第6話:葬儀の家で
深く眠ったように思えたが、どれぐらい眠ったのかはわからなかった。
目を覚ますと、再び夜空の光景が目に入ってきた。
どうもこの部屋は天井に夜景が映るように作られているようで、いつまでも薄暗い不思議な空間となっているようだった。
今が朝なのか昼間なのか全くわからなかったが、ぐっすりと眠っていた為に目が冴えていたので起き上がることにした。
(今何時だろ……)
出来れば夜でないといいな、と思った。
真夜中でも街中は出歩く事はできるが、今は出来るなら夜に出歩きたくはない。
とてつもなく、恐ろしかったから。
不安にしていると傍にいたリュウォンから声がかけられた。
「起きたか」
「あたし……どのぐらい寝てたのかな」
メイファはベッドのそばで本を読んでいたリュウォンへと訊ねた。
「一昨日の夜からだ。時間で言うと最初に起きたのが、昨日の夕方。そして今は二日目の昼だ」
「良く寝たなぁ……」
「術だけの毒抜きには時間がかかるからな。設備かちゃんとした道具があればもっと早い」
身体はもうすっかり回復していたので、メイファはベッドから起き上がり、部屋から出て行こうとする。
それをリュウォンが止めた。
「待て。案内する」
リュウォンは前へ出て、案内を始めた。
「出るぐらい大丈夫よ」
「仙界は道力を持たぬものがうろつくと最悪迷って出れなくなる。それに、お前についていろと老師が仰ったからな」
どこか納得行かない風にリュウォンが言うと、メイファはひとまずはそれに大人しく従う事にした。
仙人の世界の事は全く知らないが「迷って出れなくなる」とまで言われては、自分だけで出るわけにもいかない。
「……ハッ!」
リュウォンは部屋のドアノブを握ると、何かの念を送るように力をこめた。
するとドアノブの部分が青白いオーラのようなものを一瞬帯びた。
そして、それからリュウォンは扉を開けた。
「今、何をしたの?」
「波動を流した。これをやらなければ外へと通じないようになっている」
「波動(オーラ)……?」
「煉から生じる力の一種だ。術技の勉強ぐらいしているんじゃないのか?」
「確かに学校で煉で波動(オーラ)を魄で魔力(マナ)を発生させられるって聞いたことがあったけど……」
「仙界ではその二つをある程度制御できないと、動かないものが多くある。憶えておく事だ」
扉の向こうは、水が張られた洞穴のような場所となっていた。
まるで湖が広がっているような、しかし地下の天井が細かく光っているのが反射していて、まるで宇宙空間のような風にも見えた。
殆ど湖となっているのだが、その上は何故か歩く事も可能だった。
「うっわ、何これ?」
「いちいち驚くな」
リュウォンは後ろを振り返りもせずに、メイファを案内していく。
彼はどうやら自分から話すことは殆ど無いようで、何かを話しかけない限りは、メイファの方へと振り向く事は無かった。
(何なのよもう……)
リュウォンの無愛想さにムッとなったものの、周囲は地下世界は美しく目を奪われた。
ここが仙界というのなら、おとぎ話で聞いたような天上の世界とは違うものの、それにも負けないぐらい、美しい場所だと思った。
夜空のような天上、水が地面に張った青色の床、水晶のような石が突き出ている坑道、そして磨かれた石が地面に敷き詰められている神殿のような場所など、だ。
どうやら今まで自分が居たあの部屋は、相当地下にあったようで、やがて更に上の方へと登っていくと、今度は草木が目に付くようになってきた。
地下世界であって、太陽の光などまるでないが、背の高い木などが天井部分へと届きそうなほどに伸びていた。
やがて、とある古ぼけた扉の前へと来るとリュウォンは言った。
「さて、ここからが外だ」
「はぁ~……やっとね。思ったよりも地下だったわね。あの場所って」
「さて、外に出る前にいくつか言っておくことがある」
「何よ?」
「まず、この場所の事は誰にも話してはならない。入り方を知らない普通の者には立ち入る事は出来ないが、場所を知られると面倒なことになるからな。自分と老師の事についても、余り深入りした事は話さないで貰おうか」
「わかったわ」
「次に……自分の家へと戻ったら、この街を出て行く準備をしておけ」
「えっ……? ど、どういう事なのよ!?」
突然の事に、メイファが戸惑いつつも聞き返すと、リュウォンは当然である事のように告げる。
