第7話 盗賊ロイズ
コンテ街。
以前は農民ばかりの街でなにもないところだと思ったが、とある時期から魔法屋が出来ていたらしい。
俺はデカい街から移動の最中に、そんな噂を乗り合い馬車の中で聞いた。
魔法使いと言えば、大抵立派な宝物をたくさん持っているはず……。
しかも田舎街の魔法屋の宝物の守護なんざ、たかが知れているだろう。
俺のコードネームは『テクタイト』
本名は職業柄伏せている。なぜなら、俺の職業は『盗賊』だ。
盗み専門は魔道具だから、田舎街の魔法が普及していないところにある魔法屋なんかはいいターゲットだ。
「ふん、今はちょうど手ぶらだし、地元に土産でも持って帰るか」
俺はコンテ街にしばらく滞在することにした。
*
「魔法屋ってどこにあるか、わかる?」
「……」
恰幅のいい妙齢の女性は、俺に目線を合わさないようにそそくさとその場を去る。
俺はいつもどおりの黒ずくめの格好と黒髪、まん丸い眼鏡に帽子という格好をしている。この格好で大都市なら忍べるんだろうが、ここではものすごく目立つようで、街の人たちから俺はどうやら避けられているようだった。
遠目から物珍しく子供がジロジロ見てくるものの、近づくと逃げる。まったくもって居心地が悪い。
「洋服屋もないしなぁ」
繁華街をキョロキョロあたりを見回すけど、ちょっとした宿を兼ねた居酒屋と農機具を販売している店、あとは八百屋と肉屋ぐらいしかない。
先にほとんどの荷物だけを地元に送ったのが失敗だったのか。
俺は、『クイーンズランド・ウォルナット』と書かれた宿兼居酒屋の一階のテーブルに座り、昼間から酒を注文するものの、店主は
「まだ未成年だろ? それなら酒は駄目だな」
何度目だ、このやり取り。
どこの街でもバーの親父やら居酒屋の店主やらは、俺の顔を見てすぐにそう言う。
俺はため息をつきながら、懐からギルドカードを出す。もちろんこのギルドカードは偽造品だ。
「サウスコーンウォリス街 冒険者ギルド員 テクタイト・ロンゲール 職業:剣士 種族:ホビット 年齢:24歳」
もちろん俺はホビットではない。ただの人間だ。ただし身長については触れるな。
単純なギルドカードだったが店主には効果があったようで、無言でこの街の特産であるワインを出してくれた。
しゅわしゅわと泡を立てるワインは初めてだったが、なかなかにうまかった。
「そういや店主、この街に魔法屋が出来たってホントか?」
俺をまだ胡散臭そうに見ている居酒屋店主だったが、俺のことを冒険者と勘違いして情報をくれた。もちろんさっき頼んだ酒の効果もあるのかもしれない。
「ここの道をまっすぐ言ったところに、メドウレイクの森というところがある。そこの手前にある古い家がそうだよ」
俺はぐっとそのワインをあおり、店主に礼を言ってその魔法屋へ向かった。
*
メドウレイクの森と呼ばれたところは名前のイメージから鬱蒼とした森なのかと思ったら、静かで落ち着いた清浄な空気がただよう森であった。やましい気持ちを持っている俺にとっては、非常に入りにくいような森の雰囲気をたたえている。
たしかにメドウレイクの森の入り口手前に、かなりこじんまりとした魔法屋がある。あの怪しげな紫色の煙は魔法屋の証だ。
「おーねえーさまあああああっ! ……ふぎゃっ!!」
ボフーン! と音と紫色の煙をたてて、玄関から一人が吹っ飛んで出てきた。
金髪の清楚なギャル……いや、カワイコちゃんがなんで、吹っ飛んでるんだ?
「だ、大丈夫ですか?」
気絶して倒れた、縦ロールがチャームポイントの女の子を俺は抱え上げる。
う、この顔と服のセンス、それと体臭が――――俺のタイプだ。
魔法使いの娘は独特な体臭を持っているというのが、俺の持論である。その
そんなことを思いながら女の子を抱きとめていたら、その女の子はうっすらと目を開けて俺を見上げる。
「あ、あ……」
「大丈夫ですか? お嬢さん」
決まった……!
おとなしそうな俺が、ちょっと気障っぽいことを言うと、大抵の女子は堕ちるという定説が俺の中ではある。ましてや今回はその娘を助けているのだ。これでオチない娘はいないはず。
「こ、この――アンポンタ――ン!!!!!」
カワイコちゃんに殴られ、俺の意識は即ブラックアウトした。
*
「で、この男を引き入れてしまったと。でもこの男は盗賊ですよ。本名はロイズさん。コードネームはテクタイトと名乗っているみたいですね。僕が思うに本名のほうがかっこいいと思うんですけどね。あ! この人、珍しいコボルト族ですよ」
「ふぅん、盗賊ってことはウチの魔道具を盗みにでもきたのかな? っていうか亜人の血は珍しいから、千ミリリットルぐらい抜いていい?」
「いやですわ。ティファニーお姉さまがこの男に触ったら
な、なんていうことなんだああ!!
