女傑の狗は女傑たり得るか

7世紀末、隆盛極まる大唐で最も強い権力を握っていたのは、
後に高宗と謚される天子その人ではなく、皇后、武氏である。
彼女は一般に則天武后と呼ばれるが、やがて自らが即位し、
中国史上唯一の女性皇帝となった。ただの「后」ではない。

武とは彼女の姓であり、military powerを表すものではないが、
武則天という呼称の字面の何と猛々しく、力に満ちていることか。
単に悪女と呼ぶには、彼女が成してのけた事績は巨大に過ぎる。
この途方もない女傑には、私は怖くてうまく向き合えない。

本作『螺鈿の鳥』は、武則天が皇后であったころの物語だ。
ヒロインは野心と姉への嫉妬を胸に、武后付きの宮女となる。
女同士のどす黒い権謀術数が渦巻く後宮を、武后は支配する。
その支配の黒子こそ、自ら武后の狗となったヒロイン仙月である。

カクヨムには上げていないが、私も東洋史ベースの歴史物を書く。
原稿を読んだ人から「本当に女か?」と呆れられる程の武断派で、
初めはあった「東洋史が書ける女性ならぜひ後宮物を」との声も、
「もう少し色恋を絡めたら……」という助言に変わってしまった。

そんな私だから、後宮のドロドロや女の怖さを描いた本作には、
純粋に憧れを抱いたし、正直に「これは書けない」とも思った。
それなりに東洋史を知っているため、中国歴史物は地雷である。
ウェブ上で初めて、武則天らしい武則天を描く小説に出会った。

おぞましく恐ろしいラストが特にいい。
「やはりそう来るか」とニヤリとした。
並の悪女では女帝の足下にも及ばない。
女帝の脆さと弱さもまた危うい魅力だ。

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