第16話 仕立て屋さんクロシア

「……こんなものかな」


 わたしはコンテ街で、仕立て屋をしているクロシア。

 赤ちゃんの服からおじいちゃんおばあちゃんの洋服まで、すべての服が作れるという自信がある。

 服作りの仕事は大好きなんだけど、そんなわたしにも苦手なものがある。


 キィ、とお店のドアが開き、お得意様である赤い髪のマチルダさんがやってきた。


「よぉ、クロシア。またあんたの服を注文しにきたよぉ」


「あ、う、い、いらっしゃい」


 ……そうなのだ。

 わたしはものすごく接客が苦手なのだ。

 接客というより、人が苦手。

 というのも、わたしは五歳のときから洋服を作ることができて、孤児院でそのことが有名になり、様々な人に適当に利用されていたので、わたしにいろいろなことを頼んでくる人たちがものすごく怖いのだ。

 怖いとはいえ、働かないとごはんが食べれないし、わたしの唯一のとりえである仕立ての仕事で食べていけるから文句は言えないんだけど。


「なに、また恥ずかってんのかい? しょうがないな」


「……」


 お得意様であるマチルダさんは、わたしの性格を知っている。

 人を目の前にすると話ができなくなるわたしを気遣って、いつもマチルダさんはよくしてくれた。

 このお店も激安でマチルダさんが貸してくれている。


「あ、あのさ。今まで派手で目立つ洋服を頼んでいたけど、その……可憐で上品に見える服を頼んでもいいかい?」


 照れるように言うマチルダさん。

 その様子がかなり違っていて、頬を赤くし照れながらわたしにどんなデザインがいいのか聞いてくる。


「そ、その……赤い髪だから黒に近い色……」


「ふーん、いいねぇ。まあそのへんはクロシアに任せるよ。しかしそんな見た目してるのにぶっきらぼうってもったいないねぇ」


 どうやらわたしはコンテ街では浮いている存在らしい。

 青みがかった銀髪の髪も、海の底みたいな真っ青な目も、もやしっ子にしか見えない真っ白な肌も細い腕も背が小さいのも目立ちすぎて、わたしは嫌いだった。

 だって、コンテ街によくいるような小麦色の肌にそばかすの女の子のほうが、きっと元気で愛想が良いと思うのだ。


「髪の毛だってボサボサでほったらかしだろ? 適当に切っちまってさぁ。クロシアちゃんはもう少し身だしなみに気をつけたほうがいいよ」


「……い、いい! 髪の毛なんてっ、と、とかさなくても」


 そんなわたしの言葉を遮って、マチルダさんはわたしにべっ甲のきれいな櫛をくれた。


「それで髪の毛を梳くぐらいはしなよ。一応年頃の娘なんだからさぁ……じゃ一週間後ぐらいまでにドレスをよろしく頼むよ。じゃあね」


 櫛を手に持ったまま、わたしはマチルダさんがお店を出て行くのを見る。

 ドアが締まったあと、慌ててわたしは言う。


「あ、ありがとう……」


 う、遅かったかな。

 それに自分の心で思っていることを、素直に言うことがどうしても出来ない。

 妙に強がったり、ぶっきらぼうになってしまうから、友達もいない。

 気を許せるのは、裏手でいまごろ居眠りしている、猫のフィルだけ。



 今日もちゃんと接客できなかった、と反省しながら、わたしはマチルダさんに依頼された洋服を作るため、裏の倉庫にいく。

 ここにはたくさんの生地がしまってあって、その中からマチルダさんに似合いそうな落ち着いた色の生地をいくつか取り出す。


「ん、これかな」


 手にしたのは濃いめの藍色。

 リルベリーの実を煮詰め、黒にちかくなった果汁液の中にグログランという生地をつけこんだもの。ツヤは抑えめになっているから、マチルダさんの注文の上品ってところもクリアしていると思う。


 白い詰め襟に袖の裾が広がったエレガントな形で、おしりを少し強調して膝のあたりで少しボリュームが抑えてある形のドレスにすることにした。身長が高めのマチルダさんにはよく似合って、少し落ち着く感じがあっていいと思う。

