テーマに尻込みせず気軽に手を出して欲しい、良質なエンターテイメント小説

 Twitterで「カクヨムイスラーム三部作」なるものを見かけ、別にイスラム圏に格別強い興味があるわけではないけれど既に二作読了済だったのでコンプ欲求から読んでみた最後の一作。まんまとハメられている気がします。こういう人間は課金式スマホゲームに手を出してはいけない。

 さて、この作品の良いところはなんといっても厳密な下調べに裏打ちされたリアリティ……なのは間違いないのですが、それはもう他のレビュワーさんが散々言及していますね。だいたい、僕はこの作者様の作品を既に三作読んでいます。つまり創作におけるこの方の武器がリアリティであることは百も承知なのです。その上で「リアリティがあって面白かったです!」なんてレビューを残すのは、京極堂シリーズに「妖怪について博識で面白かったです!」って感想を残すぐらい無意味じゃないですか。いや、『姑獲鳥の夏』はいいですよ。一作目だし。でも『魍魎の匣』以降もその感想なのは違うでしょ。お前どんだけ妖怪好きなんだよってなるでしょ。というわけで、僕はちょっと別のところを推したいと思います。

 それは、読者を物語へ引き込むテクニック。

 僕もよくやらかすミスなのですが、カクヨムで長編を読んでいると「話が大きな起承転結一つで終わっている」作品によく出くわします。始まり(起)と終わり(結)と見せ場(転)をイメージしてその間を繋ぐ(承)という創作法を取るとこういうことになりがちなのではないかと(僕がモロにこれ)。それの何が問題かというと「承」パートが間延びしやすいんですね。起伏のない展開が読者の途中離脱を招いてしまう。

 この問題への対策は色々あります。群像劇的に複数の「起」「承」を用意してワクワク感を煽ったり、ミステリー的に「承」を短く「転」を連発して読者を驚かせてみたり。しかしおそらく一番オーソドックな手法は大きな起承転結の中に小さな起承転結を入れ込んで連作短編のような構造を作ることでしょう。その構造の作り方が、この作品は素晴らしく達者です。

 分かりやすく直感的な表現を使うと、話がめまぐるしく動くので先が気になってグイグイ読まされるということです。一つの起承転結が終わった後、その「結」が「起」となって次の起承転結が始まる。それでいて大きな起承転結もしっかり成立しているから長編としての読み応えもある。簡単そうに見えて意外と出来る人少ないんですよね、これ。とりあえず僕は苦手です。

 それと読ませる工夫としてもう一つ、リアルを追求しながら随所にエンターテイメント的な割り切りを感じるところも僕的に好印象でした。キャラや展開にケレン味が効いています。

 例えば「近藤友香」の扱い。リアリティ優先ならまあ第一章でフェードアウトですよね。香港以降には関わらないでしょう。でもいた方が面白いからちょっと強引な展開で巻き込んじゃって、実際いた方が面白くなっている。「リアリティ」に拘る人の中には「面白さ」と「リアリティ」を比較して「リアリティ」を勝たせる人も結構いるのですが、この作品は「面白さ」をきっちり勝たせていて、それが作品の読みやすさに繋がっているのだと思います。

 評論家みたいなことばかり言っていても面白くないので単純な感想も残しておくと、飄々としながらも〆るところはきっちり〆るイザのカッコよさが印象的でした。『銃と刃と八百万の神』でもそうでしたが彼は裏社会の人間なのに妙に人間臭くて親しみやすいところがいいですね。好感もてます。

 総じて、重たいメッセージを含みながらも読みやすく読まされる、エンターテイメント性の高い作品だと思いました。作品に込められた情報量は膨大ですが決して知識のひけらかしにはなっていません。掲げられたテーマに尻込みせず、軽い気持ちで手を出してみることをオススメします。

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