現代の裏社会や、激変する世界情勢を描いた社会派サスペンス。
あまりこういったジャンルになじみがない人にも、いやなじみがない人にこそ、お薦めしたい作品です。
自分がそういう部類の人間なのですが、そんな私でも脱落せずに(むしろ夢中になって)読めました。
横領事件やペーパーカンパニー、IS、ハイジャックと、話が進むごとにスケールが大きくなっていき、最終章ではずっとハラハラドキドキの展開が続きます。
描かれるシーンはどれも非常にリアルで、こんな事件がいつ自分の身近なところで起こってもおかしくないのだ……と思い知りました。
特に、膨大な資料に裏打ちされているに違いないIS関連の記述は知らないことが多く、頭を殴られるくらいの衝撃がありました。
扱うのが難しいテーマを、見事にエンタメ作品に落とし込んだ作者さんの努力と力量に頭が下がります。
叶うならば、現代日本に生きる人たち全員に読んでほしい、そんな一作です。
ものすごくリアリティのある物語でした。
そこにあるものは現実なのではないかと疑ってしまいます。
作者さんのとてつもない知識量とそれを補うための多くの資料。そしてそれを駆使することのできる実力が文章全体から伝わってきました。
事実最近のご時世ではこの手の話がよくニュースで話題になっています。その現実と小説というフィクションを繋ぎ合わせることで見えてくるものもありました。
今の若き世代にはぜひ読んでもらいたい。なんなら日本人だけでなく、他の国の人にも読んでもらいたいなぁと思ってみたりもしました。いや、まずいかなぁ。
とにかく、誰もに読んでもらいたい。そして世界情勢というものの一端でもいいからこの小説から見通してほしい。
散りばめられた謎や国際的な問題が、登場人物たちのリアルな肉声で語られ、物語が紡がれていく、そんな印象です。
この作品世界の背景にあるのはIS,イスラム国に属している人たちのテロ行為に至るまでの過程。
敬虔なイスラム教徒たる彼らにとって死は終焉ではなく、天国へ至る道筋。
日本人にとってごく当たり前な飲酒喫煙でさえ禁忌とみなされ、これを破れば厳罰に処される。
人間の尊厳さえ踏みにじられた彼らにとって諸外国こそが悪。
これらはニュースなどで語られることがなく、ただ犯行声明と被害状況が告げられるだけです。
この作品はそんな彼らの側までも語った上で、世界各国を舞台にした、ガンアクション、情報戦、時間制限の中での息詰まる闘いが描かれています。
登場人物のリアル、これが読む側に伝播する作品です。
テロは悪である。そう言ってしまえば簡単なことだ。理由のない殺戮はあってはならない、人を人とも思わぬ残虐な行いを許してはならない、無関係の人を巻き込むような大量虐殺は非人道的である。この話を読む前のぼくは、こんな感情でいた。テロリストは悪であり、即刻排除されるべきだと。だから彼らが抱いているかもしれない傷ついた心や、奪われたもののことなど考えもしなかった。けれど、これを読んで、その風景や人々の苦しみを知って思ったのだ。優しさが、痛みが、銃を待たせ、やり場のない怒りが復讐の刃に変わってしまうかもしれない現実を、その重みを……
ぼくたちがその痛みを少しでも知ることができたなら、奪われたものの大きさを少しでも分かることができたなら、明日という未来を変えられるかもしれない。悲しみの連鎖を緩めることができるかもしれない。そんな願いがこもっているように思われた物語。リアリティと共に、届け、あなたのその胸に!!
