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「まったく。流星群の飛来予想時刻を過ぎても、一向に帰って来ないと思ったら、あんな雨の中、走り回っていて。問題を起こさないという約束を忘れたのかい? びしょ濡れになって、風邪を引くのは勿論だが、暗い中、足でも滑らせたら大事故に繋がりかねない。それに落雷だって。僕の首が飛ぶようなことはしないでって、言ったよね」



 電灯の光で明るい理科室で、私は時任先生に懇々とお説教をされていた。

 屋上から強引に連れ戻された後、教室に寄って体操着を取ると、そのまま理科室まで連れて行かれた。

 先生の私物らしい手ぬぐいを借り、濡れた体を拭き、体操着に着替えた後に待っていたのが、お説教だった。勿論、着替えている間、先生は廊下で待っていてくれた。大変申し訳ない。



「ごめんなさい……」



 怒っているところなんて、誰にも見せたことのない時任先生をここまで怒らせてしまい、私はもう、しおらしく謝ることしかできなかった。

 ここ二か月、ジョージとの様々な出来事を経、大人になったつもりでいたが、学校指定の垢抜けない体操着を着、泣き腫らしてむくんだ顔でしょぼくれる私は、子供そのものだった。しかも、どうしようもない残念な部類の子供だ。こんな姿、ジョージには絶対に見られたくない。もし時任先生がジョージの正体なら、全てにおいて終わっている。




「ところで、ジョージって誰なんだい?」



 お説教が一通り終わった後、時任先生は声をいつもの穏やかなトーンに戻し、尋ねてきた。



「あ、え、えっと……」



 心底不思議そうな顔で、私の答えを待っている先生を前に逡巡する。一時よりは、確信が薄まっていたが、ジョージ=時任先生説を、まだ完全には捨てきれずにいたからだ。



「あ、もしかして、君だけに見える幽霊とかかな」



「幽霊じゃありません!」



 頓珍漢な勘繰りに、咄嗟とはいえ、かなり強い語調で否定してしまった。気まずくなり、消え入りそうな声で、私はもごもごと取り繕った。



「ジョージは……未来人なんです。百年後の世界から、この時代のことを調べに来た人で。ずっと手紙でしか話せなかったけど……。でも、もうすぐ未来に帰ってしまうんです」



 自分で話していて、荒唐無稽で非科学的な話にうんざりとした。妄想じみている度合は、幽霊の友達と大差ない。現実主義者の先生には、信じて貰えるはずがない。きっと、時任先生は『一度、専門の病院に連れて行くよう、親に勧めた方がいいな』とでも考えながら、生暖かい目で、私の話を聞いているのだろう。

 しかし、先生は私を馬鹿にしたり、憐れんだりすることはしなかった。じっと、たどたどしく紡がれる言葉に耳を傾け、少し考えるような仕草をしてから口を開いた。



「つまりは、ジョージは未来人で、君と文通をしていたのだけど、もうすぐ未来に帰るし、最後に一緒に流星群でも見ようかってことだったのかな」



 簡潔にまとめると、まさにそのとおりだった。私は黙って首肯した。



「そうか。だからあんなに必死に教頭に食い下がっていたのか。でも、残念だったね。流星群見られなくて」



 いたわるような口ぶりに、引っ込んでいた涙が湧き出てきた。先生の優しさが染みたというせいもあったが、改めて、ジョージに面会し、想いを伝える機会を喪失したと認識したせいでもあった。そう、流星群は見られないし、ジョージには会えない。希望的観測をするなら、もう一度くらい手紙の交換はできるかもしれないが、多分、会うことは難しいだろう。

 嗚咽を堪え、肩からかけた手ぬぐいに顔をうずめてむせび泣く私を、先生は暫く静かに見守っていた。

 が、不意に明るい声を上げた。



「そうだ! 流星群ではないけど、星空くらいなら、この部屋で見られるよ。まだ時間はあるし、これから見ようよ。まあ、未来人は呼べないけど」



「え? 外雨ですよ」



 鉄筋の校舎内にいても、地面を打つ雨音が否応なしに耳に入るくらい、外は大雨だ。時任先生にはこの音が聞こえないのだろうか。けれども、先生は得意気な表情で反駁した。



「だから、『この部屋で』って言っただろう?」



「部屋で?」



「そう、部屋の中で」



 部屋の中にいたら、例え外が快晴でも星空なんて見える訳ないのに、何を言っているのだろう。泣くのも忘れ、訝しがる私に、時任先生は茶目っ気たっぷりに片目をつぶってみせた。

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