標地点を推測しろ。そしてそこへの最短ルートをGPSにラインを引け!」

「了承(ラジャ)」


 ペンタ本社のLDが明確な意思を見せて班行動をしている以上、それは業務作戦に他ならない。その事から、おそらく今回のカガミの派遣は出来レースだったのだと推測した。

 ――派遣社員にミスは許されない――。ミスをすれば、本社の人間から無能の烙印を押され、収入を天引きされ、貰えないことはおろか、派遣会社そのものから沽券にかかわるとして解雇を命じられる。場合によっては処刑されてしまうこともあるのだ。派遣社員と言うのは先方の期待に応えてこそ成り立つ商売であるからだ。使えない派遣社員は無用の長物である。

 それは避けなくてはならない由々しき事態だ。

 今回の件、ハナっからペンタ社はスパイの居所を掴んでいたのだろう。そのうえで現在契約している派遣のカガミを出向させ、情報をあいまいに伝えて仕事に当たらせた。

 その間、スパイの居所を知っているペンタ社の実行班が、カガミよりも先に標的を拿捕すれば、カガミは能力に難ありとされ、契約を打ち切られ、金だってもらえないだろう。使えない者と烙印を押されたフリーターの末路は死につながるものばかりだ。

 中小企業のペンタ社がこれから他社と戦争をするという事で、少しでも出費を抑えようと画策しての作戦だったのだ。


「スパイは地下を利用し隠れている。地下鉄の路線図から予測点はやく」

「出ました」


 ミラの声と共に、カガミの網膜にバードビュウの地図が表示され、スパイを捕らえるための最短ルートと目標到達時間が現れる。だが、カガミはその所要時間に「ダメだ」とそのナビを突っ返した。すでに廃線となっている動かないメトロ電鉄を通るルートはどれを選んでもペンタ社の班に追いつけない。


「ペンタの奴らよりも先に、スパイを捕らえる必要がある。バカ正直に最短ルートを行くだけじゃ間に合わん!」

「最短ルートを出せと申し上げたので」

「口答えしてる場合か! 使えるものを使うんだよ!」


 カガミの理不尽な物言いにミラはすぐさま別のプランを表示する。


「スパイを助けるのはいかがでしょうか」

「……え? ああ、そうか! さすが水平思考AIだ」


 カガミが掌返しにミラを褒めると、ミラは感情籠らぬ機械音声で「フフン」と鼻歌を零す。柔軟性あるAI、水平思考型とされるミラの茶目っ気は時折無駄な人間味を見せびらかすのだった。

 ミラの提示した計画はつまり、ペンタのLDがスパイにたどり着く方が先ならば、いっそスパイを逃がす事でペンタの人間から離してやればいいというものだ。

 それに伴い表示されたルートで、カガミはデュビアス・ソウルを全速で走らせた。

 スパイの住処に向かう四体のLDは地下に走るメトロ線を利用して移動しているのだが、途中途中にあるM1の巣を避けてルート選択をしている。カガミはそこを利用するため、地下にもぐり、あえてM1の巣を突っ切ってスパイの居場所とLD隊の中間に躍り出るルートを選択した。


 薄暗い地下道に救う巨大アリの巣は普段なら避けるものだが、今はこれこそ近道を作るギミックとなっていた。

「前方、プラスミド反応。M1です。数多数」

「ヤキトリで行く」

 左のバックパックハンガーにかけていた刄金のステッキを装備させたカガミは多くが蠢いているアリの巣に突っ込みながら、そのステッキのスイッチを入れる。すると、ただのステッキかと思われた通称ヤキトリは真っ赤な火炎の舌が伸び、刀身を覆うのだった。


 暗い通路に灯った火炎の明かりに反応したM1の大群が驚き戸惑いながら散り散りになる。熱に敏感なアリは突っ込んでくるLDから逃げ出すように動く。しかしカガミは手近にいた適当な一匹にヤキトリを振りかざして貫いた。

 火炎刃がアリの胴体を焼き焦がしながら貫くと耳をつんざく断末魔を上げて絶命する巨大アリ。それに慌てふためいた他のアリがデュビアスを敵として反応し攻撃するべく、走り抜けていく深緑のリビング・ドールを追いかけだした。


