第10話:葬祭の夜

夜警団の生き残りと、守護隊の人間ががっちりと警護を行う中、日は暮れ、街には夜がやってきた。

スゥの家の前には、小さな会場が設営され、そこでリュウォンが僵尸となって、実際に街の人々に実演を見せるとのことだ。

どれだけの人が来るのか、と不安なところもあったが、本物の僵尸を見る事が出来るという事で思ったよりも多くの人々が集まっていた。

怖いもの見たさもあるのだろうが、どちらかというと、夜警団が直接呼びかけて、安心である事を確認できたので集まったという面が大きいようだ。


「集まったなぁ~……」


メイファがスゥの家から外を覗くと、多くの人が天幕で囲われた場所に集まっているのが見えた。


「老師。実演をやる事自体は問題はありませんが……操者は老師にお願い致します」


「ん? それは構わぬが……メイファには操者の話をしておらぬのか?」


「……すみません。その事については何も」


「そうか。いや、今回はどちらにせよ、わしがやるから安心せい。しかし……リュウォンよ」


「何でしょうか?」


「操者の件については、必ずこれが終わった後に話しておくのじゃ。重要な事なんじゃからな。これから道士となるか選ぶにしても」


「いえ、その件についてなのですが……もう彼女は自分の操者となる事を決めた、と言っていました」


「なに? もう決めたとな?」


「街の夜警団の跡地に行って、それから急に覚悟を決めたような顔つきになりまして……」


「ふむぅ……なるほど。思う所があったという所かの。ならば尚の事じゃ。操者というのがどういうものかをしっかりと説明しておく必要がある。よいの?」


教果が言うと、リュウォンは納得できない風に口ごもっていたが、やがて自身を納得させると、仕方なくと言った風に頷いた。


「さて、そろそろかのう……行くか」


夜の9時を回り、街が完全に夜となった中。

教果が言うとリュウォンもそれに続き、実演の会場となっているスゥの家の外に作られた会場の方へ歩いていった。

巨大な天幕の下には、多くの街の人々が集まっていた。


「来たぞ……!」


夜警団の人間が周囲の警備を固める中、中央の木製の舞台にリュウォンと教果が登ると、集まっていた人々は急に騒がしくなった。

教果が中央に立つと咳払いをして、話を始めた。


「あー、どうも初にお目にかかる。ワシは教果と申す者じゃ。茅栄局より来た、隣にいるリュウォンの上司兼師匠のような立場の者じゃ。この度は街中で戦いがあり、こちらのリュウォンが勝手に強力な術を使い、街の皆を不安にさせてしまったようで、申し訳ない」


「老師……」


「それで、今回は皆の不安の元が僵尸にあるようであると思い、我が弟子のリュウォンに、”僵尸の実演”をやってもらう事にいたしましたのじゃ」


教果がそこまでを言うと、観客の一人が言う。


「僵尸の実演とは何なのでしょうか? 私は今日、本物の僵尸が見れると聞いて、やってきたのですが……」


「良い質問ですな。それを今から……丁度話そうと思っていた所じゃ」


教果はリュウォンに背に手をかざしながら、言った。


「ここにおる我が弟子は、”屍儡術”という一時的に僵尸となる術の使い手なのですじゃ」


「僵尸になる術……!?」


「そう。一度、身体を仮の屍の状態とし、肉体に大地の精気を満たす。そして完全には死んでしまわぬように、魂などは身体に留めておく。その事で、理性を失わぬままに僵尸と同じような状態となる事ができる術なのじゃ」


「そんな術を使えるのですか? 本物とそっくりそのまま?」


「本物と性質は完全に同じとなりますのう。僵尸にはその状態における段階、これを”レベル”というが、それがいくつかある。こやつは丁度、50年近くは生きたようなかなり強力なレベルのものへと変化する事ができる」


