アイス 違法薬物の誘惑

 俺が二杯目のビールを頼もうとしたときジャッキーのそばに体格のよい男が近づいてきた。スキンヘッド。目つきが鋭い。


 こういう店には用心棒のような男がいると聞いたことがあるが、もしかしたらそういう男なのかもしれない。


 男はジャッキーの耳元で何かささやいた。


 ジャッキーの表情が変わった。右の眉毛だけをしかめる昔からの表情。めんどうなことが起きたときのクセだ。


「すいません渋沢さん。ちょと外します」


 ジャッキーは男と一緒にバーのスタッフルームに入って行った。


「どうしたんだろうな?」


「たぶんアイスのことだと思います」


 アイス?


「ジャッキーの商売知ってますよね?」


 俺はとりあえず軽くうなずいた。アイスは中国に蔓延している覚醒剤だ。俺は本能的にデカいチャンスの接近を感じ取っていた。


 正直なところ、俺はジャッキーがアイスと関わっていることなど想像したこともなかった。しかし何かあるのは確実だ。俺はカマをかけた。


「何かトラブルでもあった?」


「昨日からクスリが足りなくて催促されてるみたい。運び屋に何かあったみたいです。連絡が取れないみたいだから、捕まったのかもしれません」


「運び屋が捕まったら、仕入れはどうするんだ?」


「新しい運び屋を探すしかないと思います」


「簡単に見つかるの?」


「難しいです。運び屋は捕まれば死刑ですから。でも、工場と連絡を取れば何とかなるんじゃないかな」


「工場とはコネあるの?」


「田舎に行けば作っている人は珍しくないですよ。私の故郷にもいます」


「本当に?」


「本当です。アイスの作り方はインターネットで調べればすぐにわかるから、誰でも作れるんです」


「設備とかはどうするの?」


「特別な設備は必要ありません。田舎では養豚場みたいなところを改造して作っています」


「道具は?」


「詳しいことは知らないけど、バケツや鍋があれば作れるみたいですよ」


「俺でも作ろうと思えば作れる?」


「作れると思います。でも、すごい匂いが出るし、部屋の中で作っても少ししか作れませんから止めたほうがいいですよ」


「でも作れば儲かるだろう?」


「田舎でたくさん作っているから価格競争力がないです。自分で作るよりも安く仕入れて売ったほうが儲かりますよ」


「どのくらい儲かるの?」


「量にもよります。例えば車で運んで自分で売れば工場と上海を一回往復するだけでお店一軒くらい作れますよ。この店の中だけで一晩に四万元くらいは利益がありますから」


 四万元ということは日本円で六十万。十日で六百万にもなる。

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