第11話:燗港の街へ

夜が明けて日が昇ると共に葬祭の最後の演目が始まった。

スゥの家の外の広場にて棺が並べられて、松明によって火がつけられていく。

死者を送る為の”火葬”だ。


「祈りましょう」


炎がスゥや黒鯨団の皆、そして昨日のボーファンの襲撃で犠牲となった人々を包んでいった。

火が燃え盛る中、メイファはただ祈っていた。


(さようなら、みんな……)


周りでは、集まった街の人々が弔いの歌を歌っていた。

そして葬儀が終了すると、メイファは家にあった荷物を急いでまとめ、燗港へと出て行く準備をした。

長い間、生活をした家に別れを告げ、メイファは街の門へと出ていく。


「遅かったな」


「女の子が出かける時は、時間が掛かるものよ。特に……長い旅に出るなんて時はね」


「では、行くとするかのう」


昨日、街の出口に教果が張っておいた陣の上に、いつの間にか巨大なカタツムリが乗っかっていた。

これは街の移動に使われている馬車代わりの生物だ。


「これって……行商に来る人達が使ってる奴ね」


「”園牛”という。街々を巡るのにもっとも都合が良い乗り物じゃよ」


この園牛とは、カタツムリを巨大にしたような魔獣の一つである。

巨大だが大人しく野菜好きで、ニンジンなどをぶら下げているだけで、それをロバのように追いかけ続ける為、簡単に行き先をコントロールできる。

だから魔獣が跋扈する現在、街々を移動する乗り物として使われていた。

巨大な上、移動が速く優れた防御能力も持つので魔獣などに襲われにくいのだ。


「荷物を早く乗せろ。すぐに出るぞ」


園牛には殻の上に人が乗ることが出来る荷車部分がつけられていた。

メイファは持ってきた荷物を、倉庫となっている部分へと積み込む。

そしてリュウォン達が乗り込んでいる客室へと登ろうとした。


「メイファ!」


「白珠隊長!」


街の入り口、門のほうへと夜警団の面々がやってきていた。

メイファは登りかけていた園牛から降りて、彼らへと歩み寄った。


「来てくれたんですね」


「ライとシャオから聞いたぞ。道士となる為に、茅栄局に入るという話は本当か」


「そうです。隊長に直接言わなくてすみません……言ったら街を出るのが辛くなりそうな気がして」


メイファは街の夜警団を抜ける事をライとシャオに伝え、白珠には伝えていなかった。白珠はミーネと共に夜警団で一番世話になった人間であり、伝えるのを躊躇っていたのだった。

メイファがその事を伝えると、白珠は首を振った。


「そうだな。黙っているのはよくない事だ」


「すみません……」


「おかげでこれを渡せなくなるところだった」


白珠はそう言うとメイファへと何かを手渡した。

彼女が渡された掌を見ると、その中にはバッジが置かれていた。


「えっ、こ、これって……強威の……!」


メイファが貰ったのは、夜警団の戦闘要員”強威”に送られる階級証明のバッジだった。団においてこのバッジは、その力を認められた者にしか付ける事を許されない特別なものである。


「先日の野盗たちの襲撃の件で、私は……君がそれを持つに相応しいと判断した。是非、受け取ってもらいたい」


「え? で、でも……あの時はリュウォンが」


「確かに実際に倒したのは茅栄局の彼だが……君が居てくれたから、私は死なずに済んだ。それは……私からの気持ちでもあるんだ」


「……ありがとうございます」


メイファは胸に正規隊員のバッジをつけた。

そして、来ていた夜警団の仲間達へと大きく一礼をした。


「それじゃ……行って来ます!」


メイファは夜警団の仲間にそう言うと、園牛の上にあった客室の中へと入っていった。


「挨拶は済んだのか?」


「……うん!」


笑顔でメイファが応えると、訊ねたリュウォンはどこか怪訝そうにそうか、と言った。そして教果が園牛へとなにやら命令を出すと、園牛はゆっくりと、そして段々と早く加速し始めた。


