第6話 魔法大学研究生コーネリア
「お姉さまをついに……見つけましたわ」
ここはエレスチアル魔法大学の学生が利用できる、遠見の水晶が置いてあるプラネタリウム。真っ暗な部屋の中でボウっと蒼く光る水晶を見ながら、わたくしはニヤリとした。水晶の光で、わたくしの顔はオバケのようにライトアップされていたけど、そんなことはささいなこと。
だって……ティファニーお姉さまをついに、見つけましたもの!
「待っててね、ティファニーお姉さま!」
*
わたくしは早速、
金色の髪と、おさげみたいに垂れている縦ロールの髪の毛にも異常なし。服も清楚に見える淡いブルーのワンピース。胸元のリボンは儚げに見せるためのアイテム。そして顔は色素を薄く見せるようにチーク控えめのナチュラルメイク。
この姿で一度だけ、ティファニーお姉さまから声を掛けられたという、一張羅。
「ふふふ、かんっぺきですわ!」
そして最後に残っていた姿見をマジッグバッグに詰め込むと、わたくしはコンテ街行きの馬車に揺られることなんと三日!
多少ボロっぽくなってしまったわたくしはコンテ街で宿を探すものの、荒くれ者が泊まるような居酒屋の二階しかないということを聞いて、
「ぜんっぜん駄目ですわー!」
と街中ではしたなく叫んでしまった。
たくさんの人に見られた気もしなくないけど、そんなことは関係ないわ。わたくしにはティファニーお姉さまだけいればいいのよ。
叫んだあとすぐにわたくしの肩を叩く方がいるので、そちらを見ると燃えるような赤い髪をして、真っ赤なスリットドレスを来たものすごく派手でケバい方がわたくしに笑いかけてきたのよ。
「あたいはマチルダ。あんた、宿を探しているのかい?」
良いところがあるよ、とその方はわたくしについてくるように言ったのですわ。
「実は新しく商売を始めてねぇ。ちょっと割高だけど、快適な宿を経営しているのさ。どうだい?」
連れてこられた場所は、ティファニーお姉さまの家まで徒歩で十分ぐらいの森の手前の湖畔にある、素敵な建物。小さなお城っぽい宿が、湖面の光にあたってキラキラと輝いていたのです。
「まぁ! いいところですわね」
「ちょっと繁華街よりは遠い場所だけどさぁ、落ち着いていい場所かと思って」
このマチルダさんって方は気が強そうなわりにセンスはいいのですわね。その豪奢な宿に入ると、わたくしは最上階の眺めのいい部屋を借りることに決めたわ。
「ここの部屋を、そうですわね……とりあえず一ヶ月間貸してくださいます?」
「い、一ヶ月ぅ? それだと莫大な金額になるけど、いいのかい?」
「ええ、構いませんわ」
マチルダさんが言った金額、八十万ルーブルにチップをプラスして百万ルーブルを魔法のカバンから取り出し、わたくしは渡した。
マチルダさんはひえええ! と言いながら受け取っていたけど。
「そいでさ、あんたってシスターだろ?」
「はい?」
どこをどう見たのかマチルダさんはわたくしをシスターと間違えているようだったわ。確かにティファニーお姉さまに会うため、清楚な格好をしてきていたのですけど、あんな庶民と間違われてもらっては困るのよ。
「いいえ、魔法使いよ。エレスチアル魔法大学研究員生のコーネリアですわ」
わたくしの父様はシャラント領を治めている貴族、ダンビュライト・ドゥ・ベルナール。つまりわたくしはコーネリア・ドゥ・ベルナール。
家族はそれなりになにかはしているのだろうけど、わたくしは十歳のころからエレスチアル魔法大学の宿舎に入っていたから、今はなにをやっているのか分からない。
ま、どうでもいいですけど。
「シスターが必要なんだけど、心当たりがあったらあたいに教えて。あとはシスターさえいれば、ここの湖の水で一儲け……まあいいや。食事は朝八時と夜七時。他は特になにもないから、鍵だけ預けとくよ。返すときはあたいかハンスっつー熊みたいな男に頼むわ。じゃあね」
一気に言ってわたくしに鍵を渡したマチルダさんは、忙しそうにどこかに言ってしまった。まあいいわ。目的はここの宿ではなくて、ティファニーお姉さまだし。
わたくしがマジッグバッグを開けると、わたくしがイメージした場所にそれぞれの荷物が置かれていく。
わたくしが開発したマジッグバッグですけど、これはまだ完成していませんの。ものの収納力はスゴいけど、所持するだけで膨大な魔力が吸われてしまうから、所持出来るのはわたくしか……ティファニーお姉さまだけ。
ティファニーお姉さまの魔力には気品があって、まるで紫のバラのよう。魔力の質と量も申し分ないし、あのまま大学で研究を続けていたら、最高クラスの魔法使いになれたのに……。
「いきなりいなくなってしまうなんて」
なにか悩みがあったのかどうかだけでも、わたくしは聞きたいと思う。
今日からしばらくの自室となった湖畔ホテルの最上階の部屋の鍵をきっちりと閉め、わたくしはティファニーお姉さまのところへと向かうことにしたわ。
*
「いらっしゃいませ。今日はどうしました?」
ティファニーお姉さまに会えると思ったわたくしは、一気に膨らんだ期待がしぼんでしまったわ。だって汚らわしい男が出てきたんですもの。
「……」
わたくしが絶句していると、その男が再びわたくしに話しかけてきたわ。
「エレスチアル魔法大学のコーネリア様ですね。ティファニー様は今、昼寝の最中ですから良ければ中でお待ちください」
な、なんていうことなの!?
