第14話:黒き道士

リュウォンと対峙すると、ボーファンは口を拭った。

そして先ほどまでの人をあざ笑うような笑みが顔から消えた。

同じような力を持つ道士が現れた事で、遊ぶ気は無くなったようだ。


(リュウォンよ……この勝負、早く決めるぞ)


身構えているリュウォンの頭の中に、教果の声が響いた。

八卦鏡を用いての思念通信である。

操者となった者は八卦鏡に手をかざしている間、その従者となっている者と念じるだけで離れた場所からでも会話が出来る。


(老師……何故ですか? 奴の手のうちを見てからでもよろしいのでは?)


(いや。奴からはとてつもなく危険な力を感じる。こちらの力量を悟られる前に、倒すべき相手じゃ)


(了解いたしました。では……頼みます!)


リュウォンが心の中でそう伝えると、地面を蹴った。

そして矢のように飛び、ボーファンへと殴りかかる。


「う……うおッ!!」


リュウォンの一撃をボーファンが受け止めると、巨大な金属に同じように金属がぶつかったような独特な低音が響いた。

同時に地面が僅かに揺れ、その衝撃の強烈さを物語った。


「ちっ……やはりパワーがあるな」


そのまま両者は激しい打ち合いを始めた。

素早い動きで身体のありとあらゆる場所へ拳を、蹴りを叩き込み、その度に地面が僅かに震えた。外れた拳の一撃が、大岩に命中すると当たった場所からヒビが入り、砕け散っていく。

樹木は拳の空振り一発で大量の葉が舞い散らされ、挙句の果てには蹴りが掠めた大地が発火していった。

遠くから見ていた慧衣や奏蘭は、その打ち合いの激しさに驚愕していた。


「なんて攻撃……」


(相変わらず、ヤベェ攻撃を打ち合いやがるぜ。だが……)


今まで慧衣は数度、僵尸の敵とリュウォンが戦った所を見た事があった。

そして勝負は全てリュウォンの勝利に終わっていた。

それは相手の僵尸が、大した強さを持たない相手だったからだ。

今回の相手は少し勝手が違う。同じレベルの強さを持っているかもしれない。


(とにかく、あっちは教果サマとリュウォンの奴に任せて、今は俺も手前の奴らに集中しねぇと……この傷じゃあ、雑魚処理もままならねぇ)


慧衣も早く援護に回りたかったが、ボーファンによって大きく守護隊に打撃を与えられた上、指揮を執っていた蛙清と赴龍が居なくなった為、大きく劣勢となっていた。

そして自身も赴龍に応急手当をしてもらったものの、かなりの深手を負っている。

とてもではないが満足に援護できる状態ではなかった。


「はーい、おっわりぃ~」


紫の光が瞬くと、僵尸たちの一団が萎むようにして消えていく。

奏蘭の煉を吸い取る攻術「吸精光掌」だ。

喰らった相手は精気を吸い取られ、しなびるようにして息絶える強力な術である。

これで援護に迎える……と慧衣が思った瞬間、更に地面から僵尸が湧き出てきた。


「く、クソッ! こいつら、一体何体いやがるんだっ!!」


「ねえ慧衣、あなたの索敵なら術者の位置ってわからないの?」


「術者?」


「僵尸を作り出すのって、絶対に道士がやってるはずよ。あのボーファンは、リュウォンと戦ってるから、多分違う。誰か……戦いに参加してない他の術者って、どこにいるかわからない?」


「そういうのは赴龍が得意なんだが……やってみるぜ」


奏蘭に言われ空へと浮かび上がり、慧衣は周辺を確認した。

戦っていない僵尸……もしかすると僵尸の格好をした者や別の道士。

力の源を探り、そんな人間を急いで見回してみるが、それらしい者は見つからない。


「ダメだ! それっぽいのはわからねぇ……」


「気配も探ってる?」


「探ってるぜ! ただ、なんか周辺一体になんかモヤが掛かってる感じがしてうまく掴めねぇんだ」


(周辺一体に……?)


「街中に居たのはおめぇの方だろ! 何かあっちには無かったのかよ!」


奏蘭は術者が居ない、というのは妙だと思った。

ボーファンも主の命令を受けて彼女をさらったはずだ。

これだけの攻撃を仕掛けてきているなら、自然に考えれば指揮した者が居そうなものだが……。


(ちょっと待って……確か、あのミーネって子に掛かってたのは抜魂散鎖の術で……あの子から吸い取った力を、どこかに送ってるはず。その”送り先”ってどこなんだろう……?)