「みんな~! あたし、絶対道士になって戻ってくるからね~!!」


メイファは客室から身を乗り出して、しばしの別れの挨拶を言った。

仲間達が手を振って見送る中、その姿は段々と小さくなっていき、やがて見えなくなっていった。

そして、メイファが客室の中へと戻ると、教果が待っていたように言った。


「さて……それでは、これから様々な鍛錬をしていくがの。メイファよ」


「はい!」


「まずは主にこれを渡すとしよう」


メイファはそういわれ、教果よりお皿のような物体を手渡された。

中央に歯車のようなものがあり、その周囲にはいくつもの紋様が彫られている。


「え、これ……何なんでしょうか?」


「これは”八卦鏡”と呼ばれる道具じゃ」


「はっけきょう?」


「さよう。これは……”魔道器”と呼ばれるものの一種じゃ」


「魔道器……」


メイファは教果から受け取ると、それを言われるがまま手へとつけた。

丁度、小型の盾のような感じに見えた。


「これって、何に使う道具なんでしょうか?」


「その八卦鏡は、道士の中でも支援の能力を持つ者が使う道具で、本来は周囲の様子を見たり、対象の生物の様子を観察したりする為に使用する」


「観察の為の道具なんですね」


「元々、風水で使用されていたモノじゃからな。それまぁ、支援の為に使っておるというわけじゃ」


「へぇ……」


「それは、通常のものとは違って改造が加えられておるもので、操者が使う道具じゃ。それを解して、リュウォンへと煉魄を送る事ができる」


「これが、操者の道具……!」


「他の事も出来るが、ひとまずそなたには力を送る”送力”と呼ばれる術を身につけてもらうこととしよう」


「わかりました」


「では、早速訓練といこうかのう」


「え? で、でも園牛車の中ですよ? あんまり騒いだら……」


園牛車を引く生物「園牛」は、要するに大きなカタツムリの魔獣であるため、騒動には敏感だ。

彼らは基本的には地面を這うようにしっかりと動いていくのが特徴だが、本当のカタツムリと違って、緊急時には地面を滑るようにして高速で動いていく事ができる。

つまり巨大だが臆病な生き物、その上で火などを点けたらびっくりしてしまうのではないか、とメイファは思ったのだった。


「大丈夫じゃよ。こやつはワシが訓練した特別なやつじゃからな。ちょっとやそっとじゃあ動じはせん。それより……ほれ、まずはこれを手に取るのじゃ」


教果が懐から取り出したものを、メイファは手に取った。

渡されたのはろうそくを立てるための「燭台」だ。

手に持つタイプの、小さなものである。


「燭台……?」


「これは”煉台”と呼ばれる魔道具じゃ。煉を込める事で、中央の台に小さな火が灯る。まずはそれを使って、”力を込める”ということを学ぶ事じゃ」


「こ、こうですか……?」


メイファが適当に力を込めてみるが、ロウソクに火は点かない。


「そうではない、そうではない。もっと一点に力を集めるイメージで行うのじゃ」


「う~ん……」


何度かコツを教果に指南して貰って練習をしていると、やっと火は点った。

かれこれ1時間近くはやっていただろうか。


「で、できた……」


「うむ。この送力術の初歩の初歩である”集氣”じゃ。力を集める術は感覚で憶えてもらうしかない。続ける事じゃ」


「難しいですね……」


「いやいや。かなり早いぞ。そなたは飲み込みが早いようじゃな」


それからメイファは園牛車の中で教果と向き合いつつ、ひたすら煉台に炎を灯す訓練をしていった。



園牛車は最初はそこまで早くはなかったが、この園牛の凄い所は川の上を走れるところにあった。

巨大なカタツムリの怪物である園牛は、硬い物の上では遅いのだが砂地や、浅い川の上などでは滑るようにして素早く移動できるのである。

メイファは生まれて初めて、川の上を走る感動に浸った。

そして広い河口へと出ると園牛は河からまた道に戻り、その頃には燗港の街が遠くに見えていた。

歩けば丸三日はかかるだろう距離を、なんと半日程度で踏破した計算になる。


「うわぁ……」


メイファが住んでいた巳秦の街は、山間にある中規模の街である。

白珠隊長に言わせれば”やっと中程度”という話だ。

そして街の外へと出て行くのは、もっぱら炭の材料になる木を集めにいったり、薬の材料になる植物を取りに出て行く程度で、他の小さな村だとか大きな都会だとかを見た事は殆ど無かった。

