第4話 騎士団長ラリマー
僕はラリマー・ドゥ・ベルナール。シャラント領の騎士団長をしている。
「はぁ……」
ぽっと出でしかもまだ若造な僕についてくる団員は少ない。今日の任務も失敗してしまった。息の合わないチグハグな戦闘に、毎日苦労の連続である。
「よう、貴族様。残念だったな」
ヒッヒッヒと下品な笑いをして、副騎士団長のゴメスは僕の肩を荒々しく叩き、そのまま部屋を退室する。今日の任務も僕とゴメスの指示が正反対で、団員たちはほとんどがゴメスの言うとおりに動いていた。
ゴメスは頭を使わない要領の悪い戦闘方法で、簡単にやっつけられるゴブリン三十体を相手に苦戦してしまった上に、全てを退治しきれなかった。さらに畑を踏み荒らしてしまい、農民から苦情まで出たのだった。
なので、僕はこうして始末書を書くために職場に残っているのだが、大量に積み上げられている陳情書で作業スペースがなかった。
「はぁ……」
僕はそのまま、机の前に積み上げられている陳情書を片付けながら目を通す。
『この前の嵐で壊れた橋の修復作業』
『でこぼこの道すぎて雨が降ると酷い有様です。直して下さい』
『森が広がって我々の村を侵食しています。その調査をお願いしたい』
『幽霊が出るという噂の池の真相を確かめてほしい』
目につく陳情書全てが、農民、もしくは憲兵にでも出来るものであった。そして、場所がはっきりしていないもの、期日が書いていないものなど、陳情書一枚ではすぐに行動できるものじゃないので、僕は机に突っ伏した。
「うっぷ!!!」
そのとき、一枚の陳情書が僕の顔に張り付いた。読んでほしいと言わんばかりに、なぜか
僕はその陳情書を顔から剥がし、目を通してみる。
『魔法素材の採取依頼。コンテ街周辺で採取できる素材を集められる人員を二名、急ぎにて派遣してほしい。連絡はジャック・オ・トゥラデス店主 ティファニーまで』
やたらとくっついてきた陳情書は、丁寧な文字で理路整然と記載されているものであった。こういう文面で書いてくるものは珍しい上に、任務もわかりやすく成功するものが多い。
コンテ街といえば、ここから一日ほどの移動距離がかかる僻地の街である。そして素材採取と言えば時間がかかる作業なので、向こうのコンテ街へしばらく滞在するようになるだろう。
「ん、そうだな……」
僕と、僕の信頼できる部下であるマリアライトとで行けば問題はないだろう。もちろんマリアライトに出張が出来るかどうか聞かなければいけないが、彼女なら二つ返事で了解してくれるだろう。
ギシッと古い事務椅子を鳴らして僕は腕組みをし、考える。
今の騎士団はめちゃくちゃだ。それは僕の異例の団長就任にも原因がある。副団長のゴメスは、前団長が辞めたときに団長に就任し覇権を握れると思っていたのだろうが、何故か任命されたのは、僕だった。
「君ならこの騎士団をまとめ上げる能力があると思うよ。ハハハ」と前団長に言われた軽い言葉は今でも覚えている。でも、僕は未だにこんな体たらくの騎士団の団長のままだ。陳情書もモンスター退治のものはかなり少なく、騎士団としての挟持もなにも……ない。
僕はこの任務にかこつけて、ここから逃げたい、という気持ちが湧き出してきた。コンテ街でのんびりと緩い任務をこなしている日々。疲れた今の頭にはそれがものすごく魅力的に思えた。
「よし」
僕は明日、マリアライトに出張の可否を聞くことにした。
*
「おはようございます、団長」
規律正しい声。
勤務開始の十分前に必ずマリアライトは出勤し、僕に挨拶をする。その姿は姿勢正しく、キリッと僕に敬礼しているところも毎日変わらない。挨拶と同時にショートカットに切りそろえている青くて綺麗な髪がふわっと揺れる。
「おはよう。マリアライト」
普段はこのままそれぞれの準備へと移るのだが、今日は違った。
「あのさ、コンテ街にしばらく出張することは……可能かな?」
キョトンとしてマリアライトは僕を見るが、すぐに返事が帰ってくる。
「ええ、任務ならば何処に行っても構いませんが」
僕はひらりと昨日の陳情書をマリアライトに見せる。
しばらく目を通した彼女は、
「大丈夫です。今日すぐに行きますか?」
「いやっ、今日は準備と引き継ぎがあるから、早くても出るのは明日以降かな。僕と一緒なんだけど、それも問題ない?」
「はい。問題ありません」
涼しげに返事をするマリアライト。よかった。これでしばらくこの嫌な空気の騎士団から離れられる。
僕は今までにないスピードで陳情書をまとめ上げ、遅くに出勤してきたゴメスにざっとコンテ街のあらましを説明し、任命する。
「これから僕は派遣任務をこなしてきますので、僕の代わりに騎士団をまとめていて下さい。団長代理ということでよろしくお願いします」
その僕の言葉に、ゴメスは嫌らしい笑みを浮かべる。
「団長様はずいぶんと大変な任務に赴かれるのでありますな? こちらのことは心配せずにじっくりとその任務をこなして下さいませ」
馬鹿丁寧にゴメスに言われるものの、僕の心はもうコンテ街へと飛んでいる。
「ああうん、君に一任するから騎士団をよろしく。それとデータ集積はディミトリにやってもらうけど、いいかい?」
