佐原さんと小鳥と鈴と⑤

「まず、今回の謎の始まりについて」

佐原さんはそう言いながら、静かに手に持っていた例の暗号のプリントを見せる。

「今回の謎の始まりは、佐倉君が持って来たこのプリントが、始まりだった」

そう、佐原さんの言う通りだ。

でも、何であの日、佐原さんは欠席したんだろうか。

体調不良………ではないと思う。

あの日佐原さんは、商店街に一人で歩いて来ていた。

体調不良だったらそんなことはしないだろうし。

まぁ、今それは関係ないか。

「まず、この時点で犯人を絞ってみるよ」

佐原さんが口を開く。

「私にこのプリントを渡せた人間は、今の時点で考えると、佐倉君。それから、えーっと………佐倉君の友人二人」

灯と秀の名前が思い出せなかったらしい佐原さん。

こほん、と咳を鳴らし気を取り戻す。

「それと、先生。残るは───甘菜、かな」

「え?」

僕は思わず声を漏らしてしまった。

待って、え、どうしてだ?

犯人候補の中に、僕と灯、秀と先生が入っていることは理解できる。

でも、何で西ノ宮さんが犯人候補の一人になっているんだ?

よくわからないという顔をした僕に、佐原さんは説明を始めた。

「まず、甘菜以外の佐倉君を含めた四人が犯人候補に入っていることは理解できてるよね?」

僕はうん、と頷いた。

「じゃあ、それから先だ。この件に関係していた人物は、今言った四人以外にもいるでしょ?」

僕は暫く考えてから、頷いた。

僕達四人以外にこのプリントの謎に関係していた人物───実可子さんや、クラスメイトのことだろう。

クラスメイトは、直接プリントの謎に関係していたわけではないけれど、先生を通じて、佐原さんに渡すプリントをすり替えることが出来なくはないからだ。

「そして、この件に関係しているクラスメイトの中でも、特に私と親しく、先生受けも良い甘菜なら、プリントをすり替えることくらい安易だと思ってね。あ、ちなみに、叔母さんは犯人候補から外せるよ。だって、仕事に行っていたっていう「アリバイ」があるからね」

佐原さんはそこで一度休み、また口を開く。

「そして、この五人の中から犯人を絞っていくよ。まずは佐倉君とその友人二人。三人共、私にプリントを渡すことが出来た。でも、三人がそんなことをしたって何の意味も無いよね?三人の内一人が、御遊戯おあそびでそんなことをする人間だっていうんなら別だけど。でも見たところ、そんな人には見えなかったから、三人はまず犯人候補から除外」

取り合えず犯人候補から外される僕、灯、それから秀。

まぁ、疑われていないのなら良かった。

別に僕が犯人っていうわけでもないけど、疑われるのはあんまり気持ちの良いものでもないし。

「次は先生。先生の動機っていうのは、思い付かないから置いておく。先生のことなんて興味無くて全然見てないからね」

ある意味さらっと酷いことを言い、顔色一つも変えない佐原さん。

………ある意味凄いな、佐原さんって。

僕がそんなことを思っていると、佐原さんはどんどん説明を進めていく。

「でも、まずは大前提として、先生は犯人候補から除外出来るんだ」

どういうことだ?

大前提として除外出来るって。

そんな僕の考えを察するかの様に、説明を始める佐原さん。

「先生が犯人だった場合、佐倉君達に私のところにプリントを私に行かせるなんて、そんなリスクがあって面倒なことしないでしょ。先生が犯人だったら、多分自分で私のところにプリントを私に来ると思う。だから、先生は犯人候補から除外することが出来る」

そういうことか。

リスクがあって尚且つデメリットのあることを、犯人が態々するわけ無い、と。

「残るは甘菜。多分甘菜は───犯人だよ」

佐原さんは静かにそう言った。

暫く静かな時が流れる。

「甘菜の動機はこれから話していくことになるけど………まずは方法とアリバイの証明から」

佐原さんはそこで一度口を閉じ、暫くして説明を再開する。

「あのプリントが私に渡された日、私は学校を休まされていたんだ」

僕はそこで少し疑問を抱くが、そんなことお構い無しに説明を続けていく佐原さん。

「あの日、私が学校を休んだ理由、言って無かったよね?」

そう聞かれた僕は無言で頷いた。

「そっか。じゃあ、今から話すよ。あの日私は、別に体調不良で休んでいたわけじゃあないんだ」

そう言うだろうと予想できていた僕は、何も言わない。

「私が休んだ理由は───実可子叔母さんに頼まれたからなんだ」

僕は無言でその話に聞き入る。

「実可子叔母さんはあの日の朝、私に親戚に挨拶してきてほしい、って言ってきてね。それで、実可子叔母さんに言われた場所に行って30分間くらい待ってたんだけど、その「親戚」は来なかったんだ。後で実可子叔母さんに問い詰めたら、叔母さんは「ごめん、勘違いしてた」って言っていた。まぁ、その時は仕方ないかって位に思ってたよ」

