第5話 騎士団員マリアライト
団長はわかっていない。もっといい指揮官になれることを。
団長はわかっていない。私はこの任務がとても嬉しかったことを。
団長はわかっていない。私が団長を――――
「……僕は疲れたんだよ。騎士団に」
「な、なんでですかっ! スフェーン団長はあんなに……みんなに好かれていて何もかもが順風満帆だったのに!」
ラリマー団長は、スフェーン氏に自分の憤りをぶつけている。その二人の会話を私とティファニー氏は黙って聞いている。
スフェーン氏は、私が新人の頃に騎士団を辞めた元騎士団長である。私の新人時代は当時、平の騎士団員であったラリマー団長からずっと教育を受けていた。
なのでスフェーン氏と顔を合わせたのは、入団式に団長として挨拶したときだけ。だから私にとってはラリマー団長が団長で上司で先輩で……私を一番よくわかってくれている方だと思っている。
「ラリマー、僕は……人の心がわかってしまうんだよ。聞きたくなくてもね」
「そ、それがどう……」
団長は何かに気づいたようで、それ以上、スフェーン氏を問い詰めることが出来なかった。
「君ならわかるだろう? 心が読めなくても、騎士団のみんなが何を考えているのかはさ」
どうやらラリマー団長は心当たりがあった様子で、スフェーン氏の言葉を黙って聞いている。
「僕はゴメスがやりたいことを先回りして理解し、良い結果になるように誘導してきた。でも、それをしているうちに僕の心は疲れ切ってしまった。で、ある日、何もしたくなくなってしまったんだ」
私も、ラリマー団長がそうなってしまわないように、先回りしているつもりであるが、私の力だけではなかなか上手く行っていないんだろう。だから今、こうしてスフェーン氏を攻めているのだ。
確かに、一人で全てを抱えるには、今の騎士団は重すぎる。
「今はさ、ティファニー様と出会って、もう一つの夢だった魔法使いになるよう、修行している。君の目には逃げているように見えるかもしれないけど、僕は……僕自身は前向きに行動しているよ」
その話を聞いたラリマー団長は、なにか憑き物が落ちたみたいに、スッキリとした顔を見せた。そして改めてティファニー氏へと向き直る。
「我々の事情で話し込んでしまい、申し訳ありません。改めて確認しますが、僕ラリマーとマリアライトがこの派遣任務を行います。宜しくお願いします」
私もラリマー団長に合わせ、慌てて敬礼する。
「宜しくお願いします」
めんどくさそうにティファニー氏は「あっそう」と一言だけ返事する。そこに被せるようにスフェーン氏は、
「僕が大まかな指示をするので、いいですか?」
そう問いかけてきたので、はいっ! とラリマー団長は騎士団員の頃に良くしていた生きのいい返事をスフェーン氏に返したのだった。
スフェーン氏はラリマー団長に軽く指示をしたあと、私に近づいて来てこっそり耳打ちをする。
「ラリマーに恋心を抱いているんだね。君を巻き込んだお詫びに、僕が作った香水をあげるよ」
なんということだ。
私がラリマー団長のことを考えて昨晩眠れなかった、この気持ちをスフェーン氏は知っているのだろうか? ……誰にも言ったことがないのに。
スフェーン氏から、はい、と手渡された小瓶の中には、ピンクの液体。その中にはキラキラと金色の砂粒のようなものが舞っていた。
「まだまだ修行中で効果は微妙だけど、時間帯的には一緒にディナーを楽しむときにつけるといいよ。頑張って」
「は、はい」
面食らった私は、スフェーン氏に私の恋心を否定することを忘れてしまった。なので、素直に返事してしまい、顔が真っ赤になった。
そんな私の様子に、スフェーン氏は優しく微笑んでくれた。
こうして、ラリマー団長と私は無事に素材採取の派遣業務を始めることになったのだった。
*
ごくり……。
