第14話 錬金術師ヘミモル
「ああっ、ボクの眼鏡は何処に……」
ボクはいつも眼鏡をなくす。とはいえ大抵は頭の上に乗せているのだけど、今日に限ってそこにもない。
「ヘミモル先輩。顎の下にありますよ」
ボクの後輩がいつも親切に教えてくれる。
そうだった、肘をついて居眠りしたときに眼鏡がズリ落ちたんだったな。
「ん、ありがとう。ボージー」
「いえ。ところで昨晩仕掛けたホムンクルスの調子はいかがですか?」
ボクは徹夜してホムンクルスの成長具合を見ていた。途中居眠りしていて怪しくなった時間もあったけど、まあまあの成長ぶりだった。
「大丈夫。失敗はしていない」
ホッとため息をついて安心するボージー。今回初めて生体素材の提供をしたから、ちゃんと育つかボージーはよほど気にしていたんだろう。
ここはエレスチアル王立研究院。魔法の力を持てない人でも魔法のようなものを発明したり研究したりする場所。別名『持たざる者の奇跡の研究所』とも言われている。語呂は悪いけどね。
エレスチアル魔法大学とは対なす場所であり、それぞれの研究を競わせているという話だったけど、ボク個人では争いの認識はない。むしろ魔法使いと協力すればもっと研究が進むのだろうな、ぐらいの認識だった。
「ヘミモル君、いるかい?」
「あ、ゲルノーブル研究長」
ゲルノーブル研究長はエレスチアル王立研究院の中で一番えらい人物である。白髪の髭をたたえ、丸い眼鏡をかけた優しそうなおじいちゃんである。ただボクにとっては厄介な仕事を持ってくる人だけど。
「ヘミモル君に少し頼みがあるんだよ。コンテ街にいるティファニーという魔法使いにこれを届けてほしいんだよ。中身はね……うふふふふ……」
途中でどうやらボクは居眠りをしてしまったらしい。
でも手には手紙を持っていて、封筒にはティファニー宛と書いてあった。
「先輩、どうやら眠すぎて意識がなくなっているうちに、楽しそうにゲルノーブル研究長が渡していきましたよ、それ」
どうやら預かったボクが届けにいかないといけないらしかった。なのでボージーにホムンクルスの世話を頼み、ボクは仕方なくコンテ街に向かうことにした。
*
「ああっ、眼鏡は何処に……」
「兄ちゃん、頭のてっぺんにあるぜ。しっかりしなよ」
乗り合い馬車のおじさんにガハハと笑われながら、ボクの眼鏡のありかを指摘されたけど、見つかってよかった。これがないとさっぱり見えなくなるから。
「あっ!」
馬車から降りるときにボーっとしていたのか、ボクは道路……といっても整備された石畳じゃないただの土を踏み固めた道にしっかりと尻もちをついてしまった。
いや、きっとこれは道がでこぼこすぎたから、ボクはつまづいてしまったんだ。そう思ってキョロキョロと辺りを見回しながら立つ。
「くすっ。お尻がひどいことになってますわよ」
ずり落ちた眼鏡を直しながら振り返るとそこには、田舎の街にはそぐわないドレスを着た、金髪で髪の毛をグリグリに巻いた女性がボクを見て笑っていた。
その女性は優雅な手つきでボクを指差し「ほーっほっほっほ」と笑ったので、周りにいた人もこちらを見て笑っていた。
「な、なんですか。貴女は」
ボクはお尻についた土ぼこりを払いながら、その女性に質問するけど、その女性の雰囲気が怖くて微妙な問いかけになってしまった。だって一般的な女性はなにを考えているのかわからないし、唐突に怒り出すし。
「なんでもないわよ、錬金術師さん」
ボクは研究室の白衣を着たままだったから、その姿で錬金術師とバレたのだろう。格好はどうでもいいと思っていたけど、その女性はいきなりボクのことを敵視してきたようだった。……なんとなくボクを見る目が厳しい。
「ふん、錬金術師ってどうしてこうもボケっとしているのかしら。寝不足で目は真っ赤だし顔は色白を通り越して青いし髪の毛はボサボサだし、まるで吸血鬼よね」
そのあともなにやら言っていたけど、ボクはとりあえず早く用事をすまそうと考えた。ちょうどいい機会だと思い、その女性に質問する。
