第12話 イブなのに

「あと100セットお願いします」

「あ、はい……」


 今日は土曜日だと言うのに、仕事に駆り出されている。残業代や時間外手当の付かない、契約社員の私にはこういうことは滅多にないが、致し方のない理由により特別に出勤している。


「100セット出来ました」

「じゃあ、あと100セットね」

「はい……」

私が駆り出されて何をやっているかと言うと、新商品をPRするためのクリスマスイベントで配る、パンフレットと粗品をビニールの封筒に入れる作業をしている。

 普通、こういう作業は予めやっておくもので、総務部の私にもその作業が回ってくることは少なくない。しかし、イベント当日に連絡が入り、しかも休日出勤をして現地で……、と言うのは今までに経験がなかった。


 当日までに準備出来ていなかったのは、粗品を発注ミスしたかららしい。今日の朝届き、イベントに関わる全ての人で作業したが終わらなかったのだ。まあ、全ての人と言っても、宣伝部を仕切っているお偉方は、怒鳴り散らすだけで作業には参加せず、結局、平社員の皆さんがやっていたようだが……。


 自分で言うのも何だが、私はこういう単純作業をやらせると、割と手早い。そして、何時間でもやっていられる方だったりする。正直、根気の良さではベテランの社員さん達にも負けない自信がある。

 今日呼び出されたのはそう言う事情もあったのだが、もう一つ大きな理由があった。





 路上に簡易な机を出しただけ……、と言う状況で作業しているので、とても寒い。イベント資材を運ぶ車の中で作業をしたかったが、宣伝部の強い意向で屋外の作業となっている。

 強い意向……、と言うのは、クリスマスイベントなのでパンフレットを配るスタッフは皆サンタクロースの格好をしているからだ。急遽駆り出された私も例外ではなく、嫌がるのを押し切られてそれを着せられてしまった。そして、着たからには外で作業をして欲しい……、と言う無茶な三段論法により、強い意向は完結していたりする。


 何故、嫌がったかと言うと、女性スタッフが着るのはワンピースだったから……。袖も付いているし、結構厚手の生地なので身体の線が出ることもないのだが、何と言ってもスカート丈が短い。膝上約20㎝だから、超ミニと言う訳ではないが、普段ロング丈のスカートやワンピースしか着ない私にとっては、かなり抵抗のある代物だ。赤いサンタワンピースは目立つし、気恥ずかしいことこの上ない。

 それに、私がやっているのは配る作業ではなく、単なる包装作業……。サンタクロースの格好でいる必然性は皆無だ。


 このサンタワンピースこそが、私が駆り出されたもう一つの理由だった。男性用のサンタクロースの衣装は全部使用して残っていないのに、女性用だけが数着残っていたから……。つまり、補充人員は女性限定だった訳だ。そして、総務部の女性社員の皆様は、本日は都合が悪く、皆に断られて私にお鉢が回ってきたのだった。

 休日でしかもクリスマスイブなのだからやむを得ない面もあるが、どうもサンタワンピースを着たくないために断った人もいるような気がする。……と言うか、実際に着ると、次からは断りたくなるのも分かるような気がするのだ。


 急な話だし、私も断れば良かったのだが、そうもいかない事情があった。そう、21日の冬至に、忙しいにも拘わらず早く帰らせてもらったからだ。本当に何か予定が入っていたなら断るかもしれないが、私にはこれと言って予定はなかった。まさか、タケシと一緒にいたいから……、と言うだけで断れるほど私もわがままではないし。サンタワンピースの件は後から聞かされたから、やはり断ると言う選択肢はなかった。





 包装作業自体は、2時半には終わった。これで私の仕事は完了……。いつまでもサンタワンピースを着ていたくないので、イベント資材を積んである車で着替えることにする。他の方々は4時まで拘束されるそうだが、私はそもそも無料奉仕の身であるので、帰っても構わないはずだ。


