第13話(現在)
練習曲《音の絵》の作曲をしながら、僕の心を占めていたのは〈死〉という想念だった。いつか必ず人は死ぬ。僕は死を恐れはしないし、不死身でいたいとも思わない。けれど、死の向こうに何があるのか、僕にはわからない。それが何よりも恐ろしい。
僕はいつの日かスクリャービンが口ずさんだ《
Dies iræ dies illa 怒りの日、その日は
solvet sæclum in favilla 世界が灰燼に帰す日
世界の終末に、過去も含めたすべての人間が地上に復活し、最後の審判が下される。罪あるものは地獄で永遠の責め苦を加えられ、天国に住まう人間は……それを永劫に眺め続ける苦痛を背負う。
三十三年後に復活するというスクリャービンは、そうしたすべての人類を救いに導くのだろうか。そんな考えが頭を過って、自嘲する。
死は、所詮、死だ。
死んだ人間が復活することはないだろう。
スクリャービンが復活することもない。
僕の身体の中で言いようのない感情が渦巻くのを感じた。
その言葉にできない感情の渦を僕は楽譜に写し取り、《
完成した練習曲《音の絵》の全曲初演は、二月二十一日にペトログラードで行われた。
その一週間後、帝政ロシアは終焉を迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます