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 間抜けなことに、私はジョージが成人男性だと思うようになってから、無意識に彼が未来の道具を使い、夜の女学校に忍び込み、『物理学概論』の間に手紙を挟んでいると思い込んでいた。

 しかし、いくら未来人とはいえ、部外者の彼が女学校に出入りできる機会はそう多くない。また、校内を舞台とした奇妙な任務の数々も、在学生の私ならば、仮に誰かに見つかっても、叱られはせよ、さほど不審がられることもないが、部外者の男性ならば、即警察沙汰だ。だから、ジョージは、私に任務の実行役を頼んだのだろうと推測していた。

 さらに言えば、ここ数日の例外を除き、私は登校日には毎日図書室でジョージからの手紙が届いていないか確認していたが、対するジョージは毎日、『物理学概要』を開いている訳ではなかった。それも、彼が早々毎日は校内に忍び込めない部外者である証拠だと勝手に納得していた。


 だけども、家に帰り、カレンダーとジョージから貰った手紙を照らし合わせ、私は『あ』と声を上げてしまった。毎週水曜日に私が挟んだ手紙は、翌木曜日の昼まで放置されることが多かったのだ。ここに、水曜日はジョージは学校に来ていないという仮説が成り立つ。

 そして、毎週水曜日は、時任航先生の非番日と合致する。今年度の初め、本人の口から聞いたので間違いない。先生は『水曜日は在籍する研究所での仕事があるので、学校には出勤しないから、用事がある人は注意するように』と教壇の上で話していた。


 ジョージは部外者ではなく、実は時任先生なのではないか、という疑惑がむくむくと育っていった。

 やけに私の動向を把握していたり、学校内の事情に詳しいのは、単に勝手知ったる職場だからだ。『君の傍にいます』という意味深なメッセージも、教師として、学校内にいるということを指しているのだ。慣れた言い回しで恋愛関係になるのを避けているのも、ジョージが先生なら頷ける。

 でも、時任先生なら、学校内の施設にある程度自由に出入りできるだろうに、何故私にやらせたのか。そもそも、何故私を助手に選んだのか。目的は何なのか。それに、正体は明かせないと手紙で言いながら、自分がジョージであるという気づきを与えるような言動に出たのは何故か。


 あとそうだ。抜き打ちテストや転校の件は、講師特権で予言可能であったにしても、爆発事件や憲兵の摘発を、一女学校講師が予言できるはずがない。焼却炉爆発事件の時、先生は教室で授業をしていたので、自作自演は不可能だ。おまけに、あの事件は、結局、警察沙汰にもならず、単なる事故として処理されたと学校側は説明している。よく知らないが、時限爆弾のようなものを設置すれば、そう簡単には済まないだろうし、やはり事故と考えるのが適切だ。

 時任先生はジョージかもしれない。だけども、ジョージは、普通の女学校講師には実行不能な予言をいくつもしている。そこから導き出される結論は……。



「まさか、先生は未来人?」



 あまりに突飛な推理であったが、そう考えるのが一番筋が通ると感じた。言い訳をするなら、この時の私は、既に未来人の存在を信じ切っていたのだ。ジョージは本物の未来人なので正確な予言ができるという前提があり、ならば同じことができる先生は未来人であり、ジョージの正体なのかもしれないと帰結しても、色々検討の余地はあるけれど、一応論理的な破綻はない。

 色素の薄いサラサラした髪や優しげに下がった目尻。すらりとした体つきに、穏やかで知的な話し方。絵本の王子様のような上品な物腰。ジョージのイメージとこれほどまでに一致する人はいないのではないか。今まで見逃していたのが不思議なくらいだ。

 私は、学習机の引き出しからお気に入りの便せんを取り出し、一心不乱に筆を走らせた。



『ジョージへ


 しばらくお返事をしないでゐて、ごめんなさい。また、あなたの立場も考えず、困らせるやうなことを書いてごめんなさい。どうか許してください。

 もし、許してくれるなら、これからもあなたの相棒として、仕事のお手伝ひをしたいです。もう、今回のようなことはしません。絶対です。



スカーレット』



 敢えて、ジョージの正体を告発するようなことは書かなかった。いくら鈍い私でも、そこは超えてはならぬ一線だと学習したのだ。先生の思わせぶりな言動は、きっと彼なりに精一杯譲歩してくれた結果なのだと考えた。

 タイムトラベラーの規則の範囲内で、最大限の対応をしてくれたのかと思うと、胸がキュンと熱くなった。

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