第13話:悪意の顕現

街の外では、街の守護隊と道士たちが僵尸と戦っていた。


「なんて数だ……!」


僵尸たちは飛び跳ねつつ、蛙清たち守護隊へと攻撃を仕掛けて来ていた。

僵尸は一人一人はそこまで強くは無く、飛び跳ねつつ体当たりをしてきたり腕を使って突き飛ばしのような攻撃を仕掛けてきたりする程度である。

だが数が非常に多いため、苦戦していた。


「だ、ダメです! 隊長! 押し戻されます!!」


段々と戦線が街のほうへと押し戻されそうになる中、夜空へと変わりつつある空へ、水晶球に乗った少年が浮かび上がった。

ボーファンを倒す為、街に呼ばれた道士の一人「慧衣」だ。


「そろそろ俺の出番かな」


慧衣は空へと浮かび上がると、目を閉じ、空中に印を描きながら何かの呪文を唱え始めた。

やがて水晶球が光り始め、それが眩いばかりの輝きとなると、慧衣は僵尸の軍団へと手をかざして言った。


「どけっ! 巻き添え食ってもしらねぇぞッ!!」


慧衣の言葉に、慌てて蛙清は守護隊に下がるように命令を下した。

やがて、前線から兵士達が下がると同時に、慧衣が術を発動させる。


「雷候牙!!」


慧衣が呪文を叫ぶと、空からいくつもの雷撃の槍が降り注ぎ、僵尸たちの集団へと命中していく。

僵尸に当たった雷の槍は、深々と刺さると爆発して僵尸たちを内部から焼き尽くす。


「ギャアアアアア!」


広範囲を薙ぎ払うように慧衣が僵尸を掃討すると、今度は周辺を水晶で出来た蝶が舞い始めた。

やがてそれが僵尸たちに纏わり付くと、僵尸を氷付けにして数秒で粉々にしていく。


「これが……”水晶蛾の舞”です」


残っていた少数の僵尸を次々に倒していったのは、赴龍の術だった。

周辺を無差別に攻撃する慧衣と違い、交戦している兵士達を避けて、赴龍の術は僵尸たちを撃破していった。

押し戻されていた形勢は、道士二人の活躍によって、すぐさま逆転していく。

しかし―――赴龍は何か胸騒ぎを感じた。


(このまま行けば、難なく勝てる……はずですが、問題の少年の僵尸の姿が見えませんね)


成り立てのレベル1の僵尸など、守護隊だけでも充分相手にはできる。

その証拠にまるで犠牲者は出ていない。

街へと侵入を許してしまうかもしれないが、慧衣と赴龍が居る今、その心配は皆無と言っていいだろう。

だが、肝心のボーファンの姿が見えない。


(街中に主の道士と共にいるのでしょうか……?)


「おい赴龍、さっさと片付けて街のほうに行こうぜ。何か中で動いたような気配がしたから、たぶんあっち側が本命だ」


「……そうですね」


街中で凝珠が起動した気配を、赴龍も感じ取っていた。

この時点では二人は街の気配が変わったのを感じ取れてはいたものの、それが何かまでは、そして”比重”がどうなっているかまではわからなかった。

教果のように鋭敏に陰の気を感じ取ることは出来なかったのである。

だからこそ―――迂闊だった。


「赴龍氏! もう少しです! もう一度だけ、術での支援をお願いできないでしょうか?」


「蛙清どの。それはこちらも理解しています。ですが、我らの攻術はそう連発できるものではありません。少し時間を……」


赴龍が言いかけたその時だった。

がくん、と蛙清の顔が項垂れ、顔だけが二人の方を向いた。

奇妙な姿勢で彼は言った。


「じゃあ―――今は無防備ってことでいいんだな?」


その声は、まるで喉が潰れた生物が、無理矢理しゃがれた声を口の奥底から出しているような低い声だった。


「ッ―――!」


背筋に寒気と共に、悪寒が走った時、目の前には袈裟切りに切りつけられた慧衣と、自分の鮮血が飛び散るのが見えた。


「ぐ……が、はッ……」


一瞬がひどく長い時間のように思えた。

膝を着き、赴龍が前を見ると蛙清の腕が黒く変色しているのが見えた。


「な……ッ、何、が……!?」


蛙清は二人の姿を見て、愉快そうな引き笑いをして言った。


「こうまでうまく決まると笑いが出てくるぜ。なぁ~? 道士サマよぉ?」


そこで赴龍は、蛙清の腕が黒く変色しているのではない事を知った。

肘のあたりから、破れた皮のようなものがぶら下がっていたからだ。


(に、人間の皮―――か……!? まさか)


