第12話:再会

ボーファンの捜索作戦は街に到着したその日の昼から早速開始される事となった。

僵尸は基本的に夜にしか行動しないから、有利な時間帯に捜索をしてしまいたいという事からだ。


「ボーファンって、あんたぐらいの年の子なのね」


夜間は生物の闇の煉が活性化しやすくなる。

僵尸が夜に本格的に行動を始めるのはそのためだ。

ただボーファンは既にレベル3以上はある僵尸となっている。

その位にまで成長した僵尸は、昼間でも活動する事は不可能ではない。

ただし、夜間より力は落ちるようになる。


「はい……ボーファンは、街の防衛任務をやる戦闘要員の見習いをやってました」


「見習い任務、か……」


現在、メイファはボーファンを探すため、奏蘭と昼の燗港の街を見回っていた。

燗港のどこかへと逃げ込んだ事はわかっているのだが、どこへ隠れているのかは全くわからない。


「でも……あの、本当の話なんですか? ”成りすます事ができる”って」


「本当だよ。長く生きた僵尸には、そういう力がある。そのボーファンって人は、僵尸になって間がないみたいだけど、レベルは上がってるなら、その力を持ってる可能性はある」


僵尸はレベルが上がると昼間でも活動が可能になるのだが、それどころか、”人間のフリ”をして活動する事すらできるという。

土気色の鉄の身体を偽装し、熱を発生させて体温のように見せかけて昼間はそ知らぬ顔で、人の社会に溶け込む事が出来るのだ。

だからこそ街中での探索もする必要があった。


「怖い話ですね……」


「普通の、みんなが思ってるようなピョンピョン跳ねてる奴にはそんな力は無いよ。本当に力をつけた……ヤバイ奴が持ってる能力なんだ。あたしはまだ会った事無いけどね」


メイファと奏蘭の二人は、街中で聞き込みをしながら

この街にやってきた不審者の情報などを探していた。

ただ、ここは貿易の盛んな街である為、簡単には見つからなさそうだった。


「……ボーファン……」


「結構長い付き合いだったりするの?」


「10年以上前から……ですね。私は、子供の時から、夜警団に入りたくて度々遊びに行っていたんですけど、ボーファンは私が最初に遊びに行った時からあそこで働いていました」


「長いねぇ~」


「街を守る気持ちは、私よりも強かったかもしれないのに、なんで僵尸なんかに……」


「ま、考えてても始まらないよ。今は……買い物でも楽しまない?」


「えっ……!?」


奏蘭は街中をメイファと共に探索しつつも、買い物に夢中になっているようで、色々な商店に止まっては服やら小物やらを漁っていた。

まるで任務中というよりは、休日に街に遊びに出かけているようだった。


「で、でも任務中ですし……」


「どーせすぐには見つかんないって。多分……動くのはもっと深夜だよ」


「深夜?」


「こっち側から見つけようとしても、見つけるのは至難の業。だから騒ぎが起こるか、起こる前兆みたいなのを見つけるしかないのよ。こういう時って」


「でも……私は友達も探さないと……」


「弁当として連れて行かれたわけじゃないんだから、大丈夫だって。もっと気楽に行こっ!」


メイファが言おうとすると、言葉を遮って奏蘭は彼女に服を合わせてきた。


「これ似合うわね~、あなたにぴったりじゃない!」


(だ、大丈夫なのかなぁ……こんなので)


少女二人が買い物を楽しんでいる頃、リュウォンと教果は燗港の海に面した港地区の倉庫街を二手に分かれ、虱潰しに探していた。

ボーファンが攫ったメイファの親友ミーネが、この倉庫街のどこかに軟禁されているのでは、と思ったからである。


「老師。こちら側には居ませんでした」


「ワシの方も見つからなんだ。どうもここではないかもしれぬのう」


ボーファンは恐らく今夜から明日の早朝に掛けて動き出し、どこかの貨物船に密航して燗港を出るはずだ、と作戦会議では予想されていた。

その予想が合っているのなら、港の倉庫の何処かに隠すのが一番いい。

だが―――どこを探しても、それらしい人間は見つからなかった。

怪しい貨物や、不審な人物を見つけたという報告もない。


「ここでは無いのでしょうか……? ここ以外に自分は考えられませんが」


少女を連れて街中に隠れる、というのは非常に難しい。

それは言うまでも無くわかる事だ。

リュウォンが彼女が連れ去られるのを見た時、ミーネは全く身動きしていなかった。恐らく眠らされたか気絶させられていたのだろうが、いつまでも動きを止めていられるわけはない。

