第7話:野盗襲撃、術士の襲来

メイファが住むここ巳秦の街の中央には、大きな広場がある。

秋の終わりと、春の訪れの時期にお祭りが行われる場所で、大きく開けたつくりになっている場所だ。

お祭りやら店を出すのには最適な場所であるが、同時にそれは戦う場所としても最適な事でもあった。


「おおおッ!!」


広場で大剣が薙ぎ払われると、数人の男達が吹き飛ばされて地に伏した。

男達は、簡素だがしっかりとした鎧を身につけており、一般の人間の格好ではなかった。


「はぁっ……はぁ……」


大きな剣を振るったのは黒鯨団の戦闘隊の隊長”ライ”だった。

その姿は、戦いとなれば非常に頼りになる存在だったが、今は身体に包帯が巻かれていて、息がだいぶ上がってしまっていた。

彼は先日の僵尸との戦いで毒を受け、それから治療を受けていたのだが、安静にしている中で襲撃が起こってしまった為、無理を押して出てきたのだった。


「僵尸が出て、街の防衛隊がボロボロになってるらしい、って聞いてやってきたけど、その様子だと本当みたいだねぇ~」


「梅珍(バイチェン)……!」


野盗たちが周囲で略奪を働く中、一人の男性が屈強な男達の中から現れた。

体格のよい野盗達の中にあって、ヒゲ面がどこかネコを連想させるような背の低い細身の体躯をした男だ。


「いやぁ~、商品の仕入れが捗る捗る。これはついてましたなぁ~」


「貴様……!」


楊梅珍(ヨウ・バイチェン)。彼は野盗を率いての盗みを働き、それを遠い都の地で売り捌く悪党である。

一応は商人と言うことになるが、彼は商品の仕入れ先を職人や農家などではなく、盗品として選択した人間だ。

年に3、4度ほど地方の村を襲い、その村のありとあらゆる金品を強奪していくという事で、その方面では悪名高い人間だった。

自分は賞品となる金品を回収し、野盗の他のメンバー達には他の戦利品を渡すというわけだ。不安定な世の中では、どうしてもこういった悪党が跋扈する。

黒鯨団などの夜警団には、この手の犯罪者たちと戦う役目もあった。


「うぐっ……!」


ライが傷口を押さえ、痛みを堪える声を漏らした。

まだ腹部を殴られた傷が治っておらず、肋骨が折れたまま彼は戦っていた。

周囲では、黒鯨団の団員も野盗達と戦っていた。

ライは先日の僵尸の襲撃もあってか、なるべく犠牲を出さない内に一気にボスである梅珍を倒そうとしていたのである。


「おやおや、傷に障りますよぉ~? それではとても、まともに戦えないのではありませんかな? 聞けば……僵尸にやられたとか」


「うるさい、黙れ!」


「戦うのは止めて、安静にしておいたほうがいいのではありませんかな? 僵尸に殺された者は、僵尸となってしまうと聞いたことがありますぞ」


ライは返事をしなかった。

体力の限界が来てしまったのだろう、その場に膝を着き、荒い呼吸を繰り返すだけとなってしまった。

これでは、まともに戦う事はもはや不可能だ。

しかし、それでも相手の攻撃は止まる事はない。


「ぐぅっ!!」


顔を蹴りつけられ、ライは地面へと倒れ込んだ。

そして顔のすぐ横へと野盗の剣が突き立てられた。

野盗の男の一人、恐らくはリーダーだろう者が勝ち誇るような笑みを浮かべると周囲へと言い放った。


「この街を守る夜警団の隊長は敗北したぞぉっ!」


その声が響き渡ると、戦っていた他の者達は、負けを悟った。

そして多くのものは地に膝を着いた。

最大の戦力である人間が敗北したのだから、これ以上はやっても勝てないのだ。

戦意を失くす者がいてもおかしくはなかった。


「そ、そんな……」


「ライ隊長……」


武器を落とし、多くのものは座り込んだ。

一部の人間はまだ戦っていたが、もはや勝負は決していた。

しかし―――そんな絶望の静寂を、一つの声が切り裂いた。


「皆ッ! 立ち上がれ! 我々はまだ負けてはいない!!」


広場へとやってきたのは、

長剣を携えた夜警団のリーダー「白珠」だった。

彼は広場へと躍り出るなり、襲い掛かってきた野盗達を次々に切り伏せていく。

それを見て、戦意を失くしていた者達が、次々に立ち上がっていった。

白珠は戦意を取り戻させる為、更に激を街中へと響くように言い放った。


「守護隊の人間が押されている以上、我々が負ければ街は終わりだ! 家はどれも打ち壊され、女子供は売られる為に攫われて行くだろう! それでいいのか! 今、立ち上がらずにどうするのだ!!」


