第9話:屍儡術
一瞬の静寂の後、盤安は焦るような口調になって応えた。
「なっ、一体何を言っているのだ……?」
リュウォンはその問いには答えず、懐から長い呪符を取り出した。
一般的に使用されているものよりも、倍ぐらいのものだ。
メイファは術士としては見習いであり、基本的に呪符の補助を使って術を使うので、多くの符を見た事があるが、今まであんなに長いものは見た事が無かった。
(呪符……? でも、あんなに長いなんて……)
「メイ、ソロイ、リュライ……」
リュウォンは呪文を詠唱すると、その長い呪符を顔に貼り付けた。
丁度、額の上の辺りに貼り付けて顔の右半分ほどを覆うような形になる。
すると―――凄まじいエネルギーが周囲に満ち始めた。
「なっ、何これ……!?」
発せられているものが何なのかはわからなかったが、恐らくは煉か魄なのだろうとメイファにはわかった。
人には煉や魄があり、それが巡っているから生きているのだという。
これは余程強力なものではないと感じ取る事は出来ないとされているが、それ以外にこのエネルギーが何なのか、というのは説明が付かなかった。
「ハァァァ……」
リュウォンが目を閉じ、大きく息を吐き出すと肌の色が変容していく。
明るいピンク色の人の色から、段々と暗い色へ。
青い色へ、そして青黒い色へと変化していった。
同時に爪が伸び始めていき、異様な音が身体から聞こえ始めた。
まるで固い木が軋むような、勢い良く液体が水道管の中を流れていくような音だ。
やがて全ての変化が完了すると、リュウォンが目を見開いた。
その姿を見て、メイファは背筋に悪寒が走った。
「僵尸……!!」
見開かれたリュウォンの瞳は真っ赤に染まっていた。
その姿は、ボーファンと似たような状態。
紛れも無く僵尸の姿だった。
「なっ、何? なんだその姿は!?」
「これが自分の修めている術。自らを一時的に僵尸と化す”屍儡術”だ。つまりお前たちが戦いたがっている僵尸になったと言う事だ」
リュウォンはそう言うと足元の地面に、丁度自分を中心とした円を描いた。
そして、腕組みの格好となって言った。
「これから5分、自分はここから動かん。もし、この円の外に自分を出せたら、お前の勝ちとしよう」
「何だと……!?」
「お前だけでなく、残った奴ら全員で掛かってきても構わない。やってみるがいい」
その言葉に、倒れていた野盗たちも反応した。
自分たちが舐められているのだと感じ、みるみる内に武器を持ってリュウォンへと近付いていく。
やがて周囲には大斧、大剣、巨大なノコギリなどの物騒なものを持った連中が集結した。
「舐めやがって……そんなに言うなら、一撃で二枚にしてやらぁッ!!」
野盗の一人が大斧を袈裟切りに振り下ろす。
メイファは次の起こる光景を想像して、思わず目を閉じた。
しかし―――重く、鈍い音が周囲に響き渡った。
まるで、鉄の塊に刃を振り下ろしたような音だ。
(えっ……?)
「なっ……!」
「どうした。撫でただけでもう終わりか?」
メイファが面を上げると、野盗が振り下ろした大斧がリュウォンの鎖骨の辺りに命中していた。
しかし―――身体を両断できてはいなかった。
それどころか食い込んですらいない。出血すらも無い。
そればかりか、刃の方が曲がっていた。
「ばっ、ば、ば……馬鹿、な……! こんなこと、ありえるわけがねぇ……」
「僵尸は……レベルが高まっていくにつれ、”鉄化”と呼ばれる現象が起こり、身体の硬度がどんどん増していく。更に全身の密度も上がり、見た目は変わらないまま重量も上がっていく」
「くっ、くそぉっ!! やっちまえ!! 全員で掛かれッ!!」