「て、てめぇ……蛙清じゃねぇなッ!?」


蛙清の身体が、腕から破れて剥がれていく。

今まで―――”彼”は蛙清の皮だけを被っていたらしい。

蛙清の顔が白目を剥き、頭が背後へとずり落ちると一回り小さな少年の姿が中から現れた。青白い顔に、暗く濁った目と一つ一つが短剣の切っ先のように長く伸びた爪。今まで戦っていた手を前へと伸ばしている低レベルの僵尸たちとは違い、目の前の僵尸は青白い肌の普通の人間のような姿をしていた。


「ま、まさか……お前がボーファン、か……っ!!」


「そうだ。俺がお前らの探していた僵尸さ。俺がボーファン……”新たなる黒き道士”のボーファンだっ!!」


(黒き、道士……?)


「けっ、蛙清は、どうしたんだ……? 本物の、方は……!?」


赴龍は慧衣が話し始めて隙をみて、自分の傷を持っていた布で縛り止血した。

赴龍は幸い肩の部分に爪の一撃が入っただけのようで、深手ではあったがこれだけで戦闘不能になるほどの傷ではなかった。


(なんとか……まだ、戦える、か……)


だが―――慧衣は今の不意打ちの一撃がかなり深く入ったらしく、胸部分を押さえたまま動く気配が無い。

完全に油断していた慧衣とは違い、赴龍は教果からの言葉を忘れずに気を張っていたおかげで、攻撃の際にわずかに後ろへと身をかわしていたのだ。


「あー……あいつか。あいつは食っちまったよ」


「何……!?」


「街についてから、墓場の方で一眠りしてたんだけどよ。遠くの方で獣と戦ってる奴らが見えて、その内の一人をはぐれた時に頂いたのさ。鍛えられてる奴は、食い応えがあったぜぇぇぇぇ……」


尖った犬歯を見せながら、名残惜しそうにボーファンは言った。


(くっ……な、何と言う奴だ……!)


人食い僵尸が目の前に居る、という事実もさることながら、赴龍が恐怖していたのは、彼が普通に話していると言う点だった。

僵尸は理性を完全に無くした化け物であり、基本的に話すことなど出来ない。

赴龍はこれまで、3、4とレベルの上がった僵尸を見た事はあったものの、人の言葉を流暢に話すことが出来る者を見たのは初めてのことだった。


「その深手じゃあ、流石に戦いづらいようだな」


「まさか、我ら二人が近づいてくるのを待っていたのか……!」


「そうだぜ。防御を解いて隙が出来るのを待ってた。道士4人に、仙人サマまで居ちゃあ、いくらなんでも苦戦するのは目に見えてたからなあぁあああ!」


(クソッ……まずい……どうする? 戦うか?)


戦うか逃げるか、赴龍は迷った。

ボーファンを除く僵尸たちはまだ居る。倒しきれていない。

そして慧衣も恐らく動くのが難しいほどの致命傷だ。

ここで自分達が逃げれば、間違いなく全滅するだろう。


「くっそォォー! 喰らいやがれぇぇッ!!」


「! 慧衣、いけません!!」


慧衣は先ほどと同じように空から雷の槍を降らせた。

ただし先程よりも力を一点に集中させており、さながら槍と言うよりは柱のような感じだった。


「輝柱撃!!」


ボーファンに雷の柱はまともに命中し、周囲に電撃を撒き散らした。

しかし―――雷が止むと、彼はまだ立っていた。

全く慧衣の攻術が効いていない。


「う、ウソだろ……そんなバカな」


「ん~? そんなもんなのかぁ……?」


(固い……!)


慧衣の使う攻撃術は、道士たちの中でも高い破壊力を持つ部類に入る。

それが殆ど効いていないとなると、どうやら術に対しての耐性があると見て間違いない。極々稀に、精霊の加護を得た魔獣などには対応する精霊に順ずる術が効きにくくなるのだが、まさにその状態だった。


「慧衣ッ!!」


慧衣の方を見ていたボーファンが、飛び掛った赴龍の剣を腕で防いだ。

緑色の光を帯びた奇妙な剣が腕に僅かに食い込むと、その場所から一斉に苔が生えていった。


「ぬゥッ!?」


「ここは私が相手をしますッ! あなたは急いでもう一方を呼んできてください!」


赴龍が剣を振ると慧衣の傷の上からコケのような物が生え、彼の傷を塞いだ。

その応急処理によって痛みが和らいだようで、慧衣は動けるようになった。


「だ、だが、おめぇ一人じゃコイツは―――!」


「早くッ! 余り長くは稼げませんッ!!」


赴龍がいつもと違って強い口調で言うと、事の大きさが理解できたのか、慧衣は神妙な面持ちになり、街のほうへと飛んでいった。

ボーファンの腕に生えていた苔は彼がいなくなるとより濃くなり、やがて蔓が発生してボーファンの腕に巻きついた。


「もしかして……これが宝貝(パオペエ)って奴か?」


「ッ!」


「使われるかもしれない、って聞いてたけどよ。こういう奴なのか」


(宝貝の事まで知っている……一体、誰から聞いているのだ?)