奏蘭は考えた。

そして周囲に降り注いでいる力の”出所”を彼女自身も探ってみて、彼女は一つの結論に達した。


(もしかして……)


「くたばりやがれェッ!! 雷候牙!!」


再び慧衣が術を発動させて僵尸をなぎ払い、一度彼らを一掃すると周囲の”力場”と呼べるようなものの力が強まった。

それを感じ取り、奏蘭は確信した。


「まさか、こいつら全員にエネルギーが送られてる!?」


「何!?」


「慧衣、ダメ! こいつらを倒さないで! この僵尸、”手動”じゃない! ”自動”で作られてるんだ! きっと……攫われてた子の生命力を吸い取って作られてるんだわ!!」


「な、何だって!?」


「外から力が送られてくるのを感じた。だからきっと……倒せば倒すほど、あのミーネって子の体力が奪われるはずだわ!」


「しっ、しかしそれじゃどうにもならねぇぞ!」


「多分、あっちのリュウォンが戦ってる方が術を発動させてるんだ……だからあっちを倒さないと、どうにもならない。あたしらは時間を稼ごう」


「ちくしょう……マジかよ……!」


奏蘭と慧衣が時間を稼ぐ戦い方に切り替え、それを生き残っている守護隊にも伝えた時、丁度リュウォンとボーファンの戦いも転換点を迎えていた。


「ちぃっ……!!」


リュウォンの一撃がボーファンの胸部にクリティカル・ヒットし、彼の身体に僅かだがヒビを入れていたのだ。

強力な僵尸は倒されると陶器が粉々になるように砕け散っていく。その前触れである。


(もう少しです。老師)


(まだ気を抜くでない。戦いは終わっておらぬ)


最後のとどめのラッシュを掛けようとリュウォンが身構えると、突然ボーファンは笑い始めた。


「……何がおかしい。劣勢になって気が触れたか」


「いいや、楽しくなってきたのさ。俺の力についてこれる奴が、こうやって出てきてくれたのがなぁ~……そろそろ、出してもいいって事何だろうぜぇ……”こいつ”を」


ボーファンはそう言うと懐から何かを出そうとした。

そこを見逃さずリュウォンが飛び掛り、彼の身体を蹴り飛ばした。

無防備だったボーファンは、直撃を食らうと地面へと埋まった。


「これでトド―――」


地面を蹴って更に攻撃を叩き込もうとした時、赤色の何かがリュウォンの方へと走った。赤い光線のような、鋭い光が駆け抜けていった後には―――


「ぐ……あ……!?」


リュウォンの右手が肩ごと両断され、宙を待っていた。

そして背後で僅かにうめき声が聞こえ、リュウォンはその方向を振り返った。

すると、そこには更に目を疑う光景があった。


「せっ……老師っ!!」


リュウォンの背後の方に居た教果の身体も、袈裟切りに赤く染まっていたのだ。


「ばっ、馬鹿な……! これは……!」


教果が胸を押さえて倒れこみ、リュウォンも右肩を押さえて何とか立ち上がった。

だがもはやリュウォンは満身創痍の状態だった。


(な、何を……された……!? 一体、今のは……!)


一撃で、形成を逆転された。

強力な、何か”巨大な刃”とでも言える力が、教果までを貫通していたのだ。


「ふぅ~~~……いや疲れるねぇ。確かにこいつは……」


土煙の中から地面に埋まっていたボーファンが立ち上がって現れると、その手には今まで見た事のない赤色の杖のようなものが握られていた。

恐らくは戦闘鞭というものなのだろう。赤銅色に先端が輝いており、異様な力の波動を感じた。

リュウォンは、それが何か一瞬で理解した。


「まさか……ぱ、宝貝か!?」


「そうさ。こいつは”箕焔鞭(そえんべん)”って宝貝だ。危なくなったら使え……って事だったが、流石に凄い威力だぜぇ……」


僵尸は強くなると格闘術や、武術を備えていく。

だが、煉などはほぼ自前でまかなう事が出来ない為、どうしても術を使う事が難しくなる。当然―――大量の煉魄が必要になる宝貝など、使う事は到底出来るはずがない。

そう思っていた。いや、思い込んでいた。


(馬鹿な……ッ!)


