海水浴するミツバチ

 ユリカゴ02及び03における実験内容。

 『新人類製造企画、エヴォリューションプロジェクト』。ヴァコ・ダナが秘密裡に進めているカンパニープロジェクトの名称。

 宇宙コロニーユリカゴの02号と03号を利用し、住人を対象に特殊な薬物を投与し、計画は進められていた。

 02は女性に薬物を投与。03では男性に薬物を投与させる。それはあくまで新人類製造の一過程に過ぎず、計画はその薬物投与された者の子供が検体となる。

 ヴァコ・ダナが作り出した薬物を投与された者は、その性別で効果が変わる事が分かった。

 女性に投与した場合、繁殖力があがり、受精後、物の二週間で赤子を出産することが可能になる。また人並み外れた体力を獲得し、数回のお産を繰り返しても生命の危機に陥る事が少ない。

 男性の場合は、著しく知性が低下し、筋肉が膨れ上がる。骨格も一回り以上に肥大化し頭皮の毛髪が抜け落ちてしまう。しかし、超人的な肉体能力を獲得し、LD装備者と生身で格闘をこなす事も可能になる。最も新人類に相応しいと当初考えられていたが、放射能耐性を完全に克服できておらず、自制が聞かずに本能のまま行動に出る事から種馬として使用する事で実験を続ける。


 ユリカゴ03に潜入したタバサとカガミが入手したのは、そんな情報だった。

 タバサはユリカゴ03の実験区画で行われていたその非人道的な光景に施設を爆破させてしまいたくなった。それをカガミが冷静になれと落ち着かせて持ち帰ったデータを、現在フェニレクで分析していた。


 ユリカゴ03ではまるでファンタジーに出てくるオーガだかトロールだかに似た醜悪な大男が隔離部屋にてモニタリングされていた。

 第一印象は、『ヒト』のミュータントというのがシックリきそうだと、カガミは思っていた。

 隔離部屋の中の大男が、元、人間の男性であるというデータを入手していなければ、実際人間をミュータント化させているのかとも思えるほどだ。

 だが、実験施設の目的は、その大男自体ではなく、その男の遺伝子であり、あくまでも大男は種馬でしかないのだとその光景は訴えていた。


 隔離部屋の扉が開いたかと思うと、そこから若い女性、少女らが入ってきてすぐに扉が閉じられる。

 すると、目の前の大男を見た女性たちは悲鳴を上げて逃げ惑うが、逃げ場などどこにもなく理性の低下した大男にあてがわれた哀れな女性たちが次々と襲われていくのだった。

 大男が飽きるまで性交を繰り返したのち、睡眠ガスが放たれ大男らは意識を失う。そして散々弄ばれた女性たちを職員が回収していくのだ。

 実験はその子種を注ぎ込まれた女性の胎内をメインで行われていた。超人の精子と、健康的で若い子宮で作られる赤子が、『新人類』に近しいとして、胎児の状態から検査と改造を繰り返されていくのだ。


 そうして作られたドナー・ベビーは別のユリカゴで保護管理され、細かくデータを取られているらしい。


 悪魔の実験場と思えたユリカゴから脱出したタバサとカガミは無事にフェニレクまで帰還するのだが、タバサの精神的な打撃は大きかった。

 ここまで倫理観が欠如した状況を彼女は知らない。


「……ヴァコ・ダナ! こうも腐りきっているとは……」

 メンタルケアも兼ねて、休憩中のカガミとタバサだったが、タバサはデスクに拳を殴りつけて鬼畜の所業とそれに対して現状何もできなかった自分に怒りを露にする。


「オレがいた頃のダナインの時代から、命をデジタルに見ていたからな。細胞のデータがあれば有機3Dプリンターで遺伝子配列を造りだせちまう。ヒトは、まさに神になったんだ」

「人をなんだと思っているんだ……!」

 こうも感情を露にしているタバサを見たことがなかったカガミは、そっと彼女の身体を抱き寄せた。

「……カガミ……」

「ミラも、あんな実験の材料にされた。その怒りは分かる」

 その言葉に、タバサは怒りに震えていた身体を、ふっと弱めた。自分以上の地獄を、カガミは体験したのだから。

 今、あの光景を見て、トラウマを持っているカガミこそを、気遣わなくてはならないのだ。そう、考えた。


「すまない……」

「いや……」

「私は……性善説を信じている」

 タバサがそっと、カガミから離れ、そう打ち明けた。

 ――性善説。人は生まれながらに善き生き物であるという考えだ。

 リンクしてから、二人の間は随分と縮まり打ち解けあったような間柄になった。それでタバサが、人の持つ可能性や、愛情、人間賛歌を掲げて、人間性を大事にしている女性なのだと理解した。


