第16話:決着と旅立ち
メイファは少しだけ目を閉じ、気持ちを固めた。
リュウォンへと借りを返すこと。そして彼に運命を賭ける事を。
そして”やる事”を思い浮かべた。
「ん……? 何故顔を赤くしている?」
なぜか逃げないメイファを不思議に思いつつ、リュウォンが振り返ると彼女の頬は上気して赤く染まっていた。
そしてメイファはリュウォンへと駆け寄って、彼の手を握った。
片手を握り、それから両手を握ってリュウォンを抱きしめる。
「なっ……!? 何を……!?」
メイファは最後に、精一杯の勇気を振り絞って言った。
「わっ、私は……好きとかそういうんじゃないから……! こうすれば、あなたも生き残れるかもしれないから、やるだけなんだから!!」
それだけを言い残すと、メイファは―――リュウォンと唇を重ねた。
「ん……な……っ……」
なるべく全身を密着させ、まるで恋人同士がやるように顔を、唇をくっつけていた。やがて命転換の術の発動が終わると、ほぼ全ての生命力を吐き出したメイファの身体は、死体のような青白いものへと変わって行き、彼女はそのまま倒れた。
「お~、お~ぉぉぉおおおお!!」
「!」
爆風で起きた煙が晴れると、離れた場所からこちらへとボーファンが歩いてくるのが目に入った。
思ったよりも距離が離れている。どうやら安全策を取って、煙が晴れてから攻撃を再開しようとしていたようだった。
ボーファンがからかうように言う。
「お熱いじゃねぇか。なんだお前ら、そういう関係だったのか?」
無論、そんなことは無い。
リュウォンも何故、メイファが突然このような行動にでたのか意味がわからなかった。彼には恋の概念というものがわからない上、命転換の術についても教果が通常は送力術しか使わないため、その術の存在をよく知らなかったからだ。
(む……? な、なんだ……?)
最後の攻撃を仕掛けようとリュウォンが身構えたその時、身体から違和感を感じた。
「あ、熱い……!?」
身体の奥底から、体温が上がっていくように感じた。
冷たい死の肉体である僵尸のボディに、まるで血が通っていくように。
彼には知る由もなかったが、メイファの大量の”特殊な煉魄”を流し込まれ、彼の肉体には恐ろしく力が漲った状態となっていたのだ。
通常ではありえないほどの膨大なエネルギーが、行き場を求め身体を駆け巡り始めていた。
「うっ……ぐうううぅぅぉぉおおおあああああああ!!」
瞳が爛々と輝き始め、肉体も健康的な人と変わらないピンク色へ、そして更に赤みの強い色へと染まっていく。
まるで茹で上がったタコのような、異様な肌の色へと変化して、リュウォンはその変化に驚いていたが、ボーファンも驚いていた。
「なっ……!? 何だそれは!? 新しいレベルアップか何かか!?」
リュウォンの瞳が、ぐらりとゆれたような気がした。
途端、自然と獣のような咆哮が口からほとばしった。
「グアラァァッ!!」
リュウォンが拳の一撃を繰り出すと、ボーファンは吹き飛ばされた。
「ぐうっ!?」
拳が腹へと突き刺さり、身体を震わせる。
先程よりも威力が格段に上がっていた。
ボーファンは慌てて宝貝で反撃をしようと狙いをつけるが、既にリュウォンの姿は無い。
「ど、どこだ? どこにいやがる!?」
ボーファンが彼の姿を探すと、離れた所で、リュウォンが何かを拾っている姿が目に入った。
彼が拾っていたのは、切断された自分の左腕だった。
鉄が溶けた時の赤銅色のような色に染まる傷口に、切断された腕をくっつけると腕はすぐに繋がり、動くようになった。
リュウォンはほぼ本能の動きで、それを行っていた。
余りにも高まりすぎたエネルギーの膨張に、理性はほぼ飛んでしまっていたのだ。
「オオオオオオアアアァッ!!」
再び矢のように飛び、繋がったばかりの左腕を交えた拳のラッシュを繰り出す。
やがて殴り合いをしていると、彼の腕に赤い色の光球が形成された。
「光撃!!」
「ぐあ”ッ!!」
まるで溶けた鉄が球の形にグローブとなって固まっているような拳。
それが腹、そして胸元をえぐるように胸部へと叩き込まれた。
するとボーファンの身体へ、大きくヒビが刻まれた。
(馬鹿な……! なんだこれは……!? この威力は……!!)
