佐原さんと小鳥と鈴と⑥

「まぁ、大方汐里とハルマの言った通りで合ってるよ」

もう、僕の名前間違える気しかないよねこの人。

「でも、少し抜けてる部分があるかな。主に動機と、最後の怪文メール、暗号のプリントの中の暗号についてとか」

実可子さんはそう言うと、佐原さんの方をじっと見つめる。

そして、暖かい笑顔を見せた。

母親が成人になった娘を感動の視線で見るときに見せるような、そんな笑顔だった。

「じゃ、私はこれにて帰るとするよ」

そう言って実可子さんは玄関戸を開け、去って行った。

実可子さんは、今の様子じゃあ怪我一つしていなかったように見えた。

多分、あの時に見た怪我は、絵の具か何かで自分で偽装したものだったんだろう。

あぁ、あの時、救急車呼んで大丈夫だったのかな………。

何てことを僕が思っているうちに、佐原さんはリビングに入っていく。

僕も慌ててその後を追った。



☆☆☆☆☆



「初めに、「暗号プリントの中の暗号」についての謎から解いていくよ」

今、二人で食卓に座っている。

テーブルに置かれているのは佐原さんの携帯。

携帯に表示されているのは、「暗号プリントの中の暗号」を、そのままメモ機能で写したものだ。

改めて読み直すと………。

「さはらしおりさま、あなたはうみからきたるししやにえらばれししゃ。てんたるもののちにきなさい。」

これは、実可子さんから宛てられた、佐原さんへの挑戦状。

僕はそんな風に思う。

「佐倉君」

突然、今まで無言だった佐原さんが口を開いた。

「どうしたの?」

僕が尋ねると、佐原さんは静かに言った。

「この暗号、解けたよ」

「………」

僕は言葉を失う。

苦戦している僕を前に、こうもあっさりと解くなんて………。

やっぱり、佐原さんって凄い人だ。

「今から、口に出して、解き方、説明した方がいい?」

佐原さんは首を傾げて聞く。

でも僕は、その質問に首を横に振って答えた。

佐原さんは少し驚いた表情をするが、直ぐに僕の考えが分かったのか、口角を上げて言う。

「佐倉君、自分でこの暗号なぞを、解きたいんでしょ?」

僕は笑顔で頷いた。

「じゃあ、頑張ってみなよ」

佐原さんは好奇心に満ちたような、そんな表情を見せた。



☆☆☆☆☆



さて。

佐原さんは、食卓の僕の前の場所にあたる席に座っている。

そして僕は今、「暗号」を目の前にしている。

いつもは佐原さんにヒントを貰ったり、佐原さんが解いた部分に補足をつけることしかしていなかったけど。

でも、今日は違う。

今日はノーヒント、ノーサポートで暗号を解きたい。

だって───。

僕も、佐原さんと同様に「謎を解きたい」と、謎を求めてしまっているから。

だから、自力で解きたいのだ。

僕は暗号とのにらめっこを開始する。

まず、文の始めの方から解読をしていく。

「さはらしおりさま」というのは、他でもない佐原さんのこと。

「うみからきたるししや」は、多分だけど「海から来たる使者」の事だと思う。

そしてそれは恐らく、この一連の出来事の黒幕・実可子さんのことを表しているんだろう。

「あなたはえらばれししゃ。」

これは、「貴方は選ばれし者。」ということだろう。

「貴方」は佐原さんのこと。

佐原さんが選ばれし者───つまり、恵まれていると言いたいのだろう。

知能的にも、何もかも。

そして最後は「てんたるもののちにきなさい。」

これは────何なんだろう?

僕は首を傾げる。

そして思い出し、あっ、と奇声をあげた。

「佐原さん、怪文メールを、僕の携帯に送ってもらえないかな?メアドは今から教えるから!お願いっ」

僕は両手を合わせて佐原さんに頼む。

佐原さんは少し頬を赤く染めて、何かボソボソと呟くが、暫くすると僕に携帯を差し出した。

「メアドが見れる画面に、してるか………ら」

佐原さんは言うと、「ね?」と何かを催促してきた。

が、僕にはそれが何なのかさっぱり検討すら付かない。

と、僕が頭を悩ませているのがわかったのか。

はたまた僕の頭上に浮かぶ透明のハテナマークを目にすることができたのか。

まあ、後者はあり得ないか。

兎に角。

佐原さんは「むっ」と頬を膨らませて一言、恥ずかしげに頬を染めながら言った。

「メアド、交換して………。それから、この文章転送するから」



☆☆☆☆☆



「じゃあ次だね。この怪文メールについて」

佐原さんは言った。

今、二人で食卓に座っている。

テーブルに置かれているのは僕の携帯。

携帯に表示されているのは、最後に送られてきた、怪文メールだ。

「じゃあ、メールを改めて読むよ」

佐原さんはそう言うと、静かに音読し始めた。

「てんはかのじょのとなりにおり、かのじょはわたしといっしょにいる。かのじょはあらたなみちにいき、あらたなみちはてんがつくる。てんになにがあろうと、かのじょはかなしまないであろう」