「そうだ……まだこちらにはリーダーが居る!」


「負けられないんだ……俺たちは……!!」


剣を落としていた者は、再びそれを拾って野盗たちへと挑んでいく。

膝を屈していた者は、再度立ち上がって目に戦意の光を宿していった。


「梅珍。今度は俺が相手をしてやろう……!」


「おやおや、怖い怖い。馬仁(マジン)さん、お願いしますよ」


梅珍が言うと、先程ライを打ち倒した野盗の一人が前へと出た。

どうやら体格や持っている武器、そして着込んでいる鎧の手入れ具合からして彼が野盗たちのボス格の人間であるようだった。

ライよりも巨大な剣を持っており、その刀身は小ぶりの丸太程度の直径がありそうに見えた。熊か虎でも相手にするかのような武器である。


「随分と重そうなものを持っているな……」


「いいや、俺にとっては……軽いんだよッ!!」


馬仁が武器を横に振ると、白珠は間一髪で身をかわした。

地面を転がりつつ、馬仁の横方向へと回り込み、胴体を狙って切りつける。

しかし、振り下ろした剣が再び白珠へと振り上げられる方が早かった。


「くっ!」


白珠は眼前に迫っていた刃の軌道を、武器で逸らし、自身はバックステップで距離を取った。

どうやら、相手はただの力馬鹿ではないようで、白珠はライ隊長を倒した相手が、ただ彼が不調であっただけで勝ったような相手ではない事を悟った。


「馬仁……そうか、迷牙のあの馬仁か。馬斬りの大男。聞いた事がある」


「おやおや、憶えててくれたかねぇ」


迷牙。それは切り立った山々の奥に潜むという盗賊団の中でも一際性質の悪い者たちである。

この近くに居を構えていると言う話だったが、樂草の都での戦に、参加していると言うことで、最近はなりを潜めていた。

しかし戦乱が治まり、馬仁が帰還してきたため活動を再開したのだろう。


「この剣が言ってるのさ。何かをぶっ壊してぇ、ってのなぁ~……」


馬仁は、”馬斬り”という名で知られている豪傑だ。

数多くの戦に参加し、相手の将や隊長をまず”馬”から斬って落とし、倒したという事で、そのパワーがとても有名な戦士である。

しかし素行が極めて悪く、街から街へと流れていくうちに盗賊に身をやつし始め、いつしか”迷牙”を結成した悪党だ。


「下らんな。剣は守る為のものだ。奪う為のものではない」


「俺はなぁ~……お前みたいな綺麗ごとばっかのたまってる野郎が、大ッ嫌いなんだよォッ!!」


馬仁は白珠の言った言葉に反応するかのように、幾度も大剣を振るった。

巨大な鉄の塊であるそれとは思えない速度で、何度も剣を振るった。

まるで子供が小枝を振り回しているようなスピードで、命中すれば、馬すらも断ち切る恐ろしい攻撃が白珠を襲っていく。

しかし、白珠は相手の攻撃を上手く受け流し、攻撃をいなしていく。


「ちぃっ! 小癪な野郎だぜぇっ!!」


大振りの馬仁の一撃が、横に薙がれるとその瞬間には白珠の姿は無かった。

馬仁が直感で上空を見ると、白珠は5メートルほどはあろうかと言うほどに高く飛び上がっていた。


「なっ……!」


「戦いは―――力だけで決まるものではないッ!!」


白珠は剣を腰の後ろに収め、空中で素早く手で何かの印を描いた。

漢字の意匠を思わせる字印を、素早く三度結び、最後に”氷”の意味を持つ形へと変えた。

そして、高らかに叫んだ。


「氷片(ケルオーン)!!」


白珠が呪文を告げると、結んだ手の部分が一瞬蒼白に輝き、そこから沢山の氷の欠片が馬仁へと降り注いでいた。

欠片といっても、一つ一つが人の親指大から指を2、3本重ねたようなサイズである。鋭利で硬いそれは、さしずめ”氷の弾丸”とでもいうべきものだった。