「お前はこれから道士になるために、連合へと入る。弟子となる道を選ぶならば、だがな。この街に留まることはできないという事だ。道士となる道を選ばぬなら別だが」
言われてみれば……とメイファは、改めて自分が直面している選択の重大さに気付いた。もし道士となるのならば、確かに巳秦の街で今まで通りの生活をする、という事は出来なくなるのだろう。
どこかに連れられていってそこで働くなり、修行するなりそういう事をやるようになるはずだ。
(そっか……そう言えば、そうなるんだ……)
「それでは、開けるぞ」
再びリュウォンは、オーラを流してドアの取っ手部分を青色の染めた。
そして扉が僅かに振動した後、ゆっくりと扉を開いた。
「……ほんとに納屋なんだ」
開かれた扉を抜けると、目の前に草原が広がっているのが見えた。
どこかで見たような光景。
隣を見るとスゥの家があるのが見えた。
出てきた方向には小さな納屋の入り口があって、その扉の向こうには不似合いな洞窟への入り口が口を開けていた。
「スゥさんがこんなもの作ってたなんて、全然気付かなかったな……」
ここには何度か来た覚えがある。
黒鯨団のスゥの家の近くにある物置小屋は、夜警団の資料などの保管場所として使われていた。
だからたまに雑用の一貫でここへやってきていたからだ。
「この家が……この街の協力者が居た家か。玄関側、いやに人が集まっているな」
「えっ?」
リュウォンに言われ、メイファはスゥの家の方を見た。
スゥの家は緑色の屋根が特徴的な、二階建ての家で、そこそこの高さがあるのだが、黒い幕のようなものが2階から垂れ下がっている。
そして、玄関に普段は見ないような豪華な花の飾りが下げられていた。
メイファは何故そんなものが着けられているのか、すぐにわかった。
「一体、何をしているんだ」
「お葬式を……してるんだわ」
「そう言えば、襲撃された時に一番最初にやられたと言っていたな」
リュウォンはそう言うと静かに胸に手を当てて、黙祷を始めた。
口数が少なく、無愛想な奴であるとメイファは思っていたがこういう気は回る人間なのだな、と意外に思った。
「ちょっと行ってくるわ」
「ん? 何をしにいくんだ?」
「スゥをちゃんと……見送りたいの」
リュウォンが止めようとするが、それを気にも留めずにメイファはスゥの家へと入っていった。
■
家の中は閑散としており、思ったほど送別に来ている人間も居なかった。
既に昼を回っていた為か、大方の送別は済まされてしまったようだった。
メイファが受付へとやってくると、そこには意外な人物がいた。
「え……? ぱ、白珠(ハイザ)リーダー……!?」
「メイファ! 無事だったのか!」
「な、なんでリーダーがここに居るんですか?」
やってきていたのは夜警団のすべての部隊を率いるリーダー「白珠」だった。
ライなどの戦闘隊長よりも上で、運営の全てに関わっている人だ。
メイファが訊ねると自分が寝ていた間のことを、白珠は詳細に話をしてくれた。
僵尸が現れて、それから集会所が壊滅させられた後、街は厳戒態勢となっていること。
そしてスゥの家に、あの襲撃で殺された黒鯨団の遺体が集められている事を。
「この家にみんなが……? どうしてですか?」
メイファが怪訝そうに訊ねると白珠は言った。
「伝承では、僵尸に殺された者は僵尸となると言われているだろう。あの一体でも、団の者はまるで歯が立たなかったのだ。もし……犠牲になった彼らが一人でも僵尸となってしまったら、街は終わりだ」
「だから、集めて厳戒態勢を?」
「そうだ。残った夜警団の人間で周囲を固めている。今は昼間だから手薄だがな。街に買出しに行っているよ」
メイファは駆け寄って棺の中に収められている人々を見る。
夜警団の人々、そして巻き込まれたのか街の人達の遺体も、収められているものがあった。
「明日、3日目の太陽の日が昇ってから火葬とすることに決まっている。それまではここで護衛の任務だ」
「そうですか……」
「本当ならばすぐにでも遺体を火葬するべきだ、と長や住人たちに言われたが、瘴気が抜け切らないうちに火葬しようとするとかえって僵尸となりやすいらしいからな。それに……せめて少しぐらいは安らかに眠らせてやりたいんだ。あんな事があったからな」
棺は木で作られており僵尸となるのを防ぐ為か中の遺体には、桃の枝が添えられ、そして餅米が振り掛けられていた。
共に僵尸が嫌うとされているものである。
「スゥ……さん」
スゥの遺体は両断されていたものを並べてあり綺麗に縫われ、接合されていた。