物語はシリアのアレッポから始まる。空爆によって大切な弟を失った兄のエルシュカの復讐の誓いから、この現実に即した物語は始まるのだ。
これは現実のテロリズムを描いたフィクションであり、僕たちが明日にでも遭遇するかもしれない9・11後の可能性の一つだ。
IS(イスラム国)のテロの手口や、組織の在り方などを分りやすく解説しながら物語は進み、そのガイド役たる主人公は、闇ブローカーで仲介屋のイザという男性。不法滞在者でもある彼のアウトローな視点で、緊張感のあるシーンが紡がれていく。彼はひょんな頼まれ事から消えた金の行方を追いはじめ――香港、イタリア、ロシアと各地を回る。その先々で出会いやトラブル、そして事件があり、アウトローな彼の心にも変化が現れていく。
最終的な舞台となる航空機の中でのやり取りは、ものすごく現代的で現在的であり、すさまじいリアリティをもって僕たちに迫ってくる。明日、我々の乗る航空機のどれかが、そうなってもおかしくはないと思わせる描写の数々が襲い掛かる。
作者は9・11同時多発テロの際に、唯一目標に達しなかった航空機『ユナイテッド93』の辿らなかった未来を描きたかったと語ったが、それは成功していたと思う。ヒーローもヒロインもいないアウトローによるテロとの戦いを――ぜひとも多くの人に読んでもらいたいと思う。
そして、9.11後の世界の行く末を案じてほしい。
シリア情勢、ISやマフィアの暗躍、戦闘。破壊される街と命を奪われる人々。
今、日本に住んでいる我々には遠い国の出来事で、近づかなければ関わることのない、まさに物語のような現実です。
それをとてもリアルに、身近に感じさせるこの作品は、これらの問題を我がことのように考えさせてくれます。
それだけではなく、エンターテイメントとしての役割も十分に果たしており、特に、タイトルの意味を理解できてからのクライマックスは目が離せません。
それは、登場人物達に十分に感情移入できるからであり、主人公だけでなく、たまたま飛行機に乗り合わせていた人々も誰一人欠けることなく助かってほしい、と強く願わない人はいないでしょう。
それほどまでに魅力的に人物が描かれ、ハラハラさせる展開で心をひきつけるのです。
現実世界で起こっていることは、どんな物語より激しく、残酷で・・・風来坊然としたその男の瞳孔が暗示するものは歩んできた人生の壮絶さ。
決してそれは悪に導かれた訳ではなく、普通に生きているだけでそこに追い込まれる人達がいる。それがありのままの現実なのでしょう。
麻薬と武器の売買に手を染めた男は少年のような無邪気さを持ち合わせ、ISISに身を投じた男は弟思いの優しい青年・・・
圧倒的な知識量で再現された作品世界はそこに住む人々の吸う空気までを映し出し、人間がそれぞれ今の生き方に辿り着く過程は決して机上の論理でその善悪を判断できるものではないことを教えてくれます。
仕掛けられた陰謀は今まさに潜入中の何者かが考案の最中であってもおかしくないほど練り込まれており、それを阻止せんとする者たちとの高度な駆け引きが極上のスリルを伴ってグイグイと読者を引き込んでいく・・・そのプロットの精巧さに畏敬の念を抱かずにはいられません。
現実を生きる者たちをいよいよの場面で奮い立たせるのは、あるいは踏みとどまらせるのは、善悪についての賢しげな説法ではなく、人と人との絆であり、愛であり・・・
現実の世界情勢をリアルに描いた作品が作者の国際論の投影と化すのはよくある話ですが、あくまで議論でなく出来事をベースに展開するこの物語はそのような押し付けが一切なく、それぞれにとって大切な人の為に万事を尽くすことがいかに大切かを教えてくれている気がします。
圧倒的リアリズムと伝奇ファンタジーを高水準で昇華させる見事な手腕は別作にて大いに唸らされましたが、今作もまた凄い!
まず舞台が多彩です。シリアに日本、香港、イタリア、ロシア。これだけで長編数本分はありそうな場面設定を惜しげもなく投じ、時事問題を絡めつつ、現実においても充分ありうべきハードモードが様々な視点から描かれていきます。逃げ場のない絶望的状況をいかに切り抜けるか。読んでいるこちらにまで伝わってくる緊迫感に、身震いは必至かと。
そして集団で力を合わせ、活路を見出していく描写の素晴らしさといったら! 手近なテクノロジーを駆使し、その他大勢の協力を得て苦境に挑む者たち。これこそが、時代の流れを正確に反映した現代の英雄譚なのだと思います。