「ラァッ、ラアァァッ!!」
まるで野獣のような動きだった。
理性を完全に忘れた化け物―――いやそんな言葉では言い表せない。
それは、心の底から怒り狂った悪魔のような、恐ろしい姿だった。
「くっ……箕焔鞭!!」
距離を取ってボーファンは宝貝での反撃を放った。
焔の刃がリュウォンの身体へと命中し、彼の身体を―――切り裂いては行かなかった。
「ガ、ゴオオオアアア……!!」
「なっ……!!」
腕でガードされると、表面を僅かに焔が裂いただけで、すぐに傷は塞がっていった。
まるで身体の表面自体が生きているような、異様な回復速度だった。
そして攻撃を回避すると同時に、リュウォンは大きく口を開いた。
口の奥には、真っ赤に輝く煉のエネルギーが溢れんばかりにあった。
まるで、溶鉱炉の中が見えたかのように。
ボーファンがその光景に戦慄を憶えた次の瞬間―――
「オ”オ”オ”ア”ア”ア”ッ!!」
リュウォンの口から光の柱が伸びた。それはボーファンが宝貝で放つ光線に似ていたが、遥かにその口径と威力が巨大だった。
ボーファンは宝貝で防御したが、すぐに光に飲まれた。
「こんな―――はず、が……!!」
やがて光が通り過ぎると、ボーファンの半身は、消えてなくなっていた。
宝貝ごと、余りの高熱のエネルギー砲撃によって、塵と化してしまったのだった。
「馬鹿、な……ッ!!」
力を粗方使い切ってしまったリュウォンが倒れこむと、ボーファンも同じように地面へと倒れた。
そして次々に慧衣たちが戦っている僵尸たちが、力を失っていった……。
「!、これは……」
次々に、街の外に跋扈していた僵尸たちが倒れていく。
力を失い、動く死体でいる事ができなくなり、次々に崩れて土へと還っていく。
戦っていた慧衣と奏蘭は、すぐに様子が変わった僵尸たちの姿に気づいた。
意思を持たないものの、曲がりなりにも戦えていた彼らが、ただの木偶人形のようになっていくからだ。
元々の死体そのものの姿へと、戻っていくと、言う事が意味するのは一つである。
「勝ったみたいね。どうやら」
「ひとまずはこっちの勝利か……」
しかし、全ての僵尸が一斉に動きを止めるわけではない。
まだ力が残っている僵尸がいるので、そちらをまずは処理しなくてはならない。
「あともうひと踏ん張り、か!」
だが既に燃料の切れかかった松明のようなものだ。
全滅させるのに、そう時間は掛からなかった。
■
街の外、草原のど真ん中にメイファは倒れていた。
「う、うう……ん……」
リュウォンに力を全て注ぎ込んだ後、気絶していたのだが、周囲にリュウォンが煉を撒き散らしたので、それの余波を吸収する事ができ、かろうじて身体が動くようになったのだった。
「どうなったの……?」
メイファは起き上がると、すぐにリュウォンの姿を探した。
そして数十メートルほど歩いた先で、彼が倒れている姿を発見した。
「リュウォン!」
周囲の草木が、なぜか黒焦げになっているが、それを除けば身体に異常は無い。
むしろ切断されたはずの左腕が復活しており、さきほどよりも肌の血色が良い様に思えた。
(札が剥がれてない……って事は、まだ術を使ってる最中なのかしら?)