周囲に居た野盗達が、次々に武器を振り下ろし、突き刺してリュウォンへと攻撃を掛けていくが、どれも金属音と共に弾き返されていった。
リュウォンは淡々と続けて言っていく。
「今、自分のレベルはおよそ3だが……これでも350キロは重量がある。その程度の一撃では切れも動かせもしないぞ」
「馬鹿な……」
「拳の一撃でも振るえばこの通りだ」
大剣が振り下ろされると、それをリュウォンは拳で掴んだ。
そして力をこめると、まるで氷が割れるように握った部分から刀身が砕け、真っ二つになり、地面に転がった。
素手になっているというのに、まるで紙のように金属が破壊していた。
「う!?」
「こうなるのも当然だ。鋼鉄の杭で殴られているのと同じなんだからな」
「どけっ!!」
盤安が言うと周囲にいた野盗たちが一斉に傍を離れた。
「死ねッ!!」
炎の輪が盤安から放たれ、リュウォンへと命中し、炎上を起こした。
しかし、今度もリュウォンはダメージを受けている様子が無かった。
「き、効かんだと……!? 馬鹿な!? 僵尸は火に……」
「僵尸は火に弱い。普通ならな。だが……完死以上の僵尸は単純な火の力ではむしろ効きが悪くなる。身体が半金属化しているからな」
全ての攻撃が通用せず、野盗たちも盤安すらも戦意が消えていくのがわかった。
当然だろう。何をやっても効かないのなら、後は逃げるしかない。
今、リュウォンは無抵抗を決め込んでいるため大丈夫だが、この状態でもしリュウォンが少し反撃にでも出れば、一瞬で全滅してしまうだろう。
鉄の斧やら剣やらを殴って破壊する力で、もし殴られれば一瞬で骨が砕かれ、果物でも割るように身体を裂かれて殺されるのは目に見えている。
やがて―――5分経つと、リュウォンは静かに言った。
「さて……5分経った。お前達の負けだ」
「うう……」
「しかし、腹が減ったな」
そう言うと、リュウォンは円の中から出て盤安のほうへと向かった。
そして崩れ落ちていた彼の首元を掴んだ。
「なっ、何をする!」
「この状態だと煉と魄の消耗が激しくてな。定期的に補給が必要なのだ。そのやり方はどうするか、わかるか?」
「ほ、補給……? そんなもの、わかるわけないだろう」
「僵尸の補給方法は一つだけだ。それは……生命を喰らうこと。つまりは人を、な」
「ッ!」
「僵尸は人の血肉を喰らう事で、生気を。つまりは煉と魄を補給している。この状態でも、それは同じと言うわけだ」
リュウォンが言うと盤安は途端に青ざめた表情になっていった。
そして暴れて、何とかリュウォンの手を振り払おうとするが、万力のような凄まじい力で、がっしりと首を掴まれている為、外す事はできなかった。
「ハァァァァァ……」
リュウォンはもはや人とは思えないほどの大口を開いて、ゆっくりと盤安の顔の方へと口を近づけていく。
大きく開かれた口には、普通の人のものと違って尖った犬歯が並んでいた。
「やっ、止めろ……!! 止めろ、止めろ!! 止めてくれ……や、止めてください……!! い、命だけは……!!」
盤安の命乞いもむなしく、リュウォンは動きを止めようとはしなかった。
そして―――顔の半分へと食いついた。
盤安が力の限り悲鳴を周囲へと撒き散らすと、野盗たちにも恐怖が伝染し、全員が一目散に逃げ出し始めた。
「うわあああああ!!」
「ひ、ひぃっ! ひ、人食い僵尸だぁぁぁ!!」
傷ついて倒れていた人間も悲鳴に気付いて起き上がり、リュウォンが盤安に食いついている姿を見るなり、同じようにおののき、震え上がって逃げ出していった。
梅珍も同じように我先にと逃げ出していく。
「わ、私もこれ以上はご免ですよ!!」
(う、うそ……!)
