不気味な鎮魂歌
KFCを出て、エイミーが電話をかけると、すぐにさっきのワゴン車が近づいてきた。
サングラスの男は藤堂のファッションを見てどう思っているのだろう。
田舎の中国人にしてみれば、藤堂の服装もメイクも正気の沙汰ではないだろう。サングラスのせいで表情はわからないが、俺までバカにされているような気がする。
車に乗り込むと、与沢たちは一番後ろの席に並んで座った。
「ねえ、達男、スマホ貸して」
「自分の使えよ」
「バッテリーが死んだ」
「マジかよ」
「早くして」
「俺のバッテリーもあんまり残ってねえからダメ」
「私に見せられない写真があるんでしょう?」
「ねえよ」
「だったら貸してよ」
「ゲームばっかしてるんじゃねえよ」
「だってヒマだもん」
与沢は藤堂にスマホを渡した。
せっかく長時間かけて地方都市に来たのに、街の様子には興味がないらしい。そういうところも俺には理解できない。
地方都市と聞いていたからバカにしていたが、宜昌市街には予想していた以上にビルが立ち並んでいた。
ビルの多さで比較すると、上海の印象とあまり変わらない。強いて言えば、上海よりも緑が目立つが、道路の幅やビルの外装などはほとんど同じだ。
だが、長江にかかる長い橋を渡ると、周囲の風景は一変した。畑と小高い緑の丘。完全な田舎だ。窓から見える色は木の緑と土の色だけ。建物は疎らだ。
高速道路には車の姿が少なく、スピードを見ると百二十キロは出ている。だが、走りがスムースで、高速走行の実感はない。道路は整備されていて嫌な揺れや振動は全く感じない。
「エイミー、あとどのくらい?」
「七時間くらいです」
「ウソだろ。駅から五時間って言ってなかった?」
「言ってないです」
「言ってたよ。マジかよ。来なけりゃよかったよ」
確かに俺も駅から五時間と聞いた記憶がある。しかし、ここまで来ていまさら騒ぐ気にはなれない。
エイミーは黙っていた。与沢なんかを連れてくるからこうなる。こっちは命がけの商売をしようとしているのに、余計なノイズは迷惑だ。
エイミーはときおりドライバーの男と話をするくらい。俺は無言のままだった。
緩やかなカーブが続いていた道路は長い直線に変わった。道の先が一点に収れんするように見える。はるか先まで続く直線道路だ。こんな光景は日本では見られないだろう。ハンドルから手を放して、アクセルをベタ踏みしてもいいくらいだ。
運転席の男が座席の横に置いてあった古いカセットプレーヤーを操作した。
ノイズの多い中国語の唄が聞こえて来た。どことなく日本の演歌に似たメロディーだ。男はそのメロディーに合わせて鼻歌を歌い始めた。
「何これ、ダセえ」
「これは私たちの故郷でお祭りのときに唄う歌なんです」
「そのメロディー、キモくない?」
「死んだ人の魂が鬼にならないように祈る歌なんです。霊力のある唄だから、気持ち悪く感じるのかもしれません」
「霊とか、鬼とか、マジ笑える。迷信じゃん」
「もう止めてよ」
エイミーはドライバーに何か声をかけ、カセットプレーヤーのスイッチを切った。
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