だから他の街を見る事が初めてであったのだが、それを差し引いてもメイファには、今見えている燗港の街がとてつもなく大きなものに見えた。

この世界は大きく三つの国に分かれており、メイファの住む巳秦のある「樂草(らくそう)」などの大国は”省”と呼ばれる区角があり、街がたくさん集まって省を形成している。

メイファが住む国は、その中で樂草の玄関口に当たる「惷(しゅん)」と呼ばれる省で燗港は丁度、その玄関口のメイン・ゲートとでも言うべき大きな港街だった。

まさに通商の重要拠点であるここは、都会と呼ぶにはやや小さいかもしれないが、田舎とはとても呼べない大きな街だった。


「すごい! すごい!!」


他の街へと行く。それだけでもメイファにとっては初めての体験だったが、巳秦から出た事が全くない彼女にとっては、全てのものが新鮮に見えた。


「はしゃぐのは程々にしておけ。田舎者だと見ていてすぐにわかるぞ」


「いいじゃない。あたし、こんなのって本当に見たこと無いもん」


ある程度見回って、それからメイファ達は大きな建物の前までやってきた。

見かけはいたって普通の待合所のようだ。巳秦にあった夜警団の集会所を大きくしたような感じである。


「ここだな。燗港の集会所は……」


「”燃魚団”……大きいけど、なんか地味な建物ねぇ」


燗港の夜警団集会所は巳秦と違い、道士や仙人達が出入りをしている場所と聞いた。だからもう少し豪華なものであるかと思っていたメイファだったが、それを察したのか教果が言った。


「まぁ、一応は公的な機関じゃからのう。色んな人が出入りをするのじゃからこんなものじゃ」


入ってすぐ、メイファ達三人は待合所のような場所へと入った。

市役所のように、大きな受付がある広間で、ある程度待っていると一人の係員らしい者がやってきた。


「教果様ですね? 時間となりました。来てください」


「では行くかの」


メイファは何の準備が出来たのか、全くわからないままだったが、教果と係りの者に連れられて、集会所の奥の部屋に入ると驚いた。


「えっ……!?」


そこは真っ暗な巨大な会議場だった。

議事堂とでも言ったほうがいいのかもしれない。

段々に階段があり、そこの両側に広がるように長い机と、席がいくつもあった。

ずらりと人が並んでおり、中には鎧を着込んだ街の守護隊らしき人間も見えた。


(うっわ、すごい……)


メイファはリュウォンと一緒に、議場の一番下にある最前列の席に座った。

そして、前へと教果が立ち、一咳払うと言った。


「集まっておられるようじゃな。では、始めようか。今回の僵尸事件の報告と、これから皆にやってもらうことについて、じゃ」


教果はそう言うと巳秦の街と、メイファが遭遇したボーファンの僵尸との戦い、そしてその後の顛末についての事を話し始めた。

目の前には書類の束があり、それを見ているとどうやら、今回の会議は地方へと派遣された教果、リュウォンの報告の為の会議のようだった。


(あの事についての報告会か……)


メイファとリュウォンは当事者であるので、事の顛末は全てわかっているのだが、リュウォンは生真面目な顔をして書類を見ながら、教果の話を聞いていた。


(真面目だなぁ……)


まるで人形のようだな、と思った。

冷徹で自分の復讐以外には全く関心が無く、仕事ならばどんな事でも正確にこなしていく。自分の感情は決して面には出さず、目の前に障害が現れれば的確に叩く。

確かに人間味がないというか、どこか不安定な所があるように見えた。


(一体、今までどんな風に生活してきたんだろう……)


