第13話 亡国の宰相ガストン
我は虐げられて育っていた。
王族の血を引いているものの、民衆からは慕われずに兄ばかりが聡明なる君主として君臨していた。それはきっと兄の見た目だけだったんだろう。すらりと伸びた手と足。顔も文句なしでかっこいいと思われるくっきりとした顔。王になってからは髭を蓄え貫禄も備わって名君と
王にしては正直で素直な部分も、民衆からは評価が高かった。
貴族の中では美人で性格も良いと有名だった女を妻とし、我は激しく嫉妬した。
そんな兄とは違い我は手や足も短く、幼少の頃から家臣たちにさえダメな弟だということをあからさまに言われ続けた。まるでブタのような腐った女みたいだと。
だが、そんな我を兄は差別せずに弟として礼儀正しく接してくれた。だがそれすら我には嫌味にしか思えなかったのだ。
だからクーデターを起こした。
幸せそうな王国をめちゃめちゃにしてやるためだけに。
それは我にとっては
王とその妻を我の剣のひとつきで殺し、王女に呪いをかけ城近くの狭い小屋に押し込めたとき、我はなにかに勝利した気分を味わった。
うまくクーデターが成功したのは、流れの魔法使いの言うことを聞いたからだろう。我の気持ちを全てわかってくれ、
その黒い魔法使いは『スピネル』と名乗り、どこの国から流れてきたのかは不明だったが、我にとっては
そして我はクーデターの実行役の中で、とてもいい働きをした年上の人と我は結婚した。その人は王女をいじめ抜くことだけに執心していて、我たちの間には子供などは出来なかった。所詮自分のことだけを考えた結婚であり、
だが我は平和だったのだ。
ボンクラな兄とその妻を騙し首尾よく殺したあと、その娘を幽閉し、贅の限りをつくす。反発した民衆は全て処刑するという、人の生き死にまで介入できる。まるで自分が神になったような気分だった。
スピネルは飽きたのか、我が王になり、贅沢に執心だったころに姿を見なくなった。それからすぐに隣国の騎士団に攻められ、あっという間に我は捉えられたのだ。
「王よ、いや……今は捕虜だナ」
我がエレスチアル王国の牢獄へと連行されたあと、スピネルが現れた。
「おい、貴様!! 我を見捨ててどこへ行っていたのだ」
「見捨てたわけではなイ。呆れたのダ。所詮小物は小物だっタ。しかも王女までも奪われてしまったとはナ」
独特のイントネーションで話をするスピネル。
どうやらこの男の目的は国ではなく王女だったのか。
「あれだけ強力な呪いを施したのに、なぜ解かれタ?」
我は知らぬと言おうとしたが……この男の目的は王女。ならば我が助かる手は一つしかない。
「あの呪いを解呪するところを見た。我はその場所を知っている」
中庭にあった異質な魔方陣。きっとそれが手がかりになるだろう。多少の嘘をついてでも、我は生き延びる道を選ぶ。
スピネルはそんな我を見る。いや正確には見ている感じがする。
スピネル自身はすっぽりと黒いローブを着込み、顔は黒い
ガキン、と音がし鉄格子が折れた。スピネルの魔法によりあっという間に警備兵たちを倒してゆうゆうと牢を抜け、警備兵たちの流した血のじゅうたんを踏み、我はエレスチアル王国を抜け出したのだった。
*
「城の中庭だ。そこに解呪の魔方陣がある」
我の国、ペリステラに戻ってすぐにスピネルに解呪の場所を教える。
「そうカ。しばし試してみたいことがあるので、王にも同行願いまス」
嫌な予感がしたが、今この男に逆らうほうが危ない気がして、我はうなづいた。城下町を我が歩いていても、民衆の誰一人として我にひれ伏す者はいない。それ以上に民衆たちが生き生きとしてそれぞれのやるべきことをこなしている。
「ふん。あれほど荒らしてやったのにな」
その光景がとても面白くなくて、我はつぶやいた。
そんな我を見て、スピネルは不気味に笑った気がした。
「ここだ。なにか紫色の女がここで魔方陣を書いていた。我が見ていたのはそこまでだった」
中庭の真ん中の石畳を指差す。
今は洗い流されなにも残っていなかったが、スピネルはなにかを感じた様子だった。
「魔力の残り香がありまス。ここからすぐ近くの街にその女がいル」
我は首根っこをスピネルに掴まれ、そのまま空へと移動したのだった。
*
……いろいろとチビりそうだった。いや、少し漏れたかもしれない。元国王たる我が何たる失態だ。
我は森の手前にある小さな古びた小屋の前に立っている。
スピネルに扉を叩けと言われ、我は言うことを聞いて扉をノックする。け、決して漏れたのがバレないようにと動揺していたわけではないぞ。
「誰? 勧誘なら間に合ってるからいらないわよ」
中から低めの女の声がし、扉がゆっくりと開く。
顔を見せたのはやはり、あのとき懸命に中庭に魔方陣を書いていた女だった。
「スピネル、間違いない。この女だ」