教果が言うと、リュウォンは前へと出て呪文を唱え始めた。

手で素早く印を作りながら、詠唱を完全に終了させていく。

するとリュウォンの足元に奇怪な形状の陣が現れ始めた。


「イー、サ・スラー、デイル……」


やがて呪文の詠唱を完全に終えると、リュウォンは持っていた長い呪符をあのときのように頭に貼り付けた。

額から顔の半分ほどを縦に覆うような、大きな札だ。


「―――死葬来来!」


リュウォンが呪文の最後を詠唱しきると、足元の陣から紫色の光が上方へと舞い上がり、リュウォンを包んだ。

そして―――それが消え去った時、リュウォンはあの野盗たちとの戦いの時のように、青色の肌の姿へと変貌を遂げていた。

僵尸となったリュウォンの姿を前にすると、集まっていた観客たちの中からは慟哭の声が漏れた。


「まぁまぁ、皆。静かにしてくだされ。今、リュウォンは普通の僵尸と違って、人の意識を保ったままじゃ。何も危ない事はござらん」


「ほ、ホントに大丈夫なんですか……?」


「大丈夫だ。特に問題はない」


リュウォンが言うと、会場のどよめきは大きくなった。

何人かは驚いて思わず身を引いていた。


「誰か、触ってみてはいかがかな?」


「お、俺……やってみたいです」


教果が言うと、何人かの青年が威勢よく手を上げた。

そして、舞台へと登ると、恐る恐るリュウォンの身体に手を触れた。


「うわっ! か、硬い……鉄の塊みたいだ」


「爪も……信じられないぐらい鋭い」


やってきた人間は拳を作ってリュウォンの身体の硬さを調べたり、どこぞから持ってきたのか、まな板をリュウォンの伸びた爪の部分へと当て、その切れ味を確かめたりしていた。

僵尸の身体の強力さは、試すごとにその強さがわかる為、何かをやるたびに観客の者達は驚きの声を上げていた。


「なんでこんなに硬くなるんですか?」


「僵尸はのう、大地の精気を体に蓄え、身体を強化していくのじゃ。死後硬直を経た後は、身体の密度がどんどん増していき”鉄化”と呼ばれる現象が起こる。だから、信じられないほど硬く、重い体を手に入れるのじゃ」


「へぇ……」


それから、段々と人々がリュウォンの周りに集まり始め、しばらくはリュウォンの身体を調べていた。

教果はその中、僵尸がどんなものか、という事を丁寧に説明して回った。

僵尸の武器はどんなものなのか、どういう風にして作られるのか。

教果は住民達の不安を取り除く為に丁寧に説明した。


「それじゃあ、切りつけられたりしただけじゃあ、何ともならないんですか?」


「僵尸には毒素自体は確かにある。それは確かじゃが、それだけで僵尸になったりはせぬ。それに毒というのも、本当の毒とは違う」


「本当の毒とは……ってどういう事ですか?」


「僵尸が持つ毒は、彼らの身体に流れている闇の煉と邪悪な魄の力が毒素として放出されている。ある程度の力を持つ茅宋局の”道士”ならば薬など使わずとも振り払えるのじゃよ。それは、道士ではない人間でも同じじゃ。よほど身体が弱っていれば別じゃが、それで仮に死んでしまったとしても、僵尸にはならぬ」


「闇の煉……」


「全ての生きとし生けるものには、魂が宿っておる。魂が肉体に宿り、その身体に煉と魄が満たされる事で、人は生きていく事ができるのじゃ。そして、この煉と魄の事を総称して”生命”と呼ぶ」


「そうなんですか」


「そして煉魄は人によって様々な属性を持っておる。火の煉を多く持つものは熱血漢であることが多いし、水の魄が多いならば冷静な性格を持つ事が多い。僵尸には……魂はあるが、殆ど闇の煉と魄しか無いのじゃ。それだけでは生きていく事は出来ぬ。だから得る為に、他の生命持つ者を襲うのじゃ」


教果が言うと、集まっていた人々はただただ、何も言わずに聞き入っていた。

今まで聞いた事の無い話を、街へとやってきた腕利きの道士がやってくれるので、物珍しさもあったが、貴重な機会であると皆がわかっていたからだ。


「闇の煉とか魄って、どんな人間が多く持っているんですか?」


「闇の煉は……憎悪や怨恨など、俗に言う”負の感情”と呼ぶものがそれに該当する。だから僵尸は強い恨みを持って死んだ者でなければ成らぬ。そして同時に、憎悪や怨恨のみの感情しか頭にないから、理性を保つことが出来ず、ただただ野獣のように生命ある者を食らうのじゃ」


