武后に縋った願いを皮肉な形で成就させた彼女だが、仮に忌まわしいプロセスを経なくても、武后と対立しかねない願望を持続できたとは思えない。
歪んだ宮廷生活を送る間に正常な判断力を失ったものと思われる。
主人公と同様、歩むべき道を見失う悲劇が現実世界の我々に降り掛かる可能性だってあるわけで、一種の警告と解釈するべきなのか?
なぁんて堅苦しいレビューを書きたくなるくらい、中国の時代小説らしい文体で物語が進んで行くわけですよ。読み応え抜群です。
ところで、河合塾の講師が解説する世界史で勉強したんですが、唐が新羅と組んで百済を滅ぼし、その後に高句麗を滅亡させた大戦略の裏には高宗に対する則天武后の唆しがあったそうです。
白村江の戦いで敗れた大和朝廷は則天武后の間接的被害者だったんですねぇ。
確か、水戸黄門の「光圀」の「圀」は彼女の作った則天文字。日経新聞に掲載された漢字学者のエッセイで触れられてました。
彼女の悋気の被害者も多かったんでしょうが、そんなリスクと無縁な我々にとって魅力的な人物であることは間違いない。
それを十分に感じさせる作品です。
短編にはMAX2つが信条なんですが、星3つ付けました。
時は唐代。後に中国唯一の女帝となる則天武后が皇后だった時代。
野心的な二人の姉妹が、皇帝の寵愛を得ようと後宮に上がります。
首尾良く才人という位の妃となった姉を妬んだ妹は、皇后に仕え、姉を追い落とそうとします。
しかし、「皇后に仕える」ということは、必ずしも皇后に忠実であるというわけではありません。
皇后の側にいれば、皇帝の目に留まり、妃となる可能性もあるのです。
実際、皇后自身がそうやって前の皇后に仕え、主を追い落としてその座を得たのですから。
姉妹は、そして皇后は……。
12000字ほどの短編でありながらダイナミックな展開があり、ハラハラしながら一気に読めてしまいます。
少々難しい言葉も出てきますが、漢籍の素養のある作者なので、無理をして難しい言葉を使っているようなノイズがなく、ストーリーに入り込んでしまえば全く問題がありません。
しかし、是非、再読をお薦めしたいのです。
最初に読んだ時は姉妹の運命や如何に!?と心臓バクバクしながら読みましたが、しばらくおいて再読してみると、皇后にまつわるある場面、怖いと思ったある場面が、とても哀しく思えました。
自分が再読するくらいなので、是非、多くの方に読んでもらえたらと思います。
質の高い、文章力が時代の空気感を醸し出す事に大きく作用した作品でした。
WEB歴史時代小説で、文章と時代がマッチした作品は実は少ないので、それだけでも、この作品の質と作者の力量が判ります。
気品ある文章と語彙は、大唐帝国の絢爛豪華な時代を現すには十分なもので、その知識量も圧巻の一言。物語性については、特に何も言う事がありません。
描写やセリフ、ストーリーも、女の世界を女で体験していない僕には、到底書けないなと思いました。まるで、化粧品の美容部員か保育園に於ける女社会の暗闘のようで、妬心からくる憎しみには、何とも息が詰まります。
ただ、主人公と姉の関係性を掘り下げれば、もっと怖さを感じたと思います。姉妹の歪んだ情念があればこそ、ラストシーンが栄えると思いました。兄弟も親子も、身近だからこそ憎しみの蓄積も人一倍。ならば、そのバックボーンは何処にあるのか? それがもっと知りたかった。この物語に於ける楽しさの原動力は、主人公の情念にあると感じましたので。
さて、歴史時代小説の楽しみ方は千差万別。新しい知識を入れる事を楽しむ読者もいれば、単純にエンターテインメントとして楽しむ事が目的の読者もいます。
この物語は、特に前者向けではないかと思いました。良く言うと、よく調べよく書かれています。言葉選びに時代の空気感も十分に出ていますし、僕も勉強になりました。
しかし、一方で「もっと簡単に表現してもいいのでは?」という疑問も湧いてきます。
判りやすく注も付けているのは凄く有り難く勉強になりますし、著者の中国世界への並々ならぬパッションを感じますが、それにより物語が分断される恐れもあります。特にエンタメ作品として物語に没入したいと思う人には、そのポイントが少し注が多いと感じました。
しかし、これは完全に好みです。司馬遼太郎や和田竜のように、史料紹介を入れる作者がいる一方で、そうしたものは物語の没入性を阻害すると、一切排した北方謙三もいますし、どちらも凄い作家であります。なので、こうした意見もあるという事で止めておいて下されば幸いです。
ただ、物語の完成度は他のレビューが示すように素晴らしいです。馴染みのない時代ですが、もし江戸時代の大奥ものを書いたら、人気が出るのではないでしょうか!
いいものを読めて、眼福でございました。
※このレビューは、WEB歴史時代小説倶楽部による、感想企画の一環です。
お勧めポイントと共に気になる点も挙げたのは、著者了承済みの事ですのでご容赦くださいませ。
唐の武則天の時代の後宮が舞台。
この時代に関する豊かな知識に裏打ちされているのだと思いますが、華麗な文章描写が大唐帝国の栄華を鮮やかに彩ります。
が、しかし。
後宮というのはハーレムですから、華やかな見た目とは裏腹に、内側では恐ろしい権力闘争があります。皇帝の寵愛を受けた女に対する羨望嫉視がおどろおどろしく渦を巻きます。
武則天というのは中国史上唯一女帝になった人物なわけで、当然、後宮の中でも最強であり最凶な人物。
本作の主人公は、その武則天の懐に飛び込んで行って成り上がりを目指す、というもの。
主人公が上手く立ち回って成功するたびに、次に起こる悲劇を予想できずにいる主人公の姿にやきもきしながら、盛り上がっていって最後に……というしっかりした構成の物語を楽しめます。
7世紀末、隆盛極まる大唐で最も強い権力を握っていたのは、
後に高宗と謚される天子その人ではなく、皇后、武氏である。
彼女は一般に則天武后と呼ばれるが、やがて自らが即位し、
中国史上唯一の女性皇帝となった。ただの「后」ではない。
武とは彼女の姓であり、military powerを表すものではないが、
武則天という呼称の字面の何と猛々しく、力に満ちていることか。
単に悪女と呼ぶには、彼女が成してのけた事績は巨大に過ぎる。
この途方もない女傑には、私は怖くてうまく向き合えない。
本作『螺鈿の鳥』は、武則天が皇后であったころの物語だ。
ヒロインは野心と姉への嫉妬を胸に、武后付きの宮女となる。
女同士のどす黒い権謀術数が渦巻く後宮を、武后は支配する。
その支配の黒子こそ、自ら武后の狗となったヒロイン仙月である。
カクヨムには上げていないが、私も東洋史ベースの歴史物を書く。
原稿を読んだ人から「本当に女か?」と呆れられる程の武断派で、
初めはあった「東洋史が書ける女性ならぜひ後宮物を」との声も、
「もう少し色恋を絡めたら……」という助言に変わってしまった。
そんな私だから、後宮のドロドロや女の怖さを描いた本作には、
純粋に憧れを抱いたし、正直に「これは書けない」とも思った。
それなりに東洋史を知っているため、中国歴史物は地雷である。
ウェブ上で初めて、武則天らしい武則天を描く小説に出会った。
おぞましく恐ろしいラストが特にいい。
「やはりそう来るか」とニヤリとした。
並の悪女では女帝の足下にも及ばない。
女帝の脆さと弱さもまた危うい魅力だ。