街中に協力者も無くそんな少女を隠しておくなど、不可能である。


「もし九龍の人間に命じられて少女を攫った、と言う事なら”凝珠”などを持たされているのかもしれんな」


「そんなものまで持たされているのでしょうか? そこまでして少女1人を攫うとは考え辛い気もしますが……」


凝珠とは”宝蔵”と呼ばれる仙人の作る特殊な道具のひとつである。

生物を含め、物体を凝縮して収納する事ができる宝珠であり、人間を閉じ込めておくことも可能なアイテムである。

ただし高価なものなので、目にする事は中々無い希少な品だ。


「兎角、残りの倉庫を調べたら、街中を見るとしよう。できるなら事が起こる前に収めたいものじゃ」


教果が言うとリュウォンは短くも通る返事をして残りの倉庫の探索へと移って行った。



昼からの探索は時間だけが過ぎていき、めぼしい成果が出ないまま、やがて夕方となっていった。

街中の捜索は燗港の商店街、港地区、居住区と全域にわたったが誰からも良い報告は出てこないままだった。

それは探索に回っている街の守護隊も同じで、迎えたくない”夜”が刻々と迫ってきていた。


「どうでしたか?」


燗港の中央にある広場にて、守護隊が集まっていた。

蛙清が夜が近付いてきているのを心配し、ボーファンを探す人数の調整をしていたのだ。


「老師も自分も、手がかりらしいものは見つけられていない」


「そうですか……」


街中とはいえ、夜になると危険度が増すのならば人手をまとめておくべきであるし、僵尸が密航を試みるだろう、と言う事なら港に人間を集中させるべきでもある。

今回、僵尸との戦闘をこなすメインは道士たちであるので、彼らの意見を仰ごうと蛙清は隊員達を集め、道士たちを呼びに行かせていた。

最初に来たのがリュウォンたち。次に来たのは……メイファ達だった。


「遅くなりました!」


「いえ、そんな事はありませんよ。それで……どうでしたか?」


蛙清が聞くと、奏蘭が答えた。


「ダメだね。買い物しながら店の人に聞き込みはやってたけど、不審そうな奴とかはわからないってさ」


「僵尸は夜に活動するといいますから、やはり目撃例は少ないでしょうね」


「ホントにこっちに来たのかなぁ?」


奏蘭がいうと、リュウォンが応えた。


「巳秦より先で襲撃の報告が無い以上、ヤツが精気を補充する為には一番近場であり、活動しやすい墓場があるこの街を目指すほか無い。山野で魔獣やらを喰らっているだけでは、必ず身体を維持するエネルギーが足りなくなる。仮に港を利用する気がなかったとしても、ここへと一度立ち寄らざるを得ないだろう」


「僵尸は精気ってか、煉がなくなったらどうなんの?」


「煉が切れると、僵尸は肉体を維持できなくなる。再び死した身体は崩れていき、やがて最後は土へと還っていく」


「ボロッボロになって無くなっちゃうのねぇ。そりゃヤバイわ」


(リュウォンも……それは同じなのかな)


