第6章 やっと会えたね

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 南方戦線での連日の勝ち戦で、お祭りモードに沸く帝都の大通りを、私は一人闊歩していた。この辺りは、戦争末期、空襲の被害が酷かった区域だ。戦後は、建物も道路も作り直され、別の街のようになってしまっている。


 飯炊き釜型の乗り物は空き地に置いて来た。私以外の者が勝手に触ると、自動的にロックがかかり、動かせなくなるようにしてきたので、見張りもなく置き去りにしてきても平気だ。未来の技術というものは、実に便利にできている。


 大通りを抜け、一歩路地に入ると途端に薄暗くなり、喧騒も遠くなる。女一人で入るには、心細いが、あと少しの辛抱だ。


 ハイヒールを鳴らし、何本か裏通りを抜けたビルとビルの狭間で『彼』は、路地を挟んで向こう側に建つアパートの一室を鋭い目線で凝視していた。帽子にマフラー、コートと一通りの防寒対策をしているが、冷たい北風に凍え、顔色も悪かった。

 この時代の彼の体は、既に病魔に蝕まれつつあったのだ。まだ、無理をすれば動けたのだろうが、さぞやしんどいに違いない。

 一つ深呼吸をし、私は彼に近づいて行った。ついにこの時が来たと思うと、胸は制御不能な程に脈動し、目には涙がじわりと溜まり、流れ落ちないようにするのが一苦労だった。

 けれども私は進む。スカートを翻し、大股で、一歩一歩、ハイヒールの踵で土を踏みしめて、力強く歩んでいく。


 私の気配に気づいた彼がこちらを向いた。優しげなこげ茶色のたれ目が見開かれ、眉が躍る。帽子の隙間から見える柔らかそうな髪が寒風に吹かれ、微かに揺れた。

 自信満々に胸を張って進んでくる私に、彼は自身の仕事も忘れ、ひたすらに当惑していた。それもそうだ。この時代の私は、まだ女学校五年生の少女だが、今、彼に近づいていく私は、三十歳の成人女性だ。常識的に考えて、同一人物だとは認識できないだろう。

 しかし、一方で私は、女学生櫻内朱の、年上の血縁者と言い訳するのが難しいくらい程には、少女時代の面影を残しているし、首からは彼から貰ったセルロイドのおもちゃの髪飾りを下げている。

 目を丸くし、後ずさった彼の前で私は立ち止まり、微笑んだ。伝えたいこと、話したいことは沢山ある。『ありがとう』とか『会いたかった』とか、『愛しています』とか、今なら照れずに言えるし、ここに来た理由や経緯を話せば、一晩では足りないだろう。勿論、十五年前に書いた手紙も読んで貰えるように持ってきている。


 けど、彼にかける第一声は既に決めていた。きっと、この一言を聞けば、彼も警戒を解いてくれるに違いない。



「あなたは、タイムマシンを信じますか」



 自分より年下になってしまった彼に、そう問いかけた。感情を押し殺して生きる男の顔に、心の底からの驚愕の表情が広がる。



「君は……まさか……そんな馬鹿な……」



 あの頃は、手の届かない大人の男性だと思っていたけれど、正面から見ると、存外にかわいらしい顔立ちだった。愛しさが溢れ、激流となり、心の堰が決壊する。涙で繁華街の灯りがオレンジ色にぼやけて見え、美しかった。

 やっと会えた。もう大丈夫。今度は私があなたを助ける。守ってあげる。歴史を変えてしまうとがで、どんな報いを受けようとも私はあなたを救ってみせる。


 混乱状態にある彼を安心させようと、年上らしい余裕を見せようとしたのに、いつの間にか私の目からは、大粒の涙が零れ落ちていた。

 それでも精一杯の笑顔で、右手を差し出す。



「行きましょう、未来へ」



 完

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タイムマシンよ、お願い 十五 静香 @aryaryagiex

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