荒廃世界のリビング・ドールズ

花井有人

リビング・ドール

「まもなく作戦区域です」


 感情を感じさせない無機質なミラの声が、カガミに届いた。


「今回の仕事は敵のせん滅ではありません。コロニーの異常調査です。戦闘はできる限り避け、現場の状況データを集めてください」

「敵は?」

「ミュータントですが、他社のLDが派遣されている可能性もあるため、交戦の可能性もあります」

「派遣社員のオレはいっつも独りぼっちだぜ」


 愚痴りながらもどこか面白そうにカガミは軽快な様子で吐き出した。

 網膜に映し出される情報は、ミッションの詳細と目標を伝え、ミラが言付けることがなくとも十分理解はできる。


 カガミは派遣社員だ。年は二十七。制約を嫌う彼はどこかの企業に身を置くわけでもなく、自由気ままな派遣社員というスタイルが性に合っていた。

 今日の仕事はペンタ・エースから請けた同社の運営していたコロニー調査だ。

 現在カガミは、ペンタAのヘリ『ハニービー』に搭載されて作戦区域に向かっている最中だった。


 カガミは着込んでいるキグルミの各部チェックをこなし、バックパックハンガーの武装をチェックした。右ハンガーにはマシンガン、左ハンガーにアサルトライフルというオーソドックスな銃器はカガミのお気に入りだった。

 それから腰のホルスターには小型マグナムが収められている。戦闘が主任務ではないと言われているが、それでもこの程度は装備していくことは当然の事である。

 この地には、人外の姿をした化物、ミュータントがはびこっているからだ。


 かつてどこか北の国が他国への挑発行為を繰り返し、ミサイル実験を多発させていたのだがそのささやかな実験が、何の手違いか核戦争の幕開けになった。

 近隣の島国はかつて核を落とされた唯一の国として名を馳せていたらしいが、今は名前も残っていない完全な核汚染の地となっていた。北の国が発射したミサイルが島国に落ちてから、人類は三度目の大戦争を開始した。

 かつて有名な学者が『第三次大戦が起こった時、どんな武器が使われるか不明ですが、四つの目の戦いの武器は石と棍棒だろう』と予言した。それは残念ながら外れてしまう事になったのだ。

 核の嵐が地球を包み込み、母なる世界を汚しぬいた罪深き人類は、第三次大戦を乗り越え、汚染された地で生きるため、さらなる文明を作り上げていった。

 戦争に勝利者はおらず、国という存在自体が崩れ去ったこの世界において、人々を導き、統括したのは一部の巨大企業体だったのである。

 生物の住めなくなった地表から生活の場を求め、人類は二つの住処を獲得した。


 一つは地中にコロニーをつくり、そこで生活をしていくという選択。二つ目は高高度に作られた宇宙ステーションから放たれたユリカゴという施設である。

 上か、下か。そのどちらを取るにしてもかつて栄華を極めた人類とは思えぬ過酷な状況であった。


 今、カガミの向かっているコロニーもかつては多くの人々が暮らしていた地下シェルターのひとつだ。

 だが、今そこは地獄と呼ぶべき世界になっている。どこからか出現したミュータントがコロニー内部で生活していた市民を食い殺して回っているのだ。

 問題は、なぜコロニー内にミュータントが入り込んだのかということだった。ペンタ・エースの運営していたコロニーの全滅した理由を調査するのがカガミの任務である。


「目標地点に到着、リビング・ドール投下」

「幸運を」

「カガミ、LD『デュビアス・ソウル』出るぞ」


 ヘリパイロットの無線ののち、カガミは出撃を報告し、ヘリのコンテナから飛び降りた。

 高度三十メートルから落下するカガミは、その身体をキグルミ――リビング・ドールに包んでいる。

 リビング・ドール、通称LD。完全に人の住めない地表となった世界で人類が屋外活動するうえで着込まなくてはならない対汚染地帯防御服であり、そのサイズは着込めば全長三メートルほどになる大きな宇宙服のようなものだった。

