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「タイムマシン、お釜みたいな形だったのですか……」



 オカルト記者は、心外だと言いたげな面持ちで呟いた。雑誌記者としては、もっと創意工夫の感じられる奇抜なデザインを期待するに決まっている。しかし、事実、ジョージのスケッチは巨大飯炊き釜だったので、どうしようもない。



「ええ。あれには私もがっかりしました。もう少し、マシな設計を期待していましたから。手紙の本文に書いてあった未来の描写は、創作だとしても、大変興味深かったので、それとの落差も酷かったです。今思えば、ジョージはひょっとして、絵はあまり得意ではなかったのかもしれませんね。お釜の模写としては上手かったですが」



 落胆した記憶も、今では微笑ましい思い出に変換されている。だが、オカルト記者は、何故か浮かない顔のままだった。



「そうですか、まあ、そういうことにしておきましょう」



 自分で自分を納得させるかのような口ぶりだった。余程、タイムマシンのデザインに拘りがあったのだろう。少し気の毒だが、事実なので仕方がない。



「しかし、今までのお話ですと、あなたはジョージが未来人であることを信じていませんし、彼に協力する気もなかったのですよね。いつ気が変わったのですか?」



 気持ちを切り替え、記者は尋問するように問い質してきた。高圧的な態度は、彼の癖なのかもしれない。



「手紙を受け取った翌日の午前中。焼却炉で爆発事故があったのです」



「あなたがいつも、裏で昼食を食べていた焼却炉がですか?」



「はい。幸い授業中でしたので、けが人は出ませんでした。けれども、焼却炉の鉄製のふたは爆風で歪み、吹っ飛んでしまいましたし、近くの廊下の窓ガラスも割れました。爆発音が、学校中に響き渡って、大騒ぎになりました」




 爆音に驚いた少女たちは悲鳴を上げ、勝手に席を立って窓の外を覗き、爆発音の発生元を探そうとしだし、教室はちょっとした恐慌状態に陥った。

私のクラスは、ちょうど時任先生の物理の授業中だった。先生は落ち着いた様子で、興奮している生徒たちを席に着かせ、学校側の指示を待つように促した。繊細そうな見た目に反し、肝の据わった対応に、彼の評価がまた上がったことは言うまでもない。



「何か、火にかけると危険な物質を、間違えて炉の中に放り込んでしまったのかもしれないね」



 焼却炉が爆発したという校内放送を聞いた先生は、淡々と事故原因を分析した。



「今回は、けが人が出なくて幸いだったけど、こういう事故は、理科の授業をきちんと受けていれば防げる事故だ。さあ、理科の勉強の続きをしよう」



 両隣のクラスが上へ下への大騒ぎで、教師たちの手に負えない状態になっている中、うちのクラスだけは、早々に何事もなかったかのように授業が再開された。けれども、私は一人、授業内容も上の空で呆然としていた。


 焼却炉が危険だというジョージの忠告が頭の中をぐるぐると回っていた。もしかして、彼は一般論としてではなく、この事故を未来人故に予期(というか歴史上の事実として知っていて)し、私に警告を促したのではないかという推測に、興奮するような、寒気がするような、落ち着かない気分になった。

ジョージの警告がなければ、私は今日もあの焼却炉の裏で昼ごはんを食べるつもりでいただろう。爆発が起きたのは、昼休み直前の授業中だ。いくつかの事情変更が重なれば、私は爆発にもろに巻き込まれていたかもしれない。大けがどころか、運が悪ければ死んでいたかもしれない。もし、ジョージの知っていた歴史が、昼休みに爆発が起こり、私が巻き込まれる顛末だったとしたら……。


 現実味に欠けていると取り合わなかった未来人ジョージという設定が急に、信ぴょう性のあるもののように感じられた。そして、歴史を変える禁忌を破り、ジョージが、私を危険から遠ざけてくれたのかもしれないと心が震えた。




「なるほど。ジョージが、爆発事故を予言したとあなたは解釈したのですね。個人的には、彼が未来人である証拠としては弱いと思うのですが、十六歳の女の子にとっては、信じるに足る証拠だったのでしょうね」



 記者は典雅な仕草で湯呑に注がれた番茶で喉を潤した。『なるほど』と言っているが、あまり納得はしていなさそうだった。



「まだこの時点では疑惑でした。いくら十六歳の子供でも、それだけの証拠では、ジョージが未来人であるとは確信できませんでした。先に話してしまうと、ジョージはその後も様々な予言をし、その全てが的中したのです」



 仕事を手伝うか否かの回答を保留している間に、彼は毎日のように手紙に予言を書くようになり、それらは全て現実となった。まるで、私に決断を急かすかのように、予言は連発されるようになったのだ。



「参考までにお聞きしますが、ジョージは具体的にどんな予言をしたのですか?」

記者の眼光が一瞬鋭くなったのは、気のせいだろうか。私は思い出せる限り、ジョージの予言を羅列していった。



「各科目の抜き打ちテストの情報、明日の天気に同級生の誰々が退学するとか、朝礼での校長のスピーチ内容みたいな身近なことが多かったです。でも時々、学校の近所にある学生寮に憲兵の捜索が入るみたいな怖い話もありました。怖い話の時は、誰にも言わないよう口止めされました」



「あなたが、誰かに憲兵の捜索の話をし、捜索が空振りになってしまえば、歴史が変わってしまう、なんて言われたのですか?」



 その通りだと首肯する。



「ジョージの予言が次々と的中し、私は彼が本当に未来人なのかもしれないと思うようになりました。憲兵の話とかは怖かったですが、抜き打ちテストがあることや、テスト範囲を事前に教えて貰えたりと、ジョージの予言のおかげで良い思いもしましたし、焼却炉の裏に代わる食事場所も教えて貰えました。次第に、最初の爆発事件の予言も、ジョージがタイムトラベラーの禁を破ってまでして、私の命を救ってくれたと確信するようになっていました」



 ジョージの言葉を信用するようになるにつれ、私の中でのジョージの人となりのイメージも変貌していった。

 当初、私はジョージは空想癖のある宝塚歌劇団の男役気取りの生徒だと思い込んでいたが、徐々に彼の正体は成人男性であると考えるようになっていった。

未来の社会構造がどのようなものになっているのかは知らないが、担っている任務の困難度や重要性、それに知的な印象のする手紙の文面からして、ジョージがその時代のエリートであることは間違いないだろう。年齢的には、何となく二十代の男性だと思っていたが、それは多分、私の願望だった。だって、あまりに年上だと、恋愛相手としては釣り合わなくなってしまうから。



「結局、二週間熟考して、私はジョージに仕事の手伝いをすると返事をしました。少しでも、あなたの役に立ちたいなんて、けなげなことを書いた覚えがありますが、ともすればという下心があったことは否めません」



 あっさりと正体不明の自称未来人相手に、ぞっこんになってしまったと自嘲した私を、オカルト記者は薄笑いを湛え、擁護した。



「夢のある話ではないですか。十六歳の独りぼっちの少女が、姿も見えぬ未来人の男を恋慕する。少女小説さながらだ。例えそれが、叶わぬ恋だとしても」



 擁護されたはずなのに、私の胸は酷くざわついた。恐らく、『叶わぬ恋』という言葉が、多分に皮肉めいた響きを持っていたからだ。

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