「こんな世の中に生まれ、世界は弱肉強食の中で他人にどうやって噛みつくのかを窺っているばかり……。でもさ……信じたいんだ。私は……」

「隊長……」

 映像として残っている過去の情報から見ても、かつて人類が栄華を極めていたころ、人々には心の余裕があり、互いを慈しんでいた時代もあった。

 彼女はそんな時代に憧れているのだ。おそらくタバサが戦う理由は、それなのだろうと感じた。

 いつしかこの世界にも希望をもって生きていけると、そういう社会を組み立てなおしたいとタバサは願っている。


「今回の事で、何か手がかりが見えるといいですね」

「ああ、そうだな。ヴァコ・ダナの実験は悪魔の所業とも言えたが、これがユグドラシルにつながる何かになれば……働いた甲斐もある」


 ――それから数日ののち、タバサが持ち帰ったデータの見分が済んだらしく、ユグドラシル研究はひとつ段階を進めることが出来たらしい。

 次なる任務がミツバチ隊に舞い込んできたのだ。


 その任務は、ミツバチ隊の本懐とも言える二輪目のユグドラシル捜索任務だった。

 ヴァコ・ダナの情報から推測し、研究班が出した結論によるユグドラシルが生まれる可能性の高い場所が割り出された。

 それは矢張り、ヴァコ・ダナの勢力圏内であった。ヴァコ・ダナの影響下にある海域がセカンド・サンクチュアリである可能性が高いと指令が来た。


「海ですか?」

 カガミが今回の作戦区域を確認して、一面海という状況に眉を寄せた。

「ああ……そこにユグドラシルが生えている可能性があるという……」

「だって、……海でしょう?」

「ああ。海中に生えているかもしれないと……研究班は可能性を示唆した」


 タバサ自身も半信半疑の表情であったが、かつては水草や海藻という植物もあったことから、海中にも植物は群生するとして、今回のミツバチ隊派遣が決まった。


「各員は水中用装備を確認し、ビー・ハイヴにて待機」

「了解(ラジャ)」


 ミツバチ隊はそれぞれが自分のLDの元に移動して、装備を見直す。

 水中とてLDは活動可能だ。元々宇宙服から派生されて作られたため、深海も水圧に耐える装甲を用意できれば潜っていくこともできる。

 カガミはLDロッカーへと移動すると、すでにリリナが水中用装備を用意していた。

 デュビアス・ソウルの装備は丸々変更を加えられ、完全に水中用に組み立てなおされている。


「全部、入れ替えたのか」

「うん。水中用の装備は支給されてるし、それでまとめたよ。セット装備と一部エピックね」

 LDは各パーツを限定された組み合わせでアセンブルすることで、エネルギーバイパスとプラスミド反応を向上させることが出来る。それにより、特殊なスキルを獲得できる場合もある。それがセット装備だ。

 デュビアス・ソウルは頭部、両腕、胴をセット装備に変更されていた。『ノード』というセットに変更されており、このセット効果で水中適正が向上するようだった。脚に関してはセット装備ではないものの、流線形の脚部パーツに変更され水流への抵抗を弱めてくれる、これも水中用の装備であった。


「水中戦はあまり経験がない」

「ある人のほうが特殊だよ。今回は水中戦の可能性も考えて武器は全部近接武器だけ。火薬もエネルギー銃も、ヤキトリもダメね」

 水中でLDが活動できるからと言って、武装までが機能するわけもない。水の中で火器を使用できるはずもなく、武器は全て無骨な接近戦用武器になる。一部例外はあり、魚雷ミサイルは使用できるだろう。

 デュビアス・ソウルにあてがわれていたのは、槍だった。トライデントと名付けられている三又のフォークのような武器は相手に突き刺してダメージを与える。


「……戦闘にならない事を祈るが……海の中ともなると、魚のミュータントが現れそうだな」

「うん、隊長もそう言ってた。カガミはトライデント。インフェルノ・シャウトはアンカー・ハンマー。あと、盾も持たせてる。そんで、ラタトスクは魚雷ランチャーと電磁ネット。スティンガーは二刀流の剣」

「オレだけ貧相じゃないか?」

「だって、新入りだもん。優先度は一番下なの」


 にやりと悪戯な笑みを浮かべるリリナに、カガミは「おいおい」と辟易した表情をするが、赤毛の少女はカラカラと笑って「うそうそ」と無邪気な顔に切り替わる。


「武装はトライデントだけだけど、その分デュビアスはアセンブルパーツを一番よくしているから、四体の中でも一番水中で動きやすくなると思うよ」

「まぁ……戦闘はないに越したことはない」


 水中戦が行われるとして、LDに損傷を受けた場合、エアの供給に支障が出る可能性がある。そうすれば、呼吸ができなくなり溺死するのだから、背部のバックパックへのダメージが避けなくてはならない。エアにしても、推進力にしても、バックパックに詰め込まれているからだ。