リュウォンが使う屍儡術は一時的に肉体を”半僵尸”と化して高い戦闘力を手に入れる術だ。一歩間違えば、自らが本当に僵尸となってしまう。

リュウォンの言葉は、メイファにはそう遠くない将来の彼の未来を暗示しているようにも聞こえた。


「う~~~っす」


やがて慧衣と赴龍もその場へと合流した。

居住区を主に調べた彼らだったが、報告は皆と同じく、芳しくはなかった。


「街の防衛門の近くで、夜中に起きてたってヤツの話も聞いたんだけどよ。守護隊が出入りしてた事はあっても、そういう怪しい奴は入ってきた様子は無かった、ってよ」


「昨日は守護隊がどこかへ行ってたんですか?」


「ここ3日は街へと近付く魔獣の討伐を何度かやっていた。どれも大した事のない、低レベルな任務、とのことだ」


「墓場へ近付いたりはしていないのか?」


リュウォンが蛙清へと訊ねると、彼は「残念だがよ」と答えた。


「そうか……もし近くへと行っていれば、何か情報が手に入ったかもしれないが……」


「すまない。こちらも成果はほぼ無しだ」


「これからどうすんだ? 街中を一通りは探したけど……もう一度探すのかぁ?」


慧衣が言うと、リュウォンが答えた。


「いや。これから夜になる。散開しての行動はしない方がいいだろう。港か、街の中心部で警戒に専念した方がいい」


「たっ、た、大変ですッ!!」


リュウォンの提案に、他の者も賛同しようとしていた時、燗港の外壁を見回りにいっていた者が、血相を変えて駆け込んできた。

「どうした?」と蛙清が訊ねると、彼は震える口を押さえながら言った。


「きっ、きっ……僵尸が……」


「何? 見つけたのか!?」


「違うんですッ!! 街の外に、僵尸が何人も……」


「何……!?」


街を囲う防壁の上へとリュウォンたち道士は向かった。

蛙清らと共に守護隊に案内されると見回りにいた隊員たちが街の外を見て、震えあがっている姿が見えた。

1人は余りの恐怖に尻餅をついており、只事ではない事がすぐに見てわかるほどだ。街の外を確認すると―――そこには信じられない光景が広がっていた。


「あれは……!!」


僅かに夕焼けの色が山の向こう側に広がり、山野が橙色に染まる中、何人もの人間が燗港の街へと向いて立っている。

夜になるこの時間、街の外に出ているのは危険極まりないが、彼らは微動だにしない。

彼らは顔を下に向けて、腕が何故か前へと突き出ていた。


「僵尸か……?」


蛙清がいうと、地面から人の体が、両腕を天へと突き出しながら出てきた。

彼らもまた両手が前へと突き出たままで、異様なポーズを取っている。

まるで見えない何かに両腕を捕まらせて、地面の下にある”死の国”から這い上がってきたような、そんな不気味な姿だった。

次々と現れる僵尸の数は、少なく見積もっても千人近くは確実にいるように見えた。


「バカな……なんだこれは……? 何が起こっている……!?」


「ひとつだけ間違いないのは……やつらは街を襲う気だろうと言う所か」


「まっ、街を!?」


「皆、こちら側を―――燗港の街を見ている。低級な僵尸は突進する前に移動する方向へ身体を向ける。まず、街を目指すと見て間違いない」


「何でそんな事を……何でだ? いっ、今までこんな事は無かったぞ……!!」


「そもそも僵尸自体、見かける事など殆ど無かったのだろう? ならば答えは一つだ。ボーファンか、それともボーファンの主がここへと差し向けた以外にない」


「見た感じだと……あそこにいる奴らは全部レベル1だな。ザコばっかだ」


リュウォンは赴龍へと訊ねた。


「赴龍。気の乱れはわからないか? 術者のいる方角でもわかれば違うのだが」


「……街の中央の方角から、陰の気を感じます。街中から操作されていると見て、間違いないでしょう」


