「薔薇の名前」を少し想起させる、マニエリスティックな世界観があります。構築された世界観が渋く、舞台がチェコで設定もファンタジック。そのためSFとしては珍しく、しっとりした手触りの作品です。
とはいえ短文中心の表現を本作では採用しているため、読みづらさは皆無です。
亡き兄をゴーレムに投影する主人公は哀れですが、土塊に過ぎないゴーレムが徐々にその限界を超えていく描写が続き、次第に物語に引き込まれます。
暴走するゴーレムに禁忌を破るゴーレム――。ゴーレムを巡る思索的な謎が徐々に深まっていきますが、最後「第九話」の数エピソードで、すべての謎と鍵がほぐれるように語られるのは、ミステリ的で快感でした。
中世の景観を留め、モルダウの流れを望むチェコの首都プラハ。
『破局』により激減した人口と、その労働力を補うゴーレム。
ファンタジックな舞台設定がどこか詩的な文体で語られるが、
読み始めてすぐに「そうだった」と思い出した。
そうだった。
この作品はSFだ。
作中のゴーレムとは、身体性を持つ人工知能であり、
『言葉』による入力を受けて命令を理解・実行し、
身体を動かして労働するという出力を為す。
一定の自律性を有し、人を模した動作を課されている。
物語の冒頭で、ゴーレムの暴走の様子が語られる。
人の使う言葉は定量性に欠け、ゴーレムの頭脳に負荷を掛ける。
命令であるその言葉が規定すべきフレームがあまりに曖昧で
解釈に矛盾が生ずれば「フレーム問題」がゴーレムを暴走させる。
アイザック・アシモフのロボットSFを、私は真っ先に想起した。
ロボット三原則という本能に忠実なロボットたちの振る舞いは、
自己犠牲を厭わぬ優しさを備えているかのように、人の目に映る。
本作のゴーレムも、ひどく忠実で純粋で、時として優しすぎる。
私の知人に「人工知能を備えたソフトロボット」の研究者がいる。
彼の専門は遺伝的アルゴリズムを用いたシミュレーションだが、
人工生命が自然界のモデルと同じように進化するケースは、
素人が予想する以上にまれであるらしい。
例えば、水中で前進する機能を持つ人工生命を造るとする。
魚かウミヘビかヤゴか、人はそういった形への進化を予測するが、
シミュレーションで最も評価が高かった個体は予測を裏切り、
ジャイロ回転しながら進む円筒状の異形の代物だった。
そういったソフトロボットの進化論の話を、
ゴーレムの体と言葉の関係性への言及を読みながら思い出した。
労働という出力を為すために、体と言葉は直結している。
体が欠損すれば、実行すべき命令は宙に浮き、暴走に繋がる。
『中国語の手紙』というテーマは「言葉への理解の意味」を問う。
事象が先に存在し、言葉がそれを定義するのか。
言葉があるから、それによって事象を定義できるのか。
人は言葉を使い、事象の本質をどこまで正確に理解できるのか。
哲学みたいな、目に見えないものを論ずる学問が、私は苦手だ。
本作では「言葉」についての問答に難解な言葉は使われないが、
内容はやはり雲をつかむようで難しく、反芻しながら読み進めた。
言葉に対する信仰、懐疑、期待と、言葉にならない何らかの思い。
孤独な少女ヘレナの前に現れた、死んだ兄そっくりのゴーレムは、
ゴーレムに禁じられているはずの「発話」を為し、自然に微笑み、
しかしゴーレムでしかあり得ない忠実さで命令を実行する。
彼は何者か、彼を追う『大隊』や『その三文字』の意図は何か。
人にとっての言葉と、人工知能にとっての言葉。
かつて世界を襲った『災厄』の真相、『神の言葉』の正体。
ヘレナを巡る謎、父と兄の秘密、世界が直面する新たな『破局』。
それらすべての謎がほどけていくクライマックスは圧巻だった。
チェコは、「ロボット」という言葉の生まれ故郷である。
カレル・チャペックへの敬愛を本作から感じ取った。
言葉による齟齬が何度生じても、それでも、わかり合いたい。
その葛藤の描かれ方がとても美しいと思った。
甚大な被害をもたらした『破局』の後の世界。
その後人類は衰退の一途をたどっていた。
復興に思うような人材が確保できず、土くれで構成されたゴーレムが労働力になっている。
ゴーレムはともすると暴走を起こす。家族を喪い一人で暮らすヒロインヘレナ。
彼女の窮地を救ってくれたものとは。
錬金術の過程で生み出されたとされるゴーレム。
その動力源、動く理由をファンタジーではなく、数学的証明で解説していく本作。
先生や師匠に提示される説話によって、新たな事実が展開されていくのには唸らされます。
兄によく似たゴーレム。ヨゼフと名付けられた彼との出会いはヘレナにどんな変化をもたらすのか。
豊富なSF知識が活かされたロジカルなSFをどうぞ。
(ちゃんと、巨大戦もあるよ。
チェコ、プラハ。
災厄で人口は激減し、ゴーレムの労働が街を支えている。
暴走ゴーレムに襲われたヘレナを助けたのは、亡兄にそっくりなゴーレムだった。
人は語るが、ゴーレムは口をきかない。
ゴーレムには「言葉」で命令を与えるが、適切に指示しないと、人の意図しない行動を取る。
塔の囚人。ゴーレムは「言葉」に従うが、果たして意味を理解しているのか。
中身はがっつりSFですが。
心の中の思いを完璧に言葉で表現することは難しく、口にした瞬間に嘘になってしまうかもしれない。
自分の発言で誤解を与えたり、傷つけたりするかもしれない。
不完全な言葉でのコミュニケーションを恐れ、沈黙に傾く少女の気持ちは、SF関係なく、共感できます。
それでも、少しでも思いを伝えるためには、語らねばならない。
人は、言葉を持っているのだから。
この作品は、京極夏彦にとってのルー・ガルーであり、宮崎駿にとってのナウシカであり、押井守にとってのケルベロスであります。
この筆者は今後、より洗練された作品を書いていくことでしょう。
そしてきっと、筆者の多くの作品には今回の「語りし者はさいわいなり」が根幹として必ずある筈です。
それ程に、この作品には著者の興味、知識、思想が詰め込まれています。もはや表出された著者自身であると言えるでしょう。
このような”著者の内面が見える”作品に出合った時、人は心震わせるものです。
他者のフェティシズムを垣間見る事は途方もない誘惑と逸楽に満ちています。誘惑と逸楽に満たされたこの作品、是非一度最後まで読んでみる事をおススメします!
古典SFが好きな人は最後まで読むとニヤリとする仕掛けも用意されていますよ。
少女の一人称で描かれ、中欧のエキゾチックで神秘的な雰囲気と魔法の様なファンタジーなモノで外側が包まれていますが、しっかりとSFしています。奥深いメッセージ性のある本格SFです。「言葉とは…」「人間とは…」小説好きな人でこのテーマ嫌いな人いませんよね?
文章も改行と空白に頼らない、確かな文章力です。読書してるっ!って感じがします!
SFといえば世界観の展開、曝露が大きな要素ですね。「星を継ぐもの」「新世界より」「ブレードランナー」…。この作品も、とにかくネタバレ厳禁です。少しずつ明らかになる世界の秘密を楽しみながら最後まで読んでください!