「ねぇねぇ、貴方って見ない顔だけど、新しい人とかだったりする?」


「えっ?」


囁く声にメイファが顔を向けると、自分に向かって声をかける少女の姿があった。

年は自分と同じような感じだが、髪が薄紫色をしており、見慣れない格好をしていた。布の服の上から、術士が着るコートのようなもので身を包んでおり、手首には豪華な腕輪のようなものをつけていた。

リュウォンの服にあった紋章が、彼女の服にもあるので道士なのだろう。


「新しい、って……」


「道士の見習いじゃないかな、って思ったのよ。教果様が連れてきたって事は」


「そういう意味じゃ、そうだけど……あなたは?」


「私は“奏蘭(そうらん)”。本部から派遣されてきてる道士の一人よ」


「道士なの? やっぱり」


「私だけじゃないわ。一番下のこの席に居るのはみんな道士よ」

「ここの所属の人は居ないけどね」


メイファは言われて席を見回した。

確かに、一番下段の席には人が少ない。

単純に前に座ると余りにも前すぎるので、皆、座らなかったのかと思ったが、そうではなく、どうやら最前列は茅栄局の人間が座る場所であるらしかった。


(そうだったんだ)


「それでさ。あなた、巳秦に現れた僵尸と戦ったってホント?」


「一応は。でも倒したのはリュウォンよ」


「あー、やっぱりアイツなんだ。疲れない? アイツと居るとさ」


「ちょっとね。でも……そんなに悪くはないかな」


「えっ? あんなのが好みなの? もしかしてさ」


「そっ、そういうんじゃないけど……」


「こりゃ、そこの二人。余り無駄話に花を咲かせるでない」


教果が言うと、小声で奏蘭は慌てるような声を発してメイファから離れていった。

教果は苦笑いを浮かべながら、続けて報告の核心部分を説明していった。


「まぁ、報告としては以上となるかのう」


「教果様。その僵尸は……確か段階3以上であったと聞きましたが、それは本当なのでしょうか?」


「ワシの目でも確認した。リュウォンとまともに格闘できた以上、まず、間違い無いと見てよいじゃろう」


教果が言うと議場はざわめいた。


「そんな辺鄙(へんぴ)なところに完死の僵尸が現れるとは……」


「燗港にやってきているという噂も、あながち間違いないという事か……」


やがて、1人が教果へと訊ねた。


「少し気になるのですが……この僵尸であると思われる少年が数日前までは普通に生きていた、というのは誤りではないのですか?」


「いや、誤りではない。今回の報告で重要であるのはのう。巳秦という街で僵尸が発生した事。そしてそれがまず確実にここ燗港に入り込んでおるという事。その2点なのじゃが、それ以上に耳に入れておいて貰いたいのは、今回、僵尸となった少年が、恐らくはまだ成ってから三日程度しか経っておらん事。それが一番の問題なのじゃ」


「み、三日……!? そ、それは何かの間違いなのでは?」


「いいや。そこに居る……そう言えば紹介が遅れたのう。ワシの新たなる弟子のメイファじゃ」


「あ、よ、よろしくお願いします……」


教果が言うと、突然指されたので、慌ててメイファは立ち上がり、お辞儀をした。


「君が……教果様の連れてきたという茅宋局の見習い術士か。こんな席だが、よろしく。」


「よろしくお願いします。鈴命花(リン・メイファ)です」


「私はこの街の守備隊隊長の”蛙清(けいせい)”といいます」


(しゅっ、守備隊の隊長……!)