リュウォンは、ここで理解した。

ボーファンがミーネという少女を攫ったのは、主人の命などでもなんでもなく、こうやって宝貝の力を試す為でしかなかった、という事を。

少女はただの燃料源として、連れて来られただけだったのだ、と。


「くっ……!」


立ち上がり、再び残っている右手で身構えるものの、リュウォンの戦闘力は大部分が奪われていた。

片腕も無く、かといって操者である教果が倒れてしまった為、屍儡術を使って戦い続ける事は、もう長くは出来ない。


「まぁ~だやる気か? さっさと逃げりゃいいものをよ」


「僵尸は……必ず滅する! それが、自分の使命だ……! 例え万に一つも勝ち目がなくともなッ!!」


片腕だけでも、リュウォンの戦意は消えていなかった。

再びボーファンの元へと蹴り飛び、殴り合いを試みる。

しかし―――


「ぐうッ!?」


弱っていた身体では動きが先ほどよりも鈍く、あっさりと見切られ、首根っこを掴まれてしまった。

そして、急速に身体から力が抜けていくのを感じた。


(なっ、何だ……これは……!?)


自分の煉が吸われていく。そして、自分の身体の中に押さえ込んでいた闇の煉が急激に魂を侵食していくのを感じた。


「お前の命、頂くぜぇぇぇ~~~……!」


「ぐあああああぁっ!!」


リュウォンの悲鳴が響き渡ると、教果の元へとメイファが現れた。


「教果様!」


「むっ……メイファ、か、の……? どうしたのじゃ、あの娘はどうした……?」


「話をして……こっちにきました。こっち側で、ボーファンとの決着をつけないと、あたしは先には進めないから……!」


メイファが言うと、教果は彼女の目を見た。

決意と静かな覚悟が秘められた目には、今までとは違う、強い光が宿っているように見えた。


(ま、マズイ……煉、が……!)


リュウォンの魂が蝕まれ、激痛と共に手先から僵尸と化していく。

ボーファンはそれを実験動物でもいたぶる様に、身体へと箕焔鞭を何度も突き刺し、高笑いをして観察していた。

メイファがそれを見て、教果へという。


「教果様! リュウォンが……!」


「そうじゃ……このままでは、あ奴が危ない。じゃが、ワシはこのザマでは戦えぬ……」


教果は大きく溜飲を下げたように息を吐き出して、言った。


「メイファよ。ここで問いたい」


「えっ?」


「操者としての―――覚悟はできておるか?」


メイファはその問いかけに、ゆっくりと頷いた。

ここでの”覚悟”とは、完全にボーファンとの決着とつける事。

即ち、相手を殺すつもりで戦う事を決めたか、と言う事を意味していた。

メイファが頷くと、教果は持っていた八卦鏡を差し出して、言った。


「では……メイファよ―――リュウォンの操者としてのワシの後任、今より、お主に預けるぞ!」


メイファはそれに勢い良く返事をして、教果から八卦鏡を受けとった。

そして、園牛者の中で覚えた”送力”の術を使い、リュウォンに自分の煉を送り始めた。

リュウォンの”操者”として、戦う事を決めた瞬間だった。


「う……う、む……?」


冷たい死体の身体へと変わり始めていたリュウォンの身体に突然、熱が宿った。

身体の奥底から闇の煉に対抗する為に、湧き出てきたエネルギーを感じた。


(どうした事だ……? 体に……力が……)


何故? と僅かに視線を教果の方へ向けると、メイファが八卦鏡を持ち、自分へと力を送り始めているのが目に入った。


(メイファか……! くっ、あれに助けられるのは癪だが……!)


複雑な気持ちだったが、今は何でもいい。

力が湧き上がってくれば戦える。目の前の敵を打ち倒すことが出来るのだから。


「おおおっ!!」


残っていた右腕で首を掴んでいたボーファンの手を振り払い、リュウォンは距離をとった。

身体を蝕んでいた闇の煉が、メイファから送られてきた力で急速に力を失い、代わりに自分自身の力が回復してくるのがハッキリとわかった。


(礼を言う……)


「えっ? あれ? 声が……」


突然、頭の中に声が響き渡り、メイファは戸惑った。

すぐにリュウォンがフォローを入れる。


(八卦鏡の左、”木”の紋様に手を当てて念じろ。そうすれば操者のお前もこちらへと、会話と飛ばせる)


(これ……ね。こんな事出来るんだ)


(”送力術”の届くギリギリ、老師のいるその場所を少し離れた位にまで、距離を取るんだ。奴は強力な宝貝を持っている)


(宝貝? あの赤い杖みたいな奴?)


(そうだ。あれで……よくわからんが、光線のようなものを飛ばすことができるようだ。老師はそれでやられた。だからもっと離れろ!)