「理性を持つこともあるんですか?」


「ある事はあるのう。じゃが……闇の煉に冒されたものは、もし再び意思を持ったとしても、それはもはや人の心ではない。必ず邪悪な心が宿るだけじゃ。そして、そういう心を持った僵尸は、残虐で狡猾な、どれも例外なく強力な存在となる。なるべく出会いたくないもんじゃよ」


教果が僵尸についての話をしていくと、街の住民たちはその話に聞き入っていた。

やがて、死したスゥたちや、傷を負ったライ隊長たちが僵尸となる事はまずない事を知ると、段々と皆はスゥたちに献花を行ったり、お参りを行うようになっていった。恐ろしくて出来なかった事が、本当のことを知ることにより、できるようになったからだった。


「ふむ……皆、スゥの事を慕っておったんじゃな……」


「夜警団の人達は皆お世話になっていましたから」


白珠も寝所から出ると見舞いの一人として参加していた。

警護の指揮を取る必要が無くなったためかだいぶ楽になったようだった。

教果はそんな住人達の反応を見て、何か思いついたらしく舞台のほうに立つと、言った。


「皆さん方、これはひとつ提案なのじゃが……これから夜通しでスゥや、団の方々の葬祭をしませぬかな?」


「葬祭……って、お祭りの事ですか?」


「そうですじゃ。葬儀とは、死した者を弔い、僵尸とならぬよう供養するという意味もあるのじゃ。だから……このまま葬祭を朝までやりませぬか。死した者達が、景気良く黄泉への旅路へと旅立てるように」


「準備は……」


問いかけに、白珠が答える。


「もしもと思い、団の方で準備だけはしております。私からもどうか、団の皆のために開催をお願いしたい」


教果からの提案は驚くべきものだったが、街の者たちの反応は意外にも良いものだった。

スゥを初めとした黒鯨団の人間が犠牲となっていたため、それをちゃんと弔えない後ろめたさのようなものが残っていたのかもしれない。

長い間、街を守っていた彼らは、皆にとって家族のようなものだったから。

白珠が言うと街の長もその提案を受け入れ、万全の警備体制を整えた上、自由参加という形で葬祭を執り行う事となった。

そして、いざ葬祭を始めると、街の住人の多くが参加していった。



葬祭の時間は過ぎていき、やがて―――夜も更けていくと祭りの時間は終わり、スゥの家には不思議な静けさが漂うようになった。

お祭りの後特有の不思議な空気だ。

さっきまで、子供が走り抜けていた家の中。

外にはいくつかの簡単な出店も出ていた為か、ソースやら醤油やらの匂いが僅かに家の中でも香っていた。


「あれ……? あたし、いつの間に寝ちゃってたんだろ」


周囲には寝転がっている人間が多く見えた。

一応、警戒用と言うことで何人かの見張りの人間が起きてはいるものの、それ以外は皆、安心して肩の力が抜けたからか、葬祭の騒ぎの後に疲れてところかまわず、スゥの家の中で眠っていた。


「ありゃりゃ……教果様も眠ってるわ」


教果仙人も、他の住人たちの中に混じって酒ビンを握ったまま寝ていた。

メイファが疲れて横になった時、教果は酒のビンをラッパ飲みしていたのが見えたので、酔いつぶれてしまったのだろう。

どうやら、あの人は相当な酒好きであったようだ。


「虎になる……というよりは虎だから酒好きなのかなぁ」


メイファは家の中を見回って、そんな酔い潰れたり、疲れて寝てしまっている人たちを見ていたのだが、2階のベランダにまで上がると、リュウォンの姿が見えた。


(なにをしてるんだろ……?)