蛙清はシュッとした背丈だが、そこそこの年齢を感じさせる中年の男だった。

剃り残された顎髭が微妙に不精さを感じさせるものの、その他はスッキリとしていて、いかにもな”守護隊長”という格好をしていた。


「君に聞きたいのだが、教果様のご報告にあった”ボーファン”という僵尸は、本当に最近まで普通の人間だったのか?」


「はい。それは間違いありません。私は巳秦でほぼ毎日、夜間警備の仕事を一部やっていました。最近はボーファンと時間が入れ替わりで、あの事件の日も、ボーファンは普通にやってきていたのを憶えてます」


「直前まで何か、変わった様子などは無かったのかね? 例えば顔色が変になっていっていた、とか……」


「いえ。前の日までは本当に何も変わりはありませんでした。あの日……私が見回りを終えて帰ってきた時に、集会所にやってきたボーファンが、なんだか呂律が回っていなかったので、変だと思っていましたけど、それぐらいです」


「あの日とは? 夜警団が襲撃された日かね?」


「そうです。私とミーネが街の防護壁の警備に出てそれを終えて戻った時、でした。ボーファンが夜警団の集会所に来たときにすれ違って、その時……何か言っていたような気がします。よく聞き取れませんでしたが……」


そこまでを報告すると、場が騒然となった。


「何かの呪文なのか?」


「いや、薬剤で意識が狂わせられた結果かもしれぬ……」


騒然とした時、場を仕切っていた蛙清が言った。


「静かに! どうやら……教果様のご報告はやはり、以前からの噂の確証を付けるに至ったようだ」


「噂とは……やはりあの事でしょうか」


「そう。僵尸が何者かによって人工的に作られているという話。その背後には……強力な術士がいるのではないか、というあの噂だ」


メイファはその話がされると、リュウォンの顔色が変わったのと見た。

真剣な眼差しの険が濃くなり、威圧感が増したように見えた。


「誰かに作られている、と?」


「いや、まだそこまでの確証は無い。ただ……今回の僵尸については、まず確実に”自然に生まれたものではない”と言うのは間違いないだろう。そして作り出したものも……ここ燗港にいるかもしれん」


教果が言う。


「まだここに術者がいると決まったわけではない。単に僵尸が主の命令に従い、人を連れ去る為にここへとやってきただけかもしれん。肝心なのは……この”ボーファン”という僵尸となった少年が、今ワシらがいる燗港のどこかに潜んでおる、という事。そして彼はミーネという少女を連れておるという事。これは見過ごすわけにはいかぬ。大事な事じゃ」