僵尸化は巨大な術符を使って行う、とのことで、これを貼り付けている最中は、常に術を使用している状態だと教果からメイファは聞いていた。
一応、送力術を再度発動させつつ周囲をうかがっていると、もう一つ円状に焼け焦げた後が離れた場所で見えた。
「あれは……」
身構えたまま慎重に駆け寄ると―――メイファは案の定、ボーファンの姿をそこで見つけた。だがその姿は、もう戦う事などは到底出来そうに見えなかった。
腰にかけて胴体の右半分と、胸部分が大きくえぐられるように焼失していたからだ。
残っているのは上半身の僅かな部分と、腰よりしたの下半身だけ。
丁度胸部と腹部の大半が消し飛ばされたような姿だった。
「う、め……メイ、ファ……か……?」
「えっ……?」
メイファが近づくと、ボーファンが気付いた。
空ろな目をして、既に意識が消えかかっているようだ。
しかし、その言葉には今までの邪悪な意思は残っていなかった。
「ボーファン? 声が……」
「俺は、一体……今まで何を……していたんだ? 教えてくれ」
「もしかして……元に戻れたの?」
ボーファンが後悔の言葉を言うと、メイファは近付いて訊ねた。
「憶えて……ないの?」
メイファはボーファンに、今まで起きた事を話した。
全てを話すと、ボーファンは目に見えてうろたえる様な表情になった。
「まさか……み、みんなを……俺が……!?」
「そうよ。本当に、憶えてないの……?」
「ほ、殆ど憶えていない……お、俺は……俺はあの時、冥天君とやらに貰った符を捨てようとしたんだ」
「え? 捨てようとしたの……?」
「ああ……焼き捨てようとした。怖く、なって……そうしたら、符から真っ黒な、霧のような何かが出てきて……その後の事は、うっすらとしか……憶えていない。まるで夢を見ていたような……気分だ。悪、夢、を……」
「ボーファン……あなたの意思じゃ、なかったのね」
ボーファンの残った身体に、ヒビが入っていく。
まるで陶器が風化しきって、砕けていくように。
禁術と激闘によって酷使されたボーファンの肉体は、限界を迎えていたのだった。
「お、俺、は……確かに、お前たちを憎んでいた。妬んでいた。でも、それを、ぶつけようとまでは、思っていなかった……」
「もういい、いいのよ。ボーファン、喋らないで……」
ボーファンの身体が少しずつ、崩れていく。
指先から、足元から、段々とひび割れて粉のようになっていく。
「いや……結局、俺は……心の力が、足りなかったんだ。心を……強く、持っていれば、あれは、跳ね除けられたはずだ。きっと……」
ボーファンの姿は、もしかすると自分の別の運命の姿だったのかもしれない、とメイファは聞いていて感じた。
彼の後悔の言葉が、とても他人事には聞こえなかった。
「違う……そんな事は無いよ! あなたと同じ状況に置かれてたらあたしも、もしかしたら……」
自分には仲間が居た。ミーネも白珠も、黒鯨団のみんなも。
ボーファンには、恐らくそれがなかった。
課せられた自分の使命があったから、心の底から信じられる仲間はいなかった。
ずっと、心の奥底は空白だったのだ。その差は運命の差でしかない。自分だけでは変え様が無い僅かな、しかし大きな差だ。
「どうやら、そろそろ……終わり……らしい」
やがてボーファンの身体の中心に、大きく亀裂が入っていく。
彼の最後の時だった。
「地獄に行く時が……来た、ようだ」
「ボーファン!」
「メイ、ファ……すま、ない……お、俺、は……ち、から、の……誘惑、に……勝てなかっ、た……」
精一杯の謝罪の言葉を吐き出すと、彼の身体は中央から粉々になってしまった。
メイファが慌てて砕けた身体を集めようとすると、粉になった肉体はより細かくなり、塵となって空へと舞っていく。
「ボーファン……!!」
メイファは涙が止まらなかった。
目の前でまた、大切な人が居なくなってしまったという喪失感と一歩間違えば、自分がボーファンのようになってしまっていたかもしれない、という恐ろしさ。