メイファは夜の中、ただ黙って星空を見あげているリュウォンを怪訝に思い、彼の元へと近付いた。そして訊ねた。


「あんた、寝ないの?」


「……自分はいい。さっきの実演の後に一度眠ったからな」


「あれ? そういえば、葬祭の時に姿が見えないと思ってたけど、寝てたんだ」


メイファは、リュウォンが手をかけているベランダの手すりに腰を掛け、同じように星空を見た。

巳秦の夜空は、かなり綺麗であるといわれている。

大都市からは離れていて、この街自体も電気の灯だとか、街灯だとかが少なく、空が暗いから星が綺麗に見えるのだという。


「ここは……空気が澄んでいるな」


「澄んでる、って……」


「夜空が綺麗に見えるが、星の光が他の場所よりもよく見える。空気が澄んでいるから、ぼやけずに見えているんだろう。今まで見た中でも、ひときわ美しく見える……」


星を見るリュウォンの姿を見て、あの無愛想な感じからは程遠い印象を受けたメイファは、彼の姿を見ていた。

夜空の星を目で追うその姿は、道士というよりは少年の目。

現実を見据えていた瞳は冷たいようなほのかな暖かさを持っているような、不思議な輝きを持っていて、まるで自分よりも年下の子供のように見えた。


「星を見るのが好きなんだ」


メイファが言うと、ハッと気付いたような表情になって、リュウォンは「ああ」と返した。

それから、しばらく無言の時間が続いていた。

夜の冷たい空気と、夜の星空と、道士と術師見習い。

まだ会って3日と経っていないのに、前々から知っているような感じがした。


「……ねぇ、これからあんた、どうするの?」


「明日、夜警団の者の葬儀が終わり次第、老師と共にボーファンと言う者が向かっただろう燗港の方へと行く」


「ミーネの……いえ、あんたからすればボーファンを追いに、ってわけね」


「そうだ。奴は新型の僵尸である可能性があるからな」


「新型?」


「今までの話からわかるだろうが、数日前まで普通に生活をしていた者が、あんな急に僵尸と化すわけはない。通常なら急速にあのように強化する術が、道士の誰かから使われたと見るのが普通だ。自分はその真実をこの手に掴まなければならない。李璃に近付く為にも……」


「李璃って教果様が言ってた、昔いた九龍の道士って奴よね? なんでそれに近付く必要があるのよ」


「奴は―――”復活”している。間違いなく」


「え……っ? な、何でそんな事……」


「何故なら……自分の家族を奪ったのが、奴だからだ」


それから、リュウォンは自分の身に昔起こったことを話し始めた。

家で夕食を取っている時に、訪問者が現れた事。


「自分は4歳の時に……僵尸に襲われた。夕暮れが終わってすぐの事だった」


そして彼が突然、家族を襲い始め、自分以外は皆殺しにされてしまったこと。

リュウォンはそれから家を飛び出し、朝方まで逃げ続けたこと。


「そして自分は家も財も……家族も失った。生きる希望をも喪い、竹林の中で行き倒れになっている所を一匹の虎に拾われた。それが、老師だ」


(教果様に、そこで出会ったんだ……)


「自分はそれ以来、あの方に仕えている。そして……一度、歴代の仙人たちの肖像画を見る機会があった」


「そこで見たのが、あの李璃ってわけ?」


「そうだ。あれは50年以上前で、自分はまだ幼少の頃だったが……ハッキリとやってきた人間の顔は憶えている。あの姿は……李璃本人に間違いない。だから自分は道士となる事を決めた」


「へぇ、50ね……50!? あんた一体何歳なの!?」


「今年で69歳だ」


「ろ、ろくじゅうきゅうさい……」


「道士としてはまだ若い方だ」


メイファは思わず口を開いたまま音読した。

仙人というのは、物凄く長生きだったり、無限の時間を生きている存在だとか言われているが、道士もここまで見た目で年齢がわからない存在だとは思わなかった。

外見だけでは、リュウォンは自分と同じぐらいの年齢にしか見えない。


「そして自分は戦う為、炎の術を修めた後、屍儡術を修め始めた」


「炎の術はわかるけど……なんでその、屍儡術ってのを修得しようとしたのよ?」


「道士の戦い方には、いくつか種類があるのだが、自分は接近して戦う技を得意とする。そして、その中でも一際強力であったのがこの術だ。一時的に僵尸となって戦うことで、肉体を飛躍的に強化して戦う事ができる。しかし……これには大きな弱点が存在している」