俺の個人情報がモロバレであった。
しっかりと耳は帽子で隠していたのに、なんでこの男にはコボルト族ってバレているんだ? そもそも本名のロイズって、ここ十年は俺すら口にしたことがなかったのに、それすらなんでバレてんだよ!
そんなことを思っていたら、どうやら女に俺の狸寝入りがバレていたようで、首筋をさわさわと撫でられる。
……あ、そこ弱点。
「ウヒャヒャヒャヒャ!!」
頸動脈周辺にきた柔らかい刺激に、俺は弱すぎた。
結果、首筋を抑えて俺は大爆笑してしまった。
目を開けたそこには三人の人間がいた。
一人は体臭が無臭に近い男。もう一人は先程の娘。そしてもう一人は……。
「ふうん、あんたがコボルト族なのね。普通の人間にしか見えないけど」
顔を近づけて俺を見る。
その女の体臭は……今までに嗅いだことのない濃い香りだった。匂いが強すぎて俺は胸焼けをしてしまいそうだった。
「うっぷ……」
こんなことは初めてである。
吐き気に気取られていた俺は、その女が素早く動いて俺に首輪をするところを避けられなかった。
「ふふーん。似合うわね。で、その首輪は絶対に取れないわ。その場から動くとしてもあたしの命令がないと動けないという代物よ。そしてあんたは盗賊稼業なんかやめて、あたしに血を提供するペットになるのよ」
「い、いやだ!!」
「そうですよ、ティファニー様。それでは人道的に問題があります」
「な、なんていうことなの……!! 大体ティファニーお姉さまはすぐにこんな得体の知れない男なんかに魔法を施すなんて! 薄汚いこの男はやっぱり川に投げ込んで洗濯されてればいいのよ!!」
「……コーネリア、あんたうるさい。明日まで来るな」
なにか濃い女がカワイコちゃんに向かって、印を結ぶような仕草をする。いや、あれは手で形作ったハートマークだ。
「お、おねえさまぁ、それをやられたらわたくしも言うことを聞かなければいけないですわね。ま、また明日来ます。愛していますわ、ティファニーお姉さま」
頬を赤くして、そのコーネリアというカワイコちゃんは去っていった。
「あ、あああ……」
残るは濃くて怖い女と、俺の素性を暴露した男だけ。
……ここは、怖いところだ。
「ただいま帰りました。あっ、スフェーンさん! 例のあの鉱石は近くにもっとありそうですよ」
騎士団の制服を着た男女がここに入ってきた。
そして俺を見やるが、俺は息を潜めるように、気配を消すようにする。魔法ではないが、俺が長い時間かかって習得した『ハイド』というスキルだ。魔法みたいに詠唱はなく、呼吸法により発動するという、便利なものである。
成果はあったらしくその騎士団員たちは、目の前にいる俺をスルーする。
「ふん、どうやらあんたは存在がバレたくないらしいわね。あたしにおとなしく従えばたまに魔道具をバイト料代わりにあげるわよ」
そう言って、紫の濃い女は俺に交渉を持ちかけてくるが、その言葉に不満そうな顔をした男が騎士団員にちくりやがった。
「そう言えばコボルト族の迷い子がいるんだけど、どうすればいい? ラリマー」
せっかくハイドしたのに、スフェーンとかいう奴はあっさりと俺のことをバラしやがった。くそう、首輪で行動が制限されてなきゃ、こいつをバラしてやるのに。
「迷い子ですか? 騎士団の担当ではないのでなんとも言えませんが、預かることは出来ますよ?」
「い、いや違う!」
俺は頭をブンブンと振って、連行されるのを阻止する。
ていうか子供扱いかよ!
「そうよ、この子はあたしが書状を送っておいたの。その胸ポケットに入っている手紙を見てちょうだい」
いつの間に手紙を入れていたんだ、この女。
体臭もヤバいし、俺の敵う相手じゃねぇ。
「あ、ホントですね。魔法の研究助手として三ヶ月間の研修を行うってことですか」
「はぁっ?」
スフェーンとかいうやつは驚いていた上に、その濃い女を呆れ顔でみていた。
「なに? スフェーン。文句でもあるの?」
「い、いえ……すみません。ティファニー様」
ティファニー、いずれお前の全財産を俺は盗んでやる。それまでは不服だがこの首輪と助手を受け入れてやる。ちくしょう!
そう俺は吠えてみせたが、その吠え方が「わんこの遠吠えみたい」と楽しそうに紫の女、ティファニーに言われてますます俺はムカついた。
お、覚えてやがれっ!
☆今回のアイテム『服従の黒首輪』
本来は犬用なのだが、ティファニーがコボルト族にも効果があるかと思い、試した黒い首輪。牛革製で肌触り抜群である。飼い主(ティファニー)に逆らうと気絶をしない程度に締まるというドS仕様なのは言うまでもない。拘束力が高いため、ロイズはジャック・オ・トゥラデスで強制的に助手として仕事をすることになる。そんなロイズの唯一の楽しみは一日一回の繁華街散歩である。コーネリアと散歩するときにはかなり上機嫌。
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