「ぐあぁっ!!」


馬仁は剣を盾にして防ごうとするが、上空からの雨あられの氷弾を受けられるわけも無く、剣を弾かれて全身に氷の弾丸を浴びてしまった。

いくつもの小さな氷柱のようなそれは馬仁へと命中して突き立てられると、傷口を凍らせて一気に馬仁の体温を奪っていった。


「ぐっ……!? な、なんだこれ、は……」


「氷の攻術”氷片(ケルオーン)”だ。相手の体温を奪い、一瞬のうちに戦闘不能とする。安心するがいい。長い間放置されなければ、死ぬ事はないだろう」


「くっ……くっ、そ……」


全身が傷だらけとなった馬仁はダメージと体温の低下から意識混濁を起こしてしまい、そのまま地面へと倒れ込んだ。

そして気を失ってしまった。

力だけではなく、術の力をも使いこなした白珠の勝利だった。


「ふぅ……」


「いやいやいや~……これはこれは、お強いですなぁ」


馬仁を倒すと、梅珍は拍手をしながら白珠の元へとやってきた。

既に護衛となる馬仁は倒れてしまったが、梅珍は全く臆する様子も無くまだ余裕綽々と言った様子である。

にやにやと不気味さの漂う笑みを浮かべていて、腕利きがやられたというのに怯む様子はなかった。

白珠はそんな彼に向けて、怒声の如く声を張り上げて言った。


「何がおかしいッ! 梅珍! お前はもう許さん! 多くの村や町を襲い、悪行三昧の数々……ここで叩っ斬ってくれる!」


「ほっほっほ、これは怖いですなぁ」


梅珍はそう言うと、指をパチンと鳴らした。

すると―――遠くから赤色に光る物体が白珠の方へと飛来してきた。


「ッ!!」


慌てて白珠が回避すると、彼に命中するはずだった紅蓮の物体は、背後にあった商店のほうに命中した。

瞬く間に建物全体が燃え上がり、猛炎に包まれていく。

飛んできた赤いものは炎の塊だった。


「何……!? これは……!」


「このままだと私、殺されそうですわ。盤安さん、よろしく頼みますー」


白珠がその言葉に反応し、梅珍の方を見ると、今まで見たことが無い格好をした人間が居た。

全身をくまなく布で覆っており、袖の長いその服は宮廷貴族か何かが付けるような感じのものだ。

しかし、煌びやかなそれに対して、梅珍の横に現れた者の服は、全体的に薄汚れた感じのものだった。


(誰だあれは……? あれが術師、か……?)


白珠はそう言えば、シャオが「敵に術師がいる」と言っていた事を思い出した。

きっと彼が、省より来ている守護の警察隊を圧倒するほどの能力を持っている、と言っていた人間なのである。


「お前は……術師か?」


「いかにも。わが名は”盤安”。訳あってこの者の片腕となって動いている」


盤安は僅かだが纏っていたフードをずらして、頭部をあらわにした。

現れた顔は、不精そうなあご髭が生えている痩せ身の男の顔だった。

戦士ばかりの野盗団で働いている、と言う感じにしては、余りにも貧相な感じだ。

しかし、その瞳には、心なしか異質な輝きが宿っているように見えた。


「お前は……どうもここの夜警団のリーダーか何かのようだな。ならば警告しておこう。今すぐに降参しろ。そうすれば、命までは取らん」


「断る。降参したところで……街が滅茶苦茶になるのならば、俺は絶対に、退くわけに行かんッ!」


「そうか……ならば、その選択を後悔するがいい。地獄の―――底でなっ!!」


盤安はそう言うと、空中で何かをこねるような動きを始めた。

まるで見えないパンの生地をこねるかのような、手と手の間に何か見えない力が存在しているかのような動きだ。


(何だ……!? 何かの術か?)