「弱点? ほんとの僵尸みたいに日光に弱くなるとか?」


「修め始めた初期の頃はそういう弱点もあった。だが、ある程度術の力を磨く事で、それは克服している」


「それじゃあ何なの?」


「この術には”操者”と呼ばれる存在が不可欠であるという事だ」


「操者……って教果様からも聞いたけど」


メイファが訊ねると、少しばかりリュウォンは黙っていた。

話すべきか迷っているのか、しばらく考え込むような状態で居たが、やがてメイファが更に訊ねると、渋々彼は話を始めた。


「この屍儡術は、一時的にだが僵尸となる術だ。そして僵尸となると言う事は言うまでもないが身体を”闇の煉で満たす”と言う事だ。だから闇の煉の侵食を、自分の力で抑え込まなければならないため、煉魄の消耗が激しい。通常ならば、3分ほどでこの術は使えなくなる」


「え? でも……ボーファンと戦った時も、野盗たちとも戦ってたし、それにさっきの実演でもずっとあの姿だったじゃない」


「あれは老師が”操者”となってくれていたからだ。老師が自らの煉と魄を送ってくれていたからこそ。自分は長い間この術を発動させている事ができた。野盗たちとの戦闘では全く動かずに居たから長めに発動させられただけだ」


「そうだったの……操者って、そういう風に力をあげる人のことなの? それが無かったらどうなるの?」


「……もし、自分が抵抗する為の煉が切れると、肉体を自力では操作する事ができなくなる。そして魄が急激に枯渇していき、どちらも切れると魂が闇の煉に侵食されていく。最後に……魂が完全に闇に喰われると、終わりだ。自分は本当に僵尸と化してしまう」


「えっ……!? ほ、本物に……!?」


「そうだ。お前が戦ったあのボーファンのような理性と心を失った化け物。本来の意味での僵尸となる。これはそういう術だ。だから禁忌の術とされている。いや”されていた”だったか……」


リュウォンから今まで使っていた術の危険さを教えられ、本当に命を懸けての戦いであった事にメイファは衝撃を受けた。

今までの戦いの中でも、もしかすると敗北して何もかもが破滅するかもしれなかった、という事実に。


「かつて僵尸とは、昔から道士たちが使っていた”最も安価な兵隊”だった」


「兵隊……?」


「死者に仮初の魂を与え、意のままに操る。これによって道士たちは何万もの死んだ兵士を一人で扱う事が可能になった。これを使い、道士たちはその昔戦っていたという」


リュウォンは星を見ながら続けて話した。


「今でも仙界は幾つか流派が存在するが、その関係は昔は恐ろしく険悪だった。道士は仙人たちと協力して僵尸という安価な兵隊を、死した公苑の民を材料として作り戦っていたのだ」


「それが……仙界での戦争では当たり前だったってわけ?」


「そうだ。各流派がそれぞれをライバルとし、同時に敵としていた。だが、それでもルールはちゃんと存在していた」


「殺し合いなのに、ルールがあるの?」


「人と違って仙人は肉体が滅びても、長い年月を経て復活する事ができる。魂さえ消滅せずに残っていれば、な。だから公苑界の人間よりも簡単に殺し合いをする。今は関係も穏やかになって、そう言う事は少なくなったがな。まぁ……問題が出てきた事もあったのだが」


「なんか……常識が違うのね。ホントにところで、問題って何なの?」


「僵尸を使っての戦いに、始めは問題はなかった。だが……僵尸は成長すると言う事を作り始めた当時は誰も知らなかったのだ。その術を作り出した人間ですらも、な。やがて戦いに何度も生き残った僵尸が、道士達の元から脱走する事件が起こり始めた」


「脱走……?」


「生前の意思が蘇り、作り出した道士の命令を聞くのを拒否し始めたのだ。やがて方々に散った僵尸は、人々を喰らい、より強くなっていった。そして……ある日、力をつけた僵尸たちは、あろう事か道士と仙人達……いや、仙界そのものに戦いを挑んだ」


「えっ……!?」


「誰もがその挑戦を笑った。そして叩き付けられた彼らの力を見て、その笑いを誰もが止めた。神仙の一人が殺された日にな」


リュウォンは自分の掌を見て、淡々と続ける。


「それから慌てて仙界は持てる力を総動員し、僵尸たちを滅した。神仙にも匹敵する力を持つものまで現れていたのだから、当然だろうな。やがて……僵尸たちを倒すと、この術は使用することを禁じられた。皮肉にも、僵尸のおかげで仙界は関係を修復したのだ。そして今では余程の術の使い手でも、各流派に認められているものでなければ、研究する事すら許されていない」