やがて野盗たちが粗方居なくなると、リュウォンは口を開いた。
思わず目を背けてしまったが、よく見ると盤安は生きている。
噛み付いていた部分は、歯型がついているだけで喰われているわけではなかった。
どうやら、見せ掛けだけで本当に食い殺す気は無かったようだ。
「し、死んでない……」
「僵尸に成り下がる気はない。もしその気なら、今頃頭の半分以上を食いちぎられている所だろうがな」
盤安はあまりの恐怖からか失神しており、股間の辺りからは生暖かい液体が漏れ出していた。
どうやら死の恐怖から失禁してしまったようだった。
■
メイファは戦闘の後、黒鯨団の集会所へと来ていた。
また野盗達が攻撃をしてくるかもしれない為、街の各門は硬く閉じられていた。
そして防衛には街の人間も参加し、より人数が増やされる事となった。
「ここが、団の集会所跡かぁ……」
メイファは夜警団の集会所まで行くと、その建物を見た。
集会所はボーファンの襲撃でボロボロになっており、今は誰もいる気配が無い。
今は防衛も兼ねてスゥの家を拠点のようにしているので、そちらに交代で集まっているだろう。
「誰も居ない集会所なんて、始めて見るかも」
野盗はあれから全く襲ってくる気配はない。
あれだけ脅したのだから、しばらくは街に近寄りもしないだろう。
自分がもし野盗だったら、あんな光景を見た後は、そこへ続く道すら目にしたくなるだろうから。
盤安はあれから捕縛され、牢屋の中で毛布を被って震えている。
しきりに「命ばかりは」と言っているらしい。
来週あたりに都の方へと移送されて、そこで裁判にかけられるのだとか言う話だ。
「……誰も居ない集会所、か」
もうこの集会所は使われる事はないのだろう。
僵尸が襲撃してきた忌まわしい場所、となれば術師たちが風水的によくない、とか言って使うのを嫌がるはずだ。
仮にこの場所をまだ集会所として使うにしても、一度建物を取り壊して土地を清める儀式だとか、解呪の術などを行使してからになるだろう。
近いうちに、ここはどちらにせよ、無くなる。
思い出があるとか、そういう事は全く関係無しに。
(最初にここに来たのっていつだったかな……)
この場所へとやってきたのは、確か5歳の頃だったと思う。
ここで働いていた父を探してやってきて、それで中へと入って、街の平和を守る夜警団の事を知った。
スゥにあったのはその時だ。かなりの古株で、リュウォンの話通りならあの人はここへ夜警団を作る為にやってきたのだから、創立から関わっているわけで、恐らくは一番の古株だったのだろう。
迷子のようになっていた時に、同じくここで母が働いていたミーネが自分を見つけて、父を探す事を手伝ってくれた。
それから、あたしとミーネは幼馴染になった。
「あー……まだ残ってるや。身長の跡」
壊れた広間を抜けて、奥の貨物倉庫の方へとメイファは移動した。
そして、その奥にいくつか横向きに入っている切り傷の跡を見つけた。
これは夜警団に入った子供たちが、一年に一度、身長を刻んでいた跡だ。
夜警団には年齢制限と身長制限の二つがあり、15歳を超えるか、身長が145cmmを超えると、働く事ができるようになる。
無論、最初は雑用が殆どだが、それでも早く入りたい子供達はこうやって身長が145cmを超えるまで、壁に記録をつけていたのだ。
メイファは、壁の中央付近にあるものを見た。
「こっちが、あたしで……こっちが……」
隣り合っている、ほぼ同じ記録の跡。
これはメイファとミーネが、145cmになった時のものだ。
合格となった証の赤色の丸が付いていて、その横に名前が入っている。
その日は二人で大喜びして、それぞれの両親ともども、祝いあったりしたものだ。
母は危ない事だけはくれぐれもしないで、と言い聞かせていたから、最初は本当に雑用ばかりをしていて、外に行く任務などは一切しなかった。
でも術師になりたかったから、こっそりと勉強をしていてそれがいつか役に立てばいいと思っていた。
(こんな形で、役に立つなんて思ってなかったな……)
危険な任務をするようになったのは、両親が死んでしまってからだ。
家の中へと入ってきた獣人。確かあれば猪のような顔をしていた。
だから「猪人」と言う奴なのだろう。
自分は、あの日の事を忘れたことはない。
嵐の夜―――自分の家を襲った獣人のことを。
(父さん……母さん……)
母は一瞬で食い殺され、父は自分を守る為に戦って両腕を食いちぎられた。
ひどく手傷を負ったその猪人は自分の姿を確認しつつも嵐の夜の中へ消えていった。
4メートル近くはあろうかと言う巨体は、まるで牛が何倍にも大きくなって立ち上がったかのように巨大で、そして肉食動物のような金色の冷酷な瞳。
額には父との戦闘でついたのか、×型の傷跡がくっきりとついていた。
その姿を次は自分がやられるのか、と震えながら見ていたのをハッキリと憶えている。