「エン、ソウ、ライ、リー、ルルゥ……」


「させんッ!!」


先程のような、何かの術を発動させようとしていると踏んだ白珠は、素早く馬仁に対して放った氷の攻術を発動させた。


「氷片(ケルオーン)!!」


白珠が氷の弾丸をいくつも発射すると、それは盤安へと真っ直ぐに飛来していった。

このまま命中すれば、全身に氷の雨を受けてそのまま瀕死は免れないだろう。

しかし、盤安は全く動じる事も無く、両手を向かい合うように中央へと寄せた。

すると―――赤色の光が両手の中央に発生した。

同時に熱風が周囲に巻き起こった。


「うっ!?」


「術師に挑む愚かさを……身に刻め!」


盤安が呪文を詠唱すると共に、両手を前へと押し出すようにした。

すると小さな火炎の輪が前方へと発射された。


「火珠輪(シェイ・ファイ・ラオ)!!」


火炎の輪は、どんどん巨大になりながら真っ直ぐに白珠の方へと飛来していった。

そして白珠の方へと到達する頃には、人が4~5人ほどは中へと入れそうな程に巨大化していた。


「うおおぉぉっ!!」


何メートルもある火の輪は白珠には回避できず、火炎の輪に飲み込まれた白珠は全身を焼かれた。

着ていた鎧が僅かに溶けるほどの高熱に晒され、輪が通り過ぎた後には、白珠は身体が焼け焦げたような状態となっていた。


「ぐっ、う、あ、ああ……」


白珠は輪が通り過ぎると、呻き声を上げて地面へと倒れ込んだ。

その光景を見ていた者は、誰もがその惨状に言葉を失っていた。


「そ、そんな……ッ!!」


誰がどう見ても、もう長くは生きていられないだろう重傷。

白珠はそれでも身体を痙攣させながら、戦闘を続行する為に立ち上がろうとするが、もはや身体が言う事を聞かなかった。

その姿を見て梅珍はかかか、と愉快そうに笑い声を上げた。


「いやぁ、実に熱そうですなぁ。盤安さんがこちらの味方で本当に良かった」


「さて……せめてもの情けだ。とどめを刺してくれるっ!」


盤安は掌に火を溜め、小さな火球を作り出すと、それを白珠の方へと放る為に振りかぶった。

しかし―――投げようとした瞬間、遠くから火を纏った符が盤安へと投げつけられた。

盤安はそれに素早く反応し、炎の符を弾き飛ばした。


「リーダー! 大丈夫ですか!」


声に反応し、盤安が白珠の方を見ると少女が一人、白珠の傍へと駆け寄っているのが見えた。

術師の見習いだろうか。符を幾つか持っており、それで乱入してきたのがその少女だとわかった。


「メ、メイファ……何故、来た……」


「ひどい……!!」


メイファが駆け寄って白珠の姿を見る。

鎧を身につけていた上半身も、下半身も黒い焦げとなっており、鉄の鎧の一部は溶けて身体に張り付いていた。

重傷を通り越して、今すぐに治療を施さなければ、命に関わるダメージだ。

いや、もう手遅れといってもいいかもしれなかった。


(これが……本当の術師……)


戦えば自分もこのような姿になるのかもしれない。

メイファは、そんな思いが胸のうちに巻き起こり、恐ろしかったが、その恐れを振り払って盤安の方へと向き直った。

もし―――ここで本当に街を守る守護隊と、黒鯨団が全滅してしまえばその後の事は想像に堅くない。

良くて街が打ち壊され、焼け野原とされるか、悪ければ男は大半が殺され、女子供は奴隷として売られる為にさらわれていくのだろう。

黙って、そんな事を許すわけには行かない。


(戦えるなら……戦わなきゃ!)


