エピローグ

後日。

あの謎が解け、僕の日常に平和と平凡が戻ってきた日の、後日の話。

僕は下校途中の道次で実可子さんと顔を会わせた。

その時実可子さんは、何時も通りのそこはかと無く明るい笑顔を浮かべながら一言言った。

「ありがとね、ほんと、あの時は!」

そんな実可子さんに僕は一言返す。

「いえいえ、あれくらいのこと、誰にだってできますから」

言って、僕は微笑む。

「にしても、よく分かったねー。あの時、私の代わりに謎解きをして欲しいって伝えたかったこと」

それに僕はふふん、と腰に手を当て少しドヤ顔で「でしょう?」と言ってみる。

すると実可子さんはふふっと笑い、「さくらやまにしては、ね」と言葉を返してきた。

さくらやまって────もう名字すら間違えちゃってるじゃないですか。

僕はそう心の中で呆れたように言って。

御互い、顔を見合わせ。

ふふっ、と笑みを漏らした。

あの時────佐原さんと僕と実可子さんとで食卓テーブルを囲んで謎を解いていた、あの時。

実可子さんは明らかに退出しようとしていた。

あの場、あの状況から。

僕はそれを、何となくながらに察したのである。

いやまあ、分かったのには確りとした理由があるのだが。

それは────視線だ。

目は口ほどにものを言う、とはよく言ったもので。

実可子さんはチラチラとリビングの出入り口の方を見ては、佐原さんに見つめられ上っ面だけの愛想笑いで返していたのだ。

それを見て僕が思ったのは。

帰りたくて仕方が無いのだろうな、と、ただそれだけであった。

愛想笑いをする余裕しかなく視線が一点へ集中しやすいというのは、所謂そう言うことであるから。

前にそう、佐原さんから教わったことがあるのだ。

後で実可子さんに事情を聞いたところ、実可子さん曰く「あの暗号てがみを汐里に目の前で読まれるには、まだ私の忍耐じゃ叶わなかった」とのこと。

要は恥ずかしかったと言うことであろう。

実可子さんらしくもなく、可愛いげのある理由であった。

─────と、僕達は回想を終えて。

ふぅ、と互いに息を吐く。

そして実可子さんが、「あのね」と切り出した。

「昔話───ていうか、知り合いの女の子の話をするよ。おっと、さくらのまるに急ぎの用があったとしても関係無くさせて貰うからもう聞くしかないと思って諦めて聞きなよ?」

もう最早誰なんですかさくらのまる。

────と、僕は実可子さんの言葉に無言でうなずいた。

実可子さんはそれを見て。

「じゃあ、始めるよ───────」

そう一言言い、語り始めた。

知り合いの女の子の話というヤツを。



☆☆☆☆☆



女の子は、小さい頃から頭の良い子でした。

頭が良く、周りよりも少し理解の早い、けれどそれ以外は他と然程変わらない普通の女の子でした。

────けれども。

女の子の成長と共に、その「周囲とは異なる部分」がより一層目立ち始めてきました。

そして周囲の人物は、口々に言いました。

「あの子は普通じゃない、天才だ」

と。

言われて良くないことではありません。

けれども、女の子にはとてつもなく嫌なことでありました。

だって女の子は、普通が良かったから。

周囲と違うことは、とてつもないほどの苦痛なのでありました。

そして女の子は、とある女性に相談します。

その女性は、十万年に一人いるかいないかの絶世の美女でした。

女の子は、その女性に尋ねます。

「私は普通ではないの?」

それに、女性はこう聞き返しました。

「私と小鳥と鈴と、っていう詞を知っている?」

少女は頷き、詞の内容を説明しました。

私と小鳥と鈴、皆違って皆良い。

要はそういう内容だ、と。

それに女性は頷きます。

少女は「それが?」と聞き返してきましたが、女性はそれには構わず。

「皆違って皆良いって言うけどね。皆、皆と一緒じゃなきゃ不安なもの。───貴女もそうでしょ?」

女性が問うと、少女は頷き「怖いよ」と呟きます。

そんな少女に女性は「でもね」と続けます。

「私の作った詞は、少し違うの」

「どんな詞なの?」

聞いた少女に女性は読み上げました。

女性の作った詞というやつを。

「汐里とあの子と皆と

汐里はすぐに分かるけど

皆は直ぐにはわからない。

あの子は話してくれるけど

皆は話してはくれない。

皆は怖がっているけれど

あの子は絶対怖がらない。

皆違う、皆違う。

皆違うから良いわけじゃない。

悪いこともいっぱいある。

でも。

面白い。

だったらそれでいいじゃない」

それを聞いた少女は、暫くの沈黙の後、ぷふっと吹き出しました。

「何がおかしいの」

聞いた女性に少女は即答します。

「全部」

「全部かぁ~。参ったなぁ」

女性は言い。

「私の言いたいこと、分かった?」

少女にそう短く一言といました。

少女はそれには頷かず、首を横に振り「ううん、わからない」と答えました。

「そっか」

女性は言い、「いつか分かる日が来るよ。それまで答えは御預けね」と、悪戯っ子のように笑って言いました。

と、また暫くの沈黙を得て少女が口を開き言います。

「題名、変えよ」

そう、唐突に。

あまりに唐突な言葉だったので、女性は思わず「え?」と聞き返してしまいました。

少女は説明します。

「題名、内容とあってないから」

そう、端的に。

そして。

「私と、小鳥と、とかじゃなくて。まとめて『皆』って題名にした方が、しっくりくるよ」

そう。

笑顔で、少女は言いました。


☆☆☆☆☆


「んで、その女性こと10万年に一人と言われるほどの美人が私の知り合いなんだけどね」

「あ、大体察しが付きました」

僕か言うと実可子さんは「つまんねー」と口を尖らせた。

その後。

清々しい笑顔で微笑んで。

実可子さんは言った。

「任せたよ、さくよやま」

だから誰ですかってそれ。

僕は佐倉ですよ。

そんな意味も込めてふふっと微笑み。

「任されました」

と一言呟いた。

そして、呟いた後、僕は思う。

もう、任せてもらって大丈夫ですよ、と。

だって。

そもそもこの一連の謎を仕掛けたこと自体が、実可子さんの選択違いなのだ。

佐倉さんはもともと、試す必要なんてなく。

普通に大丈夫。

普通で、普通な。

辺鉄の無い。

少しミステリアスだけれども。

けれども普通で、それなりに自立もしている。

どんな謎にも真っ正面から向かっていく強さをもった、普通の女の子なのだから。

だから大丈夫。

僕に任せなくたって。

大丈夫ですよ。

思いながら。

僕はふふっと笑った。

そして、それを見た実可子さんは呟いた。

「んでもって、これからもよろしくね」



「佐倉春哉くん」



「いまフルネームで………」

「だろ、私だってやればできるんだぞさくのやま」

「だから誰ですかってそれ」

何て言いながら。

僕達は笑いあった。

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