腐骨肉(フグロ)

「与沢は?」


「まだ戻ってない」


「あいつが勝手に出歩いてるんだから待つ必要はない。早く行こう」


「藤堂さんは?」


「あいつはどうせ中華は食べない」


 俺たちはまた隣の蜀味居に入った。店には例の患者が何人もいた。


「他に店はないの?」


「ありますけど、清潔じゃないですよ」


 俺たちは空いているテーブルに座った。


「魚食べますか?」


「何でもいいから適当に頼んで。あと、冷たいビール」


 エイミーはメニューを指さしながら手早く注文した。


「客の中に膝や肘にコブがあるやつがいるだろ。あれ何なんだ?」


「フグロの患者さんです」


「フグロ?」


「字は腐るに骨、肉です」


「それ病気の名前?」


「そうです」


「あれ、移る病気じゃないよね?」


「渋沢さんはよその人だから大丈夫です。

 腐骨肉に罹るのは特別な人だけです」


「本当に大丈夫か?」


「あれは病気じゃなくて殺されたお坊さんの祟りなんです」


「祟り? 何それ?」


「唐の時代ってわかりますか?」


「それくらい知ってるよ。西遊記の時代だろ」


「渋沢さんすごい。中国の歴史に詳しいですね」


「常識だよ。唐の時代がどうしたんだ?」


「唐の時代の終わりころに、この辺りの村に滅家風(ミエジャーフォン)という怖い病気が流行して、たくさんの人が死にました。

 家族の誰かがその病気に罹ると次々に家族が死ぬんです」


「要するに伝染病だろう?」


「そうです。当時はどんな薬を試してみても滅家風に効く薬はありませんでした。

 ちょうどそのころ、長安からこの村にお医者さんが逃げて来ました。

 その人は都でも評判の名医だったんです」


「何かいい治療法でも教えてくれたの?」


「そのお医者さんは、お坊さんの肉を食べれば滅家風が治ると教えてくれました」


「まさか」


「村の人も最初は信じていませんでした。

 でも、ある人が妹を助けたい一心で旅のお坊さんを殺してしまいました。

 その肉を妹に食べさせたそうです」


「それ、本当なの?」


「本当です」


「そんなことしたって治るわけないだろう」


「いいえ。お坊さんの肉をひと口食べただけで妹の病気は治ってしまったそうです。

 それを聞いた村の人たちは残りの肉を病人に分け与えました。

 肉を食べた人たちはみんな助かりました」


「そんなの迷信だよ」


「本当にあった話です。だからこの村の名前は僧肉村というんです」


 俺はもう一度店内を見回した。


「その話と腐骨肉には何か関係があるの?」

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