胴体を斜めに区切る線は、赤黒くなっており、痛々しい感じがする。
首の辺りには包帯が巻かれてあった。
ボーファンに齧られた跡は、こうでもしないと隠せないからだろう。
「何人、犠牲になったんでしょうか?」
メイファは重くなっていく気分を振り払うように訊ねた。
「樂草から派遣されてきていた守護隊の人間が合計5名。黒鯨団は……スゥ、シェイ、ボンパ、チャンの4名が犠牲になった。ライとサシュは重傷で、今手当てを受けている」
「9人も……」
なるべく早く皆が逃げられるよう、警報を鳴らしたつもりだった。
それでもあの一時の間だけでそれだけ犠牲が出てしまった。
メイファを慰める様に白珠は言った。
「これでもまだ少なく済んだ方だ。あの時、集会所には夜間の警備に備えて、寝ている人間が多く居た。君が警報を鳴らしてくれたから、皆、慌てて避難して被害は4人で……」
そこまでを言うと、白珠は顔を手で覆って呻くように続けて言った。
「4人で、終わったんだ。それ以上に、ならずに済んだ……」
こらえきれず、僅かに白珠の声が漏れてくるのが聞こえてきた所で、メイファも涙を抑えられなくなった。
今まで、夜警団で犠牲が出ることなどは殆ど無かった。
全く無かったわけではない。夜になって外へと街の人間を助けに行った時に魔獣に襲われ、その時の怪我が元で亡くなったり、野盗達と戦って重傷を負ってそのまま引退してしまった人だとかを見てきた事はある。
でも、身近な人間がこんなに一気に居なくなってしまうなんて、メイファの人生では二度目の経験だった。
家族を失った時と同じような身の裂かれる悲しみだった。
「みんな……っ」
メイファは座り込み、声を殺して泣いた。
■
しばらくして、メイファは自分もここで警備に回る事にした。
自分の夜警団の一員であるから、その勤めのためだ。
一刻も早くミーネを追いかけたかったが、明日の朝には出るのでそれまでは、と考えていた。
メイファはスゥの遺体が安置されている広間で、明日の朝を待つこととした。
もし、何か不審な事が起これば、すぐに周囲へと知らせる役目だ。
本当なら家へと帰って荷物でもまとめようと思ったが、そんな気分にはならなかった。
「所で、一つ訊ねたいのだが」
少し経って白珠がやってくると、メイファに訊ねた。
「何でしょうか?」
「ライから聞いたところ、君は僵尸に……いや、ボーファンの目を引きつけて集会所から離れていったと聞いた。どうやって、ボーファンから逃げ切ったのだ?」
「それは……あの、少しだけ火の術が使えるから、それを使ったんです。それで足止めをして……」
「それだけか? 言い方が悪くなるが……団随一の術師であるシェイ、ボンパの力がまるで通じなかったというのに君の術力で追い払えたのが何故か、これからの参考になるかもしれんから、詳しく聞いておきたい」
「えーと、それは、ですね……」
リュウォン達の事を話してしまってもいいのか答えに詰まっていると、広間に一人の少年が入ってきた。
全身を固い感じの服で覆ったその姿は、外に残してきたリュウォンだった。
どうやら、いつまで経っても出てこないので待ちかねて入ってきたようだ。
メイファはその姿を見ると、何も言わなかったままであったのを思い出し、思わずあっと声を漏らした。
しかしリュウォンは不満などを漏らすわけでもなく、理由なども訊ねずにメイファの近くへと同じように腰を下ろした。
その姿を見て、白珠が訊ねた。
「な、なんだ? 彼は一体誰だ?」
「すみません、リーダー。実を言うと……あたしは彼に助けてもらったんです」
「何? 彼にか?」
「はい。余り、詳しくは話せないのですけど……」
メイファの詳しくは話せないと言う部分に白珠は首を傾げたが、理由があるのだろうと察した彼は、それ以上はメイファには訊ねず、代わりに直接リュウォンへと言った。
「君は……一体誰だ? どこの街の人間だ?」
「自分はリュウォンと言う。羅柳王(ラ・リュウォン)だ。相際(そうさい)の街にある茅宋局(ぼうえいきょく)の支部からやってきた」
「茅宋局……!? と、と言う事は君は道士なのか?」
「そうだ。スゥと知り合いだった者だ」
「なるほど……ならば僵尸とも戦えるはずだ」
リュウォンが自分から道士である事を名乗ったのに、メイファは少し驚いた。
そしてリュウォンの耳元で囁くように訊ねた。
(ちょっと! 道士って言っちゃいけなかったんじゃないの!? それにその茅宋局ってどういう事?)
