恋を、してもいいですか?...
アメフトシャツにコットンパンツ姿のナオちゃん。
谷間のくっきりとしたアナタの胸に飛び込みたい。
そして言いたい。
行かないで、と――――――
痛いほど私を見つめていた、彼の隣に立っている背広姿の男。
男が、自分の存在を私に向かって見せつけるかのように前に出た。
「マイさんのお母さんですか? いやあ、娘さんにそっくりだ、あ、僕、こういうものです」
渡された特徴のない普通の名刺を手渡され、男が南美という名の弁護士であるということが分かった。
「やめろよ」ナオちゃんが私と男のあいだに割り込む。 「アンタ、もう用はないから行ってくれ」
南美が片眉を吊り上げる。「はいはい分かりましたよ、で、お母さん、娘さんの汚名を晴らしたいでしょ?」
「いいえ、どうぞお引き取りください」
恩着せがましい男の口調に、私は出来るだけ冷たい言葉で即答した。
娘に関係する弁護士など、すでに私の知ったところではないから。
「は?」相手は呆気にとられている。マイの母親がまさか断る訳ないだろ、と最初は高をくくっていたかのように。
「おっかしいなー」南美はわざとらしく声を上げた。一見、作り笑顔を見せているが目尻のひくつきだけは止められないようだった。
「なにもおかしくありませんけど?」
そして私の言葉が引き金になったか、南美は表情を強ばらせて、勢い、唾を飛ばして喋りだした。
「相手の作家の作品をまだ読まれていないことと思いますがねっ、その描写はもちろん、話の展開までもがマイさんのそれにそっくりなんですよっ! それでも、マイさん側は描いているのはご自身のオリジナル作品だけだと主張する。だけどですよ、そんなことメディア媒体だけで主張したって世間は簡単に納得しませんよ? きちっと裁判に持ち込んで、じっくり精査して、やはり、マイさんは人の作品をパクってなどいないことが証明できれば、相手に名誉毀損だっ! って叩きのめすことが初めて可能になるんです、それは僕が中心になって何年ものあいだじっくりと辛抱強く戦わないと絶対出来ないことなんですっ!」
話す途中から病的な叫び声に変わっていた。
それでも喋り続けようとする男。
ついにナオちゃんが眉を寄せて遮った。
「もう、行ってくれないか?」凄みのある彼の声に南美は怯む。
「あ、ああ、それに、マイさんを施設に入れるめどはついてるんだ」男はしつこいほどに私に食い下がった。
「それはもう必要ない」ナオちゃんが代わって言ってくれた。
「アンタは関係ないだろ、僕はお母様と話しているんだ」
「娘は作家を辞めたそうです」
私はなんの躊躇いもなくきっぱりとそう言った。後悔はない。
「え? ……嘘でしょ?」南美真意を確かめるように、いや、むしろ救いを求めるかのようにナオちゃんに向いた。
ナオちゃんはゆらゆらと首を振る。
「嘘じゃない、もう、裁判も弁護士もなにもかも必要ないんだよ」
「嘘だ」全く信じられないかというように南美は固まっている。顔面も蒼白だった。
「俺は早くこの街から離れたいんだ」
ナオちゃんは半ば自棄気味にそう言い捨てると、足早に行ってしまった。
ハッとした。南美を尻目に彼を追う。
ナオちゃんの大きな背中から視線を外さないように懸命についていく。
彼と、二人きりの空間を創りたい。
人通りの多い商店街だからこそそう感じる。
しばらくの後、ナオちゃんは私の存在に気づいていたかのように立ち止まって振り向いた。
「もう、南美は追ってこないね。お義母さん、さっきの人はもうマイには関係ないから、気にしないで」
『気にしないで』
彼のそのタメ口が、私をドキリとさせる。
「あ、あの、私」
「ん?」
「こ、この服、私に似合ってる?」
なに言っているんだろう、私。
フリルの部分を軽くつまんだ自分がいる。
なにやってるんだろう、私。
年甲斐もない……。
そう思うと、突然、周囲の目線が痛く感じた。
「ああ」無表情のまま彼は答える。
……それだけ?
「これ、マイの服だよ」私は言った。
彼は口端を上げた。
「知ってます、マイの服を借りたんですね、どこかにお出かけですか?」
え……?
私が泣いていた理由を聞かないの?
「似合ってますよ」微笑んだままの彼。
「ナオちゃん……」
その後の言葉が続かない。
私の気持ちを知らず彼は荷物を担いだ。
「じゃあ、お元気で」
そう言い、彼は再び私に背を向けた。
ナオちゃん……。
彼の背中がどんどん人混みに紛れていく。
行かないで――――――
いまなら言える。
彼を追う私。
「行かないでっ」
彼に数歩に迫った瞬間、私は声を上げた。
だが、私の呼びかけに彼は立ち止まったのではなかった。
振り向きもせず荷物を手から離し、あ、と声を発している。
「ナオ……ちゃん?」私は、突然の彼の変貌に心臓を高鳴らせながら歩を進めた。
彼はどさりと落とした2つのバッグを拾おうともしない。
前を見つめたまま。
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