わたくしが心で思ったことを、この男は言い当てたのだ。わたくしはその得体の知れない男を胡散臭げに見やる。
「あぁ、紹介が遅れました。僕はティファニー様の一番弟子、ジャック・オ・トゥラデスのスフェーンと申します」
すぐにティファニー様を起こしたいんですが、今行ったら紫玉で眠らされてしまいますから、とその男……スフェーンは二階を見上げて言った。
「……そうですわね。ティファニーお姉さまは眠りを妨げられると、不機嫌極まりないですからね」
わたくしがその言葉に同意すると、スフェーンは深くため息をつき、一呼吸置いてわたくしに柔らかく話しかけてきた。
「お茶と茶菓子を持ってくるので、こちらでおやすみください」
わたくしは簡素なテーブルに案内される。
こんなところにティファニーお姉さまは住んでいるのか。でも懐かしい部屋の香りと、シックで素朴な木の家具なんかは妙に落ち着くところですわね。
「お待たせしました」
シンプルなクッキーと紅茶。どうやら魔力は入っていないようですわ。
「僕の手作りクッキーです。どうぞ」
「い、いただきますわ」
サクッとした味わいのクッキーは極上の味だった。
「こ、これは……!」
クッキーなのにとても上品な味わい。ほんのりとバニラの風味とバターの香ばしさが口の中でほどけて、すうっとなくなってしまう。
あと一個、と思っているうちにお皿に乗っていたクッキー十枚ほどをあっと言う間に平らげてしまった。
「コーネリア、あんたの魔法は失敗」
寝ぼけまなこでティファニーお姉さまが二階から降りてくる。
「ティファニーお姉さま!! 会いたかったです……わっ!」
わたくしがティファニーお姉さまに抱きつこうとすると、何か透明な壁にぶつかってしまう。
なんで? ティファニーお姉さまは魔法の詠唱も仕草も何もしなかったのに。
「あんた用に自動障壁の魔道具を作っておいたのよ。魔力が高い相手にしか効かないからまだ未完成品だけどね」
と首元にかけた真っ黒な宝石のついたペンダントを撫でる、ティファニーお姉さま。
「そのマジックバッグと同じように、魔力の高い者しか使えないってのは再考の余地があるわね。これとあんたのマジックバッグを一般化できれば超絶に儲かるっていうのに」
そのティファニーお姉さまの発言にわたくしはポカンとしましたわ。だってティファニーお姉さまは――――
「それを完成させるために、昨日は徹夜したんですね。ティファニー様」
お身体を壊されたら大変です! とスフェーンはティファニーお姉さまを叱っていた。そんなティファニーお姉さまはまんざらでもない顔をしていたのを見て、わたくしはついカッとなってしまった。
「あ、あなたはライバルですわね! スフェーン!」
「え?」
「は?」
あたくしと同じで、スフェーンもティファニーお姉さまの心を掴もうと頑張っているように見えた。だから、わたくしは……
「じゃあ、わたくしはティファニーお姉さまの弟子になりますわ!」
「いやだし」
「な、なんでですの――!」
ティファニーお姉さまに即答で断られる。
「だってコーネリア、あんたは片付けが出来ない。だから無理」
ガーン!
そりゃマジックバッグに頼りきりで片付けなんてしたことのなかったわたくしは、ガックリと落ち込んだのですわ。
さらにスフェーンは片付けや掃除、料理までティファニーお姉さまに言わせれば家事は完璧なのだそうで、あたくしはさらに落ち込んだ。
「でもコーネリアは魔法が得意なんだから、あんまり落ち込まないように」
慰めをティファニーお姉さまから頂いたのですけど、ちっとも嬉しくありません。
「そうですよ。僕なんてまだまだ魔法も初級のでやっとですから」
スフェーンに言われるとむかっ腹が立つわね。
「う、うるさいですわ! とにかくこれから毎日ティファニーお姉さまの顔を見に……いえ、ティファニーお姉さまから魔術を習うためにここに通いますからね!」
ええ――! という声が聞こえたのですが、わたくしはあえてスルーしましたわ。
そして覚えてらっしゃい! スフェーン!
☆今日のアイテム『
ティファニーは異常にベタベタされるのを嫌うので、コーネリアがコンテ街来たのを魔力で察知して徹夜して作った、通称コーネリアよけペンダント。核になる宝石はブラックスピネルという珍しいものであり高価。一点もののため非売品。
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