(耳元で喚くな。後で説明する。とにかく、言ってはならないのは、我らが仙界の者であるという事と、老師が本物の仙人であるという事だ)
仙界と繋がりがある事、そして仙人たちが人の世界にいる事。
つまりは、仙界でも戦争が人々の知らぬ間に起こっている事等を知られてはならない、という事なのだろう。
先に言ってくれればいいのに、と何となく釈然としないままメイファは自分が座っていた場所に戻った。
「そうか、しかし……茅宋局の人間ならば心強い。今はこの街の治安の維持すら、もしかすると難しい状態だからな」
「あの、リーダー。その茅宋局って何の事なんでしょうか?」
リュウォンが説明してくれるのを待っていたら、いつになるかわからない。
たまらずメイファは白珠へと訊ねた。
白珠は壁にかけられた地図の遥か北にある長華の街を指差していった。
「”茅宋局”というのは長華の都に本部を持つ、強力な術師や戦士たちが集う組織の事だ。鍛え抜かれた精鋭が集まっているといわれていて、その戦いぶりから、術師ではなく敬意の念を込めて”道士”と呼ばれているのだよ。おとぎ話の本物の道士様をもじってる感じさ」
どうやら、例えとしての道士と言う事で呼ばれているようだ。
隣にいるのが本物の仙人に仕えている正真正銘、本当の道士だと知ったら、どんな顔をするのだろうか。
しかしこれである程度は推測が出来た。
(って事は……かりそめの組織って事なのかな)
仙界は人の世界と本来は繋がりを持たなかった。
これは確かだが、今は公苑の方で様々な調べごとをしている。
だからあちこちに小さな仙界を作ったり、茅宋局という表立って動く為の組織を作って活動しているのだろう。
仙界でまた戦いが起きそうだからか、それとも復活したという仙人を倒す為なのか、理由はハッキリとはわからないが、とにかく活動する為の隠れ蓑と言うか、正体を隠す為に作られている組織なのだろう。
(でも……リーダーがあんなに言うって事は、本当に強いんだ)
黒鯨団の白珠は、団の中ではトップクラスの実力者だ。
接近しての武器での戦闘ではライ隊長、術を使ってでの戦いではシェイ。
広範囲を攻撃する術ではボンパ。この3人が抜きん出て強かったが、白珠はその次に位置する感じだった。
突出した能力こそ他の団員には劣る感じだったが、代わりに全ての能力においてバランスが取れており、隙が無い戦闘力を持つ人間である。
「無礼な質問かもしれないが……君は、ここにある遺体が全て僵尸となったとしても、倒す事が出来るか?」
白珠はリュウォンへと試すように訊ねた。
興味半分、確認半分と言った感じの問いかけだ。
「成り立てならば問題ない。これが完死クラス以上ならば違うがな」
「完死? それはどういう意味なんだ?」
「僵尸というのは、いくつか段階がある。レベルというらしいが、それが全部で8あるとされていて、自分が確実に勝てるのはその3までだ。4以上はわからない」
「3……? どういう事なのだ?」
「ここに老師(せんせい)より頂いた巻物がある。これを見るといいだろう。その中に僵尸のレベルについても書かれている」
そう言うとリュウォンは懐から持っていた巻物を取り出し、白珠へと渡した。
メイファもそれを後ろから見ていく。
広げられた巻物には、僵尸の特徴やら成り立ちなどが事細かに書かれており、この街の知識のさほど無い白珠やメイファにとっては、非常に有り難い内容だった。
「あっ! リーダー、これじゃないでしょうか?」
「これか……レベルと言うものは」
メイファが指を差した場所には、以下のような情報が書かれていた。
「僵尸の段階について」という記述だ。
「なになに、僵尸にはいくつかの段階があり……」
僵尸にはいくつかの段階があり、これをレベルと言うことで呼称する。
全部で8の段階がある事が確認されており、それらは、作戦などでは以下のような形で呼ぶ事とする。
成立(なりたて)。段階1。まだ死体から僵尸へと変化途中の者。
両手両足が死後硬直で固まっているままで、ほとんど動かせず、手を前に出して飛び跳ねるようにして移動する。