「女の術師……見習いか。その格好は」


「見習いでも別にいいでしょ! 使えない訳じゃないわ!」


「お前……私と戦う気か? まさか」


「そっ、そうよ! あんた達みたいな……悪党に好き勝手はやらせないわ!」


「止めておけ。お前は、そこの焦げまみれの男よりも明らかに弱い。そこの男は術の心得があったから多少なりとも術を相殺できた。だからまだ瀕死で済んでいるようだが、お前の場合は骨も焼けて灰となるぞ」


盤安の表情を一切変えない脅し文句に、思わずメイファは唾を飲み込んだ。

しかし、ここで引き下がるわけには行かない。

戦況は大体が決したからなのか、手の空いている野盗達は盤安と白珠、そしてメイファの三人を取り囲むように周囲にやってきていた。

ここで大人しく引き下がった所で、もはや無事には済まないだろう。


「そんな脅しには……負けないわっ!」


「ならば、お前も消えてもらう。……焔弾(エンジャン)!!」


手を激しく左右に振りながら、盤安は炎の玉を乱れ撃ちしてきた。

メイファは、それを慌てて走り回って回避していく。


「わ、わっ!!」


彼女が必死に攻撃を回避していくと、子供が下手な踊りを懸命に踊っているようで、周囲にいた野盗たちの中から笑いが起こった。

それを聞くと、盤安も一時的に手を止めて、口元だけをにやりと吊り上げた。

どうやら、盤安は本気で攻撃をしてきていないようで、足元に全ての玉が落としているようだった。

メイファは、自分が遊ばれているのだとわかると、途端に腹が立ってきた。


(~~~、見てなさいよ……!)


メイファは何度か攻撃を避けているうちに、盤安の攻撃の呼吸が掴めてきた。

彼は連続で5発ほどの攻撃を素早く行ってくるのだが、その後に疲れるためか、必ず深呼吸をしてから次の攻撃に移るのだ。


(4、5……)


「はぁっ!!」


メイファは最後に放たれた少しだけ大きな炎の玉を大きく回避した。

そして持っていた火炎を起こす符に、自分の煉を注ぎ込み、炎を起こした。

ボーファンへと放った「火炎掌」だ。

メイファはそれを盤安へと向けて、勢い良く放った。


「行けェッ!」


メイファが放った呪符は無防備になっていた盤安へと命中し、顔の部分を燃え上がらせた。

慌てて盤安は苦悶の声を上げて、顔部分の炎を振り払った。


「ふぐっ!?」


(これでどう……?)


メイファが使っている攻術は、夜警団の上位の人間からすれば弱い。

魔獣や獣人などには効果が薄く、使い物になるとは言い難い。

しかし相手が普通の人間ならば、命中すれば充分殺傷能力があるレベルの術だ。

基本的に人相手には使わないが、相手が相手であるので、仕方なかった。


「ぐぬぬぬ……ッ!!」


「えっ!?」


メイファは目を疑った。

まるで張り付いていた氷をそぎ落とすかのごとく盤安は炎をあっさりと振り払い、こちらを睨み付けてきたからだ。

その表情は先程までのものとは違い、明らかな怒りの表情が浮かんでいた。

その時、不意にメイファにはボーファンに追い掛けられた時の感覚が走った。

見えないのだが、赤い色をした気配。

明確にこちらを殺してやろうという殺意の視線だった。


(やばい……っ!)


「甘く見ていれば……ッ!! もう手加減せぬッ!! 玉火林(ウォー・レイ・シュレイ)!!」


盤安が手先に力を込めると、彼の手を中心に炎の輪が出来上がった。

先程、白珠を攻撃した火珠輪よりも見た目は小さいが、より灼熱のものであるようで、離れたメイファの方にも熱気が伝わってきた。


「溶け消えよッ!!」


盤安が投げつけると、炎の輪は一気に巨大なものとなり、メイファの方へと襲い掛かってきた。

彼女は全力の横飛びで輪を回避するが、僅かに回避が遅れてしまった為、片手が炎の輪に巻き込まれてしまった。

メイファは、短い悲鳴を上げてその場に屈する。


「て、手、が……」


激痛を感じ、右手を見ると真っ黒に焼け焦げてしまっていた。

白珠が受けたものと、ほぼ同じ様な感じのダメージだ。

身をかわせたので手だけしか巻き込まれていなかったが、余りにも熱かったために右腕全体が刃物を当てられているように痛く、身体の方にまで熱されたような痛みが来てしまっていた。

彼女はもう立つ事が出来ず、その場にうずくまってしまった。


「トドメだ……!!」


盤安が再び火珠輪を作り出すと、動けないメイファへとそれを投げつけた。

もう、逃げる事は出来なかった。

メイファは思わず目を閉じて、自分の最後の時を待った。

そして炎の輪が命中すると、目の前で爆発が起きた。

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