 カガミがデュビアス・ソウルを着込むと、各部チェックを素早く行い、オールグリーンを確認し、ビー・ハイヴへと乗り込むのだった。

 面々がビー・ハイヴに乗り込んだと、ヘリは早々に飛び立ち、作戦領域まで移動を開始する。

 その間にタバサが今回の作戦を隊員につたえる事となった。


「今回は、二輪目のユグドラシルが群生している可能性がある海底調査だ。水底で植物を見付ける事。プラスミド反応がキモになるので、レツの感度には期待している」

「任せてくれよ」

 レツがまだ幼い男児という色が抜けない表情で歯を見せて笑う。

 植物のプラスミドを検索するなど、やったことも聞いたこともない。それを熟(こな)すには、センスが必要だ。しかもこの広大な海で見付けるのは砂漠の中で1本の針を探すようなものだ。

 レツの感知センスは、おそらく常人を超えているとこれまでの任務でも感じていた。カガミはラタトスクの感覚をいかに引き出すかが重要だろうと考えていた。


「でも、なんで海の中って答えが出たんです」

「作戦海域は、ヴァコ・ダナの領域だ。ヴァコ・ダナはこの地点をゴミ捨て場にしている。産業廃棄物を投棄しているわけだ」

「海をゴミ処理場と勘違いしてるのかよ……」

 環境の汚染も度外視しているヴァコ・ダナのやり口に、カガミは悪態をついてしまう。

 どこまで行っても、人類はこの星に対して敬意を感じていないのだと思い知らされる。


「まさか、ゴミの中にユグドラシルの種が混ざっているとでも?」

 あまり口を開かないガロッシュが、なぜそんなゴミ捨て場にユグドラシルが群生している可能性があると考えたのか理解できないと疑問の声を滲ませる。

「フェニレクのバイオテックはそう推理したらしい。例えユグドラシルが見つからなくとも、海底の土、周囲の水を採取してくる必要があると任務も受けている」

「産業廃棄物って具体的には、何を捨ててるんだ?」

 レツが質問したが、タバサもそれは分からないと首を横に振った。ただ、そこにヴァコ・ダナが特定の廃棄物を投棄しているという情報のみがあり、その廃棄物が何かを特定するのも重要だと付け加えた。


「レツはビー・ハイヴで待機、上空からプラスミドパルスを海底の他三名にリンクさせて調査。またビー・ハイヴが攻撃されないように護衛することを重要視しろ」

「ヘリが落ちちゃ戻れないからな」

 輸送ヘリ『ビー・ハイヴ』が攻撃され、撃墜されようものなら、ミツバチ隊はたちまち全滅するだろう。海底で任務行動に当たる以上、エアの残量がなくなれば上がるしかなくなる。その時、回収するヘリがなければそのまま窒息するだけとなる。

 レツが就いたポジションは誰よりも重要な仕事なのだ。


「三十分が作戦のタイムリミットだ。それまでに二輪目のユグドラシルを発見するか、なんらかの手がかりを獲得すること」

「もしヴァコ・ダナに気取られていたら?」

「その時は恐らくビー・ハイヴが攻撃を受けるだろう。レツはビー・ハイヴを守りつつ、他三名は作業を辞め、すぐに撤退を考えることだ」


 ミッションの確認は終わった。やがてビー・ハイヴは陸地から離れた海上を飛んでいた。

 天候は良くない。雨は降っていないが黒雲が立ち込め、風も強かった。波も荒れているため、ビー・ハイヴはそこで停滞し続ける事が困難な状況だった。


「回収艇を用意したほうがいいんじゃないのか? この状況でヘリで待機と回収を行うのは危険だ」

「ダメだ。ビー・ハイヴ以外では回収は出来ない。ヴァコ・ダナの排他的経済水域だと言ったろ。船は出せないんだ。蜂の巣だからこその隠密作戦だ」

「帰還の綱は、ガロッシュが持っている。インフェルノ・シャウトは盾を無くすな!」

「アイマム」

 インフェルノ・シャウトが装備している『盾』は簡易ホバー・ボートになる。そのボートは水上に浮くだけではなく、それを足場にジャンプ台にすることで、上空に停滞しているビー・ハイヴへと帰還するためのルートを作り上げるのだ。


「エア要領と海中機動力から考慮してカガミが先行。次いでガロッシュ。私は三番手だ」

「上からでもプラスミドは感知できるのか、ラタトスク!」

「若者の感性を見せつけてやるからさっさと潜れ、オッサン!」

 レツがパルスを展開させると、他三体にもリンクされてクリアなレーダーが網膜に映りこむ。海中内の微量なプラスミドを検知でき、水中に生物がいる事が分かる。恐らく魚のミュータントだろう。どれも小さく、脅威になるようなものではないと判別できた。


「デュビアス・ソウル、カガミは一番槍で行く!」

 装備していたトライデントを振りながら、親父ギャグとも取れる発言をして、デュビアス・ソウルは荒れる海原に飛び込んだ。


「ミラ、水圧を見ておけ。海はなにが起こるか分からんと、太古の昔から言われている」

「了解(ラジャ)。スクリュー始動、エアの供給に異常なし」


 ゴボゴボと泡を噴き出しながらデュビアス・ソウルはバックパックのスクリューを回転させて推進力にする。そして、暗い海の底へとダイビングを進めていくのだった――。

 水中花を捜索する、不気味な海域調査が始まった。

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