最も伝承で知られている姿である。力は強いが、肉体はさほど強くなく、普通の人間でも武器を持てば戦う事はできる。
そして毒を持たないか、持っていても非常に弱いので、噛まれたりしたとしても、気にする事は殆ど無い。
大抵の成立はしばらく彷徨ったのち、土へと還る。また太陽の光を浴びても灰や塵となって消滅する。
死切(しにきり)。段階2。死後時間が経ち、完全に僵尸となったもの。身体が有る程度自由に動かせるようになる。
翡慶では”ゾンビ”や”グール”とも呼ばれている。
成り立てと決定的に違うのは、肉体は腐乱する事がなく、また身体が固くなっている事。固い樫の木のような肉体となっている。ここから毒の力を持つが、安静にしていれば薬がなくとも自然に回復する事が出来る。
成立よりは強いが、戦いの訓練を積んだ者ならば充分戦えるだろう。
完死(かんし)。段階3。僵尸となって1ヶ月ほどの時間が経ったもの。
完全に人と同じように動く事ができる。
力が更に強くなり、コンクリートや石の壁にやすやすと穴を開けられるようになる。ただ知性は戻っておらず、自分の本能に従って人を食らう様は、人食い熊か何かを想起させる。ここまで強くなると普通の人間では、戦う事が難しくなる。
毒は強くなり、正式な治癒の術か、僵尸の毒に対して効果のある薬品がなければ、毒に冒された際に危険な状態となる。
大きな街の夜警団に属する強い戦士や術師ならば、ギリギリ相手に出来る僵尸。
また、この段階より太陽の光を浴びても強く眩しさを感じる程度で灰にならない。
それを利用して昼間は人間世界の中で人のフリをして過ごしている者もいるとされる。
醒僵(せいきょう)。段階4。僵尸となって1年以上が経過したもの。
知性が僅かながら戻り、武器を使うようになる。
また3までで通用した罠や陣など、作戦を使った戦い方に対応し始めるので、策を練っただけの攻撃は通用しづらくなる。
身体は恐ろしく頑強。単純な膂力も相当なものとなり、簡単に鉄骨を曲げられるほどのパワーを持つ。ここより上からは毒を受ければまず、自力では助からない。
また道士でなければまず、相手にすることは不可能である。
操僵(そうきょう)。段階5。武器や何かしらの技を使う事に熟達したもの。
知性が人と同じまでに回復し、武器ばかりか中には拳法なども修得する者が現れる。術などを使う事も可能となるものさえいる。
もっぱら、その源は喰い漁った人間から手に入れた煉や魄である。
殆ど確認されていないが、毒の息吹を広範囲に吹き拡散させたりする事が可能とされる。大昔にそれによって虐殺が起こされた例が存在する。
この段階5が、明確に記録に残されている段階となる。
これ以降は非常に古い文献にのみ、あると示唆されている状態。
卓僵(たくきょう)。段階6。武器、拳法、術などの力が強くなったもの。
単純な肉体的強さだけでなく、知性なども人を凌駕し始めていく。
伝説の仙人と見間違えるような能力を獲得する個体も存在する。
危険度は相当なものだが、ここまで来ると「三大道術」のうちの一つを、身に着けている可能性がある為、もし確認された際はそれを打ち払えるほどの力を持つ者でなければとても戦えない。
屍骨。段階7。仙人と見まごうような強力な術を取得したもの。
天雷、陰火、贔風のうち、確実に一つ以上を取得している。
もはや肉体は鋼を越えた強度を持っており、地を蹴れば山を越え、大地を掻き毟れば小規模な地震が起こるほど。
天仙骨。段階8。もはや一種の神仙とさえ言えるようなもの。
三大道術の全てを取得しており、その肉体が滅びる事は決してないとされている。
今まで存在したとされているのはただ一人のみ。
「……想像もできない強さだな。格闘や武器、術まで操る奴まで居るとなると」
巻物のレベルの詳細を記した章を読み終えると、白珠はうんざりしたように溜息を漏らした。
「この天雷、陰火、なんとか……風ってのは何なんでしょうか?」
メイファがレベル7の項目のある場所を指差して訊ねると、リュウォンが答えた。
「それぞれ、”三大道術”と呼ばれる術法の最高峰とされているものだ。天雷(てんらい)は落雷の術の最強のもの。天より巨大なる雷を落とし、山ですら消し去る。1地方の夜を1分間は昼に変える、と言われるほど強力な雷だ」