そう我が言ったと同時に、スピネルは小屋ごと消滅させる勢いのファイヤボールをこちらに投げる。
「うわ! 我まで燃やす気かっ!」
だがその特大のファイヤボールは、小屋に触れる前に立ち消える。
「……あんたね。あのムカつく呪いを作ったのは」
その女はスピネルに向かって広げた手からチリチリと
「ペリステラ国の宰相ガストン。連行願います」
なんてことだ。
我の顔を知っている奴らはすでにスピネルが始末しているはずだ。
だけど目の前に立って我を捕まえようとしている緑の髪の男は、我にも見覚えのない普通の青年だった。
「というかそこに突っ立っていたら、魔法に巻き込まれますよ。命を落としたくなければこちらへ」
うんざりした顔をしてその男は我の袖を掴み、小屋から離れた街のほうへと歩いて避難する。
「スフェーン、そいつは殺さずに大学へ連絡して。どうせまたコイツが助けに行くだろうから、魔術結界を張るように伝えるのよ」
わかりました、とその男は言った。
スフェーン……どこかで聞いた名だ。あれはどこでだったか。
「あまり僕の素性は思い出さないでくださいね。ここに僕がいるのがバレたら面倒なことになるので」
そのとき後ろから閃光と黒い雲がぶつかって、まばゆい魔力が飛び散る。
魔術の戦いというのはなんて派手なんだ。
しばらくその花火のような戦闘を見つめるが、途中でイライラした女がブチ切れたようだった。
「あー、もうウザすぎる。
服の袖からヒラヒラとした紙を出した女は、スピネルに向かってそれを投げる。反応してその紙に黒い魔法を打ち込むスピネルだが、打ち込んだ魔法が当たった直後にスピネルの姿はかき消すように消えてしまった。
「やっぱりね。しばらくは戻ってこれないわよ。さて……」
「警備兵がくる前に、ですね」
「そうよ。あたしをこんな気持ちにさせるなんて、タダじゃおかないわ。それにあの術式にどんだけの手間がかかってると思ってるのよ。ルーペ使ってちまちま術式を書いた二時間分の時間、しっかり返してもらうわ」
ジロリと二人に睨まれる我。
先ほど漏らしたピンチよりも、もっともっとヤバいピンチであった。
*
きつい尋問を受けるのかと思いきや、緑色の男に全ての情報を読み取られただけであった。最後に紫色の女に言われた一言に我はものすごいダメージを受けた。その言葉は今思い出しても思考の表側にすら出せない、キツい言葉だった。
「さて、仕上げにアレをやろうかしらね。そろそろ大学から使者も飛んでくるだろうし。楽しみだわ」
「う、僕のアレをやるんですね。外道すぎませんか? ティファニー様」
「いいのよ。あんな奴とつるんでいたんだから、それぐらいどうってことないわ」
そう言って女は、我の目の前に美味しそうないちごのケーキを出す。
「いまのやり取りを聞いていたなら台無しだけど、まあ……食べて頂戴」
そう言えばここ2日ほど食事をまともに取っていなかった我は、我慢しきれずにそのケーキにかぶりつく。
シフォンやスフレと勘違いしそうなほど柔らかいスポンジケーキにしっとりと馴染んだいちごのリキュール。みずみずしいいちごはスポンジケーキにしっかりと挟まっていて、舌触りの変化を楽しませてくれる。柔らかく泡立てた生クリームの中にも薄くリキュールが混じっていて、スポンジケーキとともに舌に溶け込んでいくような味わいで、お腹の空いていた我の身体に馴染むような、今まで食べたことのない極上のいちごのケーキだった。
「……うまい、わよ。ってアタシどうなっちゃってるのよぉ!」
「ふふふ、生き恥を晒しなさい。亡国の宰相ガストン」
その後ろでは緑色の男がアタシを見ている。なんて素敵な男なのかしら。だけどアタシの兄にはかなわないわね。っていうかこの気持ちが本当のアタシなんだわ。今までの男でいようとしたアタシは無理していた姿で、この気持ちとこの態度がアタシにとっては爽快なものだった。堅苦しい言葉を捨てて、さらにペリステラの元国王という地位も投げ捨てて、これからは自由に生きていくのよ。
クネクネとポーズを取って迫るアタシをみて、男は言った。
「お、おまわりさん! 変態がここにいます!!」
☆今回のアイテム『未熟ないちごのケーキ』
スフェーンが初めて作った魔法のお菓子。この頃のスフェーンは魔法のお菓子屋さんを開こうと色々努力している。だけど美味しいがゆえに魔法のアイテムとしては未熟な効果しか現れない。今回のいちごケーキは口調だけがオネェになるもので、ティファニーは取り調べの最中にガストンをオネェ口調にする目論見であったが、ガストンの元々の人格を引き出したという余計な効果まで付加してしまった。失敗作。そしてガストンはオネェ人格のままエレスチアル魔法大学に
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