(あたしは―――だから沢山の人を守る為に、夜警団の本当の意味での一員になった)
夜警団には雑用だけを行っている雑用員と、実際に見回りを含めて危険な任務にも出て行く可能性がある正規員。
そして最後に戦闘を主な任務とする戦闘要員がある。
メイファは両親が殺された日から志願して正規員となって、戦闘要員になることを目指していた。
それで学業と両立させながら、活動を行っていたのだった。
ミーネも両親からの勧めで、同じように正規員となった。
その理由は主要三国の情勢が不安定であるという事を、知ったからだと言っていた。
「あたしは……そうだ。あたしは、あんな事を二度と起こさせない為に、夜警団に入って、術師を目指して……」
「こんな所に居たのか」
貨物倉庫の入り口から声が投げかけられ、メイファが振り返るとそこにはリュウォンが立っていた。
あの戦闘の後、事情を訊ねるということで守護隊の人間に連れていかれたが粗方、話が終わって戻ってきたらしい。
「ここが……この街の夜警団がある場所か」
「……ええ。もう使われる事はないでしょうけど。それよりアンタ、取調べの方は終わったの?」
「問題ない。僵尸の件でだいぶ根掘り葉掘り聞かれて時間が掛かったが」
「ねぇ、あたし……決めたわ」
「ん? 何をだ?」
「あんたの操者って奴になって、仙人さまについていくわ。そして……道士になる。もっと強くなって、この世から戦いを無くしたいから……もっと平和な世界を作る手伝いがしたいから、あたし……行くわ!」
「そうか」
半ば予想していたようにリュウォンは言った。
「所で”操者”って何なの? 攻術師の何かの種類?」
メイファが訊ねると、リュウォンは僅かに口ごもるような様子を見せた。
どうやら何も知らずにやる、と言った事に言葉が出ないという感じだった。
「むぅ……まぁ、そこは後で説明しよう。まだ煉も回復していないからな」
「?、変なの」
メイファは夜警団の跡地を出ると、スゥの家へと戻る事にした。
自分の家へと帰りたかったが、団の生き残ったみんなが集まってくるスゥの家に居たかったからだ。
■
スゥの家へと辿り着いたのは、日が暮れ始めてからの事だった。
家の周りには、厳重な警戒態勢が敷かれており、中へと入る事は難しかったが、メイファが夜警団の一員である事を話すとすんなりとまた中の方へと入る事が出来た。
「なんだか……随分警戒が厳重になってるわね。バリケードなんて造って。街の人も外に何人か来てるし」
「僵尸が恐ろしいのだろう。夜になったら、襲われて亡くなった者が動き出すと信じられているだろうからな」
「大丈夫なの……? そういえば言ってたけど」
「大丈夫だ。そんな簡単なことで僵尸が作成できるのなら、もっと多くの道士が製造に手を染めている」
リュウォンは淡々と言った。
少し前までは、確かにメイファも同じように思っていた。
何せ僵尸というものが空想上のものでしかない状態で、本当に現れたのだから、古くからある伝承だとかを信じるしかない。それが普通だ。
だが、リュウォンが言う今なら、簡単に人は僵尸とはならないのだと信用できた。
「あれ……? リーダーですか?」
「メイファか……君も来てくれたんだな」
スゥの家の居間へと入ると、そこで寝ていたのは白珠だった。
布団が敷かれており、そこで休息をとりながら、他の団の隊員に手当てをしてもらっていた。
リュウォンから貰った薬が効き、命こそ取り留めはしたものの昼間のあの火傷は酷いものだった。
まだ完全には治りきってはいないのだろう。
しかし、それならばここではなく診療所に行った方が良さそうなものだが……。
「何でこんな所に居るんですか? 早く診療所に……」
「それは出来ないんだよ。メイファ。ここの指揮を取っているのは私だ。私が居なくなると、ライも床に伏せっている以上、誰も指揮を執るものがいなくなる。そしたら、街の人たちの不安は頂点に達する。だから、多少無理をしてでもここに居なければ……」
「外に居るのは……まだ不安で様子を見に来てる人たちって訳なんですね。やっぱり」
「ああ。これ以上、街を混乱に陥れるわけには行かん。だからここは離れられないのだ」
痛々しい、というのが的確な状態だった。
出来る事ならば、今すぐにでも治療できる施設へと移って欲しい。
しかし、白珠の言う事ももっともだった。
もしこれ以上不安が広がれば、街中で暴動だとか混乱が起きる可能性がある。
メイファが何とかできないか、と悩んでいるとそこに飄々とした声の老人がやってきた。
「こんな所におったか。リュウォン、メイファよ」
「教果せ……様!」
メイファは思わず仙人様、と言いそうになったが慌てて言い直した。
入ってくるなり、リュウォンは教果の前へと跪いた。
彼の振る舞いを見て、周囲がざわついた。
「今しがた街の者に訪ねたが、リュウォンよ……お主、巳秦に入ってきた野盗たちと戦い、これを撃退したとか。それは真かのう?」