宝貝とは仙人が作る奇跡を起こす魔法の武具の事を言う。

宝蔵と同じようなものだが、こちらは明確に「武器」か「防具」である点が大きく異なり、多量の煉魄を使用するため使うには鍛錬を必要とする。

ある一定以上の階級となった道士は、これを仙人から与えられ、戦闘の際に使って、符などの魔道具では到底起こせないような大掛かりな術を使って戦うのだ。


(道士でもない者が、これの事まで知っている筈が無い……!)


宝貝は道士の使うもので、基本的には秘なる道具である。

茅栄局などに属しているのならともかく、人間界で宝貝の情報を入手する事など有り得ないからだ。


「腕に苔が生える……だけじゃないな。これは」


「そうだ。これは植物を群生させる宝貝”繁緑刀”。打ちつけられた箇所には魔力の種が植え付けられ、所持者の煉を飛ばす事で―――」


赴龍が手をかざし、力を送るとボーファンの腕から出ていたツルがより太くなり、ボーファンの身体を締め上げていく。

そして一部から巨大な枝が生え、鋭い先端がボーファンの心臓を狙って、勢い良く突き出ていった。


「これは……」


「このように思いのままに植物や樹木を発生させる事ができるというわけだ。これで終わりだ!」


枝が胸へと突き刺さると、樹木は更に伸びて食い込もうとボーファンへと力を込める。


「チッ……小癪な……!!」


(効いているが、硬い……! これはレベル3、いやレベル4の後半程度にまでは成長している……!)


繁緑剣で作り出した枝は固く、薄い鉄板程度ならば一気に破れる力がある。

それをも防ぐと言う事は、通常の鉄剣などでは到底切り裂けないほどに鉄化が進んでいるという事だ。


「もう一撃ッ!!」


繁緑剣を空へと向けて掲げると、今度は地面から巨大な樹木が槍のようにボーファンへと伸びていった。

今度の攻撃はボーファンの足と腕へと命中した。

そして、ボーファンが僅かに怯んだ隙を見て更に赴龍は繁緑剣での攻撃を胴体へと叩き込む。


「これでどうだッ!」


「ぐ……うおッ!!」


更に胴体から巨大なツタが生えてボーファンを締め上げ、彼の身体を拘束していく。

ダメージを受けた後に身体を締め上げられては、流石のボーファンも身動きが取れなくなっていった。


(よし、これでいい……! 時間稼ぎが出来れば、倒せなくともいい。あとは教果様たちが来てから勝負を決めればよいのだ)


赴龍は最初からボーファンを倒すつもりはなかった。

高レベルの僵尸、しかもどんな未知の力を持っているかわからない相手に勝負を一気に決めることほど危険なものはない、と判断力に優れた彼は最初から気付いていたのだった。


「どうだ……もう動けまい!」


しかし赴龍はまだ知らなかった。

”邪悪”というものは、そんな無難な手を易々と跳ね返してくるのだと。


「……動けないのはお前も同じじゃないのか?」


「なっ……!」


「知っているぞ。宝貝というのは、とてつもなく煉魄を消耗する武具で、持ってるだけでも全力疾走を続けているような状態になる。だから道士は最後の手段として宝貝を使う、と聞いたぞ?」


(こ、こいつ一体……本当に、誰から聞いたのだ?)


