奇病
与沢は文句を言いながらも食べ始めた。それはそうだろう。昨日からまともな食事をしていない。飯はぱさぱさで決して上等とは言えないが、それでもかなりうまく感じた。
藤堂は手鏡を見ながらしきりに部屋に戻りたいと言っている。アイラッシュの角度が気に入らないらしい。
与沢は部屋に戻る気はないようだ。なんだかんだと言って藤堂の機嫌を取っている。
ポロシャツの男は、時折俺たちの方を見てはエイミーに何かを言っている。会話の内容は全くわからない。中国語だからわからないのは当たり前だが、単語すら聞き取れないのは、方言だからだろう。
ポロシャツの男とエイミーは友達同士には見えない。もっと冷静な感じだ。高い買い物をするときの客と店員の雰囲気に似ている。
俺だけが無言で食べ続けていたので、真っ先に食べ終えてしまった。
「ビール頼んでもらえる?」
エイミーはすぐに店員を呼んだ。
「バドワイザーはないそうです」
「ビールなら何でもいいよ」
自分でもわかるほど不機嫌な声を出してしまった。
当初の計画通りなら、このテーブルには俺とエイミーだけが座っていたはずだ。
与沢や藤堂だけでもうざったいのに、見たこともない男まで同席している。俺たちを珍しい動物でも見るような目で見ているのも気に入らない。
同席するなら、この土地の話でもしたらどうだ。ただエイミーとダベるだけで俺たちには何も話そうとしない。こんなやつと一緒に食事をする意味がない。
エイミーは俺が命がけの危ない橋を渡ろうとしていることを知っている。それにもかかわらず邪魔になるような連中を連れてくる神経がわからない。
俺意外の連中は遊び半分だ。それが腹立たしい。だが、あまり不機嫌な態度を続けていると、与沢たちが不審に思うかもしれない。俺は我慢するしかなかった。
緑色のビール瓶が運ばれてきた。
ラベルには「雪花」という字がプリントされている。国産のブランド名だろう。初めて見るメーカーだ。
小さなコップに自分で注ぐ。一口飲むと、生ぬるかった。味はチンタオビールに似ていてマズくはない。だが冷えていないので、うまいとも思えない。
だからと言ってわざわざ冷たいビールに換えさせる気にもならなかった。このビールは手持無沙汰が嫌だから頼んだまでのことだからだ。
全員の食事が終わるのを待つあいだ、俺は周囲の客をそれとなく観察した。
いつの間にか店のテーブルは客で埋まっている。
妙な雰囲気だ。
どのテーブルにも関節が膨れ上がった奇妙なやつがいる。
肘がマスクメロンのように膨らんだやつ、膝が突出したやつもいる。明らかに何かの病気だ。
この土地の風土病だろうか?
関節が異様に膨れていて体を動かすのは不自由そうだが、痛みを感じているようには見えない。だが、見た目があまりにも気味悪い。
一緒に食事をしているやつらは、どいつもこいつも陰気だ。患者の家族か親類だろう。この部屋全体が重病人が集まる待合室のような雰囲気になっている。
俺は店の箸で食事をしたことを後悔した。もしもうつるような病気なら同じ店で食事をすること自体がイヤになる。
「ねえ、エイミー、スマホの充電したいからアダプター欲しいんだけど」
見ると与沢は自分の食事をキレイに平らげていた。
「市場の近くで売ってると思います」
「じゃあ案内してよ」
「私は行かないからね」
「何でだよ?」
「アイラッシュ直したいって言ってるじゃん」
「じゃあ、いいよ。お前だけ先に帰れよ」
「わかった。鍵」
藤堂は与沢から部屋の鍵をひったくるようにして受け取ると、自分だけ先に帰って行った。
藤堂が消えてくれたのは好都合だ。茶髪に、パーマに、厚化粧。目立ちすぎる。俺はさっきから、客たちの物珍しげな視線を感じていた。
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