「凄まじいな……」
「そして陰火(かげび)とは、魄を燃料として燃える”青白い炎”を操る術のことを指す」
「墓場の……人魂みたいな奴のこと?」
「そうだ。あれは鬼火という。死した人間の魄を燃料として、僅かに燃えているものだ。しかし、この術で発生させられるのは、そんなちっぽけなものではなく、生物を内部から焼き、灰とする静かなる烈火だ。それに晒されれば、あっという間に五臓六腑は灰となり、最後は身体の表面が焼け焦げて最終的に生物は内側から黒い粉のようになって死ぬ。まるで黒色火薬の詰まった爆弾が破裂するかのようにな」
リュウォンが淡々と語る術の効果に、もはや二人は言葉を失っていた。
余りにも、強力すぎる術であったからだ。
「最後に……贔風(ひふう)という。これは、神々が使う暴風の術と言われている。人をあっという間に粉々に砕き、妖怪や精霊すらも四散させ、あらゆるものを破壊する最強の術である、とのことだ」
「僵尸ってそんな凄い術が使えるようになるの……!?」
「自分もそこまで強力な者は見たことがない。その書物は伝承なども含めたものであるので、実際に確認されたものと、ただの伝説が入り混じっているものがある。だから正確さではいまひとつ欠ける。ただ、目安として持ち歩いているだけだ。実際に完死の僵尸までには出会った事があるからな」
「僵尸というだけでも、見たことが殆ど無いのに、さらにこんなに種類がいるのか……ちなみに、ボーファンはこれで言うとやはりレベル1なのか? 前日まで普通に人間だったはずなのだが」
「それはわからない。死して間もないならば……1であるはずだが、襲った者の話を聞く限り、1ならば倒せる実力はあるように思える。だから2か3クラスだと思うのが妥当だな」
そこまでを聞くと、白珠は黙り込んでしまった。
そして何かを考え込んでいる風になり、視線を宙で泳がせ始めた。
メイファが何か考える所があったのかを訊ねた。
「リーダー、どうしたんですか?」
「いや、ボーファンがいつ僵尸となったのかが気になってね。何日も前から僵尸となっていたなら、何かしらの兆候が出ていたはずだろうし、かといっていきなりあんな風になるのはこの巻物の記述からするとおかしい……」
「僵尸になってしまったのを、隠してたとかなんでしょうか?」
「外に出た時か、それとも街にいる者が僵尸で、その時に噛まれたか、引っ掛かれたのを隠していたのかもしれないな」
「それはないだろう。僵尸とはそんな簡単になるものではない」
リュウォンが言うと、白珠が意外そうな感じで言う。
「僵尸に噛まれたり、引っ掛かれて死んでしまうと、僵尸となると聞いた事があるが、それは違うのか?」
「僵尸はモノによっては毒を持っていたり、瘴気と呼ばれるものを身体に蓄えていて、それによって人が蝕まれ殺される事はある。それは本当だ。ただ……僵尸というものは、特殊な術によって作られる、いわば”死体兵器”なのだ。風邪のように簡単に感染して患者が増えたりはしない」
「と言う事は、ここにある遺体が僵尸となる事はまずない、と言うわけか……」
白珠が安堵の溜息を吐きながら言うと、リュウォンは「そうなるが……」と煮え切らないような返事をした。
白珠はそれを聞くと再度、確認の為に訊ねた。
「何だ、大丈夫じゃないのか?」
「感染によって拡大はしないが、製造されている場合は話が違ってくる。話を聞く限り―――ボーファンという者が僵尸となったのは、確実に別の術士か道士が、何かしらの術を使って作り出したと見るのが妥当だろう」
「誰か別の人間が術をかけた、という事か?」
「そうだ。その人間がもし街に居て、そいつがここへとやってきた場合は、どうなるか保障はできない」
「そういう事か……作った奴を特定しなければならないんだな」
(作った人……)
メイファはそんな人には心当たりは無かった。
この街は、そこまで大きな街ではないため、人の出入りは少ない。
誰か旅人などが来ればわかるはずだし、術師が来たなどと言う話を最近聞いてはいない。
「僵尸を作るような人間なんて心当たりはないな」