「あの、この街にティファニーさんという方がいらっしゃると聞いてきたのですが、貴女、わかりますか?」
「なっ! ティファニーお姉さまに用事があるっていうの!?」
どうやらその女性はティファニーという女性を知っているようだった。「知らないっ!」と言った女性のあとをついていくと、案の定、魔法店にたどり着いた。ボクもなかなか冴えている。
「ティファニーお姉さまっ、なにか変な男がティファニーお姉さまをストーキングしてきますわ! これは急いで逃げないと!!」
勢い良く扉を開けて女性は魔法店に入るものの、それと同じぐらいの勢いでボフーンと紫の煙に弾かれ、お店から追い出される。
「礼儀がなってないわよ。コーネリア」
中から出てきたのは、錬金術師の師と崇められている女神ミネルヴァの肖像画にそっくりな女性だった。その女性はちらりとボクをみたあと、その女神のような顔を歪めて一言、うげっ! と叫んだ。
「錬金術師だなんて、縁起でもないわね」
くるりと踵を返しその女性はお店の中に入るものの、その騒ぎでもう一人がお店から顔を出してボクを見て言った。
「あぁ、ティファニー様に用事があってきたのですね。ヘミモルさん」
あー、なんでだろう。
ボクの名前は有名じゃないのに、まさかここまで知られているとは。
ちょっと得意げになったボクに、その男性はがっかりするようなことを言う。
「ん、僕はスフェーンと言います。貴方の心は複雑で頭痛がしてきますね。でも……紅眼と碧眼のオッドアイとは珍しい」
その言葉で、ボクは両方の目の色が変わった事故を思い出した。あれは――。
「ホムンクルスの成体コッペンハイト、ですか」
やはりこのスフェーンという男は、ボクの心が読めるようだった。ならあの事故のことも全部わかっているんだろうな。
あのことは事故だったけど、心に残っているコッペンハイトの姿を思い浮かべて、悪くはない思い出だったな、と考えた。
そんなボクたちの会話を聞いていたのか、先ほど家に入ったと思った女性が手招きして家に入るように言う。ちなみに金髪の女性はまだ気絶している様子で、庭に放ったらかしにされていた。
中に入るとボクたちの研究室と似たような道具がぎっしりと置いてあった。なんだ、魔法使いも大して変わりはないのだなぁ。
「ティファニー様は魔法使いでも一般の方の知識とは違うんですよね。もちろん魔術に関しては詳しいですけど、それ以上に色々な知識を求めているようです」
スフェーンさんがボクの心を読み取り、それにすぐさま回答する。無理に話す必要がないってことはすごい楽なんだなぁ。
「あ、でもティファニー様の前ではきちんと話をしてくださいね。そして怒りっぽいので注意してください」
小声でスフェーンさんはそう言い残し、部屋の奥へと行った。目の前にはけだるげで眠そうな女神がいる。
「で、あたしになにか用なの?」
「あ、はい」
ボクは肩掛けバッグから手紙を取り出す。これが今回の目的のゲルノーブル研究長より頼まれた手紙をティファニーさんに渡す。
赤い爪でシュッと手紙を破り、中の文に目を通す。が、すぐに飽きたようでテーブルへと手紙を投げた。
「なんだ、ギュスの恋文か。つまんないわね」
どうやらゲルノーブル研究長が激しくライバル視している魔法大学のギュスターヴ教授が昔に書いていた恋文のようだった。多分中身はどうであれ、片思いしていたティファニーさんに恋文を渡すことによって、その事実をからかいの材料に使うのだろうな。
「まったく悪趣味だわ」
「ホントですよねぇ~。ボクも巻き添えを喰ってしまいました」
テーブルについたティファニーさんとボクは同意してため息をついた。
そのあとティファニーさんはボクを気に入ったのか、けだるげな様子を解いてボクに話しかけてきた。やはり女神ミネルヴァにそっくりなティファニーさんを目の前にして、ボクは緊張してしまった。
「ね、貴方って錬金術師として最先端と思われる研究を行っているのよね?」
「はぁ、一応そうなります」
その返答がとてもおもしろかったのか、ティファニーさんは目を輝かせながらボクに問いかけてくる。
