宜昌東駅 麻薬犬のいない構内

「どうして与沢が来ているんだ?」


 俺は小声で話しかけた。


 エイミーはスマホを操作して画面を俺に向けた。女の顔のアップ写真。エイミーとは違うタイプの美人だ。二重まぶたで目が大きい。


「私のおさななじみです」 


「それがどうかしたのか?」


「与沢さんに見せたら、会いたいっていうから」


「与沢はその子に会うために来たのか?」


「そうですよ」


「じゃあ藤堂はなんでついてきたんだ?」


 その時、与沢が眠そうな声をあげた。


「あとどのくらい?」


 時計を見ると二時四十五分。もうすぐ到着する。


「もう起きないと間に合いませんよ」


「ウソ? マジか。眠いよ」


 与沢は体を起こして藤堂の肩を叩いた。


「由香、そろそろだって。起きろよ」


「起きてるよ」


 眠そうな声だ。こいつらも俺と同じように夜行性だ。久しぶりに早起きをして体のリズムが狂っているのだろう。


「降りる準備しろよ」


「やだ。達男が用意して」


 列車は静かに停車し、中国語と英語のアナウンスが流れた。


 窓から見えるプラットフォームの様子は上海駅と似たり寄ったりだ。地方都市の汚い駅を想像していたが、驚くほど近代的な光景だった。


「降りますよ」


 エイミーはさっさと下車し、誰かと電話をしながら歩き出した。その後ろを俺たちがだらだらとついて行く。


「おなかすいた」


「俺もマジ腹減った」


 宜昌東駅の構内は飛行場のターミナルビルのようだった。改札を抜けて歩いてゆくと広い空間に出る。見上げるような天井。近代的なデザイン。中国の駅はものすごく大規模だ。その広い空間を人が埋め尽くす。


 上海のバーでたまたま知り合ったバックパッカーから聞いた話では、中国の駅には違法薬物の運搬を取り締まるための警察犬がいるらしい。クスリの生産が盛んだと言われている雲南省の駅には武装した警官も巡回しているという。


 だが、宜昌東駅にはそれらしき警官も犬も見当たらなかった。これならクスリを持ち込んでも摘発されることはないだろう。


 俺たちは駅の外に出た。駅前は駐車スペースになっている。エイミーは一台のワゴン車に近づいて行った。俺たちも後を追う。


 藤堂は荷物を与沢に持たせてマルボロのメンソールを吸い始めた。列車の中は禁煙だったので、我慢の限界だったようだ。ヘビースモーカー特有の煙を肺の奥まで吸い込む仕草。女のニコチン中毒は見苦しい。


 ワゴン車の運転席には、ティアドロップのサングラスをかけた男が座っていた。俺たちよりひと回り年配だろう。


「何食べますか?」


「湖北料理ってどんな……」


 言いかけた俺の言葉を藤堂が遮った。


「中華はイヤ。マックかケンタがいい」


「地方の中華とか、マジ有り得なくないっすか?」


「じゃあケンタッキーにしましょう」


 俺たちはワゴン車に乗り込み、宜昌市内に向かった。


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