そして彼を救えなかったという後悔の念が、押し寄せてきていたからだった。
■
それから朝になって燗港の守護隊が墓場を捜索すると、蛙清のものと見られる衣服の一部が見つかった。
ボーファンが言っていた通り、蛙清は襲われて食われ、そのまま彼に成り代わっていたのだろう。
そして守護隊の戦力が再び整うまで、街の防衛には赴龍や慧衣たちが静養も兼ねて当たる事となった。
「あの……」
教果もそれに当たる事になったが、リュウォンとメイファには、別の任務が下される事となった。
「本当にいいんでしょうか? 私達だけ中央茅栄局に行ってしまって」
メイファとリュウォンは、教果より相際(そうさい)と呼ばれる街にある茅栄局の本部へと、行くように命を受けたのだった。
「本当に、というよりは行かねばならんのじゃ。正式に道士として動く為には、本部にて”弟子登録”というものを受けねばならん。今、そなたはリュウォンの操者を任せておるが、それはワシが与えた仮のもので、崑崙連合が認めたものではないのじゃ」
「はぁ……」
「正式に働く為の、まぁ採用試験のようなものじゃよ。とにかく、行ってくるがよい。ここと、巳秦のほうにも慧衣か奏蘭を、静養もかねてしばらくは守りにつけておくからのう」
リュウォンが教果に不安げに言った。
「恐れながら……老師。自分はこの者と二人で行くというのに、疑問を感じております。自分もここへと残るべきではないか、と」
「お前には残る理由が無かろう。ワシもここに残るから戦力的には問題はないし、ここに居た所で赴龍たちは主に負傷の回復に努める故、修行の相手もできんぞい?」
「う……そ、それは、そうですが……」
「それにリュウォンよ。メイファはもうお主の操者じゃ。従者……いや儡者であるお前には、付き従う義務がある」
リュウォンが渋々、と言う風に指令を聞く様を嬉しそうに教果は聞いていた。
「……正直、不安という他ありません」
「ほっほ、これもある種の修行じゃて。たっぷりと苦労してくるが良い」
今までリュウォンは教果の元で、いわば仙人の下で思い切り戦えていた。
それはつまり有る意味、過保護な状態であり、不自然な状態である。
教果はいつかリュウォンが独り立ちをせねばならない、と考えており、その機会がついに今日やってきたと言う事、そしてリュウォンが困難に直面して感情を露にし、彼自身は気付いていないが、徐々に人間性を取り戻しつつある事に、教果は嬉しさを感じていたのだった。
「それじゃ、メイファ」
ミーネがあいさつにやって来た。
これからメイファは道士となるための旅に出るが、彼女は巳秦の街へと戻る予定だ。
「ミーネ。あたし……いつかまた、ここに戻って来るから。巳秦の街にも、ボーファンのお墓をちゃんと作りに……」
「作るのは私がやっとくよ。それに……あなたがボーファンから聞いた事も、話しておくわ」
「……ごめんなさい。面倒を押し付けちゃって。本当ならあたしがやらなきゃいけないのに」
「ううん。私も……ボーファンの供養をちゃんとしたいの。皆と一緒にね」
「……ごめん」
「メイファ。あなたは、ちゃんと帰ってきてよね。これ以上友達が居なくなったら……嫌なんだから」
「それは心配要らないわ。あたし、しぶといから!」
そういってメイファはにこりと笑った。
それを見ると曇っていたミーネの表情が和らいだように見えた。
ふと視線を感じ、メイファがちらりと確認すると燗港の出入り口にリュウォンがやってきている姿が目に入った。
メイファはミーネの手をとって、言った。
「それじゃ―――行ってくるね!」
「……頑張ってね!」
メイファはミーネの言葉を笑顔で返すと、リュウォンの下へと駆け出して行った。
この街の出口へ、そして新たなる旅の始まりへと。
死亡演義 trias @trias
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