「じゃな。広場の方……からかのう? 不安定な気じゃな」


「確かに、今まで感じたことが無いような……妙な気配です。これは急いだ方がいいでしょう」


教果も赴龍と同じく、街の中央から先ほどから異様な気配を感じ取っていた。

術者の人間が街中にいる事は確かなようだ。

蛙清がどうすればよいのか、教果に訊ねた。


「ど、どうしたらいいのでしょうか? 外の僵尸を倒すだけでは……」


「左様。外の敵を倒すだけでは、彼奴らを撃退する事はできぬじゃろうて。恐らく、倒しても倒しても次々と蘇ってくるからのう。しかし……じゃ」


街中の方を見て、教果は白く長いヒゲを弄りながら思考を巡らせていた。

そして何か思いつめたように言う。


「街中の術者をまず倒さねばならんが、敵の強さは未知数。外の僵尸たちも、もうすぐこちらへと向かってくるじゃろうから全く相手にしないわけにも行かぬ」


「二手に別れるしかありませんね」赴龍が言った。


「うむ。蛙清どの、あなたは守護隊の方達と一緒に外の僵尸を食い止めてくれ」


「わっ、我々だけで、ですか?」


「いや。赴龍と慧衣の二人もつけよう。街中の術者は、奏蘭とワシらの4人でなるべく早く片付ける」


外からの襲撃に道士二人を付けることになり、慧衣は不満の声を漏らす。


「ちぇっ、ザコの相手の方かよ……教果様、そりゃないぜ~」


「適材適所じゃ。主の力は外で広い範囲の相手をするのに向いておる。赴龍は、蛙清どのから一部、守護隊を借りて指揮をしてもらおう。それで良いかのう?」


蛙清は特に不満を言う事無く首肯し、彼が守護隊の一部指揮をする事となり、編成は決まった。

守護隊の人間が駆け出していく中、こっそりと赴龍に教果は言った。


(気をつけよ。何やらそちらの方から悪い予感を感じる)


赴龍は一瞬、険しい顔になったが、誰にも気取られる事無く、街の外へと慧衣と共に出ていった。

守護隊の大半が外へと出て行くと、教果はリュウォン、メイファ、そして奏蘭と共に街の中央広場まで足早に移動した。



夜が更けてきたとはいえ、まだまだ寝る時間には程遠い。

中央広場にはまだ人が沢山おり、屋台なども軒を連ねている。


(どこに居るんだろ……?)


メイファはこんな場所で戦う事になったら、と思うと心配だった。

ただでさえ僵尸の攻撃はどれも強力で鋭い。

こんな繁華街のど真ん中で戦うとなったら、人だかりの中でもお構い無しに、強力な攻撃技を使う可能性が大いにある。

そうなったらどれだけ犠牲者が出るか……。


(私が……早く見つけないと!)


自分が最初に見つけて、人の少ない出入りの門近くまで誘導すれば、一番被害が出ずに済むはず、と考え、メイファは周囲を探していた。

奏蘭もきているので、いざとなったら彼女の力も借りられる。

やがて―――メイファはぴりっと刺激のようなものをふいに感じた。


「痛ッ!」


身体にいきなり微弱な電気のようなものが流れたような気がした。

何かに自分が反応して、手先が痺れている。


(何かしら……?)


その原因が何なのか、すぐにはわからず、彼女は慌てて周囲を見回した。

周りには何の変哲も無い、歓楽街の光景が広がっている。

人々は買い物をしたり、屋台で食事を取ったりしているが―――その中で、ビー玉遊びをしている少年の姿が目に入った。

やや大きな、子どもの手でギリギリ握りこめるぐらいの、ビー玉というには少し大きい玉を使って、遊んでいる。

その水晶の玉を見つめると、メイファは嫌な気配を感じた。

空の色をしていて、遠くからでも信じられないほど透き通っているのがわかる。

しかし、中がなぜか見えていない。持っている少年の手が透過されていないのだ。


(なん……だろう、あれ……?)