 しかしながら、LDがただの防御服ではない処は、この環境に付随して現れる敵性存在用装甲兵器としての役割もあったからだ。


 汚染された空気のみならず、人体に影響ある電磁波や、先も記述したミュータントが出現するため、LDには戦闘用の兵器として装甲や重火器を装備可能になっていた。


 高度三十メートルから落下していくLDのバックパックが逆噴射して落下速度を押さえ、荒れた地表にどずんと沈みこむ。

 さながらSFに出てくる二足歩行型ロボット兵器のようにも見えるシルエットのLDだが、リビング・ドール――すなわちキグルミと称されたのはその内部の状態にある。

 LDはまさに着込むようにして装着し、内部に座席があるコクピット型ではなく、どちらかというとパワー・アーマーの側面が強い。


 特筆すべきはその装備者に合わせたカスタマイズが自在なハードウェポンシステムを採用していることにある。各企業が多数のLDパーツを製作し、任務に就くLD装備者はそのミッションに合わせた装備を組み替え、自作のLDで出撃する。

 カガミのLD、デュビアス・ソウルもまた各企業のパーツを組み合わせたものとなっており、左右非対称のその歪な姿は名の通り、『不明瞭な魂』の体現のようでもある。

 最も命名したカガミは、デュビアス・ソウルを外見で名付けたわけではなく、自分自信の曖昧な魂魄を投影したに過ぎなかったが。


「ミラ、コロニー入口を確認したぞ」

「データ、確認。正常ですから進みましょう」

 コロニー入口には通常ならばきっちりと閉じられているであろうはずが、ぽっかりと口を開いて来訪者を招いていた。


「先を越されたか?」

 カガミは自分の到着よりも前に、何者かがこのコロニーに侵入した可能性を考えた。

 企業間の情報戦はすさまじく、どこかのコロニーが襲われたと情報があれば、火事場泥棒のようにそこへ別企業のLDがやってきて物資を盗んでいく始末だった。他社の技術をより多く獲得することは企業間戦争のこの時代において大きなアドバンテージになる。

 デブリを漁る狼藉者という考えはなく、この世は実にワイルドにしあがっていた。


 コロニー内部は闇に包まれており、完全に電力網がダウンしているようだった。地下に作られたコロニーは電気がなければ単なる人口トンネルと大差ない。

 カガミはLDの頭部に装着されたライトを点灯させ、進行方向の視界を確保し、そのまま内部に侵入を介していく。


 暫く進むと死体が転がっている事を確認した。どうやら、このコロニーの守衛だったらしいが上半身のみであり、腹部から下はただの肉の塊になっていた。


「見えるか」

「はい、肉の抉れかたを見る限り、大きなハサミで切断されているようです。いえ、ハサミというより顎ですね」

「ミュータントか」

「はい。恐らくM1、アント型と思われます」


 M1はミュータントの照合ナンバーであり、ミュータント1号の略であるが、M1はアリの変異体である大型のモンスターアントを示す。

 汚染された環境に適応しようと生物はそれぞれに特異な変化を繰り返し、人類の敵、アボミネーションと呼ばれる敵性体となっていた。巨大アリの全長は一メートルにも達し、人間を捕食する。

 普段は地中奥深くに巣をつくり、無防備な相手を軍勢で襲うのだが、コロニーに入り込んでまで襲ってくると言うのは考えにくいものだった。


 カガミはそのまま歩を奥へと進めるといよいよ死の臭いが強くなり、コロニーの惨劇が至る所で見受けられた。

 約二百人が暮らすコロニーは老若男女、分け隔てなく生きたままアリの餌食になったらしい。世界を汚染させた人類に対する罰と言わんばかりに、霊長類と呼ばれた存在が虫に食い殺されているのは皮肉なものだった。


「ミラ、パルス展開」

 カガミがミラに命令すると、デュビアス・ソウルから目には見えない電磁波が放射されていく。それは超音波と電気信号を送ることで獲得できる周囲の情報を感覚で認識できる『スキャン』効果を伴っていた。

 LDはその装備者の神経とダイレクトにコネクトするため、パルスによって獲得した情報はカガミの脳内と網膜に周囲の情報として浮かび上がり、自分自身を俯瞰視点でどこにいるのか確認できるようなレーダー機能を発生させる。


「プラスミド反応」

 ミラの報告により、カガミは身構えた。右のバックハンガーからライトマシンガンを装備する。

「数は」

「多数――前方四」


 意識を操作することで、LDのカメラをズームさせることもできる。ライトが照らす更に先、敵の気配をサーモグラフィーのようにシルエットで感じ取れた。

 四体の人型のシルエットはLDだと分かった。他社の送り込んだハイエナ部隊だろう。何かしら使える物品を物色しているらしくゴソゴソと探りまわしている様子だった。

 シルエットの形状から、カガミはこの部隊が企業『ゼッカ』のものだと判断した。LD四体どれもが同じ形状をしており、デュビアスのように歪なパーツ構成をしていない。つまり、企業から支給された装備そのままでアセンブルされたLDという事だ。そのバランスの良いアセンブルは利点もあるのだが、融通の利かない部分もある。