もちろんでさぁ。とゴメスは頷く。ゴメスやゴメスの部下たちは書類整理などの事務仕事をやるのが苦手である。なので、僕の指示を聞いてくれるもう一人に重要な任務を頼むことにする。
「ディミトリ、ちょっといいかな?」
身体が細く丸い眼鏡をかけた、もう一人の僕の忠実なる部下。
力任せの作業が苦手なので、この任務は喜んでやってくれるだろう。
俺は昨日のうちにまとめ上げた陳情書のレポートをディミトリに見せる。上に並べて優先順位を高くしてあるものは、橋や道の修復である。その次に調査関係、さらに表に載せていないものは、モンスター退治。
「こういう感じでゴメスに任務を遂行させるようにしてくれ。モンスター退治については僕がコンテ街で人員を集めてこなしていくので、その連絡もお願いしたい。大丈夫かな?」
「はいっ! 了解であります、団長!」
よし、これで心置きなく騎士団を離れられる。
*
馬に荷物を載せ、コンテ街までは徒歩で僕たちはやってきた。普通に調査だけではなく、モンスター退治もこなしながらの滞在になるだろうから、鎧やら武器やらで大荷物になってしまった。
マリアライトは、そこまでの大荷物を持ってきていなかったが、馬には乗らずに僕に合わせて歩いてくれていた。
「なんで荷物、多くないの?」
「というか団長の荷物が多すぎるんですよ。なんでそこまで?」
「うーん……まくらはちょっと余計だったかな、とは思う……かも」
プッと吹き出してマリアライトは笑う。
騎士団に居たときには見せなかった表情だ。
「あぁ、失礼しました。でも団長、まくらって……」
くすくすと笑うマリアライト。こうしてみると、騎士団にいたころよりは雰囲気がやわらかくなっている感じがする。
街へついた僕たちは今日泊まる宿を決めるのだが、ホテルなどという高級なものはなく、居酒屋の二階を改造して泊まれるようにしてある宿しかなかった。
「まぁ、夕食兼なので便利ですよ」
マリアライトはあまり食事にもこだわらないようで、田舎の素朴な夕食でも満足したようだった。
「こ、ここが依頼にあった……ジャック・オ・トゥラデス――――!」
街外れのモンスターが出そうな、鬱蒼とした森の手前にぽつんとあるボロ屋。どうやらここが採取依頼のあった魔法店みたいだ。
「ここは、人が住んでいるんですか?」
マリアライトはなにげに失礼な発言をしている気がするのだけど、僕も同じ気持ちだった。
僕は意を決して派手な赤い色に塗ってある扉をノックする。
「ん、なに?」
玄関扉を開けたのは、顔の整った利発そうな美人。ただ愛想はなく、頭をガリガリと掻きながら出てきた。
「シャラント騎士団から派遣されましたラリマーとマリアライトです」
「ああ……」
そう言うとその女は身体を避け、中に入るようにとの仕草をする。
「……失礼します」
僕たちはボロ家の中に入る。
独特な薬草の香り。中央で煮えたぎっている釜からその香りは漂っているようだった。ただし、湯気の色はヤバい。
部屋の片隅にある、装飾のない木のテーブルセットに僕たちは案内される。
座って部屋を見渡すと、一階全部が魔法の研究をするところのようだった。素朴な木目の床と天井。古ぼけているそれらは家が建てられたときのまま、使っているものだろう。そして若干真新しい釜と壁にしつらえてある本棚は、埃ひとつなく綺麗である。僕たちがいる詰所は埃まみれだったことを今更になって意識した。
「ちょっと、研究はいいからきちんと自分の仕事をこなしなさい」
その女が苛立ったように奥に声をかける。
そこから出てきたのは……
「スフェーン団長っ!?」
奥から出てきたのは……元騎士団長のスフェーン・ドゥ・ストラスブールだった。
「へ!?」
僕を見て、いろいろ思い出した様子のスフェーン団長は気まずいような態度をし、そっと奥に戻ろうとする。
「ちょっと待ちなさい。スフェーン」
「は、はい。ティファニー様……」
観念したように、スフェーン団長は僕たちにそっとお茶を出したのだった。
*
「はぁ、まさか団長の君がここに来るとは思わなかったよ。内容は新人でも出来そうな素材の採取だけだったし」
「実はですね……」
僕は本当のことを言うことにした。前団長ならわかってくれるだろう。そう思い口を開こうとしたとき、スフェーン団長が言った。
「ゴメスが騎士団の実権を握っている感じがする。そしてラリマー君はそれに疲れてここに逃げてきた、と」
な、なんということだ……。
僕が言わんとしたことを簡潔にまとめ、スフェーン団長はため息をついた。
「あ、あの……スフェーン団長はいったい……?」
「うん。君には伝えておかなきゃいけなかったね」
深刻な雰囲気になったそのとき、ティファニーさんは大きなぐるぐるキャンディーをそれぞれに配った。
「ん、食べて」
大人四人そろって、無言でぐるぐるキャンディーを舐める。
深刻な空気が一気にシュールな空気になったと思う。
だけど、マリアライトが真剣にぐるぐるキャンディーを舐めているのをみて、なんだか可笑しくなってきた。
スフェーン団長もマリアライトもティファニーさんも……僕も楽しい気持ちになって、全員でウフウフしていたのだった。
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