「我々の出番という訳ですね」


最下段に居た1人が言った。


「赴龍か。主達がやってきたのじゃな」


「はい。本部からの要請を受けまして、直近より参上いたしました」


最下段に居た者達が、教果に頭を垂れる。

蛙清が教果に尋ねた。


「教果殿。彼らが、今回の任務に同行する道士たちでしょうか?」


「左様じゃ。茅栄局に今回の対僵尸戦のため、召喚してもらった」


教果が言うと、前へと1人の男性が出た。

紫色の道士服に長い髪が印象的な男性で、痩せていて背が高い。

メイファ達を除いて道士は全員で3人居るが、その中で一番大人びているように見えた。

いかにもなリーダーという感じで、落ち着いている。


「私は赴龍。葉赴龍(ヨウ・フリュウ)です。清峨(サイガ)よりやってきました」


「清峨から……遠い所からわざわざ」


「完死の僵尸の襲来かもしれない、と聞きましてね。少しでもお力に慣れればと思い……」


「フン、どうせ戦果を稼ぎにやってきただけだろうが。お前はもうちょっとで蓮多の壱の位に上がるからだろ? 本音はさ」


赴龍が話をしていると、途中からもう一人が口を挟んできた。

背が低く、鉄製の鍋のようなものを被っていて子供の姿をしている。

そして―――何故か、大きな水晶玉のようなものに乗っていた。

ふわふわと僅かに浮かんでおり、傍若無人そうに腕を組んでいる。


「慧衣(ケイイ)。私は完死の僵尸の強力さを知っているからこそ、ここへとやってきたのですよ」


「僵尸なんて俺の敵じゃない。いっその事、俺1人でも充分なくらいさ」


「成り立てと完死は次元が違いますよ。それをわかって……」


「うるせぇ!! 俺よりも階級が高いからって威張んなッ! 俺は見下されるのが大ッ嫌いなんだ!」


「慧衣。いい加減にせぬか。街の守護隊の前で口喧嘩をするでない」


流石に仙人には頭が上がらないのか、教果が諌めると慧衣と呼ばれた少年は口をつぐんだ。

教果は大きく溜息を吐くと、しぶしぶ言った。


「彼は溟慧衣(メイ・ケイイ)という。攻術専門の道士じゃ」


「攻術専門?」


「うむ。単純な破壊力だけならば、この中ではもっとも強い術の使い手と言って良いじゃろう」


教果が褒めると、鼻が高いのか、慧衣は上を向いてへへんと嬉しそうに言った。


「じゃが……慧衣よ。今回の僵尸は確かに赴龍の言う通り、通常のものよりも遥かに強い。決して侮ってはならぬ」


「う……わ、わかりました……」


「そうだよ。僵尸ってそこら辺の魔獣よりよっぽど恐ろしいんだから」


メイファが先ほど話した少女が、前へとやってきた。


「あたしは稟奏蘭(リ・ソウラン)と言います。よろしく~」


「あ、ああ。よろしく……頼みます」


蛙清は少女へと答えると、周りを見てから少し話しづらそうに言った。


「えー……教果様。この3人のみ、でしょうか? 今回の援軍に当たるという道士の方々は……」


「うむ。彼らとワシら3名の合計6名が今回の任務に当たる道士となる」


「た、たった6人……ですか? 巳秦と、芝原の集会所を壊滅させたかもしれない相手に」


「6名でも集められた方じゃ。各地で守りについている者や、別の任務についておる者とで手一杯でな」


「たった、だとぉ……? よく言うぜ。俺一人のほうがこの街の守護隊全員よりつええってのによ」


慧衣が言うと場の空気が一変した。

適当に口走った台詞だったのかもしれなかったが、守護隊のプライドには聞き捨てなら無い言葉だったようだ。


「なんだと貴様!!」


「我らを侮辱するかッ!」


慌てて蛙清が止めるが、慧衣はわからない奴が悪いとばかりに悪びれた様子は見せなかった。それが更に守護隊の面々を怒らせた。

蛙清が止められなくなりそうになった所で、赴龍が前へと出て言った。


「落ち着いて下さい。この者の言った言葉は私が代わりに詫びます」


「赴龍、そんな奴らに頭を下げなくていいだろ」


「慧衣。いくら何でも言葉が過ぎているぞ。桃雀様が聞いたら、なんと思うか」


「グッ……!? そ、それは……」


赴龍が言うと、途端に慧衣が言葉を濁した。

先ほど、教果に注意された時よりもうろたえているようだ。

恐らくはリュウォンにとっての教果のような師匠の名なのだろう。

奏蘭が付け加えるように言った。


「桃雀様は礼儀に厳しい方だから、何て言うか怖いねぇ。確かに」


「こ……こういう時だけあの人の名前を出すなよな!」


「しかし―――彼の言う事も全く理が無いわけではありません。蛙清どの。今回の件は我らに全面的に任せていただけないでしょうか」


「えっ?」


赴龍の申し出に蛙清は意外そうに応えた。


「戦う事を我々はやるな、と言う事ですか?」


赴龍が「なるべくそういうお願いとなります」と応えると、先ほどまで慧衣に食って掛かっていた燗港の街の守護隊の面々が、不愉快そうに言った。


「あんたも俺たちを軽く見ていると言う事か!?」


「それは違います! あなた方はこの街の平和と安全を守ってきた大切な方々です。それを簡単に失うわけにはいかない。だからこそ言っているのです」


「どういう事だ?」


「ハッキリと言わせて頂きますが……完死の段階にまで進んだ僵尸は、道士以外にはまず、歯が立たないものと思って下さい。少なくとも壁術や護術の鍛錬を積んでいないものでは、手も足も出ません」