「やっていいのか」

「交戦許可が出ています。ハイエナに餌を与えるなとのこと」

「オーキー・ドーキー」


 敵の位置はすでにパルスで確認済みだった。相手はまだこちらに気が付いていない。

 カガミはLDの腰から下げているグレネードポーチから煙幕弾を取り出し、投げ込んだ。

 コォン、と乾いた音が響き、敵LD四体が何事かと反応した時にはもう遅かった。電磁波を含んだ煙幕が広がり、狭いコロニー通路を包み込んだ。


「な、なんだ! 煙幕!?」

「敵、敵襲!」


 慌てて警戒するがあまりにも無防備すぎた。せめて背後に見張りをたてるくらいしておくべきだったなとカガミは無様なゼッカのハイエナにマシンガンを注ぎ込みながら思うばかりだった。


 ドタタタタ、と小気味いい発射音が響き、断末魔の悲鳴が四つ上がったところで、煙幕が晴れる。


「新入社員だったのか、どうりで経験値が低いわけだ」


 転がっていたLDの死体を確認し、その躯がまだ若い女だったことに、カガミは呆れていた。ハイエナが回収していた物資を四つの躯から確認し、適当に奥に固めておく。あとでペンタ・エースの正社員がやって来た時にまとめて回収するだろう。

 だが、このゼッカの装備品は好きに持って行ってもいいはずだ。哀れな短い人生を終えた四体のLDから使えそうなパーツをはぎ取り、バックパックに詰め込んだ。こうやって利益を獲得しなければ派遣社員などやっていけない。その後もう動かなくなった死体をひとつ小脇に抱えた。


「墓でも作るのですか」

 と、ミラが問いかけてきた。


「まさかだろ。アリのエサになるかと思ってさ」

 アリのミュータントに襲われた痕跡があるコロニー内でありながら、まだそのアリを発見していない。どこからか襲い掛かってくるかもしれないため、いざと言う時のデコイにできるだろうと、女の死体を利用しようと思い立ったのだ。

 LD装着状態のまま担ぐのは重かったので、装備をはぎ取り、裸にして運ぶことにした。死体の中には男もあったが、一番軽そうな死体を選んだだけで他意はなかった。今の時代、なんでも利用しなくては生きていけない。ましてや死んでしまった以上はもうこのくらいしか役に立たないだろう。カガミは哀れな新米社員にせめて役割を与えてやろうと考えたのだ。


 コロニーの奥に更に進んでいくと、いくつかアリの死骸があった。先ほどのハイエナ部隊が交戦し数匹撃退したのだろうか。はたまたこのコロニーの警備隊が撃退したのかは分からないしどうでも良かった。

 ただ、そこでカガミが考えたのはそろそろミュータントのテリトリーかという事のみである。


「ミラ、パルス展開」

「オーキードーキー」

「真似するな」

「すみません、プラスミド反応」


 プラスミドはDNA分子の総称であるが、ミュータント、およびLD装備者には多かれ少なかれこのプラスミドが異常に高く検出される。デュビアスのパルスからそのプラスミドの反応を感じ取り、どこに敵性体がいるのかを瞬時に把握できるソナーのような使い方をして、ミラはカガミに報告をしていた。

 茶目っ気を見せたようなミラではあったが、その声はまったく抑揚がなく、人間味を帯びていない。

 それもそのはずで、ミラはカガミのLDに搭載されているAIだからだ。言わば、デュビアス・ソウルの意思と表現しても差し支えないだろう。


「右の通路、奥に密集しています。数、五……いえ六」

「めんどくさいな」

「殲滅は任務に含まれておりません」

「アリ退治自体は本社の奴らに任せるとするか」


 重要な事はなぜアリがこのコロニーに出現したかであり、アリ自体は問題ではない。アリを家の中で見付けたからと一々、プチプチ潰してもまた侵入されてきては無意味だ。なぜアリが入り込んだのかを調べ、対処するのが適切とペンタ・エース社も考えているという事だろう。

