17
時任先生の送り迎え付きということで、両親はあっさり娘の夜間外出を認めた。
「いつから星に興味なんて持ち出したのよ。さては、あの男前の先生が目当てね」
我が家に事情説明に来た先生を見送った後、玄関先で、私なんかより、ずっと女学生らしくおきゃんな性格の母に脇腹を肘でつつかれた。
「流星を学校の屋上で見たら、きっととても綺麗だって思っただけよ」
想いを悟られぬよう、ぶっきらぼうな態度で否定したが、母はにやにやしながら続けた。
「ふーん。そういうことにしておきましょうか。最近怪しいと思っていたのよね。夜遅くまで、部屋で何かこそこそ書いていたり、急におしゃれに気を遣うようになったり。それに、恋をした女の香りがしていたし」
「恋をした女の香り? 何それ」
身も心も燃え上がるような自由恋愛の末に、父と結婚したと豪語する母は、女親というよりは、女の先輩っぽい口ぶりで答えた。
「女はね、どんな子も恋をすると綺麗なるのよ。例え綺麗な着物を着たり、お化粧をしなくても、内から美しさがにじみ出るようになるの。恋心が起こす魔法ね。あ、心配しなくても、お父様や
女学生と教師の恋なんて、禁断の恋もいいところなのに、能天気な彼女は、あれやこれや先走りし、私以上に浮かれていた。親として他に言うことはないのか。
「もう、そういうのじゃないから。変なことみんなに言いふらさないでよ」
「はいはい」
おざなりな返事に一抹の不安を抱きつつも、自室に引き上げようとした娘の背中に、母は激励の言葉を贈った。
「恥ずかしいとか格好悪いとか言って、自分の気持ちを隠すのだけはやめなさいね。死ぬ程、後悔するから。恋はね、自分に素直に突き進んだ者勝ちなの。戦車のように、猪突猛進。邪魔するものは、全部踏みつぶすくらいの勢いで進みなさい」
我が母ながら、とんでもない女だと思った。でも、この女が射止めた父は、真面目を絵に描いたような銀行員だというのだから、世の中とは分からないものである。
自室に帰り、盗み見されぬよう内側から鍵をかけ、私は明後日ジョージに渡す予定の、最後の手紙を書き始めた。母の助言に従った、見得や羞恥心をかなぐり捨てた、私の内心をぶつけた手紙を。
つたないかもしれない、支離滅裂かもしれない。文章がおかしかったり、誤字があるかもしれない。ただひたすら、ひたむきに、まっさらな便せんの上に、十六歳の私の今をぶつける。
ジョージが未来に帰った後、私のジョージに関する記憶はなくなってしまうのかもしれない。そうなれば、胸の中で燃え上がる幼い恋心もなかったことになってしまうのだろう。そんなの嫌だ。忘れたくない。
でも、タイムトラベラーと接触した人間の記憶操作を専門にしている未来人に、私のような平凡な女学生がどこまで抗えるか分からない。
ジョージは、例え私が忘れても、自分が覚えているので安心するよう言っていたが、安心なんてできない。忘れないよう、できる限り抵抗したかった。強く願えば忘れないで済むと言うなら、そのとおりにする。
こうして自分の気持ちを文章にして、何度も記憶を反芻し、脳に刷り込むのも、対抗策としては有効なはず。
何より、ジョージに想いを伝えられる最後の機会を、ほんの少しも無駄にしないよう、何も書くことがなくなるまで、手紙を書き続けよう。
気持ちが重いとか、長すぎるとかで、彼がうんざりし投げ出してしまうくらい、私の気持ちを綴ろう。
私に恋の味を教えてくれたジョージへ、この想いを捧ぐ。
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