「君、まだ終わってないのだから、ウロウロされては困るよ」

車に乗ろうとした時、後ろから呼び止められた。振り向くと、そこには宣伝部の課長さんが立っていた。この人はスーツ姿のままでサンタクロースの格好にはなっていない。


「あ、あの、私は違うんです……」

「いいから、あと一時間半なんだから、頑張ってくれ」

「……、……」

強弁すれば、多分、分ってもらえたとは思うが、他のスタッフさん方が仕事をしているのに帰るのは、やはり少し後ろめたい感じがして最後までいることにした。仰る通り、あと一時間半で終わるし……。


 手持ちぶさたで何もしないのでは居残った意味がないので、パンフレットを配る作業を手伝うことにした。サンタワンピースにはまだ抵抗感があったものの、知り合いに会う訳でもないので、割り切ることにしたのだ。帰れば、きっとタケシが美味しいモノを作って待っていてくれる、と念じながら、道行く人にパンフレットを配るのだった。





 作業は予定通り4時に終了した。パンフレットを配っていた女性スタッフはアルバイトだったようで、皆茶封筒を渡されている。茶封筒の中身は、当然バイト料だ。しかし、私の分は当然なく、撤収作業を手伝うことに……。

 そこで気がついたのだが、撤収作業を手伝っていた女性は私一人だった。つまり、社員でサンタワンピースを着ているのも私だけだったのだ。何か騙されたような気がしてならなかったが、今更言っても始まらないので、淡々と作業をこなす。


 撤収作業が終わりかけの頃、先ほど帰るのを止めた課長が、またも私を呼び止めた。また何かお小言かと思っていると、

「君、アルバイトの子じゃなかったんだね。悪かった……、もう帰って良いよ」

と言うではないか。やはり、私は勘違いされていたのだった。


 作業が全て終わり、ようやくサンタワンピースを着替えたら、5時になっていた。宣伝部の皆さんは一回会社に戻るらしかったが、私は現地で別れ直帰することにした。





 帰宅すると、タケシは料理をほぼ作り終えたところだった。

 骨付きチキンの唐揚げや海老とホタテのグラタン、サーモンのカルパッチョ、ホワイトアスパラのサラダなど、食卓は二人で食べきれないほどの料理が並んでいる。


「タケシさん、これ……」

「うん? プレゼントかい」

「ええ、大した物でなくて申し訳ないのですが……」

着替えてすぐにプレゼントを手渡した。中身はカシミアのマフラーだ。

 昨日、洋子と一緒にクリスマスプレゼントを買いに出掛け、用意しておいたのだ。

 本当は手編みのマフラーにしたかったのだが、洋子から、

「今時、手編みとか流行らないから……」

と言われてしまい、迷った末にカシミアを選んだ。私は編み物が得意で、結構良いモノを短時間で作れる気でいたのに……。洋子から却下されては致し方ない。


「じゃあ、これは僕から……」

「えっ?」

タケシが寝室から引っ張り出してきたのは、パソコンラックと椅子のセットだった。直樹の部屋からパソコンを持ち込んだのに、ラックがないことをタケシは気に掛けてくれていたのだ。

「紗季さんに何を贈って良いのか分らなかったから……」

とタケシは言っていたが、私はその心遣いが嬉しかった。





 シャンパンを開け、料理を食べ出すと、今日あったあまり思い出したくない記憶は薄れていった。この至福の時間があるからこそ、あんな恥ずかしい格好で作業をすることにも耐えられたのだ。