 どうやらアリの軍勢は固まって食事をしているらしい。アリが群がっていたのは居住区であり、そこで肉を食らっているのだろう。

 今のうちにさっさと仕事を済ませてしまいたい。そう考え、カガミは炉心に向かって進んでいく。どんどん地下に下りていき、闇が広がる。ライトを付けていたがここまで来たら、ライトでの確認よりパルス確認のほうがいいだろうと、ライトは切り、パルスを常時展開して調査を続けていった。

 パルスを展開させ続ければそれだけエネルギーの消耗が激しいので、あまり使いたい手とは言えなかったが、深部に近づくにつれ、そうも言えない事になっていた。


「おい、見えるか」

「はい、炉心部確認。あれは、タマゴです。M1のタマゴ……」

「なんでコロニー炉心に産み付けてる?」

「データ採取中です。暫し待機」


 かなり電波障害が強い。なんらかの原因で炉心が融解しかけているのだろう。

 コロニーの炉心はかなりしっかりと建造されているはずだ。にもかかわらず、なぜこんな事態に陥ったのだろう。カガミは不可思議なこの状況に静かに身をひそめたままミラがデータをくみ上げるのを待つしかない。


「データ取得完了、現場からの撤退を提案します」

「あいよ」


 肯定の返事をしたカガミだったが、炉心の底に空いていた穴が気になったため、念のため最後の確認と覗き込んだ時、カガミはぞっとして鳥肌を立てた。

 その炉心の下に空いた穴の奥に、無数のアリが蠢き、その中央に一際大きな女王アリがいたからだ。


「アリの巣穴に直結かよ」

「撤退を推しています」

「ビビってんのか、ミラ」

「キモイですから」


 妙に人間味を帯びた感想を言うミラにカガミは軽く笑う。

 そして、提案に乗って早々にこのコロニーからの脱出を図ることにした。


 LDを走らせ出口を目指すカガミだったが、急きょ響いたミラの警告に足を止めた。


「プラスミド感知」

「満腹になって寝てりゃいいのに」


 それは行きに出くわした居住区のアリの軍勢だった。出口に向かう通路に出てきており、どうしてもそこを通過しないわけにはいかない。

 数が七体いる事をパルスが感じ取り、ミラの報告より一匹多いぞ畜生と無意味な愚痴を吐き出した。


「アリをやっても旨みがないんだ。弾の費用を抑えるために、強行突破のとんずらさせてもらうぞ」

 カガミがそう言い、けたたましく雄叫びを上げ、通路に群がるアリの軍勢に突っ込んだ。そして、その折、アリの群れの中に担いでいた女を投げ込む。

 アリは突っ込んでくるLDから放り投げられた肉から血の臭いを感じ取って、一斉に女の肌に食らいつき、肉をちぎって内臓を引っ張り出す。

 ちょっとしたスプラッタ映像と音声がパルスを通じて感じ取れたが、カガミはただ脱出だけを考えようと意識的に無視をしてデュビアス・ソウルを全速でダッシュさせたのだった。数匹、カガミに向かって迫って来たが、途中で転がっていたゼッカのLDの死体を通り過ぎた時、アリはいよいよカガミの追跡をやめ、食事に移った。


 暗闇から光を求めて駆け抜けたデュビアスは、どうにか地獄のアリコロニーから生還を果たした。


「ミッション、お疲れさまです」

「ペンタに連絡しとけ、火炎放射器がいるってよ」


 アリの駆除に最も適した装備だ。ここから使える資材やデータを回収するにしてもアリの駆除をしてからでないと難しいだろう。密閉された空間の中で焼き殺すのが一番いいとカガミは思った。あの巣穴のクイーンを見る限り、まともにLDで駆除できるものじゃない。


「で、炉心のデータでおかしなところはあったのか」

「はい。あの炉心からフェロモンが発生しております」

「フェロモン? アリの道しるべか」


 アリが行列を作るのは、同族のフェロモンを追うからだ。炉心からそれが発生されていたというのはどうにも奇怪だが、クイーンがタマゴを生みつけに来た理由としては納得がいく。


「ま、どうでもいいさ。オレは所詮派遣社員。会社の製品問題は本社の社員に任せるだけよ」


 荒廃した大地を走り、LD『デュビアス・ソウル』は電磁嵐の中に姿を消したのだった――。

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