 アクセントカラーは白。清楚で上品な感じになる。


 布が決まったら、目印をつけ手早く裁断していく。仮縫いをしてマチルダさんの体型になっているトルソーに一度着せてみるとほぼぴったりに出来ていた。

 ドレスの注文はマチルダさんだけだから、専用のトルソーがあるため作業も進めやすい。



「さて、本縫いしようかな」


 田舎街にはめずらしい、ミシンという機械をわたしは愛用している。

 足でタイミングよく踏むと、自動で縫ってくれるというとても便利な機械。

 だけど、今日は足で動かす部分を踏んでも、ミシンは少しも動かなかった。


「ど、どうしよう……壊れたかも」


 店の中を一度ウロウロし、もう一度ミシンに向かい合う。

 そしていつもの操作をするものの、ぜんぜん動かない。

 自分じゃ直せないので、仕方なくドレスを手縫いしていくことにした。



 *



「どう? ドレスは出来たかい?」


 マチルダさんがお店に来た。

 そのときわたしは一週間ぐらいずっと寝ずにドレスを仕上げようと頑張っていたから、マチルダさんの顔を見た瞬間、すぐにふらっとする。


「ちょっと! クロシア! どうしたんだい?」


 マチルダさんに抱きかかえられたところまでは覚えていたけど、それからわたしはすごい勢いで寝てしまったようだ。



 気がつくとわたしは、薬草の香りが漂う家で寝ていた。


「あ、目を覚ましましたよ」


 わたしを覗き込むのは、見たことのない緑色の髪の毛の人。

 びっくりしてわたしはガバッと起きたのだが、その拍子にその男の人に思いっきり自分の頭で頭突きをしてしまった。


「むがっ!!」

「いたっ!!」


 お互いの頭同士をぶつけて、二人で転がって頭をおさえる。

 そしてそれを冷静に見ている、恐ろしくきれいな紫色の女性がいた。

 でも洋服はしわしわのローブで洒落っ気はなかった。


「……なにをやっているのかしら、この二人」


「きっとそれは眠気覚ましにやるものなのじゃ」


 膝にのっている猫が喋った気がする。

 でもそれは頭をぶつけた拍子に聞こえた幻聴だよね。


 わたしは頭をおさえながらぐるりと部屋の中を見渡す。

 部屋の中央には大きな壺のようなものがドーンと置いてあり、そこの中身がぐつぐつ煮えている音がする。

 でも部屋にはその二人と一匹だけしかいなくて、マチルダさんはいなかった。


「あ、あの……」


 初対面の人と話すとき、わたしは顔が真っ赤になり言葉がうまく出なくなる。

 そんな混乱状態のわたしの肩を、やっぱりおでこを同じようにおさえた男の人がぽんと叩く。


「あの、クロシアさん。焦らずに話していいんですよ。ミシンが壊れて無理して手縫いしていたら、気を失ってわけの分からない場所に運び込まれたんですよね?」


 な、なんていうことなのだ。

 男の人にわたしの気持ちをすっかり読まれていた。そして名前まで。

 気味悪げにわたしはその男の人を見る。

 人の良さげな顔をしていて結構かっこいいけど、その姿に騙されちゃいけない。


 ……どうせすべての人はわたしを利用しようとしてるんだから。


 どうやらわたしは勝手にマチルダさんにここに運び込まれたようで、そんなマチルダさんにも腹を立てた。

 わたしはよく知らない他人のことが、すごく嫌いなのはマチルダさんもわかっているはずなのに。


 ぶすっと不機嫌な顔をしているのはわかっている。

 でも心に思ったことが顔に出るのはしょうがないよ。


「いいえ、利用しようとは思っていません。ただちょっと僕がお役に立てるかなと思っているだけです」


 また読まれた。

 黙っていても気持ちをわかってもらえるのは楽だけど、やっぱり気持ち悪い。


「……あのさ、スフェーン。押し売りがすぎるわよ」


「そうなのじゃ。どう見てもその娘はスフェーンのことを嫌っているのじゃ」


 尻尾を振りながら真っ白な猫が言葉を話す。

 猫がものすごく好きなわたしは、つい言葉をしゃべる猫っていうのに我を忘れ、飛びついてしまった。


「か、かわいいです」


「お前なら撫でるのを許可するのじゃ。さ、撫でてみれ」


 おでこを抑えて立ち尽くしたスフェーンと呼ばれた男の人を放置して、わたしは猫に近寄り、そっと撫でる。


「む! この娘の手はものすごく気持ちいいのじゃ! さてはお前、猫を飼っているな? す、すごいテクニシャンなのじゃ」


 真っ白な猫は紫色の女の人に抱かれたまま、わたしの手にゴシゴシ身体をすり寄せてくる。かわいい。



「そんでさ、クロシアのぶっ壊れたミシンを、あいつが直してくれるってさ」


 紫色の女の人はそっとわたしにささやく。

 猫に好かれている人に悪い人はいない。

 そう思ったわたしは、ちょうどミシンが壊れてどうしようもなかったし、お願いすることにした。


「そ、そのっ! お願いします……」


 わたしの顔は真っ赤で、頭から湯気が出ていると思う。

 初対面の人に頼るなんてことをしたことがなかったから、どう頼んでいいのかもわからなかったし。


「ううっ……よかったぁ。僕、気味悪がられてたかと」


「そうね、スフェーンは顔がだらしないものね」


「ティ、ティファニー様ぁ、それはないですよぉ……」


 そんなことを言いながら、わたしのお店に来た二人と一匹はミシンを直していく。

 主にスフェーンさんがどこがおかしいか調べたりしているから、ほっぺたが黒く染まったミシンの油で汚れていたけど。

 ちなみに猫のシュノーは、うちの仔と仲良く昼寝をしていた。



「あ! わかりましたよ! これ、油切れですね」


 そうだった。

 メンテナンス用の油が切れてしまって、そのままだった。


「やっぱりね。じゃあこの油を使ってみなさい。いいことが起きるわ」


 きれいな瓶に入っていた、緑色の油をティファニーさんが取り出す。中にはキラキラと金色に光る粒が入っている。

 それをスフェーンさんが受け取り、少しづつミシンに油をした。



「よしっ、出来ましたよ。だからもう僕のことを怖がらないでください」


 わたしの態度を気にしていたらしいスフェーンさんは、おずおずとわたしのそばに寄ってきて言う。

 ま、まだ少し怖いけど、わたしはなんとか踏みとどまる。


「う、あ……が、がんばります」


 そのやり取りがおかしかったのか、ティファニーさんがくすっと笑った。


「そうね。あたしの服もこれからクロシアに注文しようかしらね」


「あ、僕もそうしますっ!」


 こうしてお得意様が増えたのだった。

 まだ慣れるには少し時間がかかるけど。





☆今回のアイテム『機械油すーぱーえっくす』

軽い力で機械がスムーズに動くという油。なんの機械にでも使えるが、金属じゃないと効果が出ない。ちなみにネーミングはシュノーが考えたらしく、ちょっとダサい。クロシアはこっそり唇に塗ってみたものの、スムーズに口が動くことはなかった。


「ううっ、一人のときはすらすらと言葉が出るのになぁ」


口下手なことを本人はかなり気にしているようだった。

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ジャック・オ・トゥラデス 東江 怜 @agarie

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