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 ジョージからの指令は、その後も不定期で続いた。どれも最初の指令と似たり寄ったりの、簡単だが意味不明、でも、お転婆な女学生の冒険心をほんの少し満たしてくれるようなものばかりだった。


 ジョージの指示に従い、早朝、部員以外立ち入り禁止の長刀部の部室に忍び込み、中の様子をできるだけ細かく報告したり、下校時刻の過ぎた音楽室で、『海ゆかば』の主旋律をオルガンで弾いてみたり、存在すら知らなかった特別教室棟地下室の壁にペンキで記号を書いたりした。


 概ね、任務遂行の翌日には、成功報告とお礼の言葉が綴られた手紙が『物理学概論』に挟まっていた。毎回、髪飾り等のお礼を貰えると期待していた私は、お礼の品が一回限りだったことに、少し気落ちした。

 だが、よく考えれば、本来の調査任務を遂行しつつ、百年前の世界で、女学生向けの贈り物を調達するのは、中々の負担だ。金銭的にも時間的にも、ジョージの労働環境は、恵まれたものではなさそうだ。時折愚痴っぽい手紙の内容から、何となく推測できる。そもそも、余裕があれば、私なんぞに助手を依頼したりはしないだろう。

 わがままを言って、ジョージを困らせるようなことはしたくない。彼からの感謝の言葉だって、十分な報酬だと思うことにした。



 特に任務がない時も、私たちは手紙で雑談をした。

 ジョージは、平凡な女学生のくだらない悩みや相談にも真摯に対応してくれた。

 例えば、にきびに悩んでいると書くと、効果のある洗顔せっけんや化粧水、治療法を細かく指示してくれた。半信半疑で従ったところ、あばただらけだった額が徐々に綺麗になっていき、さすが未来人と感激したものだ。

 また、ジョージは話の引き出しが豊富で、化学や物理学、医学等のお堅い理科系の学問の話から、文学や演劇と言った文化系の知識、最近の流行歌や映画の話、女学校の教師陣の私生活に至るまで、知らないことなんてないのではないかと疑う程に、様々な話題で私を楽しませてくれた。


 ある時、彼は私の筆名と同じ名前の女性が主人公を務める小説が好きだと話してくれた。その小説は、昨年、アメリカで総天然色で映画化され、未来にも残る傑作となり、ジョージも百年後の世界で見たという。名前だけでなく、主人公を演じた美人女優に私が似ているなんて嬉しいことも書いてくれた。日本ではまだ公開されていないので、将来見られるようになったら、是非見て欲しいと加えてあったので、絶対に見ますと返事を書いた。


 いつの間にか、私は学校に行くのが楽しみになっていた。自分の人間性が全否定されているようで嫌だった、友人がいないことも、以前より気にならなくなっていた。それどころか何と、ジョージに貰った髪飾りに目をつけた同級生に話しかけられたのをきっかけに、休み時間の教室で話ができる仲間が数人でき、彼女たちと昼食を食べるようになった。



 ジョージと文通をするようになり、二か月程経過し、冬服へ衣替えしただけでなく、私の置かれた状況は少しずつだが、良い方向に変化しつつあった。以前のように、図書室で陰気な一人遊びをすることもなくなった。

 しかし、一人で弁当を食べなくなっても、昼休みの一部を、ジョージとの文通に割く習慣は欠かさなかった。彼の繊細な手の文字を読みながら、髪につけた紫色の花弁に触れ、まだ見ぬジョージの姿をうっとりと夢想していた。


 やがて、想像するだけでは足りず、ジョージに実際に会ってみたいと思うようになった。向こうはどういう訳か、スカーレットの正体を私だと認識しているのに、私はジョージがどんな姿をしているのかすら知らないなんて不公平だと言い訳し、自分を正当化した。彼の立場や任務のことを慮り、日に日に増幅していく恋心を抑えられる程、私はまだ大人ではなかった。


 たまのスパイごっこと日常の他愛もない文通に飽き足らなくなった私は、ジョージに会いたいと願った。相手の迷惑なんて、考えもしなかった。私は恋の熱に冒された救いようもなく愚かな子供だったのだ

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