危険かもしれない、と思ったが近付いて少年に訊ねた。


「ね、ねえ僕。その手に持ってる玉なんだけど……」


「え? これ? これねぇ、あそこのゴミ箱の中に入ってたんだ。ぼくが見つけたんだよ!」


「ゴミ箱の中……?」


メイファが思わず手を伸ばすと、少年は「見てみる?」と言って水晶の玉を差し出した。

メイファがそれに触れようとすると―――


「触るな! 罠だッ!!」


喧騒を切り裂くようにリュウォンの声が響いたと思うと、彼は少年の持っている玉を高く蹴り上げて、

メイファと少年に覆いかぶさるように身体を広げた。

次の瞬間―――周囲に光と、爆風が巻き起こった。


「きゃぁぁっ!!」


周辺は一瞬にしてパニックとなり、人々が逃げ惑う。

強烈な爆風が収まると、メイファはリュウォンに言った。


「だっ、大丈夫!? 今、爆発が……」


「自分の事はいい。気にするな」


凄まじい爆風に驚いたのか、少年は気を失ってしまっていた。

メイファはリュウォンへと訊ねる。


「何が起こったの?」


「少しでも術者としての資質がある者が触れると、爆発するようになっていたようだ。あの”凝珠”は」


「凝珠……?」


「道士や仙人が使う、様々な物体を閉じ込めておけるアイテムだ。無論―――人間もな」


爆煙が収まっていく中、リュウォンが爆発の起こっていた場所を見つめる。

メイファも何があるのかを見ていると、煙の中から何かが現れた。

凝珠が破壊されたからか、ガラス片が周囲に散らばっている中、その中央部に地面に倒れ込む少女の姿があった。

メイファはその姿を見て、すぐに立ち上がって言った。


「!―――ミーネ!?」


地面に伏している少女は、メイファの幼馴染であり、ボーファンに連れ去られてしまっていた少女「ミーネ」だった。

身体中に真っ黒な鎖のようなものが巻きついていて、苦しそうにしている。


「う……うう……」


メイファが彼女の名前を叫んで近付こうとすると、後ろからリュウォンが肩を掴んで止めた。


「待て! 触るな!」


「え? ど、どうしてよ!」


「……呪術が掛けられている。あの鎖はかけた者の生命力を奪う”抜魂散鎖”という術だ。触れればお前にも絡みつき、同じように生命力を吸われる」


「そんな……! 解除できないの?」


メイファが言うと奏蘭が前へ出た。

「奏蘭!」とリュウォンが止めようとすると、彼女は「大丈夫」と言ってミーネの身体へと触れた。

その瞬間、鎖の一部が、まるで生きた蛇のように首をもたげて奏蘭へと絡みついた。


「へぇ~……こういう式なんだ」


鎖は身体をギリギリと締め付け、奏蘭を締め上げようとしたが、彼女が一声上げると、身体から黄金の電流のようなものが流れていき、黒い鎖を跳ね飛ばした。

そして奏蘭はそのままミーネの身体を調べると、彼女の身体に長い符を貼り付けた。

何かの呪言が書かれていて、それを貼り付けると少しばかり黒い鎖の動きは鈍くなった。


「解けたんですか!?」


「いえ、ダメね。あたしの力じゃ抑えられても、すぐには解呪できない。かなり強いわコレ」


「教果様でも……でしょうか」


別れていた教果もその場に現れ、メイファの問いかけに答えた。


「残念じゃがワシでも同じじゃ。解けぬことは無いが時間がかかる。術者がかけている最中となると、尚の事簡単には行かぬ」


「手っ取り早いのは……かけてるヤツか、”対”になってる奴をどうにかする事ね」


「対?」とメイファが訊ねる。


「この術……対象になってる人間の生命力を吸い取って、どこかへ送る役割をしてるわ。方向は街の外……かな? ちょっと自信ないけど、多分さっきみんなと分かれた方に力が飛んでる。その”送り先”を無くしてしまえば、この術の効力もすぐに切れるわ」


奏蘭がいうと、教果の表情が険しくなった。


「……リュウォンよ。急いで外へと戻るぞ」


「老師。どういたしましたか?」


「”陰の気”が急に外へと移った。もしかするとワシらは罠に掛かったのかもしれん」


「罠?」


「恐らく分断させる為に、こうやって凝珠をわざと隠していた場所から出した、と考えられぬかのう? となると……狙いは外に出て行った者達のほうじゃ」


「……!」


リュウォンは教果からそれを聞くと、血相を変えて風のように街の出入り門のほうへと駆け出して行った。

遅れて奏蘭が彼の後を追っていく。


「ワシらも行こう」


「すみません、私は……」


「残っておきたいのかのう?」


メイファは、残りたいと思った。

殺されたかもしれない、と思って探していてやっと会えた親友が、気掛かりでたまらなかったのだった。


「わかった。今なら鎖の力が抑えられておるから、触れても大丈夫じゃろう。傍にいてやりなさい」


メイファはそういい残し、街の外へと出ていく教果の姿を見送り、一人ミーネの傍へと残った。

奏蘭の符で呪いの力が抑えられているとはいえ、解除できているわけではない。

ミーネは苦しそうにしていた。


(ひどい……)