リュウォンが言うとメイファは離れず、逆にボーファンへと距離を詰めていく。


(な、何をしている!! 馬鹿か!?)


「……話したい事があるのよ。どうしても」


ボーファンは不意に近づいてくるメイファを見て、棒立ちで何をするかを見ていた。何故か、彼女が視界に入ると彼の先程までの不敵な笑みは完全に消えていた。


「ボーファン……」


「お前は……メイファ、か。どうした? 無防備に近づいてきて。俺の強さと凶悪さを、少しはあそこで倒れている仙人サマに聞かなかったのか?」


「危ないのは百も承知よ。でも……私は聞きたい事があって来たの」


「聞きたいことぉ?」


「ボーファン……どうしてあなたは、僵尸になったの? あなたは一体、どうして夜警団の皆を襲ったの……!?」


「……」


問い質し始めると、メイファは次々と彼に問いかけた。

ここへとやってきたのはミーネを救出する為だが、どうしてももう一つだけハッキリとさせたかったのだ。


「あなたは誰から僵尸にされたの? あたし聞いたわ。僵尸って、長い年月をかけて強くなるんだって。あなたがあの晩に……戻ってきた瞬間から、そんな風になってるはずがない。一体誰に、そんな風にされたの!?」


メイファが問いかけると、ボーファンはゆっくりと答えた。


「く、く、く。そうだな……教えてやるよ。理由を話す機会なんて、後にも先にも、これっきりだろうからな」


ボーファンは戦いの手を止めると、静かに話し始めた。

リュウォンも戦いの呼吸を整えるべく動きを止め、その話に耳を傾けた。


「メイファ。お前にはわからなかっただろうが、俺は……”従者”だった」


「従者……?」


「樂国で認められている養子制度の一種だ。俺は自分の家の……本当の生まれではないんだよ」


「えっ……?」


「俺は孤児院の子だったんだ。つまり親から見捨てられていた子どもだった、と言う事だ」


「そ、そんな事初めて聞いたわ」


「当たり前だ。誰にも話してなかったんだからな。俺は……3歳の時に巳秦の”逗(ず)”という家に拾われた。街の有力者のひとつで、代々巳秦の夜警団の、要を担っている人間を輩出してきた家だった。俺は街の夜警団、黒鯨団の人間として一生を送らせるためだけに、外から連れてこられた使い捨てのガキだったのさ」


「そんな……」


メイファは、小さな時からボーファンを知っているのだが、そんな話は聞いたことが無かった。

大きな家に住んでいて、将来有望な団の見習いというのは知っていたが……。


「俺は何人かいた孤児院の子供の中で、最も見込みがあったから養子に迎え入れられたらしい。でも……俺は単なる歯車のひとつで、家ではずっと無碍にされていた。兵士としての素質はあったが、術者としての力が殆ど無かったからだ」


「で、でも将来有望だって、スゥが……」


「逗の家が欲しかったのは、白珠のようなリーダーになれるような奴だ。俺のような、どうやっても捨て駒にしかならないような奴は要らなかったのさ」


「そんな……!」


「俺は……戦う事以外を教えられなかった。籠の中の鳥のように、ただただ主人である逗の当主、そして当主が使える主人である”巳秦の街”に奉仕させるように教えられた。俺は―――そんな自分の境遇を呪っていた」


ボーファンは憎しみを吐き出すように、拳を握り締めて言う。


「力を持てれば、街の外へと出ていけるかもしれなかった。俺は……外の世界が見たかった。あんなクソつまらない鳥かごではなく、壮大な外の世界を見たかったんだ」


(!、私と……同じだ……)


「力さえあれば……守護隊か、黒鯨団の主力になれれば……自由になれるかもしれない。だから俺は力を望んだ。何者をも打ち倒せる力を。こういうのを……あの人から言わせれば”渇望している”とか言うんだろうな」


「あの人……だと?」


ボーファンが言った言葉に、リュウォンは訊ねた。

だが、それを無視してボーファンは更に言った。


「俺は……メイファ、お前たちが憎くて溜まらなかった。何をやるにも自由な貴様らや、血の滲む鍛錬を積んだ俺よりも上にあっけなく行く白珠や、ライ隊長、ボンパ、シェイ……貴様らが心が沸騰するほどに憎かった。そんな時だ。丁度……最後にお前と会った夜から、1ヶ月とちょっと前の夜だ。俺は、あの仙者に出会った……!」


ボーファンは昔の記憶を語り始めた。

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