「……」


「死者に仮初の魂を与え、意のままに操るのが元々の屍儡術だが、自分が使っているのは、いわば自分を一時的に殺し、それを自分自身の魂で内側から動かしているようなものなのだ。妙な表現になるがな」


「そ、そんな危ない術だったなんて……」


「リスクも大きいだけだ。強力な術にはつきものの現象だ」


「でも、失敗した人も居たんでしょ……?」


「……煉が切れるまで使い、僵尸となり果てた道士も確かに居る。本当に僵尸を作る事もできるこの術は、だから禁忌の術とされているのだ。大元の開発者が残した記録が少ない為、まだ研究が進んでない部分も多いからな。基本的には使ってはならないものだ。自分も、研究の名目と言う事で使用の許可が下りている」


「な、なんで、なんでそこまでしてそんな術を使うの? もっと別の……」


メイファが言おうとすると、背後から重い声が響いた。


「それはな、そやつが基本的に誰かと共には戦いたがらんからじゃ」


「老師……」


背後から現れたのは教果だった。

顔がまだ赤いので酒が抜けていないようだが、話し方はしっかりとしていた。


「一人でしか戦いたくないから、じゃったかな? 確かその術を選んだというのは……」


「……はい。そうです。もっと自分の煉の最大量があれば、一人で戦う事はできました」


「煉の最大量……?」


メイファが言うと、教果が応えた。


「あらゆる術を使うためのエネルギーは、煉と魄じゃ。これはわかるじゃろう?」


「はい。それは……学校でも、団の中でも教えられてきましたから」


「では、その量は個人によって大きく差があるという事も知っておるかの?」


「えっ? それは……知らなかったです」


メイファが言うと、教果は大きく溜息を吐いて言う。


「リュウォンは生まれつき、煉が常人よりも少なめなのじゃ。代わりに魄が多めじゃがの。だから……あまり長い間、屍儡術を使うことは出来ぬ。じゃからワシが操者を務めつつ、茅栄局の依頼を請け負ってきたが……ちょっとそれが最近辛くなってきてのォ」


「え? どうしてです? 仙人様なら凄く力を持ってそうなのに」


「煉は生きる者の肉体的なパワー。すなわち”生命力”を司っておるものなのじゃよ。ワシのような老体になると、煉を大量に消耗する術が辛くてのぅ。近く、誰か別の操者。つまりは後継者を見つけねば……と思っておったのじゃよ」


それが自分だったのか、とメイファは思った。

自分のような、特に術の力が強いだとかの才能があるわけでもないのに、何故選ばれたのか不思議だったが……。


(じゃあ、あたしって煉が多いのかな?)