「ボーファンという少年が、最近別の街に行った事はないか? 少なくとも、この街で作るのは不可能だ」
「どうしてそんな事がわかるの?」
メイファが訊ねると、リュウォンはこの街の地図を指差して言った。
「僵尸は作るのに巨大な術の式と素材が必要だが、この街は見たところ、そういうものを行える場所がない」
「素材と巨大な術式、って……?」
「僵尸を作るには、当然だが死体が必要だ。それも普通に死んだ者でなく、なるべく悲惨に死んだ人間がな」
「悲惨に死んだ人間って、どういう事なんだ?」
「僵尸となる条件として、必要な要素はいくつかあるが、死者がなるべく闇の煉を持っている必要がある。闇の煉とは、つまりは憎悪と怨恨の感情を指す」
「怨恨と憎悪……」
「僵尸の毒で死亡して僵尸となりやすい、というのは毒によって苦しみぬいて死ぬからだ、といわれている。そんな死者が風水的に誤った場所に埋められ、そこにいくつかの術がかけられる事で、遺体に仮初の霊力と魔力が宿り、死の因果が捻じ曲げられるのだ。その”死んでいるのだが死んでいない”と言う状態になって、更に地中で瘴気と大地の精気が集まる事で僵尸は作成される」
「つまり……墓場が必要と言う訳か」
白珠が考え込むような仕草をしながら言った。
要するに地中で僵尸というのは作り出される、それも大量にある中からというわけだから、当然の如く大量の死者が眠る場所。
つまり「墓場」が必要になると言うわけなのだろう。
「察しがいいな。そうだ。墓場が無ければならない。それも陰の気が溜まるような、な。この街をまだ隅々まで見てはいないが、どうもこの巳秦にはそういうものは無いように見える」
メイファが墓場について答える。
「街の中にお墓はあるけど……基本的に亡くなった人は火葬されるから、共同墓地になってて、ちっちゃいのよ」
「そうか……ならば近くの街などに、墓場は無いか?」
「近くだと……やはり港町の”燗港”になるな。あそこは治安が良いから街中は商店などばかりで、街の外れに大きな墓場を構えている。そして今も土葬で死者を埋葬しているはずだ」
白珠が言うと、リュウォンは一言だけ生返事を返した。
教果仙人も言っていたが、この騒ぎの大元とボーファンの行く先は港町のほうにあるようだ。
この事件を解決する為には、どちらにせよ、そこへと行かなければならないと言う訳だ。
(でも、意外ね……)
メイファは白珠と話すリュウォンを見ていつもとまるで違う姿に、少し感心した。
こういうのを活き活きとしている、というのだろうか。
いつもの無愛想な様子からは、全く予想がつかない感じだった。
「やはり、燗港に行く必要があるな……」
「たっ、大変です!!」
呟くようにリュウォンが言うと、広間へ一人の女性が入ってきた。
黒鯨団の医療部隊の人間「シャオ」だ。
「シャオさん!」
「あれ? メイファ……?」
二人は姿を確認するなり、駆け寄って抱き合った。
死んでいたとばかり思っていたメイファに出会う事が出来て感極まったのか、シャオの目からは涙が流れた。
「生きてたのね……!」
ひとしきり抱き合うと、メイファは目を擦り、涙を落として言う。
「あっちにいるリュウォンって奴に助けられたんです。僵尸と戦ってくれて、それで……なんとか」
「良かった……」
「水を差すようで悪いが……シャオ、一体何があったんだ? 何やら慌てているようだったが」
白珠が訊ねると、シャオは思い出したように身体を僅かに跳ねさせた。
そして白珠へと急いで報告を告げた。
「まっ、街に野盗が入り込んできたんです! だから、今すぐ応援を!」
「何……!?」
「夜警団の件で騒ぎがあったのを知られていたみたいで、そこを狙って来たみたいなんです!」
「待て。ここを空にする訳には行かない。それに……街の防衛力が落ちているとはいえ、樂草から来た守護隊の人間が、まだ残っているはずだ」
「それが……相手に強い術師が混じっていて、街の守護隊が圧倒されているんです! 黒鯨団の人達も出ていますけど、あれじゃいつまで持つか……!!」
ただの野盗だけならば、夜警団と街に都市部から派遣されてきている守護部隊だけで相手ができる。
