言葉は完全たりえない。ならば、わたしは誰ともわかり合えないのか。

中世の景観を留め、モルダウの流れを望むチェコの首都プラハ。
『破局』により激減した人口と、その労働力を補うゴーレム。
ファンタジックな舞台設定がどこか詩的な文体で語られるが、
読み始めてすぐに「そうだった」と思い出した。

そうだった。
この作品はSFだ。

作中のゴーレムとは、身体性を持つ人工知能であり、
『言葉』による入力を受けて命令を理解・実行し、
身体を動かして労働するという出力を為す。
一定の自律性を有し、人を模した動作を課されている。

物語の冒頭で、ゴーレムの暴走の様子が語られる。
人の使う言葉は定量性に欠け、ゴーレムの頭脳に負荷を掛ける。
命令であるその言葉が規定すべきフレームがあまりに曖昧で
解釈に矛盾が生ずれば「フレーム問題」がゴーレムを暴走させる。

アイザック・アシモフのロボットSFを、私は真っ先に想起した。
ロボット三原則という本能に忠実なロボットたちの振る舞いは、
自己犠牲を厭わぬ優しさを備えているかのように、人の目に映る。
本作のゴーレムも、ひどく忠実で純粋で、時として優しすぎる。

私の知人に「人工知能を備えたソフトロボット」の研究者がいる。
彼の専門は遺伝的アルゴリズムを用いたシミュレーションだが、
人工生命が自然界のモデルと同じように進化するケースは、
素人が予想する以上にまれであるらしい。

例えば、水中で前進する機能を持つ人工生命を造るとする。
魚かウミヘビかヤゴか、人はそういった形への進化を予測するが、
シミュレーションで最も評価が高かった個体は予測を裏切り、
ジャイロ回転しながら進む円筒状の異形の代物だった。

そういったソフトロボットの進化論の話を、
ゴーレムの体と言葉の関係性への言及を読みながら思い出した。
労働という出力を為すために、体と言葉は直結している。
体が欠損すれば、実行すべき命令は宙に浮き、暴走に繋がる。

『中国語の手紙』というテーマは「言葉への理解の意味」を問う。
事象が先に存在し、言葉がそれを定義するのか。
言葉があるから、それによって事象を定義できるのか。
人は言葉を使い、事象の本質をどこまで正確に理解できるのか。

哲学みたいな、目に見えないものを論ずる学問が、私は苦手だ。
本作では「言葉」についての問答に難解な言葉は使われないが、
内容はやはり雲をつかむようで難しく、反芻しながら読み進めた。
言葉に対する信仰、懐疑、期待と、言葉にならない何らかの思い。

孤独な少女ヘレナの前に現れた、死んだ兄そっくりのゴーレムは、
ゴーレムに禁じられているはずの「発話」を為し、自然に微笑み、
しかしゴーレムでしかあり得ない忠実さで命令を実行する。
彼は何者か、彼を追う『大隊』や『その三文字』の意図は何か。

人にとっての言葉と、人工知能にとっての言葉。
かつて世界を襲った『災厄』の真相、『神の言葉』の正体。
ヘレナを巡る謎、父と兄の秘密、世界が直面する新たな『破局』。
それらすべての謎がほどけていくクライマックスは圧巻だった。

チェコは、「ロボット」という言葉の生まれ故郷である。
カレル・チャペックへの敬愛を本作から感じ取った。
言葉による齟齬が何度生じても、それでも、わかり合いたい。
その葛藤の描かれ方がとても美しいと思った。

その他のおすすめレビュー

馳月基矢さんの他のおすすめレビュー353