ボーファンの言っている事は正確だった。

赴龍は宝貝の使用によってひどく疲弊し、既に足が震え始めていたのである。

気取られないようにはしていたが、余りにも宝貝について知っているので赴龍は内心、恐怖すら感じ始めていた。

だが、今の所は樹木の鎖で締め上げられている。動く事はできない。

そう―――安心した一瞬だった。


「ふんぬッ!」


僅かに樹木の鎖が緩んだ所を、一気にボーファンはツタや枝を引きちぎった。

そして胸に埋まっていた魔力の種を指を突っ込んで引き抜いた。


「これだなぁ……? 撃ち込んで来た奴は……」


「くっ……! も、もう一度」


ボーファンは引きちぎった樹木を赴龍の足へと投げつけた。

赴龍はそれを喰らい、追撃を警戒した。

だが彼が行ったのは、赴龍への追撃ではなかった。


「何!?」


「うっ、うわああああああ!!」


ボーファンは赴龍から離れると、僵尸たちと戦っていた守護隊員たちに襲い掛かった。

そして見る見るうちに数人をバラバラにし、喰らった。

赴龍は止めようとしたが足に激痛が走り、動けなかった。

目の前で、人が信じられないほど一瞬にして食われていく。


「ば、馬鹿な……!!」


まるで焼いた干物の魚でも食べるように人を食べ終わると、腹をさすりながらボーファンは言った。


「さて、腹ごしらえも終わった所で、続きと行こうか」


そう言い終わった直後だった。

離れていたボーファンが一瞬にして赴龍に肉薄し、胸へと拳を撃ち込んだ。

赴龍はあまりのスピードに、起こっている事が幻かと勘違いしたほどだった。

何せ目の前に人影がパッと出た瞬間に、自分は吹き飛ばされていたのだから。


「ぐあ”ぁっ!!」


強烈な拳の一撃で飛んだ赴龍は、地面に何度も打ち付けられ、地面から突き出ていた大岩の壁面に叩き付けられ、ようやく止まった。

護術の力でかろうじて攻撃に耐えられたが、同じようにまた僵尸の鉄の拳を受けたら、今度は生き残れるかわからない。


「う、ぐううぅ……」


赴龍は激痛が走る身体をかろうじて持ち上げ、顔を上げると、遠くからトドメを刺そうとこちらへと歩いてくるボーファンの姿が目に入った。

今まで目にした、どんな魔獣よりも恐ろしい姿だと赴龍は感じた。


「ば、化け物、め……」


「とぉぉっ、ドッ、メっだぁぁぁぁぁぁ!!」


地面を蹴って矢の様にボーファンは赴龍へと向かった。

赴龍は観念し、目を瞑った。


(ここ、までか……!!)


が―――攻撃が届く寸前に、大きな衝突音がした。

金属同士が打ち付けられるような、甲高く重い音が響いた。


「っ!」


「待たせたな。赴龍」


赴龍が聞き覚えのある声に目を開くと、そこにはリュウォンの後姿があった。

間一髪のところで攻撃を受け止めてくれたのだった。


「リュウォン……!」


「こいつがボーファンか。なるほど、周りの奴らより気配が”濃い”な」


リュウォンが腕を振って相手を吹き飛ばすと、ボーファンは足で地面に引っ掻き跡を残しながら後ずさった。

重い物体が、強力な衝撃で仕方なく飛ばされるような飛び方だ。


「なんだぁ……? お前……あの時の奴かぁ……?」


「自分も僵尸だ。だがお前のような完全な死人ではない。身も心も闇に売り渡したような貴様とは―――違う!!」


ボーファンへとリュウォンが向かっていくと、入れ替わりに教果が赴龍の元へと現れた。

教果は治癒の術を使い、泡のようなものを発生させて赴龍の傷を回復させていく。


「大丈夫か、赴龍よ」


「教果様……! 申し訳ありません。奴の正体を見抜けませんでした。そのせいで犠牲が……!」


「自分を責めるでない。ワシも見抜けなかったほどじゃ……恐らく誰かから擬態の技術を指南されておる。気配と闇の煉の気を消すあの技は、一朝一夕で習得できるものではない」


「やはり、誰かが裏で糸を引いているのでしょうか……? 奴は宝貝の事も知っていました。消耗が激しい武器だと言う事や、切り札として使われる、とも」


「何じゃと……!? それは誠か」


「はい……そして、私の術も、慧衣の術も奴には効き目が薄いです。恐らく奴には術への抵抗、力が……」


そこまでを言うと赴龍は血を吐いた。

かなりの無理が祟っており、内蔵部にまでダメージが入ってしまっていたようだった。


「もう喋るでない。守護隊の援護には奏蘭と慧衣が戻った。あとはワシとリュウォンで奴を何とかする」


「……頼み、ました……」


赴龍はそう言うと気絶してしまった。

余程無理をして戦っていたのだろう。

教果は何かを念じると、赴龍の身体を雑草で覆い隠した。

このままだと無防備になってしまうので、彼の身体を守る為だった。


(これでとりあえずは大丈夫じゃろう。じゃが……)


厄介な相手である事に一抹の不安を感じつつ、教果はいつでも戦闘に参加できるように身を構えた。

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