しかし術師などが相手となると話はまた違ってくるのだ。
「そうか……術士がいるとは。防衛の手が空いた所を狙って傭兵を雇って来たな。ならば、私が行くしかないか」
「隊長……お願いします」
「今、団の指揮は誰が執っている?」
「ライ隊長が出てます。でも怪我が治りきっていないから……」
ライは先日の集会所の襲撃の後も、何とか持ち前の生命力で生き残っていたという。
しかし負傷が治りきっていない上、相手は強力な術師というなら純粋な戦士であるライは相性が悪い。
「なら急ぐか……シャオ。君はメイファとここに残ってくれ。僵尸がこれ以上は、まず現れないとのことだが、誰も居なくなってしまうと、警備の手前よくない」
「わかりました」
「あたしも行きます! 少しだけなら攻術も使えますから……」
「君も負傷している身のはずだ。シャオと、そちらの道士の方と一緒に残っているんだ。相手が腕利きの術師となると、かなりキツイ戦いになる」
「でも……」
「これ以上……団のみんなを失いたくないんだ。わかってくれ」
白珠はそう言い残すと、シャオと続いて来た夜警団の人間にスゥの家の警備を任せ、街の中央広場へと向かっていった。
メイファは、少しの間は言われたとおりに警備をする素振りを見せていたが、何とか追いかけたいと思った。
街の安全を守る為の戦いに、自分の力を少しでも役立てたいと思っていたから。
(リーダー、大丈夫かな……)
待っていると、シャオがふと言った一言で事態は急変していった。
「ねぇメイファ。この人……一体誰なの? 僵尸と戦って、追い払ったってさっき言ってたけど……」
「道士よ。茅宋局って所のだって」
やや皮肉っぽく、はき捨てるように言うと、シャオの顔色が一変した。
彼女は驚いた声を上げて言った。
「えっ!? あ、あそこの……!? 本当なんですか!?」
そしてリュウォンへと近付いて、握手を求めた。
「あ、あの……私、茅宋局の人に一度だけでも会ってみたかったんです! 握手して貰えないでしょうか……?」
きらきらと表情を輝かせながら、シャオは握手を求めた。
しかし、当のリュウォンはそれに全く反応せず、ツンとした態度のままで応じる気配は無かった。
「え、ええ~」とシャオはがっかりした様子で、肩を落とす。
「無駄よ。そいつ、普段は無愛想極まりないんだから。何を言っても……」
メイファはそこまで言うと、ふと、この事態を一気に解決する方法をひらめき、言った。
「そうだ。あなた、強いんでしょ? リーダーを助けに行ってよ。この街を守って!」
「断る」
てっきり、色よい返事が返ってくるとばかり思っていたメイファだったが、冷徹な答えに言葉を失った。
「えっ?」
「老師から自分が命じられているのは、お前についていろという命のみだ。そしてお前に何かあったら守れ、とな。この街の事など、自分の知った事ではない」
「なっ、なんですって!?」
その言葉に、メイファは落胆したが、すぐに苛立ちが沸き起こってきた。
冷酷と感じるよりは、子供がダダをこねているようなそんなみっともなさの方を感じたからだ。
そもそもリュウォンは僵尸と戦っていたが、あの時は教果仙人も居て、あの後自分は気絶してしまった。
彼は本当は、そんなに大した働きをしていなかったんじゃないのか。
メイファはそう思い、もう彼に頼る事は止めて白珠リーダーの元へと急ぐ事にした。
「~~~、もういいわ! あたし、行くから!」
「えっ!? ちょ、ちょっとメイファ! リーダーからここに居てって……」
「そうだけど、みんなが襲われてるってのに、じっとなんかしてられないわ! リーダーはこれ以上犠牲を出したくないって言ってたけど、それはあたしだって同じよ!!」
メイファはそう言って、スゥの家を出て行った。
「ああ……リーダーに止めてって直接言われてたのに……」
「仕方の無いやつだ」
メイファが出て行くと、リュウォンは溜息を着きながら思い腰を上げた。
そして、渋々と彼女が向かった街の広場へと向かっていった。
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