「オレは僵尸とは一度戦った事がある! 負けないさ!」


「俺も攻術の心得がある。そう簡単にはやられねぇ」


赴龍が言うと、次々と強がる声が上がった。

しかし―――赴龍はそれを聞くと静かに言い放った。

「では、例をみせましょう」と言って、自分の身体に近くの守護隊員から剣を借りて突き立てた。


「えっ、あんた何を……」


赴龍が鋭い剣の切っ先を腕へと勢いよく突き立てて、剣が腕を貫きそうになると、悲鳴にも似た声が上がった。

だが金属音と共に剣は腕の寸前で、見えない壁に遮られるように止まった。


「!?、な、き、切れてない……?」


「……こうやって、私は身体に少々剣が突き立てられたぐらいでは平気です。理由は”反鉄法”という”防護術”のひとつを常にかけているからです」


赴龍は他の二人に顔を向けて言う。


「我ら道士はこのような護術を各々が普段より守りの為に掛けています。ですが……完死の僵尸の爪は、それすら恐らく平気で破り我々を切り裂いてくるでしょう。ですが、何度か耐える事は可能です。この中に―――このように鉄剣の一撃をまともに受けても平気な方は居ますか?」


赴龍が言うと、守護隊の面々は押し黙ってしまった。

彼がやったような護術は、攻術と違い、時間をかけた鍛錬が必要となる。

普通の戦いならば符を使っての攻術が使えればよい為、護術を鍛錬している人間は少ないのが常だった。


「居ないでしょう。何も護術がなければ、完死の僵尸にとっては紙も同然です。恐らく数十人でかかっても一瞬で八つ裂きにされるでしょう」


「そんな……バカな。そんな事があるのか?」


守護隊の一人が声を漏らすと、メイファは応えた。


「私の……私の居た夜警団の集会所で、同じような事が起きました。実力者だった人たちが、あっという間に倒されてしまって……目にした時は信じられませんでした」


メイファは前へと出て言った。


「皆さん。この街を守りたいって気持ちは、よくわかります。私も夜警団の一員だったから。でも、今回はこの人たちに任せてください。手遅れになって、自分が非力だって感じたときには、もう何もかも遅いんです」


段々と威勢の良かった守護隊の面々が、声を収めていく。


「私は戦う力はないですし、この人達のことを良く知ってるわけじゃないですけど……少なくともリュウォンは、強い僵尸と1対1で戦えます。だから、お願いします。協力してください!」


メイファが言うと、守護隊の全員が黙ってしまった。

もしかして怒らせてしまったのだろうか、と彼女が焦っていると蛙清がやってきた。


「あ、あの……すみません。怒らせてしまったのでしょうか?」


「いえ……ここまで言われては、協力せざるを得ませんよ。我らは今回、戦闘には余り参加せず、索敵任務に全力を注ぎます。皆―――それでよいか!」


蛙清が言うと守護隊の面々はハッ、と答えを返した。

どうやらメイファの説得が聞いたようで、渋々の返事をしている者もいるようだったが、先程よりは不満を述べる者は居なかった。

燗港の守護隊員たちは、会議が終わるとそのまま退席し、後には道士たちとメイファ達が残った。


(はぁー……良かったのかなぁ。あんな事言っちゃって……)


「メイファさん……でよかったですよね?」


「えっ!? あ、はい!」


声を掛けられ、振り向くとそこには赴龍が居た。

彼は優しい口調でメイファにお礼を言った。


「ありがとうございました。先ほどは……」


「いっ! いえいえ、私は何もやってません! むしろ迷惑になったかもしれないな、って……」


「いやいや。あなたの方が私よりも説得は上手かったようだ。教果様が連れてきた……」


「メイファです。鈴命花(リン・メイファ)」


「そうでした、メイファどの。これから我らは教果様とリュウォンどのとで、作戦を立てます。あなたにも、それに加わっていただきたいのです」


「え? わ、私も? 見習いなのに、いいんですか?」


彼女が言うと、赴龍は教果を見て、言った。


「例え見習いでも、道士は道士です。教果様も……これでよいですね?」


「ウム。メイファの意思次第じゃがのう」


「私も……参加させてください。ボーファンと一緒に仕事をしてたので、少しでもお力になれれば……」


「では、皆、集まってくれ」


赴龍の呼びかけで全員が集まり、ボーファンを探し出す為の作戦が組まれる事となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る