僧肉村
再びワゴン車は暗い山道に入った。後ろの座席を見ると、与沢と藤堂は肩を寄せ合って寝ていた。
「ひょっとすると、ここに来た外国人は俺たちが初めてじゃないか?」
「たぶんそうだと思います。ここは解放区ではありませんから」
「解放区?」
「外国人の立ち入りが認められている土地が解放区です」
「じゃあ、ここは外国人立ち入り禁止なのか?」
「本当は許可が必要です」
ここにいること自体が違法ということか……
だが俺は今、捕まれば死刑になる危ない橋を渡ろうとしている。ここが解放区かどうかなんて、どうでもいい。
十時半を過ぎたころ、道の先が突然開け、町が見えてきた。いや、町と言うほどでもないが、今までが今までだったせいで、実態以上に繁華な感じがした。
所々にぼんやりとしたオレンジ色の街灯がある。道の両側には店舗が並び、浴池、修車、菜館、招待所など、俺にも読める看板がかかっている。
招待所と言うのは最下級の宿だ。上海にもあるが、外国人が泊まるようなところではない。バックパッカーから聞いた話では、狭い部屋にベッドだけ。戸締りもいいかげんなところが多いらしい。
リュックに七万元を隠している俺としては、寝ている間に窃盗に入られることだけは避けたい。
だが、この小さな村に招待所以外の宿泊施設があるのか?
「ここがエイミーの故郷?」
「そうです」
「何て言う村?」
「センロウツンです」
「どういう字?」
「僧侶の僧、豚肉の肉、それに村です」
「僧肉村か……」
俺たちのワゴン車は細い道を右折してすぐに停車した。
「着きました」
後ろの二人はまだ寝ている。
「ちょっと待っててください。予約はしてありますけど、確認して来ます」
俺も車から出て外の空気を吸った。思っていたよりも涼しい。ガソリンスタンドで感じた山の香りが、ここの空気にもあった。かすかに川の音が聞こえる。
エイミーが入って行った建物は五階建てだった。間口は広く、奥行きもありそうだ。ドアの上にある看板には「永生賓館」と書いてある。
確か「賓館」は、ホテルという意味だ。フォーシーズンズ・ホテルは、中国語で四季賓館だと誰かから聞いた記憶がある。
しかし目の前の建物は、賓館なんてしろものではない。さっき見た招待所と同じ雰囲気だ。
周囲を見回すと、永生賓館の斜め向かいに「康福診所」という看板があった。その看板の下に金文字で大きく「楊家代十八代名医 楊祭国」と書いてある。いかにも田舎の診療所という感じの小さな入口だ。
その看板の上に古い表示板がある。所々ペンキが剥げていて読みづらいが「肉仏巷」と書いてあるようだ。
上海でも同じ字を見かけたことがある。「巷」というのは、細い路地を表す言葉らしい。つまり俺が立っているこの道の名前が、肉仏巷なのだろう。
僧肉村と言い、肉仏巷と言い、薄気味悪い名前だ。
永生賓館の右隣は二階建ての建物で、「蜀味居」という看板が出ている。日に焼けたメニューが張り出されているから、飲食店だということはわかる。レストランと言うよりは食堂に近い。
永生賓館の右隣は、俺たちのワゴン車が走って来たやや広い道と肉仏巷が交わる角の建物で、「僧肉饅頭」という看板がかかっていた。
村の名前が僧肉村だからだろうが、悪趣味な名前だ。
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