「来たな、『トレイン』させるぞ」

 わざとこちらに注意を向けさせ、アリの敵意を集めるとカガミは後に追ってくるアリを列車に見立てて引き連れまわす。

 スパイを追うために加速の早い装備に変更していたのが意外なところで功を奏した。アリの追撃スピードよりも、デュビアス・ソウルの走行速度のほうが上回っていたのだ。あとはうまく誘導し、この『トレイン』をペンタ・エースの班と衝突させてしまえばいい。


「手頃な一匹だ」


 カガミは小さめのM1を発見し、それにヤキトリを突き刺した。そしてアリを突き刺したままその躯を地下通路の壁にゴリゴリと押し付けて走りだす。グチャグチャと嫌な音を立てて、蟲の体液が荒廃したトンネルの壁に塗れていく。

 アリの身体からでるフェロモンを壁にこすり付けて、アリを誘導する道しるべにしたのだ。その結果、まんまと策にはまったペンタ社のLD隊は怒り狂ったアリの軍勢に阻まれ、スパイまでの最短ルートを潰す事に成功したのだった。

 これで時間稼ぎもできる。あとはスパイを追うだけだ。

 スパイが潜伏しているだろう箇所はLD隊の動きである程度推測できる。加えて、このスパイはアリのフェロモンを利用しているのだとしたら、アリの巣を隠れ蓑にするだろう。今回のカガミのように。


「……となると……!」


 地下道を通り、進む先のプラスミド反応で、大きなアリの巣を見付ける事が出来た。

 カガミはそこを目標としてデュビアス・ソウルを走らせる。途中、アリが後ろから追ってこないように途中で見つけたガソリンタンクを燃やして火炎の壁を作った。アリは火を恐れるため、これ以降は追ってこないはずだ。


「まもなく、予測地点です」

「アリの巣か」


 カガミはミュータントアントの反応が多数確認されるポイントに差し掛かった状態で一度身を隠して巣の状況を確認した。スコープカメラを最大望遠にして、パルスを指向性にし、目標方面に放射した。背後が無防備になりやすい状態だが、まだ追手がやってくるまでには時間がかかると踏んでの事だ。


「LD反応を検知」

「いたか」


 アリの巣に交じって、一体、LDの反応があることを掴んだカガミはその反応に向けてスコープカメラをズームさせ……。

「うッ……」


 流石に酸っぱいものが胃からこみ上げてきそうになった。

 そのLDの状態を見て、カガミは吐き気をもよおしかけたのだ。


 スパイと思しきLDはフェロモンを纏いアリの巣に紛れ込んだのだろう。事実それはうまくいったようだが、ひとつ手違いがあった。

 アリはスパイを敵と認識はしなかったようだが、同族の、オスアリと思われたらしい……。思い返せば、コロニー炉心にタマゴを生みつけていたことから、今回のブービー・トラップに利用したアリのフェロモンはつまり、仲間の匂いと思わせるにしても生殖に関するフェロモンだったのかもしれない。

 アリは処女女王アリがオスと交尾することでタマゴを作る。オスアリは一生分の精子をメスに奪われて死亡するのだ。


 スパイの男も、そうなったらしい。LDは語るも無残な状況になっていた。巨大アリに、スパイは強姦され死亡したようなのだ。


「撤退を提案します」

「同意」


 ミラの提案に、カガミはそっとその場を引くことにした。

 スパイの最期はいつも惨めなものだと思っていたが、さすがのカガミも憐れに思ってしまう亡骸だった。


 ……スパイはすでに死んでいた。目標は達成されたのだ。スパイの死亡の証拠データだけを吸い上げ、カガミは一刻も早く冷たい水を飲みたかった。

 これで、本社よりも早く仕事をこなし、メンツも保たれただろう。最も、その本社の班をワナにはめたのはカガミ自身でもあるが、それはお互い様である。契約違反を先に行ったのはペンタ・エースなのだから。


 しかし、これ以上ペンタ・エースをビジネスパートナーにするのは難しいと考えたカガミは、派遣会社に連絡し次なる派遣を求めるように提案するのがベターと、ペンタ・エースとの契約を終える事にしたのだった。


 ――それから数週間後、腕の端末から響いたミラの声でカガミはニュースを知った。

「ペンタ・エース、敗北。レベル・ミリオンに軍配が上がったようです」

「こういう時、なんていうのがいいかな」

「ざまぁみろ。でしょうか」


 カガミは自業自得とか、因果応報とか、そういう言葉で締めくくるべきと思っていたのに、人工知能のミラがあんまり砕けた表現をするので、

「正解」

 ――と、笑った。

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