言い終えた佐原さんは、直ぐ様「謎解きモード」に入る。

僕も佐原さんを見習って、頑張って考えてみる。

まず、怪文メールの中に存在する人物。

一人目は「彼女」。

多分、主に彼女の行動が書かれているんだと思う。

二人目は「天」。

天は、彼女を見守っている様子が見受けられる。

まぁ、これは多分───。

佐原さんには、分からないんだろう。

僕にはわかったけれど。

いや、何があっても、佐原さん分かることはないだろう。

だって、これは、怪文でも挑戦状でも、何でもなかったから。

これは────これは。

他でもない実可子さんが、佐原さんに当てた、佐原さんへの「手紙」だったんだ。

人は、どんなに身近な人にでも、言いたくても言えないことを隠している。

それを伝える手段の一つ、それが「手紙」だ。

あぁ、そうか。

多分この「手紙」の解釈はこうだ。

実可子さんは佐原さんを見守ってきた。

隣に居て、一緒に暮らしている。

佐原さんは「中学校」に入学して、新たな出会いを果たした。

そして、その出会いを作ったのは、他でもない実可子さん。

そして、実可子さんに何があっても、佐原さんは悲しまない。

そういうことだろう。

わざわざ校門の前で引かれ、佐原さんが救急車に同行せざるを得ない状況を作ったのも。

今回の一連の出来事の全ても。

全部は「佐原さんを試して」いたんだ。

佐原さんは、御両親が家にあまりいない、複雑な家庭だ。

だから、そんな家庭で、自分がいなくなる状況になっても、佐原さんが寂しがらないかが心配だったんだろう。

そして思ったんだ。

実可子じぶんが怪我をしても、泣かないような強い子だったら大丈夫だ、と。

そして、結果は大丈夫だった。

だからメールで言ったんだ。

「かなしまない」と。

そして、その怪文メールは、佐原さんには絶対に解けないとわかったから。

だから、佐原さんに送ることによって、僕に伝わるようにしたんだ。

そして多分、ここまでの推理───というか推測が正しければ、1つ目の謎に書かれていた場所───「てんたるもののち」と言うのは恐らく、実可子さんの所。

実可子さんの側、という意味である。

光をもたらすもの=天、だとして。

天=実可子さん、なのだから。

「てんたるもののち」というのは即ち、実可子さんのもとであるという可能性が最も高いと言えるだろう。

前述した説明も加えれば、更に可能性は高くなる。

────そうだ。

それで、全てに納得が行く。

要は。

ここ数日間を通して現れた、謎の原因は。

全て、実可子さんの姪を思う気持ちだったのである。

姪が、一人でもやっていけるように。

姪が、自分が居なくてもやっていけるように。

姪が、強い子であるように。

そんな思いから、この謎は出来ていたのである。

──けれども。

いや、しかし。

実可子さんは分かっちゃいない。

何も、分かっちゃいない。

全てを分かっているようで。

何も分かってはいないのである。

だって。

だって、佐原さんは───────

佐原さんは───────



「実可子さん、佐原さんはっ‼」



僕が言い掛けた、其の時。

「もういい、そこまで。そこから先は言わないで、佐倉君」

僕の声は、遮られてしまい。

そして、勢いで椅子から立ち上がって差しまっていた僕の前に、ぐいっと腕が延びてくる。

そう。

僕の声を遮り立ち上がったのは。

紛れもなく。

────佐原汐里さんその人であった。

佐原さんは立ち上がった僕に微笑んで「ありがと」と言うと、「ここからは私の出番だから」と言って、僕に座るよう促してきた。

「………うん」

僕は返す言葉も無く、小さく言って頷くと、そのまま無言で席に着いた。

微笑んだ、佐原さんのその表情かおは。

何処と無く悲しげで、絶望してしまったというような。

そんな表情かおであった。

と、僕がそんなことを思っていることも露知らず。

「全て────全て、分かったよ、実可子叔母さん。貴方の思いも。そして、貴方の願いも。全て、全て─────」

そして。

佐原さんは実可子さんに、実可子さんの思惑を告げた。

佐原さんの推理上の、実可子さんの思惑を。

そして実可子さんも、それを親身になり聞き、その表情は何処と無く嬉々とした表情であった。

そして。

その二人の姿は、まるで。

答えを告げる子と答えを求める母の、母子のような姿であった。

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