ダメだ、さっきから私の喉は乾きっぱなしで唾を飲み込まないとカラカラだし、手は汗をかきすぎてベタベタになっていた。
ティファニー氏から借りた「まったく着ない」という藍色のドレスを着て、震える指先で口紅を塗っているのだが、うまくいかない。
「今日の夕食は、スフェーン団長が美味しいところを紹介してくれたので、そこに行ってみようよ」
と、ラリマー団長は私を誘ってくれたのだ。
だから、こうして着たこともないドレスを着て、したこともない化粧を頑張っているのだが、似合っているのだろうか。
なんとか化粧を終え、私は鏡を見る。
ドレスのサイズはぴったりだったのだが、似合っているかどうかはわからない。そして、浮かれた真っ赤な口紅は、私には到底似合わなかった。
「……」
黙って口紅をぬぐう。
いつも化粧はしていなかったから、このままでもいいだろう。
そして、先ほどスフェーン氏から貰った香水を、襟の開いた首筋に付け「よしっ!」と気合を入れる。
時間に追い立てられるように私は宿の自室を出て、一階にある居酒屋で待っているラリマー団長のところへと向かった。
「お、お待たせしました……」
喉はカラッカラ。手はじっとり汗をかいているので、ドレスをぎゅっと握っている。いつも兵隊服なので、足が心もとなくてスースーする。
そんな私をラリマー団長はぽかんとした顔で見ていた。
「あ、あの?」
私がジッとラリマー団長を見ると、団長はビクッとした。
そして一呼吸おいて、言ってくれた。
「似合うよ、マリアライト」
*
目の前にはラリマー団長がいる。
団長の右隣にはスフェーン氏。その対面には、ティファニー氏。
『なんでっ! 団長と二人きりの夕食じゃなかった!?』
心の中で私じゃないような人格が叫んでいる。が、私は表情を崩さずにいると、ドリンクが運ばれてきた。コンテ街特産であるワインを持ち、皆で乾杯した。
二人きりならもっと良かったけど、依頼主と仲良くなることも重要な任務だと思い直し、私はこの場を楽しむことにした。
美味しいと評判のレストランなのが頷けるぐらい、こんがりと焼きあがっていて綺麗に盛り付けてあるチキンソテーがテーブルに乗っている。トマトソースにはガーリックが入っていて少し刺激的な味わいだけど、それも美味しかった。
照明は各テーブルにおいてある蝋燭だけ。ランプじゃないほのかな明かりはムード満点だった。
「それでですねスフェーン団長ぉー!」
「あのもう団長ってよしてくれないかな? 僕は騎士団を辞めた身分だし」
でも僕の中では団長なんですよぉ! とラリマー団長はすっかり酔っていた。一緒にお酒を飲んだことがなかったけど、ラリマー団長って結構酔うとおかしくなるんだろうか。
そう思いながらラリマー団長とスフェーン氏のやり取りを聞いている私。ティファニー氏は食事に夢中で、会話をぜんぜん聞いていない様子だった。
「僕はラリマーって呼ぶから、僕のことは呼び捨てでもなんでも構わないよ」
「そ、それじゃ……スフェーンさん……で」
ん、と言う返事をしてスフェーン氏は満足げだった。
そしてなんとラリマー団長は顔を赤らめて、キラキラした目でスフェーン氏を見つめている。
まるで団長はスフェーン氏に恋心を抱いているような、そんな表情に見えた。
「スフェーン、あんたの魔法は失敗」
食事に夢中になっていたはずのティファニー氏が、スフェーン氏にダメ出しをしている。その言葉を聞いたスフェーン氏はものすごくがっかりしていた。
「マリアライトがつけている香水の効果は『好きな気持ちを引き出す効果』だけ。だから惚れ薬みたいな効果はないのよ。あたしは匂いですぐわかったけど」
「うぅ、また精進します……」
ラリマー団長はスフェーン氏にべったりくっつきそうな勢いの中、私たちはディナーを楽しんだのだった。
「これはね、あたしが頼んで作ってもらっているデザートよ」
