進み始めた計画
二日後、さっそくエイミーから電話が来た。
「現地まで取りに来るなら七万元でも売るそうです」
「そうか。どのくらいの量になるんだ?」
「わかりません。アイスには純度の問題があるから、量は関係ないみたいです。上海で売れば最低でも二百万元にはなる品だと言ってました」
二百万元ということは、日本円で三千万円だ。俺の予想以上の儲けになる。売り捌くのは大変だが、毎日何万ものカネが手に入る。
いや、少し安くてもいいからジャッキーに卸してもいい。手っ取り早く換金して次の仕入れに回せばいい。俺が運んでジャッキーに売る。この流れができれば、いくらでも稼げる。
「とりあえず、すぐに会いたい。時間ある?」
「六時にこのあいだのバーで待ってます」
俺は銀行に走った。いつでも出発できるように現金を引き出しておいた方がいい。
中国では最高額の紙幣は百元札だ。七万元ともなると、かなりかさばる。俺は引き出した七万元をリュックに放り込んだ。ひと月もすればこのくらいのカネは大したカネではなくなる。
俺はいったん自分の部屋に戻り七万元の札束を取り出した。そのままにしておいても盗られることはないだろうが、万が一ピッキングでもされたら計画はストップする。
俺はベッドのマットを持ち上げて床板の上に札束を並べた。マットを元に戻してシーツを整えたが、あまりに整っていて反って不自然に見える。
シーツを乱して布団を畳まずにベッドの上に戻すと、いつもの雰囲気に戻った。
時計を見ると六時十五分前。俺は髭剃りを諦めて東平路に向かった。
バーの中の客はまばらだった。まだ込み合う時間ではない。
エイミーは二日前と同じ席でシンガポールスリングを飲んでいた。服装は清楚な感じのブラウスとスカート。タンクトップのときとは印象が違う。一見すると裕福な韓国人留学生のようだ。
俺はバドワイザーを注文して席に座った。
「できるだけ早く行きたい。予定を立ててくれ」
「私も行くんですよね?」
「もちろん頼むよ。俺は中国語話せないし。ちゃんと礼はするから」
エイミーはiPhoneを取り出した。
「来週の月曜日。朝七時の列車があるから、それでいいですか?」
まだ五日もあるが贅沢は言えない。
「わかった。電車のチケットはどうすればいい?」
「私が渋沢さんのも一緒に買っておきます」
「チケット代は?」
「当日清算でいいですよ」
全ての段取りをエイミーに任せて俺はただついて行くだけ。こんなに簡単にクスリが手に入る。日本では有り得ないことだろう。
運ばれてきたビールを飲もうとすると急に後ろから肩を叩かれた。
「渋沢さん」
振り向くと与沢が立っていた。めんどうなやつに捕まった。
「さっきからずっと手を振ってたのに無視しないでくださいよ」
「無視じゃない。気が付かなかったんだ」
白いサマージャケットも暑苦しい。こういう服を着こなすにはジャッキーくらいの体格が必要だ。
「彼女さんすか?」
「違う。相互学習してるんだ」
「渋沢さんが相互学習っすか、マジうける」
与沢は名刺を取り出して右手の指に挟みエイミーに差し出した。
「与沢です」
「エイミーです。よろしくおねがいします」
「エイミーちゃん。日本語うまいっすね」
「まだまだです」
「いや、ほんとに。彼氏はいるんすか?」
「募集中です」
「僕も相互学習したいな」
「私でよかったら相互学習しましょう」
「やった。マジうれしい。電話番号教えて」
「いいよ」
二人は電話番号の交換を始めた。
「メッセージ送りまーす。行った?」
「来ました。何ですか、これ?」
「何て書いてある?」
「エロエロ教えてください」
「あ、ごめん。イロイロ教えてくださいだった」
与沢は隣のテーブルから椅子を引いてきて座った。俺が嫌な顔をしているのにエイミーは笑顔だ。与沢もにやけた表情でエイミーと話し続けていた。
与沢も不愉快だったが、与沢とうれし気に電話番号を交換しているエイミーにも腹が立った。
さっそく車の話が始まった。言葉の端々に自分の財力をちらつかせる。この雰囲気では与沢は当分席を立ちそうにない。
いつまでここに居続けるつもりだ?
どうやって追い払おうかと考えていると与沢のスマホに電話がかかった。
すぐに出た与沢の口ぶりから電話の相手は藤堂だとわかった。藤堂との待ち合わせか何かがあるようだ。
電話が終わると与沢は席を立った。
「エイミーちゃんごめん、急な用事ができちゃった。近いうちに上海で一番おいしいフレンチをご馳走するからカンベンして」
与沢は俺をほとんど無視したまま、エイミーに手を振って帰って行った。
「本当にあいつと相互学習するのか?」
「あの人チャラいから勉強するつもりないと思います」
勉強するつもりがないのは俺も同じだ。だが俺は与沢とは違う。あいつの頭の中には女しかない。
与沢の正体を暴露してやろうかとも思ったが、与沢を貶しても何の得にもならない。与沢が余計なことをして俺の計画に支障が出ることだけが心配だった。
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