「う、うう……」


メイファがミーネに寄り添って居ると、彼女は気が付いたらしく漏れ出るような声でメイファに言った。


「あ、あれ……? メイ、ファ……?」


「! 気が付いたの? ミーネ」


「あ、あたし……一体どうなってる、の……?」


「動かないで。あなたには今、呪いの術が掛かってるの。もうすぐ道士の人たちが術者を倒してくれるから、もう少しだけ耐えて」


メイファは鎖が少し怖かったが、リュウォンや奏蘭たちが、呪いの大元を倒してくれると信じて、ミーネのすぐ傍に座った。

危ないかもしれない、と思ったが、それ以上に彼女を勇気付けたかったのだ。

メイファは決心すると、振り返るように言った。


「ミーネ。あたし、道士の見習いになったんだ。巳秦を出るのは迷ったけど……ミーネを助けたくて、ボーファンを追ってここまで来たの。でも、それ以上に……世の中をよくしたい、って思ったんだ。今、三国はどこも対立してる。一部では戦いだってまだ続いてる。道士になれば、それを止められるかもしれない。そう思って街を出て……ここまで来たんだ」


自分の決意をミーネへと聞かせると、彼女は言った。


「ボーファン、を……?」


「うん。ミーネを攫ったのはあいつよ。いつだかはわからないけど、あいつは僵尸になってた」


「僵尸……」


「夜警団の集会所は、壊滅させられたわ。かろうじて白珠リーダーとライ隊長は無事で、でも他のみんなは……」


ミーネに会えて、自分の中で抑えていたものが一気に噴き出してきたような気がした。

気持ちを変えたはずなのに、目から大粒の涙が止まらなかった。


「どうした、の……?」


「ごめん。あたし、嘘ついてた。結局、言い訳にしてたんだ。」


メイファは遠くを見ながら言った。


「あたし、本当は遠くの世界を見たかったんだ。巳秦の中で一生を終えたくなかった。冒険がしたくて……だから街を出たんだ」


八卦鏡がほのかに光り始める。

だがメイファもミーネも、それには気付いていない。


「街の中しか知らないのが嫌だったんだ。だからミーネを助けたい、って……ボーファンを追わなきゃって……そうして理由をつけて街を出たかった。あたしは、あたし自身の事しか、きっと考えてなかったんだ……」


メイファは告白するように、ミーネへと言った。

そして心の底から振り絞るように言った。


「ごめんなさい」


体育座りになり、メイファは顔を足の中にうずめた。

恥ずかしさと、自分の本心が自分の事しか考えていなかった。


「メイファは……誰かを守れる人だよ」


「えっ……?」


「ボーファンも私も、みんなメイファを好きだった。いつも笑顔で、張り切ってて、私……ボーファンから聞いたものメイファがいるから……夜警団に出てるって。だから私……いつか、メイファは街の外へ出て行くって思ってた。巳秦だけじゃなくて、きっと世界中のみんなを……笑顔にしたいって、思うだろうから」


「ミーネ……!」


「私は大丈夫、だから……構わず、行って……」


ミーネの言葉にメイファは心の奥底から熱が湧き上がってくるのを感じた。

戦うのが怖いわけじゃない。また誰かを失うのが恐ろしかった。

それを、彼女の言葉が気付かせてくれたのだった。

涙を拭うと、メイファは街の外へと駆け出していく。


「ごめん、ちょっと、行ってくる……!」


その言葉に、ミーネは僅かだけ微笑んだように見えた。

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