ティファニー氏にすすめられそのデザートを見る。白くてとろけそうなものが、透明な器に盛られていた。スプーンでそれを掬うとしっとりと雪のように溶けていく。
スプーンの上で溶けないうちに急いで口に運ぶと、バニラとミルクの香りがしてほんのり甘くて冷たいものが舌の上で溶けてしまった。
「……っ! 美味しいですね」
「でしょう? アイスクリームっていうのよ」
ニヤリと満足気にティファニー氏は笑い、デザートをおかわりしていた。
*
「今日は森にある
わたしとラリマー団長は最初の任務ということもあり、今日は二人揃って採取に向かうことにした。慣れてくれば別行動も取れるだろうが、土地勘に慣れるまでは揃っての行動になるだろう。
いつもの群青色の兵隊服に身を包み、私は襟元のボタンを留める。
昨日はあれから、ラリマー団長を支えながら宿へと戻ったのだが、その帰り道で団長に言われた言葉が未だに心に残っている。
その言葉は私の心の奥底に仕舞っておくことにした。とても嬉しかった言葉だったからだ。今日の朝、団長に聞いたらすっかり忘れていたようだったけど。
「どうやらここに長居するなら、ちょっとした家を借りたほうがいいかもしれないね。マリアライトはどう思う?」
「ですね。宿に止まり続けていればお金も減り続けますし、良いと思います」
光苔をすぐに見つけ、手早く採取していく私たち。
この分だと雲母の収集を含めても、午前中に任務は終わってしまうだろう。
「今日、早く任務が終了したら、家を見に行かないかな?」
「わかりました」
ちょっとだけ、団長と私が一緒に住むということにドキリとしたが、これも任務だと思うことにした。
期待したら、裏切られてしまうから。
*
「おう、てめえらが家を借りてぇってヤツらか」
「そうです」
ニコニコとラリマー団長は大きい身体で色黒の熊……いや人間に返答する。
ここは不動産屋の『ブルックリン商会』であり、目の前にいるのはハンスと呼ばれている熊。家を借りたいということをスフェーン氏に相談すると、ここを紹介してくれたのだった。
「僕たちのここの家もブルックリン商会から借りているよ。だから相談すればいろいろと優遇してくれるんじゃないかなぁ。あ、安くするなら女性の場合は僕の名前を、男性の場合はティファニー様の名前を出してね」
スフェーン氏は私たちにウインクをしながらそう言った。なんか、そういう部分が軽くて私はスフェーン氏を好きになれない。ラリマー団長はそのウインクですら懐かしがっていた。
そんなことを思い出していたら、私が気づかないうちにラリマー団長は家を決めていた。郵便物がすぐに届きやすいように、コンテ街の繁華街にある二階建てのそこそこいい家である。
「安いんだよ! シャラントと比べても半分の価格だし、さらにこんなにいい家なんだよ! すごいよね!」
嬉しそうにラリマー団長は言う。
なにかお得とか半額なんかの言葉には弱そうだな、団長って。
☆今回のアイテム『未熟な
惚れ薬とは魔法のアイテムの中でも有名なものであるが、大抵の惚れ薬は飲むタイプのものであり、香水タイプのものはティファニーが新たに開発したもので、香りは青いリンゴの果実のようなさっぱりとした甘い香りである。今回、スフェーンが作った未熟な恋する乙女は、好きという効果だけを引き出すものであり、見境なく好きなものに好意をしめすというはた迷惑なもの。ティファニーはレストラン『ホースチェスナット』の料理をこよなく愛しているため、静かに料理を味わっていた。マリアライトについては自制心が強いため心の中で思うだけであり、まんまとその効果が如実に出たのはラリマーだけである。未だ製作途中のため、非売品。
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