第4章 あの日、あなたと見た星空を私は一生忘れない

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 ジョージからの最後の指令が下ったのは、十一月も終わりに近づいた、小春日和の日だった。

 一度はぎくしゃくしてしまった私たちだったが、その後は以前に増して、手紙を通して色々な話をしたし、不可思議な任務もいくつかこなした。そう遠くない日、彼とお別れしなければいけないと覚悟していたのに、『最後の任務です』という一節が目に入った時は、息がつまった。



『スカーレットへ


 突然ですが、ついに、お別れしなければならない時が来てしまいました。次の任務が最後の任務です。この任務が終わったら、僕は未来に帰ります。

君には、どんなにお礼を言っても足りないくらい、助けて貰いました。そのおかげで、思ったより早く任務が終了してしまうのは、何とも皮肉ですね。でも、前にも話しましたが、僕が未来に帰った後、君が僕のことを忘れても、僕は君のことを絶対に忘れないので、どうか安心してください。

君にお願いする最後の仕事ですが、今までの中で一番難しいものだと思います。

明後日の夜九時頃、帝都でも流星群が見えることは、新聞などで見て知っているでしょう。君には、流星群を観測したいと教頭先生に申し出、屋上の鍵を借り、流星群が見える時間に、天体観測をしているふりをして欲しいのです。

遅い時間ですので、親御さんや教頭先生を説得したり、大変でしょうが、どうかここは何とか粘って、頑張って貰えないでしょうか。

空から星が降り注ぐ光景が見れますし、少しだけなら、僕も一緒に流星群を見たいと思っています。未来の世界では、見られないような絶景を、この目に焼き付けて帰りたいです。

ただ、もし当日雨が降ってしまった時は、残念ながら天体観測は中止です。無理に見ようとはしないでください。風邪を引いてしまっては困ります。なお、任務の方は天候に関わらず、決行しますので、屋上の鍵は開けておいてください。

では、よいお返事待っています。



ジョージ』



夜の九時に家を抜け出すのに、両親の目をどう誤魔化すかだとか、どうやって気難しさが服を着て歩いているような教頭を説得すれば良いのか等、問題は山積みだったが、この任務を成功させる以外の選択肢は私にはなかった。

ジョージとお別れするのは悲しいが、最後に、一緒に流星群を眺められるなんて、最高の餞別だった。


『少しだけなら』ということは、彼は私の前に姿を現してくれるのだろうか。やっぱり、時任先生が出てくるのかな。あんな雲の上の人と二人きり、夜の学校で天体観測なんて、緊張して上手く話せないかもしれない。けど、ジョージだと思えば、普通に話せるかな。


 帝都の夜景を背景に、無数の流れ星が夜空を駆ける情景を想像し、見上げる自分の隣で、優しげな瞳を少年のように輝かせている時任先生の横顔を思い描いた。

 妄想の中の先生が微笑み、私の髪を撫でたところで、はっと我に返り赤面する。


 これでは、まるで恋人同士だ。はしたない想像をしてしまった。しかも、ジョージの正体が先生と決まった訳ではないのに。こんな妄想をして、もし違ったら、時任先生に申し訳ない。大体、もし時任先生がジョージなら、もうすぐ先生はこの学校からいなくなるということになる。そんな話、噂ですら聞いていない。となると、時任先生=ジョージ説は弱くなってしまうのか。

 先生がいなくなってしまうのは嫌なので、それはそれで良しと見るべきだ。


 そんなことより、今回の任務の難度は、過去とは比べものにならないくらい高い。気合いを入れて取りかからなければならない。惚けている余裕なんてない。

 あと、忘れてはならない。ジョージに送る別れの言葉も考えなければ。一片の悔いも残らないよう、胸から溢れそうな想い全て表せる言葉を探さなければいけない。

 できれば、面と向かって声に出して伝えたいが、別れの時、私は泣いてしまい、うまく話せないかもしれない。そうなると、予め手紙にしておいた方が良いか。

 全力を尽くし、任務にあたるという旨の返事を書き、『物理学概論』に挟むと、私は意気揚々と図書室をあとにし、教頭のいる職員室に向かった。

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