 料理は、相変わらずの出来栄えだった。特に、骨付きチキンの唐揚げとグラタンは絶品で、私ではこうはいかない。

「このチキン、中はジューシーで外がサクサクに揚がってますね」

「ああ、これは揚げ方にコツがあるんだ」

「揚げ方ですか?」

「そう、普通に揚げると、温度が高すぎて外がこげるか、中が生っぽくなってしまう」

「そうなんですよね。私、骨付きのお肉を揚げて上手くいったことがないんです」

「だから、火を付ける前に肉を油に入れちゃって、低温から揚げ始めるのがコツなんだ」

「うーん、私もそれはやってみたのですが、こんなにサクサクしてなかったですけど?」

「それは、揚げている間におたまで油を肉全体に掛け回してあげると良いんだ。根気よく何度もね」

「……、……」

「これは中華料理の技法でね、肉厚なモノを揚げる時には重宝するやり方なんだよ」

毎回驚かされるが、タケシは何処で料理を覚えたのだろう? 何を料理するのでも、いつもちょっとした工夫や技術が駆使してある。





「今日は良くスマホが鳴りますね。もしかして、飲みのお誘いですか?」

「うん……、まあ、そうなんだけど……」

シャンパンはまだ半分残っているし、お料理も相当残っている。そして、まだ7時過ぎだと言うのに、タケシのスマホは先ほどから鳴りっぱなしだ。ただ、タケシはメールを見るだけで返信はしていない。


 今晩のタケシは、出掛ける気がないのだと私は思う。それは私の願望ではなく、彼がシャンパンを飲んでいるからだ。

 タケシは家でお酒を飲まない。キッチンに置いてある酒類も、日本酒、ワイン、バーボン、ウォッカ、ウイスキー、泡盛と揃っているが、どれも料理用だったりする。日本酒やワインは分るのだが、ウォッカや泡盛でどんな料理を作るのかは分らないが……。本人が言うのだから、レシピ上必要なのだろう。


 家で飲まないのは何故か聞いたことがある。その時は、

「お酒は外で飲むものだと思っている」

と、サラッと答えられたのでそんなものかと思っていたが、確かに一滴たりたも飲んでいるのを見掛けたことがない。たまに晩酌でもするのかと思っていたが、そういう素振りさえなかった。

 そのタケシが、クリスマスイブだから……、と言うことで自らシャンパンを開けているのだ。つまり、この聖夜イベントが特別な日であると、タケシ自身が認識しているのは間違いない。だから、特別な日=飲みに行かない日……、なのではないかと私は感じている。


 それにしても、タケシのスマホに来るメールの数は、尋常ではなかった。2、3分おきに鳴るのだから……。

「せっかく二人でイブを過ごしているのに……」

と、私は心の中で呟いてしまう。タケシが悪いわけではないけれど、タケシのスマホの電源を切ってしまいたい誘惑にさえ駆られる。





「紗季さん……、ちょっと聞いても良い?」

「はい……?」

ひっきりなしに入ってくるメールに私がうんざりした頃、タケシは困ったような表情で聞いてきた。


「あのさ、さっきからメールが来てるんだけど、これ、どうも紗季さん絡みの話みたいなんだ」

「私の……?」

「そう……。最初はアリスさんの話かと思ったんだけど、どうもそうじゃないらしい」

「……、……」

「これ、ちょっとみてくれる?」

タケシはそう言うと、メールを見せてくれた。


「タケちゃん、カワイイサンタさんとイブなんて、羨ましいねえ」

「タケシだけは信じていたのに……。こんな若い子と……」

「今年は来ないって聞いていたけど、こういうことだったのか」


 そもそも、タケシの飲み仲間と接点がないし、これらを書いている人にもまったく心当たりもない。ただ、確かに私のことのようだ。先日アリスが言いふらしていると言っていたから、もしかするとその辺の事情と関係があるのかもしれない。


 メールを次々と見ていくと、一つ気になるメールを見つけた。

「私というものがありながら、タケシったら浮気なんかして」

と……。送った人の名を見ると、カリンと書いてあった。


「タケシさん……。今日はどういう関係の人と飲むことになっていたんですか?」

「今日は断ったから行くつもりがなかったんだよ。だけど……」

「だけど?」

「毎年、クリスマスイブは独身の男性ばかりが集まって宴会をしていてね。今年は行かないと断ったから、それで来てるメールもあるんだ」

「でも、中には女性からのメールもありますよね」

「いや、それは違うんだが……」

タケシはカリンと言う人に言及すると、途端に歯切れが悪くなる。





 8時を過ぎると、メールはぱったりと止んだ。きっと、宴がたけなわになり、独身男性の集いをやっている方々もメールを打っている余裕がなくなったからだろう。タケシも、安心したような顔をしている。