「じゃあ、貴方の研究を教えてほしいのよ。魔法や魔術薬学では不明な部分が解明できるかもしれないわ」
あ、この人は魔法使いだけど錬金術師をむやみには嫌っていないのか。
錬金術と魔術、その両方でお互いに情報共有をすれば、きっといい成果が出る。そう思っていたボクと同じ思考の持ち主なことがわかって、一気に気が緩んだ。
「あ、あの! ボクもそう思っていたんです。錬金術と魔術、互いに協力しあえばとてもスゴいことが出来そうで……」
「おまたせしましたっ、粗茶ですが」
そのときスフェーンさんがボクの目の前にスコーン! とお茶を置く。淡い緑色のお茶は香ばしい匂いを漂わせてふわんと湯気を出している。
「はいっ、ティファニー様も」
なんとなく不機嫌なのかな? とボクにも解る態度のスフェーンさんはティファニーさんの脇に座る。
「なによスフェーン。あんたが不機嫌になるだなんて珍しいわね」
なんでもないですっ! とスフェーンさんは言うけど、足組みと同時に腕組みまでしている姿がどうにも怒っているようだった。
「まあいいわ。それで貴方の得意な錬金術はなんなの?」
「ボクは主にホムンクルス生成ですね。医療のほうは既に学業も実績も極めたので、半分趣味の研究ではありますが」
ティファニーさんはさらに目を輝かせて言う。
「人間ではないんだけれど、例えば動物に知識を植え付けたりすることや寿命を圧倒的に伸ばすようなことはできる? それか生息できない地域でも生息できる動物とか。そういうものに興味があるのよ。魔法では召喚獣は呼べるけど、時間が限られたり魔力を多く消費したりと結構面倒なの」
「既存の動物の記録を取り出して一から生成することなら可能ですが、動物の個体として生まれたものに新しい寿命や知識を植え付けることは出来ないですね」
うんうん、と言いながらティファニーさんは立ち上がり、ボクに話す。
「気に入った! あたしの道具を使って出来れば目の前でやってほしいのよ。その代わり貴方が必要だと思う魔術の知識はあたしが教えるわ。どう?」
「ティファニー様っ!! それは駄目です!! だって僕が一番弟子……」
「うるさいスフェーン」
ティファニーさんはスフェーンさんのくちびるに人差し指を当て、なにやら呪文を唱える。ふわっと人差し指が光ると同時にスフェーンさんはむがもごと騒いで余計にうるさくなった。
「やっぱり口を閉じるだけじゃ駄目ね。まあいいわ、こちらに来て頂戴。ええと」
「ヘミモルです」
了解、そう言いながらティファニーさんは大きな釜の裏側にある簡素な長テーブルにずらりと並んだ錬金術の道具の前に案内する。
「子供だましで買った
そこにあったのは錬金術品では最高級であるアントワープ製の道具であった。研究所にもない全てのアイテムが揃っていそうな数。すごいな。
「うわ、これ……」
ボクはずり落ちた眼鏡を戻しながら、一つづつ道具を手に取る。こんな器具で研究できるのは錬金術師には栄誉のことだった。
「どうやら気に入ってくれたようね。じゃあ……」
細かくボクに指示をするティファニーさん。ボクにとってはその研究自体が難しいものではなかったので、二つ返事で研究に取り掛かることにした。
☆今日のアイテム『骨董品の錬金道具』
ティファニーの買い物欲を満たすためだけに、エレスチアル国を抜け色々な場所で怪しげなアイテムをたくさん買ってくるものの一つ。基本セットの蒸留器やビーカーは魔法薬を作るときに使用しているが、その他のものはほとんど手付かず。埃をかぶっていないのは毎日スフェーンが綺麗に磨いているためである。この骨董品は砂漠の国シャルキーアで投げ売り販売していたもの。換算すると一万ルーブル。子供用の錬金実験セットとおおよそ同価格である。
「……あの、誰も助けてくれませんのぉぉ?」
コーネリアは庭でむくっと起き、葉っぱをつけたままホテルへと戻ったのだった。
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