一気に話して話疲れたのか、椅子に近より、座っても良い?と佐原さんは僕に聞き、僕が返事を返すと疲れたように腰を下ろした。

「それで、話を戻すけど。甘菜は多分、私が休むことを、だから、私にあの暗号のプリントを、あの日渡したんだと思う。手順は簡単。あの日、何か多くの先生達が職員室から離れなければいけない様なことでもあったりしなかったかな?その、先生達が職員室から離れるチャンスを狙って、プリントを摩り替えたんだと思うけど」

佐原さんの意見を聞き、僕は考える。

多くの先生達が職員室から離れる様な状況…………。

あ、そうか。

あの日は確か断水日だんすいデーだったんだ。

断水した理由は明確にはわからないけれど、多分水道管の点検類いのことだろう。

その、点検を行う業者の人達に、先生達は顔を合わせて来なければならない。

おそらく、その間職員室は殆ど無人状態だったんだろう。

そんな状況でプリントを摩り替えることは、意図も簡単に行えたはずだ。

「次の謎を解いていくよ。次は、暗号を犯人について。甘菜はあくまでも暗号を犯人だからね。暗号を犯人は、甘菜とは別の人物だよ」

そんか佐原さんの言葉に、僕はごくりと唾を飲み込む。

「暗号を作成した犯人は、この件に関係していて、尚且つ私に暗号を渡した当日にアリバイのあった人間。────って言えば、もう犯人は一人に絞り込めるんじゃないのかな?」

佐原さんが出してくれた最大のヒントをもとに、僕は犯人が誰なのか推測を始める。

まず、最初の時点でアリバイ以外の理由で犯人候補から外された僕達三人と先生はありえない。

残る西ノ宮さんは、暗号を犯人なので暗号を犯人の候補からは外される。 

この五人以外で「暗号を犯人」からアリバイが理由で除外された人物は────。

あぁ、そうか。

あの人だ。

あの人以外、ありえない。

それに。

あの人が犯人だったら、あの佐原さんの落ち着いた表情にも納得がいく。

佐原さんは、薄々犯人があの人であると分かっていたんだ。

だから、あんなに落ち着いていた。

そしてあの時の西ノ宮さんも、そんな佐原さんを見て何も言わなかったのは、慣れているからじゃない。

わかっていたから、なんだ。

僕の表情を見て悟ったのか、佐原さんは無言で頷く。

「わかったんだよ、ね?………犯人が」

僕は頷く。

「多分、佐倉君の思ってる通りの犯人だと思うよ。犯人は────叔母さん、だよ」

静かな時が流れる。

僕も、佐原さんも、両者とも口を開かない。

そう、佐原さんの言う通りだ。

僕も、思っていたのだ。

犯人は───実可子さんしかいない、と。

プリントが佐原さんに渡された日、唯一アリバイがあった人物、それが実可子さんだ。

「実可子さんが何故こんなことをしたのかわからないけど………どうやってしたのか、方法は分かる。佐倉君も、分かってるんじゃないかな?」

その佐原さんの問いに、僕は無言で頷く。

そして、僕はゆっくりと口を開き、実可子さんが犯人であるという「証明」を始めた。

「実可子さんは、佐原さんの友人である西ノ宮さんと面識があったはずだ。まず、実可子さんは西ノ宮さんに「プリントを摩り替えて欲しい」って頼むんだ。実可子さんも西ノ宮さんも、ケータイは持ってるからね。多分それで連絡を取ったんだ。後は、実可子さんが佐原さんに「用事があるから学校を休んで」と言えばいい。そして、無事に佐原さんの元にプリントは辿り着く。そして、プリントの謎を解いた所を見ていたのは実可子さんのみ。実可子さんは謎を解かれた次の日に、自害をしたんじゃないのかな?あの校門の前で。そうすることによって、意識的に自分を犯人候補から外そうとした。でも、佐原さんにはバレちゃったみたいだけどね。最後の決め手はあのメール。まだ未解読だけど、あの時あのメールを送れるのは、実可子さん唯一人。プリントを渡した犯人である西ノ宮さんは僕達と一緒に居たからね。だから、犯人は実可子さんってことになる」

僕が精一杯話終えると、何処からか拍手が鳴り出した。

勿論その拍手は、佐原さんがしているのではない。

となると────。

僕はリビングから飛び出し、玄関の方へと行った。

予想通り、玄関には実可子さんが居た。

「おー、来たねバルサ。さっきの謎解き、お見事さんだったよ」

そう言って拍手を止める実可子さん。

「ありがとうございます……」

僕の名前は「春哉」なんですけどね。「ル」の字しかあってないじゃないですか。

と、言おうとしたが言葉を飲み込む。

「ここが何故わかったか、分かるかな?」

実可子さんは僕に挑戦状を出すかの様にそう聞いてくる。

「佐原さんなら僕に相談してくる───そう思ったからじゃないですか?そして待ち伏せするなら僕の家が最適。僕の家の住所は、担任の先生に聞けば良い。実可子さんのことを知っているはずだから、普通に話すだろうし………で、合ってますか?」

僕が聞くと実可子さんは白い歯を見せながら、愉快に笑った。

「正解。さすがだね、花屋」

花屋じゃなくて春哉!!

「じゃ、ここからは答え合わせとしようかな。二人とも頑張ったんだし」

実可子さんはそう言うと、前置きをした。

「じゃあ、答え合わせとしよう」

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