「これ、開けて良いかな?」

思い出したように、タケシは私が贈ったプレゼントを指さす。


「マフラーか、欲しかったんだよ」

「では、ちょうど良かったですね」

「僕はファッション関係に疎いので、誰かに勧めてもらわないと買わないんだよね……、こういうのは」

「お酒を飲みに行くときにでも使って下さい」

反応を心配していたが、タケシは思いの外喜んでくれた。タケシの外出着はグレー系が多いので、少し違う色にしようとボルドーを選んでみた。洋子は少し派手だと言っていたが、本人はまったく気にしていないようだった。





 食事を終え、食器の洗い物が片付くと、タケシはティラミスを出してくれた。ただ、食事だけでお腹がいっぱいだったので、ティラミスは明日食べることにして、紅茶だけ飲んだ。タケシも、出してはみたもののお腹がいっぱいだったそうだし……。


 タケシの家で暮らすようになって、私には一つ心配事があった。それは、このままだと太ってしまうではないかと言う、極めて個人的なことだった。


 タケシの料理は美味しい。しかも、女性の私にはボリュームがかなりあるので、つい食べ過ぎてしまう。現状は仕事が忙しいことで相殺されているようだが、もし暇になったら間違いなく……。

 お気に入りの服が着られなくならないように、これからは気をつけなくてはならない。タケシに太って嫌われたくないし。

 ただ、きっと明日は、ティラミスを美味しく食べるのだろう。

 紅茶を飲みながら、美味しく食べつつ太らない方法がないか、密かに思案するのだった。





「なるほど……、こういうことね」

タケシがちょっとニヤッとした。何がなるほどなのか私には分らないが、今し方来たメールを見て呟いている。そして、私の方を見ると、

「紗季さん、さっきのメールの意味がようやく分ったよ」

と、言った。


「これ、ちょっと見て……」

スマホを差し出すと、画面を指さす。

 来たメールは二通……。両方ともアリスからだ。


 一通目を開けると、そこには写メが貼ってあり、表題は「クリスマスイベントnow」であった。写メには、お店でサンタワンピースを着てお酌をしているアリスが写っている。アリスは先日会った時とは違い、お店に出る用の濃いメイクだ。ただでさえ目がパッチリしているのに、付け睫毛をしているので更にカワイク見える。


 二通目の表題には「タケシの彼女」と書いてあった。

「もしかして、これ、私のことかな……?」

と、心の中で喜んだ。アリスは噂を広めるのだけでなく、私を認めてくれているようだ。

 しかし、メールを開けて、私の目は点になった。一通目と同様に写メが貼ってあるのだが、そこには私が写っているではないか。しかも、アリスと同じサンタワンピースで……。


 写メは、今日の昼間に撮られたのだ。しかし、アリスがいたなんてまったく気がつかなかった。いつの間に……。それに、どうしてそこにアリスがいるのだろう?


「結構良く撮れているじゃない……。そういう格好も似合うね、紗季さんは」

「……、……」

呆然としている私に向かって、タケシは遠慮なく写メの感想を述べる。こんな格好、タケシにだけは見られたくなかったのに……。

 アリスのサンタワンピース姿を見た後だけに、私の野暮ったさがやたらと強調されているような気がした。


「これ、消去しても良いですよね」

「ん……?、良いけど……」

「こんな恥ずかしい格好の写メが残っていたら、私、外を歩けないです」

「あはは、そう? まあ、本人が言うのだから消しても良いけど、それって多分いっぱい送られてるよ」

「いっぱい……?」

「今日の独身会の人達は、僕を除いて皆アリスさんのお客さんだからさ……」

「……、……」

「きっと、全員に送ったんだろうなあ」

「……、……」


 私は、タケシのスマホから写メを消去するのを諦めた。

 タケシは、

「良く撮れてるので、洋子さんにも見てもらいたいな」

などと呟いていたが、懇願してそれだけは思いとどまってもらった。





 せっかくタケシとイブを楽しんでいたのに……。こんなオチがつくなんて……。


 ぐったり……(涙)。

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