リュウォンは教果の問いかけに、申し訳なさそうに応えた。
「はっ、思わず応戦してしまいました。そして屍儡術も使用してしまいました。誠に申し訳ありません……」
「いや、そのように申し訳ない風に言うな。よくやったではないか」
「……はっ?」
「民を守る為、道士が代わりとなって戦う。実に正しき行いじゃよ。人々を守るのは、我ら茅宋局の大事な目的の一つじゃ。お前は何も良くない事はしておらぬよ。むしろ感心したほどじゃ」
「ありがたきお言葉です」
リュウォンと教果が話していると、メイファの傍で伏せっていた白珠が彼女へと訊ねた。
「メイファ……あの方は一体誰だ? あのリュウォンがあそこまで謙る所を見ると、かなり上の人間のようだが……」
「あの人は”教果”って言います。リュウォンの……えーと、上司みたいな人です」
「上司……と言う事は茅栄局の人間か。と言う事は、あの人も道士というわけか」
白珠は少しだけ安心したようだった。
リュウォンがいるので、また野盗が襲ってくる心配はないだろうが、一人でも強い人間がいると安心できる。
「ところで……そなたはこの街の夜警団の代表者かの? 今のこの状況、どういう事なんじゃ? スゥどのの家にしては、随分と物騒な状態となっておるようじゃが」
「私は白珠を申します。この状態についてですが……」
教果が訊ねると、メイファがそれに答えた。
先日の僵尸の襲撃騒ぎで、街の人々がスゥを初めとした死んでしまった人間が、僵尸となってしまう事を恐れている、とそして先程の野盗たちとの戦闘で、実際に僵尸となったリュウォンを見ている事で、不安が更に広がっているのだろう、とも。
その事を話すと、教果はしばらく考え込んでから、何かを思いついたようだった。
「ふむ……では、実際に僵尸がどういうものかを教えれば、この事態も解決しそうじゃな」
「え? 教えるってどうやって……?」
「なに、簡単な事じゃよ……リュウォンよ!」
「はっ、何でしょうか?」
「今夜、村の皆を集めて、その前で僵尸となってみよ」
教果が言うと、メイファとリュウォンは驚いて言った。
「ちょ、ちょっと教果様! そんな事をしたらもっと不安が広がっちゃうじゃない!」
「恐れながら……自分も同じ意見です。この状態で、不安を煽るのは危険かと思います。辞めた方が……と」
二人が同じくして止める様に言うと、教果は笑いながら言った。
「二人とも、それは間違っておると思わぬか?」
「えっ?」
「人が何かを恐れるのは、その何かをどういうものだからじゃと思うか? 今回の件で言うならば、僵尸が恐ろしいと思うのはどうしてかの?」
「それは……僵尸が人食いの化け者だから、ですか?」
「それもある。しかし、今回の件はそちらではなく、殺されてしまった者が新しく僵尸となってしまう、という事を恐れておる。そんな事はないのにのう」
「でも……それは知らないから無理もない事なんじゃ?」
「そこじゃよ。メイファよ」
「えっ?」
「人が真に恐れるのは、目先の恐怖ではないのじゃ。わかっている恐怖、正体の判明している魔物には、そこまでの恐れを抱かぬ。人間が本当に恐れるのは、正体不明のもの。つまりは”知らない事”なのじゃ」
「知らない事……」
「だから実際に僵尸を見せて、どういうものかをわかって貰えればよい。そして、傷を付けられたりした程度では何ともならない、とわかってもらえば、この状態も解決するじゃろう。何より……ここまで頑張ってきたスゥどのが、死した後にこのような仕打ちを受けては浮かばれぬわい」
メイファはその言葉に、思わず押し黙ってしまった。
確かにその通りだったからだ。
街の夜警団を作る為、そして街を守ることに尽くしてきたはずのスゥが、無残な最期を迎えただけではなく、このまま―――街の人たちに避けられたままで、明日、寂しく火葬を迎えてしまうのは、あんまりであると彼女も思っていた。
「もし、そのような事をやってくれるのならば……私からもお願い致します。スゥの同僚でもあった私からも」
「ふむ……そうか。今回の事は誠に残念じゃったのう」
「いえ、仕方の無いことです。いきなりまさか僵尸に襲撃を受けることとなるとは思いもしませんでしたから。それに……最近、大した事件が起こらなかった故に、油断しすぎていた部分がありました。もっと私自身がしっかりとしていれば、このような事には……!」
「まぁ、そう自身を攻めるでない。起こった事は仕方のない事じゃ」
教果はそこまでを聞くと、リュウォンへと訊ねた。
「では……リュウォンよ。やってもらえるかの?」
「老師の命とあらば、断る理由はありません。やりましょう」
「では、こちらでは街の者を出来る限り集めてみます」
そして白珠が街の人たちを集めに掛かり、夜になってから僵尸の”実演”を見せる事となった。
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