「しかし老師、自分は老師以外の者と戦いたくはありません」


「……復讐の邪魔となるからかの?」


教果が言うと、リュウォンはハッとした表情で彼を見た。


「そ、それは……」


「リュウォンよ……常日頃言っておるが一人で戦い続けられるものなど、どこにもおらぬ。お主に必要なのは仲間や友、そして失ってしまった人としての心じゃ」


「李璃を倒すのに、そんなものは必要ありません!!」


「違う!! 違うのじゃ、リュウォンよ。人としての心を失えば、それは本当にただの僵尸と変わりない。それではあの”天地超者”には勝てぬぞ!」


「自分は勝ちます。勝たなければならない!!」


リュウォンは珍しく声を上げて教果へと言った。


「……申し訳ありません。少し、一人にさせて下さい」


いつもならまずない怒声。

リュウォンはそれに気付くと自分を恥じるようにやや俯き、バルコニーから出て行った。そして真夜中の星空の元、教果とメイファがその場に残された。



リュウォンが出て行くと、メイファは訊ねた。


「あの……”天地超者”って、どういう意味なんですか?」


問いかけに、教果は大きく溜息をついて答えた。


「”偉大なる天と地をも超える者”という意味じゃ。李璃の昔のあだ名。奴は―――仙界最高の力を持つ者じゃった」


「……”神仙”ですか?」


「そうじゃ。”天地超者 李璃”といえば、少し歴史に詳しい者ならその名を知っていよう。最強の仙人であり、最悪の仙人としてな」


「そんな……のがリュウォンの因縁の相手なんですか」


「そうじゃ。だからかもしれんが、リュウォンの力を追い求める姿勢には驚かされる事があるわい」


更に溜息を吐いてから教果は言う。


「……あやつは優秀な弟子じゃ。強く、頭が良い。何より、ただ力があるだけではなく戦いのセンスがずば抜けておる。じゃが―――強くなる過程で、大事なものを失いすぎた」


「家族、ですか」


「家族もじゃが、それよりも人としての生そのもの、じゃ。あ奴は……復讐の心に縛られすぎておる。それが強くなる糧でもあったのじゃろうが、段々と人間性をも捨て、自分自身をも蝕んでいっている事に、まだ気付いておらぬ……」


星空を見ながら、やや紅潮している顔で教果は言った。


「実を言うとな。ワシの煉の量が減りすぎているとか、そういう事はないのじゃ。まだ戦えぬことはない。これでも仙道に身を置きし者の一人じゃからな」


「えっ? じゃあなんで後継者なんて……?」


「なんとか、リュウォンに友を作ってもらいたかったのじゃよ。そろそろ奴も気付いておるはずじゃ。一人でなせる事には、限界がある、と」


「もしかして私を選んだ理由って、そういう所なんですか?」


「ん……まぁのう。そろそろ、ワシだけでは奴が間違いを犯しそうなのでな。その歯止めの役も含めて、奴を厳しく諌められるような弟子が必要じゃと感じておったのじゃ」


「そういう事だったんだ……」


「奴はワシの言う事はともかく、元々余り人からの命令を聞かん性質でな。その上であの実力じゃから、中々口を出せる奴がおらんでのう」


つまり自分は、最もリュウォンに気怖じせず、堂々と物を言えそうで、友達、もしくは同僚として最も適任そうだったから、という事なのだろう。


「まぁ、それで……その候補が、ここでいい感じに見つかったわけじゃが……」


そこまでを言うと”おほん”と口に手を当ててわざとらしい咳をしてから、メイファへと訊ねた。


「それで……メイファよ。主としてはどうなのじゃ? そろそろ、答えを聞かせてもらっても、よいかのう」


「……あたしは……」


星空を見上げて、メイファは思った。

自分がどういう道をとりたいか、そしてどういう運命を決めたいのか。

きっと、大きな人生の岐路に差し掛かっているんだろうな、と思った。


「あたしは、道士になります」


「それは何故じゃ? よければ理由を聞かせてくれんか」


「あたしは、今までこの街から出たいって思ってました。それは……新しい世界がみたかったからです。でも、世の中には三国の争いで、ここを僵尸が襲ったように、悲劇に見舞われている街がたくさんあるんじゃないか、って思ったんです。だから……強くなって、少しでも平和な世界を作るために動きたい。そして、出来るのなら……三国の争いや平穏な世界を作りたいって思ったんです」


「ほう……三国の争いを止めるとな?」


「物凄く大口ですけど……今回の事だって、三国が争いをせずに兵士達がもっと居れば誰も死ななくて済んだかもしれない。ボーファンも、もしかしたら僵尸にならなかったんじゃないかって思うんです。だから……あたし、行きたいです!」


「フム……ならば、決まりじゃな。いや、その答えを待っておった」


「あの、あたし……ちょっと行って来ます」


メイファはリュウォンを追って、バルコニーを出て行った。

その姿を見届けると、教果は持ってきていた酒瓶の蓋を開けて、星空を見上げながら、一杯飲み始めた。


「今日は……なんだか気分がいいのう。久しぶりの気分じゃ……」


メイファがリュウォンを探してスゥの家の中を探すと家の隅で、寝袋にくるまって眠ろうとしているリュウォンの姿が目に入った。

先程、師に口答えした事に自身で傷付いているようだった。


「ねぇ。隣、いいかな」


「……勝手にするがいい。だが、話しかけないでくれ。今は何も話したくない」


「そう。じゃあ聞くだけ聞いて。あたし……一緒に行くから」


リュウォンは少しだけ詰まったように鼻を鳴らしたが、それ以上は何も反応しなかった。

やがて無音の状態となると、メイファも近くにあった布団に潜り込んで眠った。

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